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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
E級編

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35/491

第35話

 神崎隼人は、自らが足を踏み入れた空間の、その異質さに、思わず息を呑んだ。

 これまで彼が進んできた、狭く湿った洞窟の通路ではない。

 そこは、まるで古代の円形闘技場を思わせる、巨大なドーム状の地下空洞だった。天井は遥か高く、そのてっぺんには、かつては光を取り込んでいたであろう巨大な亀裂が、闇に口を開けている。壁際には、何本もの鍾乳石と石筍が、まるで巨大な獣の牙のように、天と地から突き出し、互いを求め合うかのように伸びていた。


 そして、何よりも異様なのは、その空気と匂いだった。

 これまでの通路に満ちていたカビと土の匂いは、完全に影を潜め、代わりに彼の鼻腔を突き刺すのは、ツンと鼻を突く酸っぱい腐敗臭。そして、魔素の密度が違う。これまでの場所が、ただの「濃い霧」だとするならば、ここはもはや「水の中」だ。呼吸をするだけで、肺が魔素の重圧に軋むような感覚。


 空洞の中央には、一つの巨大な「沼」が広がっていた。

 不気味な緑色の液体が、その表面張力を保っているのが不思議なほど盛り上がり、そのあちこちで、ぶつぶつと有毒の泡が弾けては消えていく。

 ここが、このE級ダンジョン【毒蛇の巣窟】の最深部。

 ボスの間。

 その事実を、隼人は誰に教えられるでもなく、その肌で理解していた。


 彼の配信のコメント欄も、そのあまりにも不気味で荘厳な光景に、これまでの雑談ムードから一変していた。


 視聴者A: うわ…なんだ、ここ…

 視聴者B: ついに、ボス部屋か…!空気が違うな…

 視聴者C: 毒蛇の巣窟のボスは、確か…E級の中でも屈指の初見殺しで有名だぞ…

 視聴者D: JOKERさん、一度引いて、準備を見直した方がいいんじゃないか?

 視聴者E: いや、今のJOKERさんならいける!俺は信じてるぜ!


 一万を超える観客たちが、固唾を飲んで画面の向こう側を見守っている。その緊張と期待が、まるで物理的な圧力となって、隼人の背中を押していた。


 隼人は、長剣の柄を強く握りしめると、警戒しながら、その空洞へと最初の一歩を踏み出した。

 その瞬間だった。


 ゴボッ、ゴボボボボボボボッ!!!


 中央の毒の沼が、まるで沸騰したかのように、激しく泡立ち始めた。

 そして、その緑色の水面がゆっくりと持ち上がり、一つの巨大な影が、そのおぞましい姿を現した。


 それは、ダンジョンの名が示す通り、巨大な、一匹の毒蛇だった。

 全長は、10メートルではきかないだろう。大型バスほどもある、その巨体。ぬらぬらとした深緑色の鱗は、洞窟の僅かな光苔の明かりを反射して、不気味な光沢を放っている。背中には、まるで剣山のように、無数の毒々しい紫色の棘が、生えそろっていた。

 だが、何よりも恐ろしいのは、その鎌首をもたげた頭部だった。

 そこには、ただの蛇のそれとは思えない、残忍な、そして狡猾な「知性」を宿した、六つの血のように赤い瞳が、ぎらりと輝いていた。その全ての瞳が、侵入者である隼人ただ一人を、正確に捉えていた。


 ARシステムが、その新たな脅威の情報を、隼人の網膜に表示する。


 ==================================== 名前: 【古龍蛇エンシェント・サーペントバジリスク】 レベル: 8 種別: 竜亜種 / 魔獣 脅威度: E++(最要注意対象)

 E級ダンジョン【毒蛇の巣窟】の主。

 その圧倒的な存在感を前にして、隼人は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 だが、彼の瞳には恐怖の色はなかった。

