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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
運命の赤い糸電話編

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359/491

第344話

 日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』。

 そのトップページは、もはや本来の機能を失い、一つの巨大な「祭り」の会場と化していた。全ての掲示板、全てのカテゴリーが、ただ一つの話題で埋め尽くされている。

 国際公式ギルドが、その存在を世界へと開示した、新たな神話級アーティファクト。

 その、あまりにもロマンチックで、そしてどこまでも人の心の琴線に触れる、奇跡の道具。

 それが、今夜、ギルドの公式オークションハウスのテーブルへと、賭けられるのだ。


【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 998】


 1: 名無しの実況民A

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 JOKERが、配信始めた!!!!!!!!!!!!!!!

 タイトルが、ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!


 その、あまりにも切羽詰まった絶叫。

 それに、スレッドは一瞬にして、トップスピードへと加速した。


【配信タイトル:【神々の遊び】兆単位のチップが飛び交う夜【JOKERと高みの見物】】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:2,541,839人】


『は!?』

『マジかよ!今日のオークション、実況してくれるのか!』

『最高の企画だ!待ってたぜ!』

『同時接続250万!?もう、国民的番組じゃねえか!』


 その熱狂をBGMに、配信画面にJOKERの姿が映し出された。

 彼は、西新宿のタワーマンションの一室。その漆黒のハイスペックPC、【静寂(せいじゃく)(おう)】の前に座り、ARカメラの向こうの興奮する観客たちに、不敵な笑みを向けた。


「よう、お前ら。見ての通り、今日は観戦モードだ」

 彼の声は、どこまでも楽しそうだった。

「俺たちのギルドが、先日解禁した神話級アーティファクト。今夜、このテーブルに賭けられる。世界の富豪たちの、醜い欲望のショーを、お前らと一緒に高みの見物を決め込もうじゃねえか」


 そのあまりにも不遜な物言い。

 それに、コメント欄がいつものように温かいツッ-コミと笑いに包まれる。


『言い方www』

『高みの見物決め込んでる場合かよ!あんたも、そのテーブルの参加者の一人だろうが!』

『JOKERさん、最近金持ちになったからって調子に乗ってんなw』


「はっ、うるせえよ」

 彼はそう悪態をつきながらも、その口元は確かに笑っていた。

 オークションの画面では、荘厳なファンファーレと共に、最初のアイテムの詳細な情報が、改めて表示されていた。


【出品アイテム:運命(うんめい)(あか)糸電話(いとでんわ)

【オークション時間:1時間】

【開始価格:1兆円】


「さて、と」

 JOKERの声のトーンが、変わった。

 それは、もはやただの配信者ではない。

 この世界の誰よりも、このゲームのルールと、その奥にある人間の欲望を知り尽くした、プロのディーラーのそれだった。

「【運命(うんめい)(あか)糸電話(いとでんわ)】。効果は、お前らも知っての通り、運命の相手を探し出す、究極のツールだ。さて、この高級マッチングアプリを、誰が落札するか、見ものだぜ?」


