第317話
【物語は10年前、ダンジョンが現れる当日に戻る】
【ダンジョン出現後、5ヶ月経過後】
【2ch 掲示板(後のSeekerNet) - C級ダンジョン総合スレ Part. 92】
112: 名無しの実況民A
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ボス部屋、着いたぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
D-SLAYERS、ついに、この地獄の最深部にたどり着いた!!!!!!!!!!!!!!!
113: 名無しのゲーマー
112
うおおおおお!マジかよ!
息もつかせねえ展開だな!
で、ボスは!?ボスは、どんなやつなんだよ!
115: 名無しの実況民B
…やばい。
…やばいぞ、これ…。
今まで、俺たちが見てきたどのモンスターとも、違う…。
その、あまりにも不穏な書き込み。
それに、スレッドの全ての住人が、息を呑んだ。
ギルドの公式ドローンが映し出すライブ映像。その画面は、禍々しい紫色の瘴気が渦巻く、巨大なドーム状の空間を映し出していた。
そして、その広間の中心。
それは、いた。
高さ10メートルはあろうかという、威圧的な巨体。
錆びつき、肉塊に侵食された無骨な装甲。
その中央で、不気味な赤い光を放つ巨大な単眼のレンズ。
それは、まるで地獄の底から蘇った古代の戦争機械。
あるいは、悪魔と契約を交わした哀れな機械の成れの果て。
その、あまりにも異様で、そしてどこまでも絶望的なボスの姿。
それを、SeekerNetの掲示板で、リアルタイム実況しながら見守っていた、数万の視聴者たちが、同時に、目撃した。
そして、彼らは気づいた。
これが、自分たちの知る、C級のボスなどでは、断じてないということに。
『なんだ、あれは…』
『嘘だろ…?あんなの、聞いてねえぞ…』
その絶望的な空気の中で、鬼塚宗一率いるD-SLAYERSは、その満身創痍の体で、その巨大な悪魔と対峙していた。
彼らの全身からは、おびただしい数の傷口から、血が流れ落ちている。
だが、その瞳には、一切の恐怖の色はなかった。
ただ、自らの運命と、そしてこの国の未来を賭けて、この理不尽なテーブルに、最後まで食らいついてやるという、鋼鉄の意志だけが宿っていた。
戦いの火蓋は、あまりにも静かに、そして唐突に切って落とされた。
巨大なボスは、その巨体に似合わないほど滑らかな動きで、その右腕を、ゆっくりと持ち上げた。
その腕の先端に装備されているのは、城壁すらも粉砕するという、巨大なプラズマキャノン。
その砲身が、じりじりと、D-SLAYERSの一人、最も若い隊員である佐々木へと向けられていく。
そのあまりにもゆっくりとした動き。
だが、その動きの中に、鬼塚は絶対的な「死」の予感を感じ取っていた。
彼の、戦場で培われた超感覚が、けたたましく警鐘を鳴らしていた。
(…ダメだ)
(あれは、当たったら、死ぬ)
その予感が、脳内を駆け巡った、その瞬間。
鬼塚の、その喉から、これまでにないほどの、絶叫がほとばしった。
「――全員、敵の動きを確認!!!!」
「全力で避けろ!!!!後方部隊は、超遠距離まで退避!!!!」
その、あまりにも切羽詰まった、隊長の魂の叫び。
それに、隊員たちは、思考よりも早く、その体が反応した。
彼らは、その場から一斉に、左右へと飛び退いた。
そして、そのコンマ数秒後。
ボスが、牙を剥いた。
プラズマキャノンから、一条の、全てを焼き尽くす純粋な破壊の奔流が、放たれた。
それは、もはやレーザー砲ではなかった。
空間そのものを、引き裂く、神の怒り。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
凄まじい轟音と共に、光の奔流が、先ほどまで佐々木がいた場所を、通り過ぎていく。
そして、その後方の壁に、巨大なクレーターを穿った。
「…はぁ…、はぁ…」
佐々木は、その場で尻餅をつき、荒い息を繰り返していた。
彼は、確かに避けたはずだった。
だが。
彼の視界の隅、ARウィンドウに表示された自らのHPバー。
それが、信じられないほどの速度で、その輝きを失っていく。
100%、90%、80%…。
そして、10%で、ぴたりと止まった。
一瞬で、HPが9割、吹き飛んだのだ。
彼は、自らの体を見下ろした。
だが、どこにも怪我はない。
ただ、その魂そのものが、根こそぎ削り取られたかのような、絶対的な虚脱感だけが、そこにあった。
彼は、ただ呆然と、その場に座り込むことしかできなかった。