 むしろ、その瞳は、最高の獲物を前にした狩人のように、そして最高のカモを前にしたギャンブラーのように、妖しく、爛々と輝いていた。



「シャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 バジリスクが、動いた。

 その巨大な顎を、まるで裂けるかのように大きく開くと、そこから扇状に、数十発の緑色の毒液の弾丸を、隼人へと吐き出してきたのだ。

 一発一発が、人間の頭ほどの大きさを持つ質量の塊。

 それが、凄まじい速度で空間を引き裂き、隼人へと殺到する。


 だが、隼人は動かなかった。

 彼は、これまでの雑魚戦の経験から、自らの防御能力に絶対的な自信を持っていた。

 彼は、あえてその場から一歩も動かず、その毒の弾幕を正面から受け止めることを選んだ。

 彼の全身を覆う青白いオーラ…【元素の盾】が、その輝きを増す。

 そして彼は、ベルトに差した一つのフラスコを起動させた。

 紫水晶の霊薬…【アメジストのフラスコ】。

 彼の体を、気高い紫色のオーラがさらに包み込んだ。

 混沌耐性+50%。

 神の、護り。

 これさえあれば、どんな毒も恐るるに足らず。


「見せてやるよ、大蛇。格の違いってやつをな」


 彼はそう嘯いた。

 そして、その慢心は、次の瞬間、致命的な結果となって彼に跳ね返ってくる。

 ドッドッドッドッドッ!

 数十発の毒液の弾丸が、彼の体に次々と着弾する。

 そのほとんどは、【元素の盾】とアメジストのフラスコがもたらす圧倒的な耐性によって、ジュッという音を立てて蒸発し、消えていく。

 彼のHPバーは、ほとんど動かない。

 やはり、大したことはない。

 彼がそう確信しかけた、その瞬間だった。


 彼のステータスウィンドウに、一つの忌々しいアイコンが表示された。

『毒状態(強)』

 そして、悪夢はそこから始まった。

 彼の体を貫いた、数発の毒液。

 それらがもたらした毒のアイコンが、彼のステータスウィンドウに、次々と追加されていくのだ。

『毒状態(強)×2』

『毒状態(強)×3』

『毒状態(強)×4』

『毒状態(強)×5』

『毒状態(強)×6』


「…なんだと…?」


 隼人の顔から、余裕の笑みが消えた。

 そして彼は、気づいた。

 自らのHPバーが、これまで経験したことのない異常な速度で、削られていくのを。


 HP: 337... 321... 305... 289...


 彼の指にはめられた【混沌の血脈】が、毎秒15のHPを回復してくれているはずなのに。

 その緑色の回復の数字が、まるで焼けつくような赤いダメージの数字に、完全に飲み込まれていく。

 彼は、瞬時に計算した。

 毎秒15、回復している。

 それなのに、秒間16ずつ減っていく。

 つまり、この毒のスタック一つ一つが、秒間16ダメージ。

 それが今、六つ積み重なっている。

 秒間、96ダメージ。

 それに、俺のリジェネ15を引いても、秒間81ダメージが、俺の体を内側から蝕んでいく。

 10秒経てば、810。

 彼の最大HPは、337。

 つまり、このまま何もしなければ、わずか4秒で彼は死ぬ。


「クソが…!」


 隼人は、初めて心の底からの悪態を吐いた。

 これが、E級のボスの洗礼。

 これが、雫が言っていた混沌属性の本当の恐ろしさ。

 毒は、**「スタック」**するのだ。


 視聴者A: まずい!毒がスタックしてる!

 視聴者B: リジェネが追いついてない!HPの減りが早すぎる!

 視聴者C: JOKERさん、逃げて!距離を取ってフラスコを!

 視聴者D: だから、初見で突っ込むのは無謀だって言ったんだ!


 コメント欄が、阿鼻叫喚の悲鳴で埋め尽くされる。

 隼人は、慌ててベルトに差した最後の生命線…【ライフフラスコ】を、呷った。

 ゴクンという音と共に、彼のHPバーが半分ほど一気に回復する。

 だが、それもただの気休めにしかならなかった。

 回復したそばから、猛烈な勢いでHPは再び削り取られていく。

 まるで、穴の空いたバケツに必死に水を注ぎ込むような、不毛な作業。

 そしてバジリスクは、そんな彼の絶望的な状況を、その六つの赤い瞳で、愉悦に歪めながら見つめていた。

 王者はゆっくりと、その巨大な鎌首をもたげ、次なる必殺の一撃を放つべく、その準備を始めた。

 それはもはや、弾幕ではない。

 全ての毒を凝縮した、一撃必殺のブレス。

 あれを食らえば、終わりだ。

 隼人の脳裏に、初めて明確な「死」の一文字が浮かび上がった。


【転】戦略転換と、回避と反撃の円舞曲

(…面白い)


