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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
E級編

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33/491

第33話

 神崎隼人は、再びあの上野の高架下に広がる、治外法権の市場へとその身を投じていた。

 数日間のE級ダンジョン【棄てられた砦】の周回。それは、彼に確かな「資産」と、そして次なる「課題」をもたらした。

 彼の現在の最大の課題。それは、空席となったベルトのフラスコスロットを埋めること。

 彼の頭の中には、水瀬雫が授けてくれた、一つの明確な「回答」があった。

【アメジストのフラスコ】。

 来るべき混沌カオスの脅威に備えるための、最高の「保険」。


 彼はもはや、この市場の空気に気圧されることはない。

 むしろ、その胡散臭く危険な匂いこそが、彼のギャンブラーとしての本能を研ぎ澄ませてくれる。

 彼は、明確な目的を持って雑踏の中を進んでいく。

 向かう先は、フラスコやポーションといった薬品類を専門に扱う一角だった。

 そこは、錬金術師の失敗作か、成功作か、判別のつかない様々な色の液体が瓶詰めにされ、怪しげな光を放っていた。


「よう、兄ちゃん。また来たな」

 声をかけてきたのは、前回彼がいくつかのフラスコを購入した、痩身の店主だった。

「どうだい?俺のフラスコの、使い心地は」

「まあ、悪くない」

 隼人はぶっきらぼうに答えると、単刀直入に用件を切り出した。

「【アメジストのフラスコ】は、あるか?」

 その言葉に、店主の目がキラリと光った。

「ほう…アメジストをお探しで。兄ちゃん、なかなか分かってるじゃないか。E級、いや、D級以上を目指すなら、そいつは必須アイテムだ」

 店主はそう言うと、店の奥から一つの紫色の液体が満たされた、美しいフラスコを取り出してきた。

「どうだい、この輝き。最高級のアメジストを使った、一級品だ。混沌耐性を、6秒間、35%も引き上げてくれる。これ一本あれば、大抵の毒や呪詛は笑ってやり過ごせるぜ」

「…で、いくらだ?」

「兄ちゃんは、お得意様だからな。特別に、2万円でどうだい?」

「…1万8千円」

 隼人は、即答した。

「このフラスコの市場価格は、知ってる。それが、妥当なラインだろ」

「…はっ、相変わらず手厳しいねえ!」

 店主は、楽しそうに笑うとその取引に応じた。

 隼人は、残された軍資金の中から1万8千円を支払い、目的の紫水晶のフラスコを手に入れた。

 これで、彼のベルトスロットは再び5本のフラスコで埋まった。

 ライフフラスコ、一本。

 マナフラスコ、一本。

 そして、水銀、解呪、アメジストという三本のユーティリティフラスコ。

 もはや、彼のビルドに大きな穴はない。

 彼は、一つの目的を達成した満足感に浸っていた。


【承】ウィンドウショッピングと世界の「頂」


 目的の買い物を終えた、隼人。

 だが彼は、すぐにこの市場を後にしようとはしなかった。

 彼の足は、自然とマーケットのさらに奥深く。

 彼が前回は、足を踏み入れることすらなかった一角へと向かっていた。

 そこは、これまでの混沌とした雑踏とは、明らかに空気が違う。

 人の数は、まばら。しかし、そこにいる一人一人が、尋常ならざるオーラを放っている。

 ここに店を構えているのは、もはやただの商人ではない。

 超一流の職人か、あるいはトップランカーと直接繋がりを持つ大物のブローカーだけだ。

 そして、そこに並べられているアイテムは、隼人がこれまで目にしてきたガラクタとは、次元が違っていた。

 それは、彼にとってのウィンドウショッピング。

 この世界の「頂」が、どれほどの高みにあるのかを、その目で確かめるための巡礼だった。


 彼が最初に足を止めたのは、一人の無口なドワーフの職人が営む、武具店だった。

 そこに並べられているのは、レア等級(黄色)のアイテムだけ。

 しかしそのどれもが、完璧な特性(MOD)を持つ、いわゆる「神レア」と呼ばれる逸品ばかりだった。

 彼の目が、一つのガントレットに釘付けになる。


 ====================================

 アイテム名: 竜殺しのガントレット

 等級: レア(黄)

 効果:


 物理ダメージを大幅に増加させる (Tier 1)


 攻撃速度が飛躍的に上昇する (Tier 1)


 クリティカル率が大幅に上昇する (Tier 1)


 クリティカルダメージが上昇する (Tier 1)


 最大HP +160 (Tier 1)


