第331話
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、奇妙な静けさと、水面下で沸騰するような熱気に包まれていた。
数日前、あのJOKERがB級中位ダンジョンで遭遇したという、謎の青い人型存在…通称「来訪者」。そして、彼がドロップしたという、鑑定不能の奇妙なアイテム【フラクチャーオーブの欠片】。
その配信のログは、瞬く間に世界中を駆け巡り、あらゆるビルド考察家や情報屋たちが、不眠不休でその分析にあたっていた。
だが、答えは出なかった。
あまりにも、情報が少なすぎたのだ。
世界の空気は、新たな時代の幕開けを前にした、嵐の前の静けさのように、ただ張り詰めていた。
その静寂を、最初に破ったのは、やはり現場の探索者たちの、生々しい絶叫だった。
【SeekerNet 掲示板 - B級ダンジョン総合スレ Part. 421】
1: 名無しの竜狩り
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
出た!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
マジで、出やがった!!!!!!!!!!!!!!!
B級【古竜の寝床】の最深部で、あの青いオバケに遭遇したぞ!!!!!!!!!!!!!!!
2: 名無しのC級(見学中)
1
マジかよ!
JOKERの配信で見たやつか!?
3: 名無しの竜狩り
2
ああ、間違いねえ!
いきなり空間が歪んで、無音で出てきやがった!
そしたら、見たこともねえキモいモンスターを、無限に召喚しやがる!
俺のパーティ、半壊させられたぞ!
なんとか全部倒したら、JOKERの時と同じように、すうっと消えていきやがった…。
4: 名無しのゲーマー
3
で、でも、ドロップは!?
ドロップは、どうだったんだよ!
5: 名無しの竜狩り
4
ああ、それがこれだ…。
[画像:インベントリ画面のスクリーンショット。【混沌のオーブの欠片】x3、【変化のオーブの欠片】x5、【高貴のオーブの欠片】x1が、寂しげに並んでいる]
…これだけだ。
欠片ばっかり。
正直、あの死闘に見合う報酬とは、到底思えねえ…。
その、あまりにも生々しい、そしてどこか失望に満ちた報告。
それが、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
「俺も見た!」「A級下位の【古代遺跡アルテミス】にも出たぞ!」「こっちも欠片だけだった…」
B級以上の、あらゆるダンジョン。
その、あらゆる場所で、あの青い来訪者が、まるで気まぐれな神のように、その姿を現し始めたのだ。
そして、彼らが残していくのは、決まって、あのささやかな、しかしどこか期待を裏切るような、オーブの「欠片」だけだった。
スレッドには、当初の熱狂から一転、冷静な分析と、そして深い溜息が混じり合った、奇妙な空気が流れ始めた。
311: 名無しのビルド考察家
…なるほどな。
ようやく、データが揃ってきた。
来訪者の出現条件は、B級以上のダンジョンで、極めて低い確率でのランダムエンカウント。一日一回会えるかどうかという確率だ。
そして、そのドロップテーブルの99%以上は、各種オーブの欠片。
20個集めれば、確かに一つのオーブにはなる。だが…。
312: ハクスラ廃人
311
ああ、割に合わねえな。
正直、欠片のドロップは微妙だ。
あいつが召喚するモンスターの群れと戦う時間とリスクを考えたら、普通にそのダンジョンを周回して、魔石を売って、マーケットでオーブを買った方が、よっぽど効率が良い。
これは、ただのハズレテーブルだ。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも冷徹な結論。
それに、スレッドは諦観の空気に包まれた。
JOKERが引き当てた、あの大量の欠片は、ただのビギナーズラック。
来訪者とは、ただの、少しだけ珍しいだけの、しかし何の旨味もない、新種のエリートモンスター。
誰もが、そう結論付けようとしていた。
その、停滞した空気を、再び断ち切ったのは、やはり、あの男の、一つの書き込みだった。
325: ハクスラ廃人
…だがな。
一つだけ、気になることがある。
あのJOKERが拾った、謎の欠片。
【フラクチャーオーブの欠片】。
あれの報告が、まだ、世界のどこからも上がってきていない。
もし、万が一。
あの欠片が、このクソみてえなテーブルの、たった一つの「大当たり」だったとしたら…?
