第297話
東京の空は、いつものように無数の星々(ネオン)をその身に宿し、静かに、そしてどこまでも深く広がっていた。
だが、その静寂とは裏腹に。
日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』の内部は、昨日から続く異常なまでの熱狂と、そして新たに生まれた黄金への渇望によって、そのシステムが悲鳴を上げるほど激しく燃え上がっていた。
全ての探索者の視線は、もはや一つのスレッドに、その一点だけに注されていたと言っても過言ではなかった。
【SeekerNet 掲示板 - 国際トップランカー専用フォーラム】
スレッドタイトル: 【伝説誕生】T7エッセンス、1000万で落札!【エッセンス=金】 Part.5
昨夜、匿名のA級探索者が投下した、たった一枚のスクリーンショット。
Tier7【慟哭のエッセンス】。
その神々の領域の力が、世界の探索者たちに、新たな「夢」と「目標」を与えた。
そして、その夢が、あまりにも現実的な「価値」を持つことを証明する出来事が、たった今起きたのだ。
1011: 名無しの市場ウォッチャー
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
お前ら、今すぐギルドの公式オークションハウスの取引ログを見ろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
出たぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
昨日のあのT7エッセンスが出品されて、そして今、落札された!!!!!!!!!!!!!!!
[画像:ギルド公式オークションハウスの落札通知画面のスクリーンショット。アイテム名【慟哭のエッセンス(憎悪)】、そしてその横には目を疑うような数字が輝いている]
1012: 名無しのC級戦士
1011 は!?マジかよ!
いくらだ!?いくらで、売れたんだよ!
1013: 名無しの市場ウォッチャー
1012 落ち着け。
俺も、今、手が震えてる。
最終落札価格…。
――10,000,000円だ。
1014: 名無しのD級(学生)
……………は?
1015: 名無しのE級ゴブリンスレイヤー
…いいっせんまん…!?
嘘だろ…?
あの手のひらサイズの石ころ一つが、1000万…?
家が、買えるじゃねえか…。
1016: 名無しのF級スライムハンター
祭りだああああ!!!
そのあまりにも暴力的で、そしてどこまでも甘美な数字。
それに、スレッドは一瞬にして静まり返った。
そして、次の瞬間。
爆発した。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
『1000万!1000万だ!歴史が動いたぞ!』
『たかが、クラフトアイテム一つだろ!?なんで、ここまでになるんだよ!』
『エッセンスは金になる…。マジだったんだな…!』
スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。
誰もが、そのあまりにも巨大な金の奔流を前にして、自らの金銭感覚を完全に破壊されていた。
そして、その熱狂は、瞬く間にSeekerNetの全ての掲示板へと、燎原の火のように燃え広がっていく。
F級の初心者からA級のトップランカーまで、全ての探索者が、この日、一つの共通の真理をその魂に刻み込んだ。
「――エッセンスは金になる」
そのあまりにもシンプルで、そしてどこまでも力強い事実。
それが、この世界の経済を、そして人々の欲望を、新たなステージへと引き上げる引き金となった。
空前絶後のエッセンス・ブーム、その始まりだった。
◇
【SeekerNet 掲示板 - F級ダンジョン総合スレ Part. 891】
1: 名無しの週末冒険者
祭りだあああああああああああああああ!!!!!!
見たか、お前ら!1000万!
俺たちが、昨日までゴミ拾いみたいに集めてたあの青い石ころが、家一軒分の価値になるかもしれねえんだぞ!
もう、仕事なんてやってられるか!
明日、会社に辞表叩きつけてくる!俺は、エッセンスハンターになる!
2: 名無しの学生バイト
1 待て待て、落ち着けwww
Tier7が1000万ってことは、単純計算でTier1でも1万3000円以上の価値があるってことか…?それでも、十分すぎるほどヤバいけど!
3: 名無しのクラフトマニア
2 だから、お前はひよっこなんだよ!
合成があるだろうが!合成が!
Tier1を729個集めれば、それは1000万になるんだぞ!
夢が、あるじゃねえか!
4: 名無しの週末冒険者
3 それだ!
俺、今からゴブリンの洞窟に籠もるわ!
729個、集めてくる!
見てろよ、お前ら!俺が、次の億万長者だ!
そのあまりにも無邪気で、そしてどこまでも希望に満ちた宣言に、スレッドは、温かい笑いと、そして健全な競争心の炎に包まれた。
これまで、ただ日銭を稼ぐためだけの退屈な「作業」だったF級ダンジョン周回、それが、今、一夜にして、誰もが夢を掴める可能性を秘めた、最高の「ゴールドラッシュ」の現場へとその姿を変えたのだ。
ゴブリンの洞窟の入り口には、昨日までの数倍、いや、数十倍もの探索者たちが、我先にとその光の中へと殺到している。そこには、もはや行列という概念はなく、ただ純粋な欲望の奔流だけがあった。
そのあまりにも混沌とした光景は、まさしく新たな時代の幕開けを象徴していた。