 彼のその、あまりにも的確な、そしてどこまでも下世話な解説。

 それに、コメント欄が爆発した。


『高級マッチングアプリwwwwwwwww』

『言い得て妙すぎるwwwwww』

『1兆円のマッチングアプリか…。俺も、登録してえなあ…』


 その熱狂の、まさにその中心で。

 運命のカウントダウンが、ゼロになる。

 オークションの、火蓋が、切って落とされた。


 開始のゴングが鳴り響いた、そのコンマ数秒後。

 画面の入札額が、いきなりその数字を、変えた。


【入札者:Anonymous_Tycoon_EU】

【入札額:1兆1000億円】


「…ほう」

 JOKERの口元が、わずかに吊り上がった。

「いきなり、1000億ずつ刻んでいくか。威嚇射撃としては、上等だな。ヨーロッパの、無名の富豪か。面白い」


 だが、その威嚇は、全く意味をなさなかった。

 その入札から、わずか数秒後。

 画面が、再び更新される。


【入札者:Royal_Family_MidEast】

【入札額:1兆2000億円】


「出たな。中東の王族だ。こいつらは、金の使い方が派手だからな。テーブルを、荒らしに来やがった」

 JOKERの解説通り、そこから戦いは一気に加速していく。

 1兆3000億。

 1兆4000億。

 1兆5000億。

 1000億単位のチップが、まるで冗談のように飛び交っていく。

 オークション開始から、わずか15分。

 価格は、あっさりと3兆円の大台を突破した。

 そして、その勢いは、そこでぴたりと止んだ。

 まるで、嵐の前の、静けさ。


「…なるほどな」

 JOKERは、その沈黙の意味を、正確に読み解いていた。

「3兆。それが、最初のふるいだ。ここから先は、本気でこの指輪が欲しいと思ってる、本物の『プレイヤー』だけのテーブルになる。面白い。実に、面白いじゃねえか」


 その、あまりにも冷静な分析。

 その中で、一人の視聴者が、最も素朴な、そして最も本質的な疑問を投げかけた。


『なあ、JOKER。JOKERは、欲しくないの?』


 その、あまりにも真っ直ぐな問いかけ。

 それに、それまでギャンブルの行方で盛り上がっていたコメント欄の空気が、わずかに変わった。

 全ての視線が、JOKERへと注がれる。

 彼は、その問いかけに、数秒間、沈黙した。

 そして彼は、ゆっくりと、その目を閉じた。

 彼の脳裏に、浮かび上がるのは、いくつかの、あまりにも鮮やかな光景だった。

 ギルドのカウンターで、いつも彼を心配そうに、しかし誰よりも彼の力を信じて、その背中を押してくれた、知的な美貌の受付嬢。

 SSS級の隠れ家で、紅茶を飲みながら、世界の理を、そして孤独を、静かに語り合った、気高き聖女。

 A級ダンジョンの、その混沌の中で出会った、彼の常識を、そして世界の常識そのものを、その無邪気な一言で破壊した、ゴシックドレスの怪物。

 そして、何よりも。

 病院の、無機質なベッドの上で、それでも気丈に彼に微笑みかけ、そして今は、あの広すぎるリビングで、彼の帰りを待っているはずの、たった一人の、愛する妹。

 彼は、ゆっくりと、その瞼を開いた。

 その瞳には、これまでにないほどの、穏やかな、そしてどこまでも優しい光が宿っていた。


「――いいや。俺は、もう出会ってるから、いらないな」


 その、あまりにも静かな、しかしどこまでも重い一言。

 それに、コメント欄が、ざわめいた。


『え…?』

『出会ってる…?』

『誰のことだ…?雫さんか?詩織さんか?それとも、祈さんか…?』

『いや、まさか、全員…!?』


 その、あまりにも下世話な、しかしどこまでも人間的な憶測の嵐。

 それに、JOKERは、ふっと息を吐き出した。

 そして彼は、最高の、そしてどこまでも幸せそうな、照れ笑いを浮かべた。


「――そうだな。俺は、もう充分、幸せだよ」


 その、あまりにも素直な、そしてどこまでも温かい、肯定の言葉。

 それに、コメント欄は、もはや言葉を失っていた。

 ただ、温かい、そしてどこまでも優しい祝福の言葉だけが、滝のように流れ続けていた。


『JOKERさん…』

『なんだよ、それ…。泣けるじゃねえか…!』

『JOKERはモテそうだから、いらないよね』

『最高の、カミングアウトだったぜ…!』


 その、温かい空気の中で。

 JOKERは、再びギャンブラーの顔に戻った。

 彼は、モニターの向こうで、まだ熾烈な戦いを繰り広げている、名もなき富豪たちへと、その視線を向けた。

 そして彼は、言った。

 その声には、心からの、祝福の響きがあった。


「――そして、これを落札した奴も、幸せになると良いんだがな」


 その言葉が、予言であったかのように。

 オークションは、ついにその最終局面を迎えていた。

 残り時間、1分。

 入札額は、4兆円の大台を突破している。

 そして、その最後の殴り合いを制したのは、一人の、これまで一度もその名が挙がることのなかった、ダークホースだった。

 アメリカに本拠を置く、世界最大手の民間軍事会社。その、冷徹な合理主義者として知られる、初老のCEOだった。


【最終落札価格: 4兆8000億円】

【落札者: Sterling Dynamics Corp.】


 その、あまりにも意外な、そしてどこまでも無骨な結末。

 それに、コメント欄が、困惑の声を上げた。


『え!?軍事会社!?』

『なんで、あいつらが!?』

『運命の相手を探すのに、軍隊は必要ねえだろ!』


 その、あまりにも当然なツッコミ。

 それに、JOKERは、その手に持っていたタバコを、灰皿へと落とした。

 そして彼は、その完璧だったはずの読みが、完全に外れたことへの、純粋な驚愕と、そしてわずかな困惑を、その顔に浮かべた。


「――おっと。多分、こいつは理想のビジネスパートナーでも、探すのか?」

 彼は、そう言って、首を傾げた。

「…いや、違うな。それなら、もっと安い方法がいくらでもあるはずだ」

 彼は、そのあまりにも非合理的な、そしてどこまでも人間的な、そのCEOの行動の、その裏にある本当の意味を、必死に探ろうとしていた。

 そして彼は、ついに、その答えにたどり着いた。

 彼は、ふっと、その口元を緩ませた。

 その笑みは、敗北を認めたギャンブラーの、どこか清々しい、それだった。


「――俺の予想は、外れたな」


 その、あまりにも潔い、そしてどこまでも人間的な、敗北宣言。

 それに、コメント欄は、この日一番の、温かい笑いに包まれた。

 そうだ。

 この世界の、本当の面白さは。

 常に、我々の、予測の、遥か彼方にあるのだから。

 彼の、ギャンブルの夜は、まだ始まったばかりだった。

 その瞳には、次なるテーブルへの、尽きることのない好奇心が、燃え盛っていた。



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