第291話
【物語は10年前ダンジョンが現れる当日に戻る】
【ダンジョン出現後3ヶ月経過後】
【2ch(後のSeekerNet掲示板) - 雑談スレ Part. 45】
1: 名無しのC級戦士
…おい。
…おい、お前ら。
ちょっと待て。
俺、今ギルドの公式発表を見てるんだが。
これ、何かの間違いだよな…?
2: 名無しのC級魔術師
1
俺もだ。
今、鑑定チームがB級ゲートの鑑定結果を公表したやつか?
俺、多分日本語の読み方を忘れたんだと思う。
3: 名無しのC級盗賊
2
ああ、俺もだ。
誰か、翻訳してくれ。
俺の目には、「お前らの冒険はここで終わりだ」って書いてあるようにしか見えねえ。
そのあまりにも不穏な書き込み。
数分前まで「C級制覇おめでとう!」「次はB級だな!」といった希望に満ちた言葉で溢れていたスレッドは、そのたった三つの書き込みによって、水を打ったように静まり返った。
そして、その静寂を破るかのように。
一人のユーザーが、その絶望のテキストをスレッドへと投下した。
10: 名無しのまとめ職人
…落ち着け、お前ら。
パニックになるな。
だが、これは現実だ。
ギルド公式発表、B級ダンジョンゲート鑑定結果全文だ。
【公式発表】
本日、東京及びネバダ砂漠にて新たに出現したダンジョンゲートを、日米合同鑑定チームが鑑定した結果、ランクが「B級(下位)」であることが判明いたしました。
しかし、そのゲートの魔素構造を詳細に分析した結果、極めて重大な、そして危険な特性が確認されました。
以下に、その事実を公表いたします。
警告:B級ダンジョンゲートを通過した全ての探索者は、その魂に永続的な【世界の呪い】が付与されます。
効果:全ての属性耐性(火、氷、雷)が、恒久的に-30%低下します。
この効果は、一度付与されると、現在確認されているいかなる手段をもってしても、解除することは不可能です。
国民の皆様、そして探索者の皆様は、B級ダンジョンに挑む際には、このリスクを十分に理解した上で、自己責任においてその判断を下していただくよう、強く要請いたします。
11: 名無しのゲーマー
……………は?
12: 名無しの社畜
…ぜんぞくせいたいせい、まいなすさんじゅっぱーせんと…?
13: 名無しのニート(28)
…えいえいえいきゅうてきに…?
お通夜状態の掲示板。
誰もが、そのテキストの意味を理解することを拒絶していた。
だが、そのあまりにも冷徹で、そしてどこまでも無慈悲な現実は、容赦なく彼らの脳髄にその毒牙を突き立てていく。
やがて、その沈黙を破ったのは、一人の魔術師の絶叫だった。
50: 名無しの最初の魔術師
全耐性-30%は、ないだろ!!!!!!!!!!
ゲームでも、こんな鬼畜デザインしねぇよ!!!!!!!!!!
どういう事だよ!-30%とかされたら、俺たち魔術師はどうなる!?
ESが、俺たちの生命線なんだぞ!?
耐性がマイナスになったら、C級のゴブリンシャーマンが撃ってくる、あの豆鉄砲みてえなファイアボールですら、即死級のダメージになるじゃねえか!
裸で属性攻撃受けるって事だから、余裕で死ねるよな!?
55: 名無しの最初の盗賊
50
魔術師だけじゃねえ!
俺たち盗賊も、終わりだ!
確かに、俺たちは回避が高い。だが、攻撃を100%避けられるわけじゃねえんだよ!
C級のガーゴイルが使ってくる、あの広範囲の魔法攻撃。
あれを食らったら、一撃で蒸発するぞ!
61: 名無しの最初の戦士
55
…俺たち戦士ですら、無傷じゃ済まねえ。
確かに、物理攻撃なら盾で防げる。
だが、属性攻撃はどうするんだ。
竜人族のブレス。あれを盾で受けたら、盾ごと溶かされるぞ。
幸い、F級、E級は弱いからなんとかなるだろうけど、D級とかC級にも、もう潜れなくなるぞ?
一度でもB級に入っちまったら、もう二度と下のランクにすら戻ってこれねえってことかよ…。
詰みだろ、これ…。
そのあまりにも的確な、そしてどこまでも絶望的な分析。
それに、スレッドは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
『嘘だろ…』『俺の冒険者人生、終わった…』『どうすんだよ、これ…』
その悲痛な叫び。
だが、本当の地獄はここからだった。
155: 名無しの市場ウォッチャー
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
お前ら、マーケット見てみろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
とんでもねえことになってる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
そのあまりにも切羽詰まった絶叫に、スレッドの住人たちが、恐る恐る公式マーケットのページを開く。
そして、彼らは見た。
経済という名の、もう一つの地獄を。
161: 名無しの社畜
おい、耐性装備の値段が跳ね上がってるぞ!!!!!!!!!!
なんだこれ!なんだこれ!
さっきまで1万で売ってた、火耐性+5%の革の手袋が、30万になってる!
168: 名無しの最初の戦士
161
マジかよ!
俺が今見てる雷耐性+8%の鉄の盾、70万だぞ!
数時間前まで、3万だったのに!
175: 名無しの最初の魔術師
単体耐性10%でも、100万円まで高騰してる!
はー、ふざけんな!ただでさえ高い装備が、さらに高くなるじゃねーか!