その、あまりにも理不尽な光景。
それを、掲示板の視聴者たちも、そして霞が関の対策本部で戦況を見守っていた政府関係者たちも、同時に目撃していた。
阿鼻叫喚。
掲示板は、もはや意味をなさない絶叫の洪水で、埋め尽くされた。
対策本部のオペレーションルームでは、アナリストたちが悲鳴に近い声を上げていた。
「HP、9割消失!被弾は、していません!レーザーの余波だけで、これほどのダメージが…!?」
「なんだ、この怪物は…!?」
その混沌の中心で。
鬼塚は、その唇を噛み締めていた。
そして、彼は叫んだ。
「佐々木を、下げろ!退避!退避だ!」
だが、その声は、あまりにも遅すぎた。
ボスの、巨大な単眼のレンズ。
それが、再び、その動きを止めた佐々木へと、ゆっくりと、しかし確実に、向けられていく。
二射目が、来る。
誰もが、その若い英雄の、あまりにもあっけない最期を、覚悟した。
だが、その絶望の、まさにその中心で。
一つの、巨大な影が、動いた。
「――俺が、やる」
その、低い、しかしどこまでも頼もしい声。
部隊の、最年長であり、そして最強の盾役である、ベテランの曹長だった。
彼は、その巨大な塔の盾を構えると、佐々木の前に、仁王立ちになった。
そして、彼はその全ての攻撃を、その一身に受け止める覚悟を決めた。
「――馬鹿野郎!」
鬼塚の、その悲痛な叫び。
それと、二射目のレーザーが放たれるのは、ほぼ同時だった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
光の奔流が、曹長の、その鋼鉄の盾を、完全に飲み込んだ。
凄まじい、衝撃。
だが、盾は砕けない。
彼の、B級レア等級の、その最強の盾が、その神の一撃を、確かに受け止めていた。
だが、その代償は、あまりにも大きかった。
彼のHPバーもまた、佐々木と同じように、一瞬で9割を失い、そして彼はその場で、膝から崩れ落ちた。
怪我こそないが、呆然としている。
二人、戦闘不能。
レーザーのターンは、終わった。
だが、本当の地獄は、ここからだった。
ボスは、そのプラズマキャノンを、ゆっくりと格納すると、代わりに、もう片方の腕を、持ち上げた。
そこにあるのは、巨大な、そしてどこまでも無骨な、鉄のハンマーだった。
ボスは、そのハンマーを、天へと振りかぶる。
大振りの、力を貯めるような動き。
その、あまりにもゆっくりとした動きの中に、鬼塚は、これまでに感じたことのないほどの、純粋な殺意が溢れ出ているのを感じていた。
彼は、即座に、このクソゲーの、唯一の攻略法を、見つけ出していた。
「――全員、接近戦をするぞ!」
彼の、その絶叫。
それは、もはやただの命令ではなかった。
この、絶望的なテーブルで、生き残るための、唯一の賭けだった。
「遅れてたら、死ぬから、付いてこい!」
彼は、その言葉と同時に、地面を蹴った。
一直線に、ボスの、その巨大な懐へと。
他の、まだ動ける隊員たちもまた、その隊長の覚悟に応えた。
彼らは、雄叫びを上げながら、その死地へと、その身を投じていく。
そして、彼らがボスの足元へと到達した、その瞬間。
巨大なハンマーが、振り下ろされた。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
凄まじい、地響き。
彼らが、先ほどまでいた場所が、巨大なクレーターへと変わる。
だが、彼らは、無傷だった。
完璧な、タイミングでの、回避。
そして、彼らの、反撃が始まった。
彼らは、その無防備なボスの、足や、胴体を、その手に持つ長剣で、嵐のように、打ち据えていく。
ガキン、ゴキンと、金属の断末魔が響き渡る。
だが、その手応えは、あまりにも軽い。
ボスの、巨大なHPバー。
それが、わずかに、本当にわずかに、その輝きを失っただけだった。
5%。
たった、5%しか、削れていない。
その、あまりにも絶望的な事実。
それに、隊員たちの顔に、一瞬だけ、影が差した。
だが、その絶望を、隊長の、狂気的なまでの笑い声が、かき消した。
「…はっ、はははははははははははははははっ!」
鬼塚は、笑っていた。
血の味のする口の中で、彼は心の底から楽しそうに、笑っていた。
そして彼は、ARカメラの向こうの、言葉を失った政府関係者たちに、そしてこの世界の全ての神々に、宣言した。
その声は、絶対的な、そしてどこまでも凶暴な、王者のそれだった。
「――この、針の穴を通すような行動を、あと19回、か」
「……やってやろうじゃねえか」
彼の、その凶暴そうな笑み。
それが、この地獄の、本当の始まりを告げる、ファンファーレとなった。




