第305話
【物語は10年前、ダンジョンが現れる当日に戻る】
【ダンジョン出現後、4ヶ月目】
その日の日本最大の匿名掲示板(後のSeekerNet)は、B級の呪いというあまりにも巨大な壁を前にして、深い、深い絶望と諦観の空気に支配されていた。
誰もが、人類の快進撃はここで終わりなのだと、信じ始めていた。
だが、その絶望の暗闇を切り裂くかのように。
一つの、あまりにも異質で、そしてどこまでも輝かしい光が、灯された。
それは、初心者質問スレッドに投下された、一人の名もなき新人の、あまりにも無邪気な、そしてどこまでも常識外れの、問いかけから始まった。
【2ch 掲示板 - 初心者質問スレ Part. 82】
1: 名無しの新人魔術師
はじめまして。
今日、ギルドに登録して、ユニークスキルの鑑定をしてもらってきたばかりの、完全な初心者です。
鑑定してくれた職員の方が、すごく首を傾げていて、「前例がないので、一度本部に報告します」と言われたのですが…。
僕のユニークスキル、なんだか二つあるみたいなんです。
これって、普通のことなんでしょうか?
あと、このスキルって、強いですか?
先輩方、教えてください。
【ユニークスキル①】
こだまする叡智
レアリティ: ユニークスキル (等級:A)
種別: パッシブスキル / 法則改変
効果テキスト:
このスキルを持つ術者が詠唱した全てのスペルは、詠唱完了後、間を置かずに自動的に、そして追加のコストなしで、もう一度繰り返される。この現象を**『スペルエコー』**と呼ぶ。
さらに、術者の詠唱速度は、常に50%増加した状態となる。
ただし、この効果は術者が自らの意志で詠唱を開始したスペルにのみ適用され、トリガーによって自動的に発動したスペルなどには適用されない。
フレーバーテキスト:
弟子は、教えられた通りに古の言葉を学び、その紋様を正確になぞる。
それが、魔術の限界だと信じて。
だが、師は問う。
「一度の詠唱で、なぜ二度攻撃できないと決めつける?」
馬鹿を言え。
反響は、常にそこに在った。
お前が、その声に耳を澄ませていなかっただけだ。
【ユニークスキル②】
万象の調律
レアリティ: ユニークスキル (等級:SS)
種別: パッシブスキル / 法則改変
効果テキスト:
術者は、火・氷・雷の三つの元素の中から、自らが「調律」する一つの元素を選択する。
選択した元素の合計耐性値は、常に他の二つの元素耐性に対しても、その半分の値(小数点以下切り捨て)が適用されるものとして計算される。この効果は、術者が元々持つ他の元素耐性と加算される。
(例:術者が「火」を選択し、装備やパッシブスキルによって合計+50%の火耐性を持つ場合、自動的に氷耐性と雷耐性も、それぞれ+25%されているものとして扱われる)
フレーバーテキスト:
元素とは、神の画布に落とされた三原色に過ぎない。
弟子は、それぞれの脅威に対し、その場しのぎの盾を作るために色を混ぜることを学ぶ。
だが、真の大魔術師は、色を混ぜない。
彼らは知っているのだ。
一つの完璧な色が、真の叡智というプリズムを通して見た時、その内に、すでに他の全ての色を内包しているということを。
これこそが、変幻自在の守り。
これこそが、万象を調律する、魔術の神髄。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
その書き込みが投下された瞬間、スレッドの全ての動きが、ぴたりと止まった。
誰もが、そのあまりにも荘厳で、そしてどこまでも常軌を逸したテキストを、ただ呆然と見つめていた。
そして、次の瞬間。
スレッドは、爆発した。
5: 名無しの最初の戦士
…は?
8: 名無しの最初の盗賊
…釣り、乙。
と言いたいところだが、このテキストの解像度、本物か…?
なんだ、これ…。
12: 名無しの最初の魔術師
待て。
待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!!!!!!!!!!!!!!!
【こだまする叡智】だと!?
詠唱速度50%上昇に、スペルエコーが、パッシブで常時発動!?
ふざけるな!俺が、E級ダンジョンでようやく拾った【連射】のサポートジェムを付けて、ようやく実現できる境地に、こいつはレベル1で立ってるってのか!?
