第334話
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、まるで巨大な生き物が、その呼吸を整えるかのような、奇妙な静けさと、水面下で沸騰するような熱気に包まれていた。
数日前、あのJOKERが、たった一つのオーブを1500億円で売りさばいたという伝説。そして、そのオーブが「来訪者」と呼ばれる謎の存在からドロップする「欠片」を集めることで完成するという、衝撃の真実。
その二つの巨大なニュースは、世界の探索者たちの価値観を、完全に、そして未来永劫に、破壊してしまった。
F級、E級ダンジョンに殺到していた者たちの熱狂は、潮が引くように静まり、誰もが自らの現在地と、そしてこれから進むべき道を、固唾を飲んで見つめ直していた。
その、嵐の前の静けさ。
それを、最初に破ったのは、やはりこの世界の中心を担う、プロフェッショナルたちの、あまりにも現実的な「帰還」の報告だった。
【SeekerNet 掲示板 - B級ダンジョン総合スレ Part. 422】
1: 名無しのC級(留守番)
…おい。
…おい、お前ら。
帰ってきたぞ。
奴らが。
2: 名無しのD級(見学中)
1
奴らって、誰だよ?
3: 名無しのC級(留-守番)
2
決まってんだろ。
A級の、亡霊どもだよ。
俺、今B級の【古竜の寝床】でパーティ組んでレベリングしてるんだが、さっきまでガラガラだったのに、いきなりだ。
オーディンだの、青龍だの、見たこともねえギルドの紋章を付けた連中が、何パーティも、なだれ込んできた。
あいつら、俺たちC級パーティのことなんざ、道端の石ころみてえに見て、ダンジョンの奥に消えていきやがった…。
なんだよ、これ…。
その、あまりにも生々しい、そしてどこか怯えを帯びた報告。
それが、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
「俺も見た!」「A級下位の【古代遺跡アルテミス】も、もうA級で満員だ!」「こっちはB級中位の【機械仕掛けの心臓】だが、地獄絵図だぞ…」
B級以上の、あらゆるダンジョン。
その、あらゆる場所で、同じ現象が、同時に起きていた。
エッセンスとカードの夢に踊らされ、低ランクダンジョンへと「出稼ぎ」に行っていた、猛者たち。
彼らが、一斉に、自らの本来の「狩場」へと、帰ってきたのだ。
スレッドには、当初の熱狂から一転、そのあまりにも大きな力の差を前にした、中堅探索者たちの悲痛な叫びと、そしてそれを嘲笑うかのような、強者たちの傲慢な言葉が、溢れかえっていた。
311: 名無しのA級戦士
…なんだ、お前ら。文句でもあんのか?
俺たちが、俺たちのランクに相応しいダンジョンに戻ってきて、何が悪い。
312: 名無しのC級ヒーラー
311
悪いとは、言ってませんけど…!
でも、もう少し、手加減というか…。
あなた達が本気で狩り始めたら、私達、モンスターに遭遇することすらできないんです!
313: 名無しのA級戦士
312
知るかよ、そんなこと。
それが、実力差ってもんだろ。
嫌なら、お前らも早くここまで上がってこいよ。
そもそも、なんで俺たちがお前らと同じ、F級の泥水啜らなきゃならなかったと思ってんだ。
314: 名無しのB級タンク
313
そりゃ、エッセンスとカードが美味かったからだろ…。
315: 名無しのA級戦士
314
はっ、笑わせる。
エッセンス?宿命のカード?そんなの、子供の小遣いにもならねえよ。
その、あまりにも不遜な、そしてどこまでも絶対的な、強者の言葉。
それに、スレッドがどよめいた。
『は!?』
『小遣い!? Tier7のエッセンスは、1000万だぞ!?』
『【七人の開拓者】は、一枚数千万で取引されてるじゃねえか!』
その、あまりにも当然な反論。
だが、そのA級の戦士は、その全てを、鼻で笑うかのように、一蹴した。
318: 名無しのA級戦士
だから、それが「子供の小遣い」だっつってんだよ。
お前ら、まだ気づいてねえのか?