 周囲の敵を威圧し、被ダメージを増加させる ====================================

 息を、呑んだ。

 六つの特性、全てが完璧に噛み合っている。

 火力、速度、クリティカル、耐久力。そして、デバフ。

 戦士が求める全ての要素が、このたった一つのガントレットに凝縮されている。

 彼の左腕に輝く【万象の守り】が、霞んで見えるほどの圧倒的な性能。

 隼人は、恐る恐るその値札を見た。


『価格: 3億5000万円』


「…さんおく、ごせんまん…」

 彼の口から、乾いた声が漏れた。

 彼がこれまで稼いだ全ての金を注ぎ込んでも、全く足りない。

 これが、トップランカーたちが戦う世界の現実。


 次に彼が向かったのは、フードを目深に被った謎めいた人物が営む、ユニークアイテム専門店だった。

 店の商品は、たった一つ。

 ベルベットのクッションの上に、静かに置かれた一つの盾。

 それは、まるで茨の木が化石になったかのような、歪な形状をしていた。その中心では、まるで心臓のように赤い光が、ドクンドク...と脈打っている。

 隼人は、その盾の名を知っていた。

 SeekerNetのビルド考察スレで、嫌というほどその名を目にしてきたからだ。


 ====================================

 アイテム名: 茨の心臓ソーンハート

 等級: ユニーク(橙)

 効果:


 ブロックしたダメージの500%を、物理ダメージとして攻撃者に反射する。 ====================================

【完全反射ビルド】。

 そのビルドの、絶対的な核となるキーアイテム。

 隼人はその盾を見つめながら、戦慄していた。

 これはもはや、ただのアイテムではない。

 一つの「思想」であり、「哲学」だ。

 攻撃を捨て、ただひたすらに受けに徹する。そして、敵の力を利用し、自滅させる。

 その、あまりにも異質で完成された戦術。

 それを購入するということは、その戦術思想そのものを手に入れるということ。

 その価値は。


『価格: 5億円』


「…ごおく…」

 もはや、笑うしかなかった。


 そして、最後に。

 彼がたどり着いたのは、店ですらない、ただ人だかりができているマーケットの一角だった。

 その中心にいるのは、情報屋と呼ばれる痩せた狐目の男。

 彼は、物理的な商品を売っているのではない。

 彼は、「情報」と「夢」を売っているのだ。

 彼が掲げるタブレットの画面には、一つの不鮮明な動画がループで再生されていた。

 そこに映っているのは、一人の探索者。

 だがその姿は、銀色の光の軌跡となって、もはや人の形を留めていない。

 あまりにも速く、あまりにも滑らかに、ダンジョンの中を駆け抜けていく。

「さあさあ、見たかい、聞いたかい!」

 情報屋が、甲高い声で叫ぶ。

「これこそが、全ての探索者が夢見る究極のアーティファクト!【賢者のフィロソファーズ・サッシュ】の持ち主の姿だよ!」

「フラスコの効果が永続する!物理ダメージ無効!常時クリティカル率100%!まさに、歩く神!」

「このベルトの在り処に繋がる情報のカケラ!限定一名様に、特別価格でお譲りしよう!さあ、買った買った!」


 その、狂乱の光景。

 隼人はもはや、その場にいることすらできず、ゆっくりと後ずさった。

 彼は、理解した。

 世界の「頂」とは、自分が思っていたよりも、遥かに、遥かに高い場所にあるのだと。

 億単位の、資産。

 神の領域の、装備。

 それは、今の自分には決して手の届かない、星空の輝き。


【結】現実と、新たなる決意


 隼人は、マーケットの喧騒から逃れるように、高架下を後にした。

 手の中には、先ほど購入したたった一つの【アメジストのフラスコ】が、握りしめられている。

 1万8千円。

 あの数百万、数億円という狂った数字の後では、それはあまりにもちっぽけな買い物に思えた。


 だが。

 彼の心は、決して折れてはいなかった。

 むしろ、逆だった。

 彼の瞳には、これまでにないほど強く、そして静かな炎が灯っていた。


(…面白い)

 彼は、思う。

(それくらい遠くなくっちゃあ、目指す価値がねえってもんだ)


 あの、神々の領域。

 そこにたどり着くための道は、果てしなく遠い。

 だが、道があるということは、いつかはたどり着けるということだ。

 そのために、必要なのは何か。

 圧倒的な、金。

 そして、常識を覆す奇跡。

 それら全てを手に入れる手段を、彼はただ一つだけ知っている。

 ――ギャンブルだ。


 彼は、自らのベルトの空いていたスロットに、購入したばかりの【アメジストのフラスコ】を装着した。

 カチリ、という小さな音。

 それは、彼のビルドがまた一つ完成へと近づいた音。

 そして、彼があの遥かなる頂へと至る長い長い道のりの、確かな**「次の一歩」**を踏み出した音だった。


 彼は、空を見上げた。

 上野の、灰色の空。

 だが、今の彼の目には、そのさらに上に広がる無限の星空が見えていた。




2025/07/07

 ※『価格: 3,500,000円』→『価格: 3億5000万円』エンドギアの値段が安すぎたので修正しました。

 ※『価格: 5,000,000円』→『価格: 5億円』ユニークの値段が安すぎたので修正しました。

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― 新着の感想 ―
いまさらですが、数字的な違和感がどうしても気になって読みにくいです とくに違和感があるのが貨幣価値、リアルの日本の1/10くらいと想像するしかないのかな 原価とか税金とか考えると…… 使い捨てのポーシ…
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