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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
過去・国際公式探索者ギルド結成編

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第326話

物語(ものがたり)は10(ねん)(まえ)、ダンジョンが(あらわ)れる当日(とうじつ)(もど)る】

【ダンジョン出現(しゅつげん)()、6ヶ(げつ)経過後】


 霞が関、内閣危機管理センターの極秘会議室。

 その空気は、D-SLAYERSが腐敗領域から生還したあの日から、常に重く、そしてどこか焦燥感に満ちていた。

 円卓を囲む日本のトップエリートたちは、巨大なホログラムモニターに映し出された二つのユニーク装備のデータを、もはや何度目になるか分からないほど、見つめていた。

神域(しんいき)元素(げんそ)心核(しんかく)】と、【原初(げんしょ)調和(ちょうわ)】。

 B級の呪いを完全に無効化し、持ち主を半神の領域へと引き上げる、二つのオーパーツ。

 だが、その神々の装備は、ただ静かに、ギルドの最深保管庫で眠り続けていた。


「…まだ、か」

 坂本純一郎特命担当大臣が、その深い皺の刻まれた顔を歪めながら、呟いた。

 彼の視線の先、モニターの片隅には、鬼塚宗一率いるD-SLAYERSの、リアルタイムのステータスが表示されている。

 彼らは、あの地獄の初陣の後も、一日たりとも休むことなく、C級ダンジョンを周回し続けていた。魔石栄養剤によるドーピングを続け、その肉体と精神を限界まですり減らしながら。

 その結果、彼らの平均レベルは、ついに20の大台に到達していた。

 民間探索者からすれば、それは驚異的な成長速度。

 だが、坂本にとっては、あまりにも、遅すぎた。


「長官。鬼塚一尉たちのレベルは、確かに順調に上がっています。ですが…」

 隣に座るギルドの連絡官、伊吹が、重い口を開いた。

「例の二つの装備の要求レベルは、40です。このペースでレベリングを続けたとしても、そこに到達するには、最低でもあと半年はかかるかと」

「半年…か」

 坂本は、その言葉の重みを噛みしめた。

「その間に、アメリカが、あるいは中国が、我々と同じ、あるいはそれ以上の『解』にたどり着かないという保証は、どこにもない」

 会議室は、重い沈黙に包まれた。

 彼らは、最高の「剣」を手に入れた。

 だが、その剣を振るうことのできる「腕」が、まだ育っていなかったのだ。

 その、あまりにも残酷な時間との戦い。

 その膠着状態を、破ったのは、坂本の、一つのあまりにも突飛な、そしてどこまでも常識外れな、問いかけだった。


「…伊吹君」

 彼は、その鋭い瞳で、ギルドの男を真っ直ぐに見つめた。

「この世界のルールに、『例外』はないのかね?」



 その数日後。

 東京郊外の、とある大学の、静かな図書館。

 その片隅の閲覧席で、一人の女子大生が、分厚い専門書と格闘していた。

 彼女の名は、結城沙耶ゆうき さや

 ごく普通の、どこにでもいる文学部の学生。

 そして、週末だけ、F級ダンジョンで小遣いを稼ぐ、C級の兼業冒険者だった。

 彼女のユニークスキルは、【万物(ばんぶつ)担い手(にないて)】。

 その効果は、ただ一つ。『あらゆる装備の、レベル及びステータス要求値を、完全に無視する』。

 戦闘能力は、ゼロ。

 彼女にとって、それはただ、レベル不相応な少しだけ性能の良いマジック等級の杖を、他の初心者より早く装備できるというだけの、ささやかな「便利スキル」でしかなかった。

 彼女は、自らがこの国の運命を左右する、最後の「鍵」であることなど、知る由もなかった。


 彼女の前に、二人の男が、音もなく現れた。

 一人は、テレビで何度も見たことのある、坂本大臣。

 もう一人は、その全身から、人間離れした鋭いオーラを放つ、鬼塚一尉。

 その、あまりにも場違いな二人の登場に、沙耶はただ呆然と、その場に固まることしかできなかった。


「…結城沙耶君だね」

 坂本は、その穏やかな、しかし有無を言わさぬ声で言った。

「君に、この国の未来を賭けた、極秘の任務を依頼したい」


 沙耶は、最初、それを断った。

 当たり前だ。

 ただのC級学生である自分が、国家の極秘任務?

 B級ダンジョンへの、潜入?

