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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
エッセンス編

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311/491

第301話

 北京、中国探索者管理委員会の本部ビル。その最上階。

 窓一つない、完全な密室。その空気は、前話の焦燥から一転、激しい議論の嵐が吹き荒れ、沸騰したかのように熱を帯びていた。

 円卓を囲む将軍たちの顔は、一様に紅潮し、その瞳にはそれぞれの信じる「正義」と、そして国の未来を憂う、深い葛藤の色が浮かんでいた。


 その嵐の中心にいたのは、チャオ元帥だった。

 彼が、その重い口から放った一言。

「――ダンジョンの、完全民間解禁を提案する」

 そのあまりにも大胆で、そしてどこまでも過激な提案は、この静まり返った部屋に、一つの巨大な爆弾を投下したかのようだった。

 数秒間の、信じられないという沈黙。

 そして、次の瞬間。

 会議室は、騒然となった。


「正気か、趙元帥!」


 最初に、その沈黙を破ったのは、人民解放軍の最長老、ワン将軍だった。その顔には深い皺が刻まれ、その瞳には、かつてこの国を、そして軍を率いてきた者だけが持つことのできる、揺るぎない誇りと、そして変化を恐れる頑固な光が宿っていた。

 彼は、その巨大な体で椅子を軋ませながら、立ち上がった。そして、その指を趙元帥へと、まるで断罪するかのように突きつけた。


「馬鹿げている!」

 王将軍の、地響きのような声が、部屋全体を震わせた。

「民草に、神々の武器を与えるというのか!?お前は、この国の歴史を忘れたか!我々が、どれほどの血を流して、この秩序と安定を築き上げてきたのかを!」

 彼の言葉には、確かな熱がこもっていた。それは、ただの保守的な意見ではない。この国を、心の底から愛する者だけが持つことのできる、魂の叫びだった。

「考えてもみろ!何の訓練も受けていない、ただの農民や、工員が、だ。ダンジョンで、偶然にもA級の武器を拾ったら、どうなる?その力を、自分の欲望のためだけに使ったら、どうなる?街には、強盗や、殺人者が溢れかえるぞ!我々が、10年かけて築き上げてきたこの平和な社会は、一夜にして無法地帯と化す!」

「それに」と、彼は続けた。その瞳には、明確な嫌悪の色が浮かんでいた。

「西側諸国のような、あの醜い個人主義と拝金主義が、この国に蔓延することを、許すというのか!誰もが、己の利益のためだけに戦い、隣人を蹴落とし、そしてギルドや国家への忠誠を忘れる。そんな、腐敗した社会を、お前は望むというのか!」

「我々の強さは、規律と、統一にある!人民解放軍という、絶対的な揺るぎない壁の内側で、選ばれたエリートだけを育成する。それこそが、この国を、世界の頂点へと導いてきた、唯一の道だったはずだ!」


 その、あまりにも力強く、そしてどこまでも説得力のある演説。

 それに、円卓を囲む他の長老たちもまた、深く、そして静かに頷いていた。

 部屋の空気は、完全に保守派へと傾いていた。

 誰もが、思った。

 趙元帥の、このあまりにも急進的すぎる革命は、ここで潰えるのだと。

 だが、その絶望的な空気の中で。

 趙元帥は、ただ静かに、その老将軍の瞳を、真っ直ぐに見つめ返していた。

 彼の瞳には、一切の揺らぎはなかった。


「――長老方」

 趙元帥の、その静かな声が、嵐のような議論を、一瞬で鎮めた。

「時代は、変わったのです」

 彼は、そう言うと、隣に座る若いアナリスト、林へと、目配せをした。

 林は、緊張した面持ちで立ち上がると、その手元のタブレットを操作した。

 円卓の中央に浮かぶホログラムモニターに、無数のデータとグラフが、洪水のように映し出される。


「…これが、この一ヶ月の、世界の現実です」

 林の声が、震えていた。それは、恐怖からではない。自らが目の当たりにしている、歴史の転換点への、純粋な戦慄からだった。

「ご覧ください。これは、日本と北米の、SeekerNetの掲示板の、リアルタイムのログです。翻訳は、完了しています」

 モニターに、見慣れない、しかしどこまでも活気に満ちた、異国の掲示板の光景が映し出される。そこには、日本の若者たちが、あるいはアメリカの無名の探索者たちが、エッセンスという新たな「おもちゃ」を前にして、子供のようにはしゃぎ、そしてその可能性について、熱狂的に語り合っていた。