 絶体絶命の状況下で、しかし、彼の思考はどこまでも冷静だった。ギャンブラーとしての血が、この最悪のテーブルを前にして、歓喜に打ち震える。

 カードの相性が悪いなら、手札を全て捨てて、流れを変えるしかない。

 彼は、即座に思考を切り替える。

 戦士のセオリーは、捨てる。俺は、俺のルールで戦う。


「避けなければ、死ぬ」


 単純明快な、結論。だが、それこそがこの盤面における唯一の正解。

 彼のプレイスタイルが、完全に変更される。

 バジリスクが、苛立ちを隠せない様子で、その巨大な尻尾による薙ぎ払いを放ってきた。それは、広範囲をなぎ倒す、回避困難な一撃。

 これまでの隼人であれば、大きく後方へ跳躍して避けるしかなかっただろう。

 だが、彼は違う。

 自ら、その攻撃の懐へと踏み込んだ。


『なっ!?』

『JOKERさん、何してんだ!』

『自殺行為だ!』


 視聴者が、悲鳴を上げる。

 だが隼人の目は、冷静に、薙ぎ払われる尻尾の最も威力が乗る、その一点を見据えていた。

 彼は長剣で、完璧なタイミングで、その一撃を**【パリィ】**した。


 キィィィィィィィィィィンッ!!!


 これまでこのダンジョンで響いた、どの金属音よりも甲高く、そして美しい音が、広間全体に響き渡った。

 バジリスクの渾身の一撃が、信じられないというように、明後日の方向へと弾かれる。

 そして、奇跡は起こる。

 パリィが成功したその瞬間、隼人の体が、ふわりと優しい緑色の光に包まれた。積み重なった毒で、みるみるうちに削れていたHPが、確かな量、回復していく。(ガード時にライフ回復)

 それだけではない。彼の長剣が、まるで意思を持ったかのように、自動で超高速のカウンター攻撃を、がら空きになったバジリスクの胴体へと叩き込んだ。(リポスト)


 ザシュッという、重い斬撃音。

「ギシャアアアッ!?」

 バジリスクが、初めて明確な苦痛の声を上げた。自らの攻撃が、相手を回復させ、そして手痛い反撃となって返ってきた。その、あまりにも理不尽な現実に、その六つの赤い瞳が、困惑に揺れる。


『なんだ…今のは!?』

『パリィで回復したぞ!』

『しかも、自動でカウンター入った!あれが、鉄壁の報復か!』


 ベテラン視聴者たちが、そのスキルの組み合わせの意味を、瞬時に理解し、驚愕の声を上げる。

 彼は、その一撃離脱を繰り返す。

 バジリスクの大振りな攻撃は、一度パターンを見切ってしまえば、対処は難しくない。毒の弾丸も、ブレスも、その予備動作はあまりにも大きい。所詮は、E級のモンスター。動きの洗練度は、まだ低い。

