第290話
【物語は10年前ダンジョンが現れる当日に戻る】
【ダンジョン出現後3ヶ月直前】
【2ch(後のSeekerNet掲示板) - 雑談スレ Part. 42】
1: 名無しのC級戦士
スレ立て乙。
いやー、マジで最高の時代だなおい!
昨日、俺のパーティついにC級ダンジョン【嘆きの聖歌隊】をクリアしたぞ!
これで、日本で確認されてるダンジョンは全部制覇したってことだ!
もう俺たち人類に敵はいない!
2: 名無しのC級魔術師
1
乙!そして、おめでとう!
俺たちも、今朝クリアしたところだ!
あのガーゴイルの壁、マジで硬かったけど、パーティメンバー全員でゴリ押ししたらなんとかなったわwww
3: 名無しのC級盗賊
2
分かる。
最後はもう、戦術とかじゃなくて気合と根性だよな。
でもその分、クリアした時の達成感は半端じゃなかった。
これで俺も、名実ともに「プロの探索者」ってわけだ。
4: 名無しのD級(見習い)
3
先輩方、おめでとうございます!
俺も早くC級まで追いつけるように頑張ります!
5: 名無しのゲーマー
1
【人類最強】スレタイ乙。
いや、マジで今の俺たち最強だろ。
ダンジョンが出現してまだ3ヶ月も経ってないってのに、もうC級まで全部クリアだぜ?
このペースなら、あと半年もすればこの星のダンジョン全部攻略し尽くしちまうんじゃねえか?
そのあまりにも楽観的で、そしてどこまでも最高に調子に乗っている探索者達の書き込み。
それが、今の日本の、いや、世界の空気そのものだった。
F級、E級、そしてD級。
未知なる脅威は、次々と人類の前にその姿を現した。
だが、その全てを人類は、知恵と勇気と、そして圧倒的な物量でねじ伏せてきた。
誰もが信じていた。
このまま人類は、勝利の道を突き進むのだと。
この黄金の時代が、永遠に続くのだと。
121: 名無しのテクノロジー愛好家
おいお前ら!
今日のギルド公式の技術発表会見たか!?
ついに、魔石ブースターの試作品が公開されたぞ!
[画像:手のひらサイズの銀色の円盤。その中央には小さなF級魔石がはめ込まれ青白い光を放っている]
こいつをスマートフォンの裏に貼り付けるだけで、バッテリーの消費電力が90%以上もカットされるらしい!
もう、充電ケーブルなんていらなくなる時代が来るぞ!
123: 名無しの社畜
121
マジかよ!
俺のスマホ、もうバッテリーがヘタってて一日も持たないんだよな…。
これ、いくらで売ってくれるんだ!?
125: 名無しのテクノロジー愛好家
123
まだ試作品だから、市場に出るのは先らしい。
でも、政府はもう国家プロジェクトとして量産化計画を進めてるってさ。
それだけじゃねえぞ。
128: 名無しの農業ウォッチャー
121
ああ、知ってる。
魔石の瞬間促成栽培も、ついに実用化の目処が立ったらしいな。
魔石を粉末にして水に混ぜて畑に撒くだけで、野菜が一日で収穫できるまで育つんだとよ。
もう、食糧危機なんて歴史の教科書だけの話になるぜ。
131: 名無しのゲーマー
128
やべえええええええええええ!!!!!!
エネルギー問題も食糧問題も、全部解決かよ!
俺たち、マジで神の時代に生きてるな!
そのあまりにも希望に満ちた、輝かしい未来の技術。
それに、スレッドは熱狂の渦に飲み込まれていく。
だが、その科学的な熱狂の中で。
一つの、全く別の角度からの「信仰」がその声を上げた。
211: 名無しの聖歌隊員
――皆さんに、神の祝福を。
そのあまりにも場違いな、そしてどこか荘厳な書き出し。
それに、スレッドの空気がわずかに変わった。
212: 名無しのニート(28)
211
うわ、出たよ。
宗教団体の勧誘員。
213: 名無しの聖歌隊員
212
勧誘ではありません。ただ、真実をお伝えしたいだけです。
皆さん、なぜこれほどの奇跡が、今この時代に、この日本という国で起きているのか。
不思議に思いませんか?
それは、偶然ではありません。
全ては、大いなる御心の思し召しなのです。
ダンジョンとは、我々人類に与えられた神からの「試練」であり、そして「祝福」。
この試練を乗り越えた時、我々は新たなステージへと進化することができる。
そのための、神の恩恵なのです。
さあ、皆さん。共に神の御名を讃えましょう。
うちに入信しませんか?
そのあまりにも甘美な、そしてどこまでも胡散臭い誘いの言葉。
それに、スレッドは嘲笑と、そしてわずかな興味の奇妙な空気に包まれた。
『wwwwwwwww』
『出たよ、神の恩恵理論www』
『でも、正直ちょっとだけ分かる気もする。こんな奇跡、神様でもなきゃ説明つかねえもんな…』
『で、入信したら何が貰えるんだよ?ユニークな剣でもくれるのか?』
『馬鹿野郎。お前の魔石が全部、「お布施」として巻き上げられるだけだぞ』
そのあまりにも俗物的な、しかしどこまでも真理を突いたやり取り。
だが、その宗教団体の言葉を、あながちただの戯言だと笑い飛ばすことのできない空気が、確かにこの時代には存在していた。
なぜなら、この国の、そして世界の指導者たち自身が、その「奇跡」に完全に酔いしれていたのだから。
355: 名無しの霞が関ウォッチャー
おいお前ら。
今日の日米合同記者会見の総理のコメント見たか?
完全に浮かれてたぞ。
[動画リンク:首相官邸の会見場で満面の笑みを浮かべる総理大臣とその隣で自信満々に頷くアメリカ大統領のホログラム]
総理大臣:
「…我が国と、同盟国であるアメリカ合衆国は、このダンジョンという新たなフロンティアにおいて、世界の先頭を走っています。我々が手にしたこの魔石という名の新たな『火』。これを、人類全体の幸福のために有効に活用していくこと。それこそが、我々先進国に課せられた歴史的な責務であると確信しております!」
そのあまりにも力強く、そしてどこまでも楽観的な演説。
それに、スレッドは賞賛と、そしてわずかな不安の複雑な感情で満たされた。
『うおおおお!総理かっけえ!』
『まあ、確かに今の日本とアメリカは世界の勝ち組だよな』
『アメリカ政府と日本政府は、バラ色の未来を想像して調子に乗ってるな…』
『でも、なんか少しだけ怖い。こんなにうまく行き過ぎてて…』
その一人の名もなき探索者がぽつりと呟いた、小さな不安。
それが、この黄金の時代の終わりの始まりを告げる、最初の予兆だったのかもしれない。
だが、その声は熱狂の渦の中に、あっけなくかき消されていった。
誰もが信じていた。
この輝かしい未来が、永遠に続くと。
B級の呪いという名の本当の「絶望」が、その足音をすぐそこまで忍び寄らせていることなど、知る由もなかった。
彼らのあまりにも短く、そしてどこまでも甘美な夢の時間は、もうすぐ終わろうとしていた。