第298話
その日のアメリカ合衆国は、東海岸から西海岸まで、一つの巨大な熱狂に包まれていた。
エッセンス。
そのたった一つのクラフトアイテムの出現が、この広大な大陸の隅々にまで根を張っていた退屈な日常を根こそぎ引っこ抜き、新たなゴールドラッシュの熱狂へと塗り替えてしまったのだ。
その熱狂のまさに中心、日本とは13時間の時差がある北米の『SeekerNet』。
その雑談掲示板は、もはや本来の機能を失い、一つの巨大な「新人研修センター」と化していた。
◇
【SeekerNet - North America Server】
スレッドタイトル: 【固定】新入りはグラインドへようこそ!投稿前に必ずこれを読め。(ポスト・エッセンス・ブーム・スターターガイド)
1: 名無しのSlayer(Moderator)
さて、ひよっこども。よく聞け。
この一週間で、このサーバーの新規登録者数は、過去10年間の合計を上回った。エッセンス・ブームに釣られて、夢見る馬鹿が大量に押し寄せてきてるってわけだ。
結構なことだ。だが、お前らの9割は、一ヶ月後には泣きながらママの元に帰るか、あるいは野盗の餌食になってる。
そうなりたくなければ、まずこのスレを隅から隅まで読め。
ここに書かれてる質問を別スレで立てた奴は、即BANの上、IPを公開する。
いいな?
【STEP 1: KNOW YOUR WORTH - お前の「資産価値」を知れ】
まず、お前が最初にやるべきことは、ダンジョンに潜ることじゃない。ギルドが運営する、最寄りの認定鑑定所に行け。
そこで、お前の魂に刻まれたユニークスキルを判定してもらうんだ。
それが、お前のこの世界における、最初の「株価」だ。
そのスキルが、戦闘向きか、生産向きか、あるいは完全に無価値なゴミか。
それによって、お前のスタートラインが決まる。
戦闘向きの分かりやすいスキルを引いた奴は、幸運を神に感謝しろ。
だが、そうじゃない奴も、絶望するのはまだ早い。
【よくあるユニークスキルの評価サンプル】
スキル名:【キネティック・インパルス】
効果: 近接武器による3回目の連続したヒットは、小規模な衝撃波を発生させる。
評価: Aランク。当たりだ。戦士ビルドなら、C級までこれ一本で食っていける。おめでとう、お前はエリート候補だ。
スキル名:【パーフェクト・ピッチ】
効果: 耳にしたあらゆる音の音程を、正確に識別できる。
評価: Fランク。完全に、死にスキルだ。諦めて、ラスベガスでカジノのディーラーでも探せ。その方が、まだ稼げる。
スキル名:【生存者の直感】
効果: 半径50メートル以内に存在する飲用可能な水源の位置と、そこまでの最短ルートを、常に把握できる。
評価: Dランク(特定条件下でAランク)。戦闘能力はゼロだが、マネタイズの道はある。アリゾナの【灼熱の峡谷】みたいな砂漠ダンジョンで、安全な水源地の情報を他の探索者に売るんだ。情報屋として、生きる道がある。戦闘だけが冒険者じゃねえ。頭を、使え。
【STEP 2: GET YOUR SEED CAPITAL - 「東京チップ」を受け取れ】
スキル判定は、済んだか?
じゃあ、次にやることは、日本の方向に感謝の祈りを捧げることだ。
日本の英雄、神宮寺猛が設立した**『雷帝ファンド』**。あれは、国籍を問わず、全ての新人探索者に適用される。
今すぐ、ギルドの公式ページから申請しろ。6800ドルが、お前の口座に振り込まれる。
俺たちは、これを敬意と少しの皮肉を込めて、「トーキョー・チップ」と呼んでる。
このタダで手に入れた軍資金をどう使うかで、お前のセンスが問われる。
間違っても、ピカピカの新しい剣なんかに使うなよ。
【STEP 3: CHOOSE YOUR CAREER PATH - 職業を選べ(やり直しは効かねえ)】
クラス選択。
これは、お前がこの世界で下す、最初の、そして最も重要な決断だ。
一度選んだら、二度と変更はできねえ。
お前のユニークスキル、性格、そして何よりもお前の「魂」が何を求めているのか、よく考えろ。
戦士(Warrior): タフで死ににくい。初心者向け。だが、大器晩成型だ。A級になるまでは、地味な殴り合いが続くことを覚悟しろ。
魔術師(Mage): 派手で強力。E級くらいまでなら、楽して無双できる。だが、その体はガラスのように脆い。ワンミスが、死に繋がる。
盗賊(Rogue): テクニカルでトリッキー。極めれば最強だが、そこに至る道はあまりにも険しい。頭脳と反射神経に自信がある奴だけが、選べ。
【STEP 4: YOUR FIRST WEEK'S GEAR - 最初の装備はゴミでいい】
雷帝ファンドの金で、何を買うか。
答えは決まってる。
まず、中古のボロいRVだ。5000ドルもあれば、十分なものが手に入る。
それは、お前の「本社」であり、「金庫」であり、そして「城」だ。
残りの金で、マーケットで他の奴らが使い古したお古の装備一式と、最低限のスキルジェムを揃えろ。
F級の段階では、武器もスキルも、何を選んだって大差はねえ。
お前の仕事は、ヒーローになることじゃない。
エッセンスをファーミング(養殖)することだ。
それが、この新しい時代の唯一の正解だ。
分かったな、ひよっこ。
幸運を祈る。
12: 名無しの新人A
うおおおおお!なんて有益なスレなんだ!
ありがとうございます、モデレーターさん!
早速、鑑定行ってきます!
15: 名無しの新人B
トーキョー・チップ、マジで振り込まれた!
サンキュー、ライテイ!
これで、俺もスタートラインに立てる!
18: 名無しの現実主義者
…まあ、このガイドは的確だな。
特に、RVの話は重要だ。俺も、最初はピックアップトラックで寝泊まりして、装備一式盗まれたからな。
自己防衛、それがこの世界の基本だ。
25: 名無しのウォール街の狼
18 自己防衛も、甘い。
俺なら、そのRVにさらに投資して、防弾ガラスと監視カメラを付けるね。
そして、キャンプサイトの他の新人たちの動向を、常に監視する。
誰がどんなエッセンスを拾い、そして誰がそれを狙っているのか。
情報こそが、金だ。
そのあまりにも資本主義的な、そしてどこまでも合理的な発想に、スレッドの空気がさらに引き締まる。
ここは、仲良しサークルではない。
誰もが、自らの夢と、欲望と、そして人生そのものを賭けて戦う、フロンティアなのだ。
そのあまりにもアメリカ的な空気感、それが、この新しい時代の本当の始まりを告げていた。
スレッドは、その後も、様々な年代、様々なバックグラウンドを持つ新人たちの、希望と野心と、そして現実的な戦略の議論で溢れかえっていく。
退職した元軍人、一攫千金を夢見る主婦、そして大学を中退してきた若者たち。
彼らは皆、このガイドを羅針盤として、自らの最初の、そして最も重要な一歩を踏み出そうとしていた。