その、あまりにも悪魔的で、そしてどこまでもギャンブル心をくすぐる、仮説。
それに、スレッドの空気が、再び変わった。
そうだ。
まだ、終わってはいない。
このゲームの、本当の「当たり」は、まだ誰も見ていないのだ。
そして、その議論は、新たな、そしてより専門的なスレッドへと、その舞台を移していく。
【SeekerNet 掲示板 - クラフト総合スレ Part. 216】
1: 名無しのクラフトマニア
スレ立て乙。
さて、賢者たちの時間だ。
例の、JOKERがドロップしたという【フラクチャーオーブの欠片】。
あれの、正体について、本気で語ろうぜ。
まだ誰も完成品を持っていない以上、ここにあるのはただの憶測だ。だが、その憶測こそが、俺たちの仕事だろ?
2: 名無しのビルド考察家
1
乙。
まず、名前からして不穏だ。「フラクチャー(Fracture)」。破壊、骨折、分裂。何かが「壊れる」ことに関係するオーブなのは、間違いないだろう。
3: 名無しの元ギルドマン@戦士一筋
2
うむ。
だが、それがどういう意味を持つのか…。全く、見当がつかんな。
アイテムを、文字通り破壊するだけの、呪いのオーブか?
それにしては、ドロップ率が低すぎる。
何か、我々の理解を超えた、特別な意味があるはずだ。
4: ハクスラ廃人
3
だよな。
俺も、昨日の夜からずっと考えてるんだが、全く答えが出ねえ。
混沌のオーブがMODをランダムに書き換えるように、こいつも何かをランダムにするんだろうが…。
何をだ?ソケットの数か?リンクか?
いや、それなら既存のオーブがある。
全く新しい概念のクラフトアイテム。それだけは、確かだ。
5: ベテランシーカ―
4
皆さん、一つだけ確かなことがあります。
それは、ギルドの最高レベルのデータベースにも、このオーブに関する情報が一切存在しないということです。
つまり、これは、我々人類が初めて手にする、未知の「理」。
その効果が、祝福であるか、呪いであるか。
それを知るためには、ただ一つしか方法はありません。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも真理を突いた一言。
それに、スレッドの全ての住人が、息を呑んだ。
そして、そのベテランシーカ―の言葉を引き継ぐかのように。
一人の、名もなき探索者が、その魂の叫びを、スレッドへと投下した。
288: 名無しのB級タンク
ああ、そうだよな…。
理屈こねてても、しょうがねえ。
誰か20個集めてフラクチャーオーブを手にするんだ?
それしか、ねえよな!
その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも本質的な、挑戦状。
それが、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
『うおおおおお!そうだ!』
『誰が、最初に神の領域にたどり着くのか!』
『俺が、なってやる!』
その熱狂の、まさにその中心で。
あの、百戦錬磨のベテランたちが、その興奮を隠しきれない様子で、その声を上げた。
彼らの言葉は、この新たな時代の幕開けを告げる、ファンファーレだった。
815: 元ギルドマン@戦士一筋
…ふん。面白い。
実に、面白いじゃねえか。
これだから、この世界は、やめられん。
821: ハクスラ廃人
ああ、まったくだぜ!
エッセンス、宿命のカードに引き続き、来訪者かよ。この世界は本当に飽きないな。
最高の、クソゲーだ!
828: ベテランシーカ―
ええ。
欠片のドロップは正直微妙だけど、フラクチャーオーブの正体が気になるぜ。
この、謎を解き明かす瞬間の、高揚感。
これこそが、我々探索者の、報酬なのだから。
その、あまりにも力強い、そしてどこまでも楽しそうな、宣言。
それに、スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。
誰もが、その未知なるオーブの、その甘美な謎の虜になっていた。
そして、その熱狂は、やがて一つの、巨大な「渇望」へとその姿を変えていく。
1011: 名無しのA級富豪
…おい、お前ら。
誰か、【フラクチャーオーブの欠片】、持ってねえか?
言い値で買うぞ。
一個、1億円でどうだ?
その、あまりにも暴力的で、そしてどこまでも純粋な、欲望の書き込み。
それが、この新たなゴールドラッシュの、始まりの合図だった。
欠片を、集めろ。
20個集めて、この世界の、誰も見たことのない奇跡を、その手で作り出すのだ。
その熱狂は、もはや誰にも止められない。
世界の、全てのB級以上の探索者が、その日、一つの共通の夢を見た。
あの、青い来訪者と出会い、そしてその手から、世界の理を砕く、あの禁断の欠片を、手に入れる夢を。
新たな、ゴールドラッシュ。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも熾烈な、競争の時代の幕開けだった。




