第316話
【物語は10年前、ダンジョンが現れる当日に戻る】
【ダンジョン出現後、5ヶ月経過後】
【2ch 掲示板(後のSeekerNet) - C級ダンジョン総合スレ Part. 91】
811: 名無しの実況民A
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ギルドの公式配信!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
【公式LIVE】C級ダンジョン【嘆きの聖歌隊】異常領域調査!!!!!!!!!!!!!!!
812: 名無しのゲーマー
811
うおおおおお!マジかよ!
仕事サボって見てて良かった!
813: 名無しのC級戦士
811
今、ゲート前にいるんだが、とんでもない物々しさだぞ…。
機動隊が、完全にダンジョンの入り口を封鎖してる。
俺たち一般人は、一歩も入れねえ。
本当に、政府が動いたんだな…。
815: 名無しの実況民B
配信、始まった!
ドローン映像だ!うわ、画質めっちゃ綺麗!
…ん?
なんだ、こいつら…?
その、あまりにも唐突な、そしてどこまでも困惑に満ちた一言。
それに、スレッドの全ての住人が、その視線をモニターへと集中させた。
そこに映し出されていたのは、彼らがこれまで一度も見たことのない、あまりにも異質な、探索者の一団だった。
◇
C級ダンジョン【嘆きの聖歌隊】、三階層目。
その、かつては荘厳だったであろう礼拝堂の回廊は、今や、血管のように脈打つ紫色の瘴気に覆われ、壁の大理石は、まるで病んだ肉のように、ぬめりを帯びた有機的な物質へと変貌していた。
その、冒涜的な光景の中を、十数人の男たちが、完璧なフォーメーションを組んで、静かに、そして確かな足取りで進んでいく。
彼らの身を包んでいるのは、見慣れたゴブリンレザーでも、オークプレートでもない。
自衛隊の迷彩服の上に、特殊な合金で作られた黒一色のプロテクターを装着し、その頭には、通信機器が内蔵されたフルフェイスのヘルメット。その手には、魔力を帯び、青白い光を放つ最新鋭のレア等級の剣と盾が握られている。
彼らの動きには、一切の無駄がない。
一切の、私語もない。
ただ、ヘッドセットを通じて交わされる、無機質なコードサインだけが、その静寂を切り裂いていた。
彼らは、冒険者ではない。
兵士だ。
国家が、その威信をかけて作り上げた、最初の「怪物」。
陸上自衛隊、ダンジョン特殊戦略部隊…通称『D-SLAYERS』。
「――アルファより、ブラボーへ。前方50メートル、敵性存在を確認。数は5。交戦許可を求む」
部隊の先頭を進んでいた斥候役の隊員が、その低い声で報告する。
隊長である鬼塚宗一は、その報告に、ヘルメットの奥で、その鋭い瞳をわずかに細めた。
「…こちら、ブラボー。許可する。セオリー通り、各個撃破。被害は、最小限に抑えろ」
「「「了解」」」
その、あまりにも冷静な、そしてどこまでもプロフェッショナルなやり取り。
その直後だった。
回廊の曲がり角から、五体の、禍々しいオーラを放つ影が現れた。
腐敗した、骸骨の司書。
その空虚な眼窩は、憎悪の赤い光を灯し、その骨の手の先には、紫色の混沌の魔力が渦巻いていた。
彼らが、その魔力を解放しようとした、その瞬間。
D-SLAYERSの、神速の制圧が始まった。
前衛の盾役二人が、巨大な塔の盾を構え、完璧な壁を形成する。
そして、その壁の隙間から、アタッカーである鬼塚たちが、嵐のように躍り出た。
彼らの剣が、閃光のように煌めく。
骸骨たちの、脆い骨の体は、その一撃で、いとも簡単に砕け散る。
だが、その手応えに、鬼塚は眉をひそめた。
彼のヘッドセットに、後方の分析班からの、悲鳴に近い報告が叩き込まれる。
『――隊長!ダメです!敵の攻撃力が、想定を遥かに上回っています!先ほどの魔法弾の余波で、盾役のシールドの耐久値が、40%も削られました!』
その、あまりにも衝撃的な事実。
それに、鬼塚の脳内で、全ての計算が、一瞬で再構築されていく。
彼は、B級ダンジョンへの入場経験が、あった。
この、あまりにも暴力的なまでの火力。
それは、彼がよく知る、一つの「格」を、雄弁に物語っていた。
彼は、部隊の全てのメンバーへと、その絶対的な、そしてどこまでも無慈悲な命令を下した。
「――全隊員に告ぐ。敵性存在の脅威レベルを、B級相当に再設定する」
「これより、本任務はC級偵察任務ではない。B級殲滅作戦と見なす」
「全員、死ぬ気で戦え」
その、あまりにも重い、隊長の覚悟。
それに、隊員たちの間に、一瞬だけ緊張が走った。
だが、彼らはプロだった。
その瞳には、もはや恐怖の色はない。
ただ、与えられた任務を、その命に代えてでも遂行するという、鋼鉄の意志だけが宿っていた。
