第315話
【物語は10年前、ダンジョンが現れる当日に戻る】
【ダンジョン出現後、5ヶ月経過後】
【2ch 掲示板(後のSeekerNet) - C級ダンジョン総合スレ Part. 88】
311: 名無しのC級戦士
スレ立て乙。
はぁ…。今日も一日、D級墓地で骨拾いだったぜ。
B級ゲート、出現してからもう一ヶ月か…。
結局、誰もクリアできてねえんだろ?
312: 名無しのC級魔術師
311 乙。
当たり前だろ。あれは、無理ゲーだ。
全耐性-30%の呪いだぞ?
C級ですら、まともに潜れなくなったってのに、それ以上の地獄に、誰が行けるってんだよ。
トップランカーの連中が、ボス部屋までは行けてるらしいが、そこから先が進まないらしいな。
313: 名無しのC級盗賊
312 だよな。
まあ、B級産の装備も少しずつ市場に出回り始めてるし、それを全身揃えられた選ばれし者だけが、いつかクリアするんだろうよ。
俺たち凡人には、縁のない話さ。
314: 名無しのビルド考察家
313 諦めるな。
B級産の耐性ルーンも、少しずつ値下がりしてきてる。
俺も、昨日ようやく火耐性のルーン(小)を一つ買った。
これで、俺の火耐性も-20%まで回復したぜ。
一歩ずつ、進むしかねえんだよ、俺たちは。
その、どこにでもあるありふれた、しかし黎明期の探索者たちのリアルな苦悩と、それでも前を向こうとするささやかな希望に満ちた会話。
それが、唐突に一つの、あまりにも異質な書き込みによって、断ち切られた。
411: 名無しの斥候さん
…あの、すみません。
ちょっと、聞きたいことがあるんですけど。
C級ダンジョン【嘆きの聖歌隊】の、三階層目。
あそこ、なんか変なことになってませんか?
412: 名無しのC級魔術師
411 は?変なことって、なんだよ。
相変わらず、ガーゴイルがクソ硬くて、後ろの幽霊どもがうざいだけだろ。
413: 名無しの斥候さん
412 いや、それが違うんです。
なんて言うか…空気が、紫色で。
なんか、甘ったるい匂いがするんですよ。
それに、壁とか床が、なんか血管みたいに脈打ってるっていうか…。
その、あまりにも奇妙な報告。
それに、スレッドの空気が、わずかに変わった。
415: 名無しのゲーマー
413
一回、ポータルで帰って入り直してみろよ。
418: 名無しの斥候さん
415 それが、何度入り直しても、同じなんです。
これ、見てください。
[画像:薄暗い礼拝堂の回廊が、不気味な紫色の瘴気に包まれているスクリーンショット。壁の大理石には、血管のような紫色の筋が走り、まるで生き物のように、ゆっくりと脈打っている]
421: 名無しのC級戦士
…うわ。
なんだ、これ…。
マジじゃねえか…。
425: 名無しの斥候さん
ですよね!?
それで、さっき一体だけ、骸骨の司書に遭遇したんですけど。
動きが、めちゃくちゃ速くて。
一撃食らったら、HPが4割近く持っていかれました。
C級の雑魚の攻撃力じゃ、絶対ないです。
怖くて、すぐに逃げ帰ってきたんですけど…。
これ、一体何が起きてるんでしょうか…?