『Tier4できたぞ!Tier1が27個必要だった!』

『マジかよ!じゃあ、俺もやってみる!』

『このMODと、このMODを組み合わせたら、最強じゃね!?』


 その、あまりにも無邪気で、そしてどこまでも創造的な、熱狂の渦。

 それに、王将軍が、吐き捨てるように言った。

「…ふん。子供の、遊びではないか」

「その通りです」

 林は、きっぱりと頷いた。

「ですが、長老。この『遊び』の中から、すでに、我々の常識を遥かに超える『怪物』が、生まれ始めています」

 彼は、モニターの映像を切り替える。

 次に表示されたのは、一枚の、神がかった性能を持つレア等級の兜の画像だった。

【ハクスラ廃人】と名乗る、日本の名もなきクラフターが、エッセンス一発で作り出したという、あの奇跡の産物。


「…なんだ、これは…」

 王将軍の口から、呻き声が漏れた。

「これほどの性能を持つ兜。我が国の最高の職人ですら、生み出すのに数ヶ月はかかる…。それを、たった一日で…?」

「はい」

 林は、頷いた。

「そして、これは、ただの始まりに過ぎません」

 彼の声に、熱がこもる。

「我々が、国内の秩序と安定を恐れている、まさにその間に。日本やアメリカの子供たちは、我々のA級探索者ですら手にしたことのないような装備を、その遊びの延長線上で、次々と、自らの手で作り出しているのです!」


 その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも無慈悲な事実。

 それに、会議室がどよめいた。

 趙元帥が、その声を引き継いだ。

 彼の声には、揺るぎない確信が宿っていた。


「長老方。我々が守ってきた壁は、もはや我々を、守ってはくれない。ただ、我々を世界の潮流から孤立させるだけの、牢獄と化したのです」

「ならば、どうするか。答えは、一つしかありません」

 彼の瞳が、燃え盛る炎のように、輝いた。

「――この国の14億の民の、『渇望』という名のエネルギーを、解放するのです!」

「金が欲しい。強くなりたい。認められたい。その、あまりにも人間的で、そしてどこまでも純粋な欲望。それこそが、この新しい時代における、最大の武器となる!」

「我々がやるべきは、その奔流を堰き止めることではない。その流れを、正しく導き、そして国家という一つの巨大な『炉』へと注ぎ込むこと。それこそが、我々が世界の頂点に立つための、唯一の、そして最後の道なのです!」


 その、あまりにも力強く、そしてどこまでも壮大なビジョン。

 それに、会議室の空気は、再び二つに割れた。

 保守派と、改革派。

 その議論は、平行線をたどった。

 何時間、そうしていただろうか。

 時計の針は、すでに深夜を回っていた。

 会議室には、疲労と、そして解決策の見えない焦燥感が、重く漂っていた。


 その、息が詰まるような膠着状態。

 それを、破ったのは、一つの、あまりにも唐突な、そしてどこまでも無慈悲な、速報だった。

 円卓の中央のホログラムモニターに、赤いアラートが点滅する。

 ギルド【青龍】の、最前線で戦う諜報部隊からの、緊急の報告だった。

 林が、その報告を、震える声で読み上げた。


「――オーディンが、動きました」

「先ほど、彼らは、エッセンスクラフトによって生み出されたと見られる、新たな装備を使い…」

 彼は、そこで一度言葉を詰まらせた。

 そして、その絶望的な事実を告げた。

「――【天測(てんそく)神域(しんいき)】の攻略タイムを、さらに、更新した、とのことです…!」


 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 会議室の、全ての時間が止まったかのような錯覚。

 王将軍が、その震える手で、モニターに表示された新たな記録を、指し示した。

 その数字は、彼らのこれまでの全ての議論を、無意味なものへと変えるには、十分すぎるほどの、威力を持っていた。

 彼の、その老いた、しかし誇り高き瞳から、光が消えていく。

 彼は、ゆっくりと、そして力なく、その玉座のような椅子へと、その身を沈めた。

 彼の、沈黙。

 それが、この長い、長い戦争の、終わりを告げていた。


 趙元帥は、その光景を、ただ静かに見つめていた。

 彼の瞳には、勝利の喜びはない。

 ただ、これから始まる、より大きな、そしてより過酷な戦いへの、静かな覚悟だけが宿っていた。

 最高指導部への、最終的な裁定を仰ぐための通信回線が、開かれる。

 中国は、その日、その瞬間。

 その歴史的な転換を、決断した。

 万里の長城は、今、確かに内側から崩れ始めたのだ。



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