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第293話

 その日の午後。

 神崎隼人――“JOKER”の配信チャンネルに、一つの新たなショーの幕開けを告げるタイトルが表示された。

 それは、彼の揺るぎない自信と、そして未知なるテーブルへの尽きることのない好奇心を、これ以上ないほど雄弁に物語っていた。


『【ネクロマンサーLv.28】神の軍勢、B級中位ダンジョンに初挑戦』


 そのタイトルが公開された瞬間、彼のチャンネルには、通知を待ち構えていた数十万人の観客たちが、津波のように殺到した。

 コメント欄は、期待と興奮の熱気で沸騰していた。


『きたあああああああ!』

『B級中位!?ついに来たか!』

『あの完成された軍団が、中位でどこまで通用するのか!見せてくれ!』

『今日の生贄は、どこのダンジョンだ?』


 その熱狂をBGMに、隼人は転移ゲートの前に立った。

 彼が選択したのは、これまで一度も足を踏み入れたことのない、新たな戦場だった。

 B級中位ダンジョン【機械仕掛けの心臓】。

 彼は、その無機質な文字列をARウィンドウに表示させると、躊躇なくその中へとその身を投じた。


 ◇


 彼がゲートをくぐった瞬間、彼の全身を、ひんやりとした金属の空気とオイルの匂いが包み込んだ。

 だが、今の彼にとって、それはもはやただの通過儀礼に過ぎなかった。


 彼の目の前に広がっていたのは、洞窟でも、森でも、遺跡でもない。

 一つの巨大な「機械」の内部だった。

 壁も、床も、天井も、全てが真鍮と鋼鉄と、そして無数の歯車で構成されている。

 カチカチカチ…という、無数の時計が時を刻むかのような正確無比な駆動音。

 シューシュー…という、どこからか漏れ出す高温の蒸気の音。

 そのあまりにも無機質で、そしてどこまでも美しいスチームパンクの世界に、隼人はゴクリと喉を鳴らした。


「…ほう。面白いテーブルじゃねえか」


 彼が、その最初の感想を漏らした、その瞬間だった。

 カシャカシャカシャッ!

 彼の目の前、それまで壁の一部にしか見えなかった金属パネルが、一斉に内側へとスライドする。

 そして、その暗闇の奥から、一体、また一体と、機械人形達がお出迎えした。

 その数、数十体。

 美しい陶磁器ポーセリンの顔に、ガラスの瞳。

 だが、その首から下は、剥き出しの歯車とゼンマイで構成された、冒涜的なまでの機械の体。

 そして、その両腕は、鋭利な刃を持つ、高速で回転する円形の剣となっていた。


「グルルルルル…」

 機械人形たちが、そのスピーカーから壊れたようなノイズ混じりの威嚇音を発する。

 そして、一切の予備動作なく、その回転剣を起動させた。

 キィィィィィィィン!

 甲高い、耳障りな金属音。

 そして、彼らはその小さな体を、まるでコマのように高速で回転させながら、侵入者である隼人ただ一人へと殺到してきた。

 だが、隼人は動じない。

 彼の脳内で、一つの命令が下された。


(――壁になれ)


 彼は素早くゾンビ達と、アニメイトガーディアンと、スペクター達のチャージ供給役を影から呼び出して盾にする。

 彼の足元の影から、ずるりと、彼の神の軍勢が、そのおぞましい、しかしどこまでも頼もしい姿を現した。

 七体のゾンビ、二体のスペクター、そして一体のガーディアン。

 その十体の僕たちが、主を守るためだけの完璧な「肉の壁」を形成した。

 そして、その壁に、機械人形たちの嵐のような回転剣攻撃が叩き込まれた。


 ガリガリガリガリガリガリッ!