これじゃ、一生かかってもB級に挑めるだけの装備なんて揃えられねえよ!
そのあまりにも暴力的なまでのインフレ。
富める者は、その資産で耐性装備を買い占め、さらに富み。
持たざる者は、その日の稼ぎすらままならなくなる。
ダンジョンが出現して、わずか3ヶ月。
この世界は、早くもその残酷な牙を剥き出しにしていた。
だが、その絶望の淵で。
なおも、抗おうとする者たちがいた。
この理不尽なゲームのルールを捻じ曲げてでも、生き残ろうとする本物のプレイヤーたちが。
255: 名無しのビルド研究家
…落ち着け、諸君。
パニックになるな。
確かに、状況は最悪だ。だが、まだ道はあるはずだ。
まずは、冷静に我々が置かれている状況を分析しよう。
B級の呪い、-30%。
これを、どう相殺するか。
261: 名無しの最初の戦士
255
相殺できるかよ!
現状、耐性を稼ぐ手段なんて装備しかないんだぞ!
その装備が、このザマだ!
268: 名無しのビルド研究家
261
いや、待て。
本当に、それだけか?
我々には、まだ残されているカードがあるはずだ。
思い出せ。
我々の魂そのものに刻まれた、あの広大な星空を。
そのあまりにも思わせぶりな一言に、スレッドがざわめいた。
『星空…?』『まさか…』
そして、その議論に、一つの重い、そしてどこまでも本質を突いた書き込みが投下された。
301: 名無しの現実主義者
…なるほどな。
確かに、装備だけで耐性を75%まで持っていくのは、不可能に近い。
だが、目標を少しだけ下げてみたらどうだ?
例えば、50%とか。
いやいや、とにかく耐性を積むのが最優先だろ。-30%受けても、最低50%は残ってないと、余裕で死ねるぞ、ダンジョンでは。
305: 名無しのゲーマー
301
50%か…。
確かに、それならなんとかなるかもしれん。
全身を耐性5%くらいのガラクタレアで固めて、合計30%くらい稼いで…。
あとは、気合と根性で避ける!
311: 名無しの最初の魔術師
305
いやいや、こんなの無理ゲーだろ!
避けきれるかよ!
そのあまりにも不毛な、しかしどこまでも切実な議論。
その混沌の中から、ついにあの男がその重い口を開いた。
ビルド研究家だった。
355: 名無しのビルド研究家
いや、答えはパッシブツリーにある。
358: 名無しの最初の戦士
355
どういう事だってばよ?
365: 名無しのビルド研究家
358
これを見ろ。
彼がアップロードしたのは、一枚のパッシブスキルツリーのスクリーンショットだった。
その広大な星空の中。
一つの巨大な星。
それが、赤い円で囲まれていた。
【キーストーン:ダイヤモンドスキン】
【効果:全ての元素耐性 +15%】
366: 名無しのビルド研究家
これが、答えだ。
そして、このキーストーンへと至る経路で、これを取る必要がある。
[画像:小さな星のノードがハイライトされている]
【小ノード:全属性耐性 +5%】
367: 名無しのビルド研究家
分かるか?
合わせて、+20%確保出来る。
たった、2ポイントでだ。
たった2Pで、あの絶望的な-30%の呪いを、残り-10%まで縮める事が出来るぞ。
あとは、装備で40%稼げばいい。
それなら、不可能ではないはずだ。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
スレッドの全ての動きが、ぴたりと止まった。
そして、次の瞬間。
スレッドは、爆発した。
『は!?』
『マジかよ!こんな救済措置みてえなのがあったのか!』
『+20%!?たった2ポイントで!?』
『はっ、最強のキーストーンじゃねーか!』
そのあまりにも鮮やかで、そしてどこまでも美しい逆転の一手に、スレッドは絶望の淵から、一瞬で歓喜の頂へと駆け上がった。
だが、その熱狂の中で。
何人かの冷静なユーザーが、そのスキルのこれまでの評価を思い返していた。
388: 名無しの最初の盗賊
…なお、今までの評価…。
確か、「2ポイントも使って耐性20%とか地味すぎwww」「その分、火力に振った方がマシだろwww」とか言って、みんなで馬鹿にしてなかったか、俺たち…。
そのあまりにも的確な、そしてどこまでも気まずい指摘に、スレッドの空気が一瞬だけ凍りついた。
そして、その沈黙を破ったのは、一人のあまりにも見苦しい、しかしどこまでも人間的な、手のひら返しの絶叫だった。
395: 名無しの手のひらドリル
いいやー!でも、僕はわかってましたよ!このキーストーンの凄さが!
最初から、いつかこの星が輝く時代が来ると信じてました!
ええ、本当ですとも!
そのあまりにも潔い掌返し。
それが、引き金となった。
スレッドは、もはやお通夜状態ではない。
一つの偉大な救世主を讃える、ひたすらキーストーンのダイヤモンドスキンをヨイショする、最高の祭りの会場と化していた。
『ダイヤモンドスキン様!マジパねえっす!』
『今までゴミとか言ってて、すみませんでした!』
『俺、これからは耐性こそが正義だと信じます!』
そのあまりにも現金な、しかしどこまでも希望に満ちた熱狂。
その中心で。
世界の探索者たちは、確かに、そして力強く、その次なる一歩を踏み出していた。
絶望の淵でこそ、人は本当の知恵と勇気を手に入れるのだから。
彼らの本当の冒険は、まだ始まったばかりだった。