15: 名無しのビルド研究家
12 おい、魔術師。落ち着け。
もっとヤバいのは、もう一つの方だ。
【万象の調律】。
…なんだ、このスキルは。
耐性値を、共有する…?
これ一つあれば、今俺たち全員を絶望させてる、あのB級の呪い(-30%)が、ほとんど意味をなさなくなるぞ。
全身の装備を、一つの耐性に特化させるだけで、全耐性がカンストする。
残りのMOD枠は、全て火力に回せる。
…なんだ、この化け物は…。
21: 名無しのゲーマー
なんだこのクソつよユニークスキルは。
いや、待て。スキルの強さも異常だが、それ以前の問題だ。
こいつ、二つ持ってるぞ。
ユニークスキルを。
そもそもユニークスキルって、一個じゃねーのかよ…。
その、あまりにも本質的な、そして世界の理そのものを問う一言。
それに、スレッドの全ての住人が、息を呑んだ。
そうだ。
これまで、誰もが信じて疑わなかった、絶対的な法則。
ユニークスキルは、人の魂に、ただ一つだけ宿る。
その常識が、今、この瞬間、たった一人の名もなき新人によって、完全に破壊されたのだ。
35: 名無しの現実主義者
…ギルドのデータベースにも、前例がないはずだ。
ダブルユニークスキル持ち。
…まさか、とは思うが。
これが、新世代の「始まり」だとでもいうのか…?
42: 名無しのニート(28)
はっ、笑わせる。
始まりも、クソもあるかよ。
こんなの、ただのチートだろ。
魔術師やるために生まれてきたようなものじゃねーか。
神様とやらも、随分と不公平なサイコロを振るもんだぜ。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも嫉妬に満ちたツコミ。
それに、スレッドは新たな熱狂の渦に飲み込まれていく。
そして、その熱狂の中心で。
一つの、あまりにも切実な魂の叫びが、投下された。
55: 名無しの鑑定スキル持ち
…あの。
…あの、新人さん。
もし、よかったら…。
俺の、この『目の前のアイテムを鑑定できる』っていうユニークスキルと、交換してくれませんか…?
お願いします…。
その、あまりにも悲痛な、そしてどこまでも人間的な願い。
それに、スレッドはこの日一番の、温かい、しかしどこか物悲しい笑いに包まれた。
『wwwwwwwww』
『やめてやれwww』
『だが、その気持ち、痛いほど分かるぜ…』
その、あまりにも巨大な才能の出現。
それに、世界が震撼している、まさにその最中だった。
当の本人である、あの新人が、再びスレッドに舞い戻ってきた。
その書き込みは、あまりにも無邪気で、そしてどこまでも、残酷だった。
201: 名無しの新人魔術師
皆さん、色々とありがとうございます。
よく分かりませんが、どうやら僕のスキルは、かなり強いみたいですね。
とりあえず、先輩方に言われた通り、近くのF級ダンジョン【ゴブリンの洞窟】に行ってきました。
とりあえずF級は、簡単に初見クリアできました。
ゴブリンが、火の矢一発で二匹同時に消し飛んでいって、すごく楽しかったです。
その、あまりにもあっさりとした、そしてどこまでも当然のような勝利宣言。
それに、スレッドの空気は、もはや一つの絶対的な「諦観」に支配された。
215: 名無しの最初の戦士
そりゃそうだろうな!こんなクソ強ユニークスキルありゃな!
218: 名無しの最初の盗鑿
215 ああ。
もう、何も言うことはねえ。
225: 名無しの最初の魔術師
218 俺は、泣いていいか…?
その、あまりにも正直な、そしてどこまでも人間的な敗北宣言。
それに、スレッドはこの日一番の、温かい、しかしどこか物悲しい笑いに包まれた。
一人の、名もなき新人。
その、あまりにも規格外な才能。
それが、この世界の、全ての魔術師たちの心を、わずかに、しかし確実に折った。
そして、同時に。
新たな、そして本物の「伝説」の始まりを、誰もが予感していた。
彼の物語は、まだ始まったばかりだった。
その輝かしい未来の始まりを、誰もが祝福し、そして嫉そして嫉妬していた。