 凄まじい金属音と、衝撃。

 ゾンビたちの、鋼鉄のように硬質化されたはずの腐った肉体が、まるでチーズのように削り取られていく。

 ゴリゴリと、ゾンビ達のHPが削れる。

 彼の視界の隅、ミニオンたちのHPバーが、信じられないほどの速度でその輝きを失っていく。

 100%、80%、60%…。

 5割まで、一瞬で溶けた。


「おお、こりゃ強いな」

 隼人は、思わずそう言った。

 その声には、焦りの色はない。

 ただ、最高の、そして歯ごたえのある獲物を見つけた、狩人の歓喜だけが宿っていた。

 そして、その歓喜に応えるかのように、彼の軍団が反撃の狼煙を上げた。

 アニメイトガーディアンが放つ時間連鎖の呪い。

 スペクターたちが供給する狂乱と持久力のチャージ。

 そして、その全てのバフを受けた七体のゾンビたちのスプラッシュ攻撃と毒の猛攻。

 それに、機械人形たちはなすすべもなかった。

 その脆い陶磁器の体は、ゾンビたちの圧倒的な火力の前に、次々と砕け散り、そして光の粒子となって消滅していった。

 ゾンビ達の攻撃で、機械人形達は倒された。


 静寂。

 後に残されたのは、おびただしい数のドロップ品と、そしてその中心で、自らの傷ついた軍団を見つめる一人の指揮官の姿だけだった。

 だが、ゾンビ達はボロボロだった。そして、すごくゆっくりとHPが回復していく。

 B級中位の洗礼。

 それは、彼の軍団がまだ完璧ではなかったという、無慈悲な事実を突きつけていた。


『うわあああ!ゾンビが!』

『なんだ、あの火力!一瞬でHPが半分に!』

『B級中位、ヤバすぎる!』

『リジェネが、追いついてねえ!』


 コメント欄が、悲鳴で埋め尽くされる。

 だが、その中で。

 隼人は、ただ静かに、そしてどこまでも楽しそうに笑っていた。


「…なるほどな。面白い」

「流石に、少し強化が必要か」

 彼は、ARカメラの向こうの観客たちに宣言した。

「お前ら、よく見てろよ。本当の『ビルド構築』ってやつを、今から見せてやる」

 彼は、その場で自らの魂の内側…パッシブスキルツリーの広大な星空を開いた。

 彼の手元には、まだ使われていない貴重なパッシブスキルポイントが、8ポイント残っている。

 彼は、そのうちの4ポイントを使い、自らの軍団に新たな「祝福」を授けることにした。


「まず、足りないのは純粋な耐久力だ」

 彼は、ミニオンライフノード…ミニオンの最大HPが12%上昇するノードを、1Pで取得した。

「そして、このスリップダメージに対抗するための回復力」

 彼は、**ミニオンのHP秒間自動回復…最大HPの1.5%**を1Pで取得。

 **そして、続いて、もう一つミニオンのHP秒間自動回復…最大HPの1.5%**を、1Pで取得した。

「そして、とどめだ」

 彼は、その先にある巨大な中ノードへと、その手を伸ばした。

 中ノード【犠牲】。ミニオンの最大HPが20%上昇し、HP秒間回復…最大HPの1%を、ミニオンと、そして術者自身にも付与する。(1P)

 これで、4P使った。残り、8Pだ。


 そのあまりにも的確で、そしてどこまでも美しい防御の布陣に、コメント欄の有識者たちが感嘆の声を上げた。

 だが、彼の強化はまだ終わらない。


「だがな、お前ら。防御だけじゃ、つまらねえだろ?」

 彼は、ニヤリと笑った。

「最高の防御は、攻撃だ。やられる前にやる。それが、俺の流儀だ」

 彼は、残された8ポイントの中から、さらに4ポイントを純粋な暴力へと注ぎ込んだ。

「ダメ押しで、ミニオンダメージライフノード。ミニオンの最大HPが10%上昇し、ミニオンのダメージが10%上昇するノードを二つ」(2P)

「そして、その先にあるこれだ」

 中ノード【正義の軍団】。HP秒間回復…最大HPの1%をミニオンと術者自身に付与し、さらにミニオンのダメージを20%上昇させる。(1P)

「そして最後にこれだ。ミニオンオフェンスマスタリー。ミニオンに、+250の精度を追加する」(1P)

 これで、さらに4P使った。残り、4Pだ。


 そのあまりにも完璧な、攻防一体のビルド構築。

 それが完了した、その瞬間。

 彼のボロボロだったゾンビ軍団の姿が一変した。

 彼らの全身を、温かい緑色の光…生命のオーラが包み込み、その傷口がみるみるうちに塞がっていく。

 ゾンビ軍団のHPは、急速に回復していく。


「よしよし、これで良いな」

 隼人は、満足げに頷いた。

「**サイレンスは問題なし。出血は、【不屈の軍勢】**のパッシブで、**ミニオンは平気だ。**あとは、俺の出血だが、そもそもゾンビが盾になるから当たらないから問題ない。いけるな」

「じゃあ、どんどんいくか」


 彼はそう宣言すると、その生まれ変わった神の軍勢を引き連れ、ダンジョンのさらに奥深くへとその歩みを進めていった。

 そこから先は、もはや死闘ではなかった。

 ただ、一方的な「作業」だった。

 機械人形達を倒していく。回転剣攻撃が痛いが、彼の軍団はそのダメージをものともしない。

 そして、倒した後1分で回復するので、回復したら出発する。それを、繰り返す。

 そのあまりにも安定的で、そしてどこまでも確実な進軍。


 そして、彼はついにその場所へとたどり着いた。

 ダンジョンの最深部。

 ひときわ巨大な、真鍮の歯車でできた巨大な扉。

 その奥から、これまでにないほどの巨大な駆動音が響き渡ってくる。

 ボス部屋まで、到着した。

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