 冗談ではない。死んでしまう。

 だが、坂本の説得は、彼女の想像を絶するものだった。

 彼女が、この任務を成功させた場合の、報酬。

 それは、彼女の生涯の学費と生活を、国家が完全に保証するという、あまりにも破格の、そしてどこまでも甘美な提案だった。

 そして、鬼塚の、その静かな、しかし絶対的な約束。

「――君は、戦う必要はない。君は、我々の『心臓』だ。我々が、君を守る、鉄の『肋骨』となる。君のその身に、傷一つ負わせることは、ないと誓おう」


 その、あまりにも真摯な、そしてどこまでも頼もしい言葉。

 それに、彼女の心は、揺れた。

 そして、彼女は最後に、一つの質問をした。

「…どうして、私なんですか?」

 その問いに、坂本は、最高の、そしてどこまでも誠実な笑顔で答えた。

「君にしか、できないことだからだ。君は、この国の、最後の『希望』なのだよ」

 その言葉に、彼女はついに、その重すぎる運命を、受け入れることを決意した。



 B級ダンジョン【古竜(こりゅう)寝床(ねどこ)】。

 その灼熱のカルデラに、D-SLAYERSの精鋭部隊が、完璧な陣形を組んで、その姿を現した。

 だが、その陣形の中心にいるのは、隊長である鬼塚ではなかった。

 おびただしい数の傷跡を持つ、鋼鉄の兵士たち。

 その中央で、彼らに守られるようにして立っていたのは、場違いなほど華奢な、一人の少女だった。

 結城沙耶。

 彼女は、震える手で、坂本から託された二つのオーパーツを、その身にまとった。

 胸には【神域(しんいき)元素(げんそ)心核(しんかく)】が、そしてその指には【原初(げんしょ)調和(ちょうわ)】が、神々しいまでのオーラを放って輝いていた。

 その瞬間、彼女の全身を、これまでにないほどの、圧倒的な力の奔流が包み込んだ。

 彼女は、もはやただのC級学生ではない。

 神の鎧をその身にまとった、歩く要塞。

 B級の呪いを、完全に無効化する、生ける聖域だった。


「――作戦、開始」

 鬼塚の、その号令。

 それが、この歴史的な実験の、始まりの合図だった。

 彼らは、その灼熱の洞窟を、進んでいく。

 そして、彼らは遭遇した。

竜人族(りゅうじんぞく)精鋭(せいえい)部隊(ぶたい)】。

 その、あまりにも圧倒的な、暴力の化身たち。

 だが、その暴力は、沙耶の前では、無力だった。

 竜人たちが吐き出す、灼熱のブレス。

 それが、彼女の体を包む【元素の盾Lv.20】の、絶対的な結界に触れた瞬間、まるでそよ風のように、霧散していく。

 彼女は、無傷。

 その、あまりにも理不尽な光景。

 それに、竜人たちが、初めてその獰猛な顔に、困惑の色を浮かべた。

 その、わずかな隙。

 それを見逃すほど、D-SLAYERSは甘くはなかった。

 鬼塚たちの、無慈悲なカウンターが炸裂する。

 彼らは、もはや防御を考える必要はない。

 ただ、目の前の敵を、殲滅することだけに、その全ての力を集中させればいい。

 それは、もはや戦闘ではなかった。

 ただの、一方的な蹂躙だった。


 そして、彼らはついに、このダンジョンの主…【古竜(こりゅう)マグマロス】の、その玉座の間へとたどり着いた。

 古竜は、その侵入者たちを、その黄金の瞳で一瞥すると、気だるそうに、その顎から、最大火力のブレスを吐き出した。

 カルデラ全体を焼き尽くすほどの、紅蓮の炎の津波。

 だが、その炎の海の中を、沙耶は、ただ静かに、歩いていた。

 その体には、炎の一筋すら、届かない。

 その、あまりにも神々しい光景。

 それに、古竜が、初めてその黄金の瞳に、純粋な「恐怖」の色を浮かべた。

 そして、その恐怖が、彼の敗北を決定づけた。

 D-SLAYERSの、嵐のような猛攻。

 それに、古竜はなすすべもなく、その巨体を支えきれず、そして満足げな光の粒子となって、消滅していった。

 日本政府は、ついにB級ダンジョンを、完全に制圧したのだ。



 その、あまりにも圧倒的な勝利の報。

 それは、霞が関の対策本部を、歓喜の渦へと叩き込んだ。

「やったぞ!」「これで、我々は世界の頂点に立てる!」

 坂本もまた、その震える手で、ガッツポーズを決めていた。

 彼の、人生最大のギャンブルは、最高の形で、その勝利を収めたのだ。

 だが、その祝賀ムードは、長くは続かなかった。


 その日の、深夜。

 坂本の、極秘の個人端末に、一通のメッセージが届いた。

 差出人は、不明。

 だが、そのあまりにも特徴的な文面。

 それに、坂本の顔から、血の気が引いた。


『――やあ、坂本大臣。素晴らしいショーだったね♡』


 その、あまりにも馴れ馴れしい、そしてどこまでも猫なで声の、メッセージ。

 その送り主が、アメリカのヘイワード長官であることを、彼は即座に理解した。


『君たちが、素晴らしい『女王様』を手に入れたことは、よく分かったよ。僕達も、ぜひその力にあやかりたいものだ』

『僕達にも、その可愛いお姫様と、そのドレスと指輪を、少しだけ貸してほしいな♡』

『僕達も、B級ダンジョン、クリアしたいし♡』

『もし、貸してくれないと…』

『ちょっと、今後のお付き合いを、考えないといけないかもね♡』


 その、あまりにも丁寧な、しかしどこまでも脅迫的な、非公式メッセージ。

 それに、坂本は言葉を失った。

 彼の、短い、そしてどこまでも甘美な勝利の時間は、終わりを告げた。

 ここから始まるのは、国家の存亡を賭けた、静かな、しかしどこまでも熾烈な、神々の、ささやきによる戦争なのだと。

 彼は、そのあまりにも重い現実を、ただ一人、静かに噛みしめるしかなかった。




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