◇
そこから先は、地獄だった。
腐敗したガーゴイル。
その石の爪の一撃は、D級のレア等級のプレートアーマーですら、容易く引き裂く。
腐敗した聖歌隊員。
その魔法の弾幕は、もはやただの牽制ではない。
一発一発が、致命傷となりうる、死の豪雨だった。
D-SLAYERSは、その圧倒的な物量の暴力の前に、じりじりと、しかし確実に、その戦力を削られていった。
「――負傷者、後退!回復班、急げ!」
鬼塚の、怒号が飛ぶ。
彼らが、この地獄で生き残るための、唯一の戦術。
それは、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも過酷なものだった。
ある程度被弾したら後方に下がり、後詰の新たな隊員で隊列を固めて、再び先陣を切る。
交代制の、肉壁。
彼らは、自らの命を、そして仲間たちの命を、まるでチェスの駒のように、効率的に消費しながら、それでも、一歩、また一歩と、前進を続けていた。
その、あまりにも壮絶な、そしてどこまでも美しい、消耗戦。
その光景を、SeekerNetの掲示板で、世界の全ての探索者たちが、固唾を飲んで見守っていた。
『…なんだ、これ…。戦争じゃねえか…』
『C級ダンジョンだろ、ここ…?なんで、こんなことに…』
『頑張れ…!頑張れ、D-SLAYERS…!』
そして、数時間に及んだ死闘の末。
彼らはついに、そのエリアの全ての敵を、殲滅した。
後に残されたのは、おびただしい数のモンスターの残骸と、そしてその中心で、息も切れ切れになりながら、それでもその場に立ち尽くす、D-SLAYERSの、ボロボロの姿だけだった。
「…こちら、ブラボー。エリア内の、敵性存在の殲滅を確認」
鬼塚は、震える声で、霞が関の司令部へと、報告を入れた。
「ただし、当方の損害も甚大。戦力は、B級並みと判断。これ以上の、作戦続行の可否について、指示を求む」
◇
霞が関、対策本部の会議室。
その空気は、これまでにないほど、重かった。
モニターに映し出された、D-SLAYERSの、満身創痍の姿。
そして、鬼塚からの、あまりにも重い報告。
坂本は、その場で、人生で最も過酷な決断を、迫られていた。
ここで、撤退させるか。
あるいは、このまま、進ませるか。
撤退させれば、彼らの命は助かるだろう。だが、この腐敗の領域の謎は、永遠に闇の中だ。
進ませれば、あるいは、全滅するかもしれない。だが、その先に、この国の未来を救う、答えがあるのかもしれない。
数秒間の、永遠のような沈黙。
やがて、坂本は、その深い皺の刻まれた顔を上げた。
その瞳には、非情な、しかしこの国を背負うリーダーとしての、絶対的な覚悟が宿っていた。
「――鬼塚君。聞こえるか」
彼の声は、静かだった。
「作戦を、続行せよ」
その、あまりにも無慈悲な、しかしどこまでも力強い、命令。
それに、鬼塚は、ただ一言だけ、答えた。
「――了解。作戦、続行!」
彼は、その傷だらけの仲間たちへと、向き直った。
そして彼は、その全ての魂を込めて、叫んだ。
「行くぞ、野郎ども!ここが、俺たちの死に場所だ!」
その、あまりにも力強い、隊長の覚悟。
それに、隊員たちの、疲れ切っていたはずの瞳に、再び、闘志の炎が宿った。
彼らは、雄叫びを上げながら、この地獄の、さらに奥深くへと、その歩みを進めていった。
そして、彼らはついに、その場所へとたどり着いた。
ダンジョンの、最深部。
ひときわ巨大な、真鍮の歯車でできた、巨大な扉。
その奥から、これまでにないほどの、巨大な駆動音が、響き渡ってくる。
彼らが、その扉を押し開けた、その先に。
それは、いた。
高さ10メートルはあろうかという、威圧的な巨体。
錆びつき、肉塊に侵食された無骨な装甲。
そして、その中央で不気味な赤い光を放つ巨大な単眼のレンズ。
それは、まるで地獄の底から蘇った古代の戦争機械。
あるいは、悪魔と契約を交わした哀れな機械の成れの果て。
その、あまりにも異様で、そしてどこまでも絶望的なボスの姿。
それを、SeekerNetの掲示板で、リアルタイム実況しながら見守っていた、数万の視聴者たちが、同時に、目撃した。
そして、彼らは気づいた。
これが、自分たちの知る、C級のボスなどでは、断じてないということに。
『なんだ、あれは…』
『嘘だろ…?あんなの、聞いてねえぞ…』
『逃げろ!』
『下がれ!下がるんだ、D-SLAYERS!』
『そいつは、ダメだ!勝てるわけがねえ!』
掲示板は、絶叫と、そして悲鳴に似た警告の言葉で、埋め尽くされた。
だが、その声は、届かない。
ダンジョンの、その絶望的な静寂の中で。
鬼塚たちは、ただ、自らの運命と、そしてこの国の未来を賭けて、その巨大な悪魔と、対峙するしかなかった。