 隼人は、バジリスクの全ての攻撃を紙一重でパリィし、回復し、反撃する。そして、すぐに距離を取る。

 毒のスタックが再び積み重なる前に、離脱する。

 その華麗な立ち回りは、まるで、死の円舞曲ワルツのようだった。

 猛毒の雨の中を、たった一人舞い踊り、確実に王の生命を削り取っていく、死神のダンス。

 攻撃と、防御と、回復が一体となった、完璧な永久機関。

 彼のプレイヤースキルが、今、このE級ダンジョンというテーブルの上で、満開の才能を咲き誇らせていた。



 長い、長い、攻防の末。

 隼人は、着実に、しかし確実に、バジリスクのHPを削り続けていた。

 自らの攻撃がことごとくいなされ、逆にダメージを受ける。その屈辱的な状況に、バジリスクはついに苛立ちを募らせ、その最大の攻撃を放ってくる。

 口から、巨大な毒のブレスを直線状に放射する大技だ。それは、洞窟の壁を溶かし、床を腐食させる必殺の威力を持つ。

 その攻撃は強力だが、同時に、巨大な「隙」を晒すことにもなる。


 隼人は、その一瞬の好機を見逃さない。

 彼は、ブレスのわずかな死角へと滑り込むように移動すると、この瞬間のために温存していた、全てのMPを解放する。

 彼の無銘の長剣が、これまでにないほど強く、激しい赤い闘気のオーラをその身に纏った。


「――これが、俺の必殺技だッ!」


 **【必殺技】衝撃波の一撃ショックウェーブ・ストライク**を、バジリスクの頭部へと全力で叩き込む。


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 砦全体が、揺れた。

 着弾した、バジリスクの頭蓋が砕ける嫌な音。そして、そこから放たれた半透明の力の衝撃波が、周囲の毒の沼を吹き飛ばし、壁を震わせる。

 気絶効果を持つその一撃は、バジリスクの貧弱な精神を完全に刈り取り、その巨体を地面へと崩れ落ちさせる。六つの赤い瞳から、光が消えた。


 そして隼人は、その無防備な急所に、追撃の**【無限斬撃】**を、嵐のように叩き込み、その長い死闘に終止符を打つのだ。

 ガキン、ザシュッ、キィン、ザシュッ!

 もはや、それは一方的な蹂躙。

 彼の長剣が、何度も、何度も致命的なダメージを与え続け、ついにバジリスクの巨体は、ひときわ強く、そして禍々しい光を放ちながら、霧散していった。


 静寂が、戻る。

 後に残されたのは、夥しい光の粒子と、その中心で、荒い息をつきながら、剣を杖代わりにかろうじて膝をつく、隼人の姿だけだった。

 コメント欄は、勝利を祝福する絶叫の嵐と化していた。


 バジリスクの最後の光の粒子が、洞窟の闇へと消えていく。

 その静寂の中。

 傷だらけで膝をついていた隼人の全身を、これまでにないほど力強く、そして温かな黄金の光が包み込んだ。


【LEVEL UP!】

【LEVEL UP!】


 祝福のウィンドウが、彼の視界に立て続けに二度ポップアップする。

 ゴブリン・シャーマンを倒した時とは比較にならないほどの絶大な経験値。それが、彼の魂と肉体を一気に次のステージへと引き上げたのだ。


 ====================================

 神崎 隼人(JOKER) Lv.5 -> Lv.7


 クラスレベルが上昇しました! 戦士 Lv.3 -> Lv.4


 ステータスポイントを、10、獲得しました。

 パッシブスキルポイントを、2、獲得しました。


 新規スキル:【不屈の魂 Lv.1】を習得しました。

 現在のJOKERのステータス

 現在のレベル: Lv.7


 クラス: 戦士 Lv.4


 未割り振りポイント:


 ステータスポイント: 15 (温存分) + 10 (新規) = 合計 25


 パッシブスキルポイント: 0 (使用済み) + 2 (新規) = 合計 2


 新規習得スキル:


【不屈の魂 Lv.1】(パッシブ): HPが35%以下になった時、一度だけ自身にかかった全てのデバフを解除し、短時間、物理ダメージ軽減率が上昇する。


『勝ったあああああああああああああ!』

『神!神!神!神!』

『あの絶望的な状況から、一人でボスを倒すとか、人間じゃねえ!』


 勝利した、隼人。だが、彼の心には確かな「課題」が残っていた。

 今回の勝利は、あまりにも彼のプレイヤースキルに、依存しすぎていた。

 もし、一度でもパリィに失敗していれば、死んでいた。

 もし、最後のブレスを避けきれなければ、死んでいた。

 あまりにも、危うい綱渡りの勝利。


 もっと、安定して勝つためには、何が必要か。

 プレイヤースキルに頼らない、もっとシステム的な、絶対的な勝利の方程式はないのか。


 彼は、ドロップしたボスの素材…ひときわ大きく、そして不気味な光を放つ【古龍蛇の心臓】を、見つめながら、次なるビルドの強化へと思考を巡らせ始める。


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なんかRPGとかやると真っ先に最強スキル構成検索してイキるやつみたい
ギャンブラーは臆病で慎重なものじゃなかったのか なんかかっこつけて間抜けさらしてるだけやん
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