JOKERが、証明しただろ。
この世界の、本当の「当たり」が、どこにあるのかをな。
フラクチャーオーブの欠片×2を引き当てて、150億を引き当てる。それだけだ。
俺たちが、今、狙ってるのはな。
お前らが見てる、ちっぽけなテーブルじゃねえ。
神々の、その領域だ。
その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも残酷な、価値観の断絶。
それに、スレッドは、静まり返った。
そうだ。
彼らは、理解してしまった。
自分たちが、この数週間、熱狂していたエッセンスやカードという「お祭り」。
それが、A級以上の探索者たちにとっては、もはや過去の遺物でしかないという、その事実を。
そして、その静寂の海に、一つの、どこまでも正直な、そしてどこまでも人間的な、本音が投下された。
325: 名無しのC級戦士
…なんか、腹立つな。
でも、まあ…。
いやー、B級以上のダンジョンの人、減ってて快適だったけど、再び人が増えてきたな…。
正直、これだよな。
328: 名無しのB級盗賊
325
分かる。
俺も、この一ヶ月、B級ダンジョンが貸し切り状態で、めちゃくちゃ稼がせてもらったわ。
夢の時間は、終わりってことか…。
331: 名無しの現実主義者
328
現金過ぎんだろ、お前らwww
でも、まあ、これが現実だ。
強い奴が、美味い狩場を独占する。
昔に戻っただけだ。
ただ、その「美味さ」の桁が、一つも二つも変わっちまっただけでな。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも冷徹な分析。
それに、スレッドは、深い、深い諦観の空気に包まれた。
だが、その絶望の淵で。
なおも、抗おうとする者たちがいた。
この、理不尽なゲームのルールを、捻じ曲げてでも、生き残ろうとする、本物のプレイヤーたちが。
455: ハクスラ廃人
…おいおい、しんみりしてんじゃねえよ、三流どもが。
確かに、A級の連中が戻ってきたのは、厄介だ。
だがな、テーブルが変わったってことは、そこに新たな「勝ち筋」が生まれるってことでもあるんだぜ?
頭を使えよ、頭を。
458: 元ギルドマン@戦士一筋
455
ハクスラ廃人の言う通りだ。
B級以上の探索者が、なぜ戻ってきたのか。その理由を、もう一度考えてみろ。
彼らの目的は、ただのレベル上げや、魔石稼ぎではない。
ただ一つ。
あの、青い「来訪者」だ。
その、あまりにも本質的な指摘。
それに、スレッドの住人たちが、はっとしたように、次々と同意の声を上げ始めた。
『そうか…!』
『来訪者を、狩るために…!』
465: ハクスラ廃人
ああ、そういうことだ!
いやー、でも1日に1回会えるかも知れない来訪者が、フラクチャーオーブの欠片ドロップするんだろ?絶対そっち狙いが良いよな。
A級の連中は、その天文学的な確率に、自らの全てをベットしに来たんだよ。
それこそが、この新しい時代の、最高のギャンブルだからな。
その、あまりにも鮮やかで、そしてどこまでも美しい、逆転の発想。
それに、スレッドは、絶望の淵から、一瞬で歓喜の頂へと、駆け上がった。
そうだ。
俺たちには、まだ、残されているカードがある。
A級の連中が、フラクチャーオーブという幻の夢を追いかけている、その隙に。
俺たちは、俺たちの戦い方で、この新しい時代を、生き抜いてやればいい。
その、あまりにも前向きで、そしてどこまでも力強い結論。
それに、スレッドの全ての住人が、静かに、しかし力強く頷いた。
501: ベテランシーカ―
ええ。それでいいのです。
世界は、常に多様な価値観で満ちている。
A級には、A級の戦い方が。
そして、我々B級、C級には、我々の戦い方がある。
低レベルも、エッセンスの定期収入と、カードのワンチャンがあるしな。
JOKERが証明してくれたように、この世界では、時にF級のテーブルが、神々のテーブルを、ひっくり返すことだってあるのですから。
その、あまりにも温かい、そしてどこまでも希望に満ちた、ベテランからの言葉。
それに、スレッドは、この日一番の、温かい、そしてどこまでも力強い、連帯感に包まれた。
絶望の時代は、終わった。
ここから始まるのは、それぞれの階級が、それぞれの夢を追い求める、新たな、そしてより豊かな、競争の時代。
その、あまりにも健全な、そしてどこまでも面白い、新しいゲームの幕開けを。
世界の、全ての探索者が、その胸に、確かな高揚感と共に、感じていた。