その、あまりにも生々しい報告と、証拠画像。
それに、スレッドは一瞬にして静まり返った。
そして、その沈黙を破るかのように。
一人の、あまりにも勇敢な、あるいは、ただの無謀な馬鹿が、名乗りを上げた。
433: 名無しのタンク志望
…面白い。
俺、今から行ってくるわ。
腕試しには、丁度いい。
パーティメンバー募集。タンクは俺な。
火力自慢のアタッカー2名と、回復に自信のあるヒーラー1名。
今から30分後、ゲート前集合で。
この謎を解き明かして、俺たちの名を、このスレに刻もうぜ。
その、あまりにもヒーロー的な、そしてどこまでも死亡フラグに満ちた宣言。
それに、スレッドは熱狂した。
『うおおおおお!マジかよ!』『行ってこい!』『生きて帰ってこいよ!』
その声援に送られ、数名の有志たちが、即席のパーティを組んで、その紫の闇の中へと消えていった。
◇
数時間後。
スレッドは、お通夜状態となっていた。
あの勇敢なパーティは、帰ってこなかった。
いや、正確には、帰ってきた。
だが、そのほとんどが、魂を抜かれたかのような、廃人同然の姿で。
611: 名無しのタンク志望
…帰ってきた。
…ダメだ、あれは。
絶対に行くな。
その、あまりにも力ない、敗北宣言。
それに、スレッドがどよめいた。
612: 名無しのゲーマー
611 おい!どうしたんだよ!何があった!
615: 名無しのタンク志望
…地獄だ。
あれは、地獄だ。
中のモンスター、全部がおかしくなってる。
攻撃力が、異常だ。C級の装備じゃ、耐えられねえ。
俺の、自慢の盾が、ガーゴイルの一撃で、粉々に砕け散った。
ヒーラーの回復も、全く追いつかなかった。
アタッカーの二人は、聖歌隊員の魔法の弾幕に巻き込まれて、一瞬で蒸発した。
俺は、命からがら、ポータルで逃げ帰ってきただけだ。
…すまん。俺の、力が足りなかった…。
その、あまりにも生々しい、敗北の記録。
それに、スレッドは絶望の空気に包まれた。
だが、その絶望の淵で、彼は一つの重要な情報を、もたらしていた。
618: 名無しのタンク志望
…そうだ。
死ぬ前に、ARレンズが、エリアの情報を表示してた。
確か…。
【腐敗の領域(Corrupted Zone)】
エリア効果: 内部にいる全てのモンスターの攻撃ダメージ +30%
その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも残酷な、世界の新たなルール。
それに、スレッドは本当の意味での「絶望」を、知った。
だが、その絶望の淵に、一つの冷静な、しかし絶対的な声が、響き渡った。
701: ギルド広報官
――有志の探索者の皆様。貴重な情報提供、誠にありがとうございます。
皆様の、その勇気ある行動に、ギルドを代表して、深甚なる敬意を表します。
その、あまりにも唐突な、公式アカウントの降臨。
それに、スレッドが一瞬にして静まり返った。
702: ギルド広報官
皆様の安全を確保するため、本日午後10時をもって、C級ダンジョン【嘆きの聖歌隊】を、一時的に、完全に封鎖いたします。
この新たな現象【腐敗の領域】については、我々ギルドと、政府の専門機関が、責任を持って調査を行います。
国民の皆様、そして探索者の皆様は、決してこのエリアに近づかぬよう、強く要請いたします。
なお、今回の調査の様子は、国民の皆様への情報開示と、透明性の確保のため、ギルドの公式チャンネルにて、安全な遠隔ドローンによるライブ映像を配信する予定です。
調査開始は、明朝6時を予定しております。
その、あまりにも迅速で、そしてどこまでも力強い、国家の対応。
それに、スレッドは絶望から、一転して、新たな期待感に包まれた。
そして、その期待の中心にいたのは、一つの、まだ誰もその真の姿を知らない、謎の部隊だった。
715: 名無しの事情通
…おい、お前ら。
知ってるか?
政府が、極秘裏に組織したっていう、あの部隊の噂。
自衛隊と警察の、エリート中のエリートだけで構成された、対探索者用の特殊部隊。
通称、『D-SLAYERS』。
今回の調査、間違いなく、あいつらの初陣になるぞ。
その、あまりにも意味深な、そしてどこまでも期待感を煽る、一言。
それが、この歴史的な一夜の、本当の始まりだった。
世界の全ての探索者が、固唾を飲んで、その夜が明けるのを、待っていた。
新たな時代の、本当の「英雄」が、その姿を現す、その瞬間を。
彼らの、あまりにも鮮烈なデビュー戦が、今、始まろうとしていた。




