第286話
【配信タイトル:B級クリア!みんな、ありがとう!次は何を目指そうかな?】
【配信者:HollyMiller_adventures】
【現在の視聴者数:18,342】
儀式場の、絶対的な静寂。
先ほどまでこの空間を支配していた、マダム・ルヴォーの禍々しいオーラと、混沌の魔法が炸裂する轟音は、もはやどこにもない。
後に残されたのは、おびただしい数のドロップアイテムが放つ優しい光と、そしてその中心で、荒い息をつきながら、しかし確かな勝利を噛みしめる一人の少女の姿だけだった。
ホリー・ミラーは、まだその場で立ち尽くしていた。
彼女の目の前のARウィンドウには、信じられないというように、一つの黄金に輝くポップアップが表示され続けている。
それは、彼女の無謀な挑戦が、確かに「偉業」としてこの世界の歴史に刻まれたことを告げる、ギルドからの公式な証明書だった。
【偉業達成】
『ホリー・ミラー様:日米合同冒険者高等学校・北米校の生徒として、初めてB級ダンジョンをソロでクリアしたことを、ここに公式に認定します』
その、あまりにも荘厳で、そしてどこまでも現実離れしたテキスト。
それに、彼女の頭はまだ、追いついていなかった。
だが、彼女の配信のチャット欄は、すでにその事実を、彼女よりも早く、そして熱狂的に受け止めていた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!』
『SHE DID ITTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT!!!!!!!!』
『歴史的瞬間だ!俺たちは、伝説の目撃者になったんだ!』
『FIRST B-RANK STUDENT! HOLY MOLY!』
『おめでとう!おめでとう、ホリー!』
彼女のチャンネルは、お祭り騒ぎとなっていた。
視聴者数は、ボス戦の間にさらに膨れ上がり、もはや2万に迫ろうかという勢いだ。
画面には、数万の視聴者からの祝福のコメントと、スパチャの嵐が、滝のように流れ続けていた。
虹色の、黄金色の、そして様々な国の通貨で送られてくる、無数の祝福の光。
その、あまりにも温かく、そしてどこまでも熱狂的な光景。
それに、ホリーの大きな瞳から、ついに大粒の涙が、堰を切ったように溢れ出した。
「…う…、うう…」
彼女は、その全てに、涙ながらに感謝を伝えた。
「みんな…本当に、ありがとう…!信じられない…。私、本当に、勝てたんだ…!」
彼女は、しゃくり上げながら、何度も何度もそう繰り返した。
その、あまりにも純粋な涙。
それは、もはやただのC級学生ではない。
自らの力で、運命を切り拓いた、一人の英雄の涙だった。
彼女は、その溢れ出す感情を必死にこらえながら、その場に座り込んだ。
そして、彼女は深呼吸を一つすると、最高の笑顔で言った。
「よし!じゃあ、約束通り、祝勝会を兼ねて、Q&Aコーナーを始めようか!みんな、何でも聞いて!」
その一言に、チャット欄が再び沸き立った。
無数の質問が、凄まじい勢いで流れ始める。
その中から、彼女は一つの、最も多くの視聴者が知りたがっていたであろう、本質的な質問を拾い上げた。
Theorycrafter_X: ホリー、改めて、素晴らしいランだった。だが、一つだけどうしても分からないことがある。君のポイゾナスコンコクションは、ライフフラスコのチャージを消費するはずだ。あの長いボス戦で、君は一体何本のフラスコを投げた?私の計算では、とっくにチャージが枯渇していてもおかしくなかった。**フラスコのチャージは、切れないの?**
その、あまりにも的確で、そして鋭い質問。
それこそが、彼女のビルドの、最大の「謎」だった。
それに、ホリーは待っていましたとばかりに、にっこりと笑った。
そして彼女は、その「永久機関のカラクリ」を、世界へと公開した。
「良い質問だね、セオリークラフターさん!」
彼女は、配信画面に自らのパッシブスキルツリーを、大きく映し出した。
「みんな、PCビルドはフラスコがすぐ空になるって思ってるでしょ?でもね、ちゃんとビルドを組めば、むしろ無限に使えるんだよ!」
彼女は、その広大な星空の中から、フラスコに関連する一つの星団を、ハイライトした。
「まず、基本はこれ!」
彼女が指し示したのは、一つのマスタリーだった。
「フラスコマスタリーの『ライフフラスコは3秒ごとに1チャージ増加し、マナフラスコは3秒ごとに1チャージ増加します』!これを取るだけで、戦闘中じゃなくても、フラスコは勝手に回復していくんだ」
「そして、そこから少しツリーを伸ばして、このクラスターを取るの」
彼女は、さらに三つの小ノードを、一つ一つ指し示していく。
「見て!『ライフフラスコ3秒ごとに1チャージ増加』と、『ライフフラスコ3秒ごとに2チャージ』!あと、こっちにはおまけで『マナフラスコ3秒ごとに2チャージ』も付いてるんだ」
「だから、全部で合計すると、3秒ごとに4チャージもライフフラスコに貰えるから、フラスコ切れはないのよ!」
「ポイゾナスコンコクションは1回投げるのに1チャージしか使わないし、私の投擲速度はそこまで速くないから、実際は使っても使っても、どんどんチャージが回復していくんだ。すごいでしょ?」
その、あまりにも緻密で、そしてどこまでも完成された、永久機関の設計図。
それに、有識者たちも舌を巻いた。
Theorycrafter_X: …信じられない。彼女は、ただスキルを組み合わせただけではない。そのスキルを、無限に使い続けるための「エンジン」そのものを、自らの手で組み上げていたというのか…。これは、もはやただのビルド構築ではない。一つの、完璧なシステムだ
Flask_Master: ああ、間違いない。この子は、本物だ。フラスコという、この世界の最も基本的なアイテムの、その本質を、誰よりも深く理解している。末恐ろしい才能だ…
その、トップランカーたちからの最大級の賛辞。
それに、ホリーはただ照れくさそうに、はにかむだけだった。
彼女は、その後のQ&Aでも、自らのビルドの全てを、惜しげもなく公開していった。
そのあまりにもオープンな姿勢。
それが、さらに多くの視聴者たちの心を、掴んでいった。
やがて、Q&Aの時間が、終わりを迎える頃。
一人の視聴者が、最後の、そして最も重要な質問を投げかけた。
HollyHype: ホリー!最高のショーを、ありがとう!それで、**次は何を目指すの?**
その、あまりにも真っ直ぐな問いかけ。
それに、ホリーは少しだけ考え込んだ。
彼女は、自らのARウィンドウに表示された、冒険者学校のランキングページを、ただじっと見つめていた。
その、遥か高みにある、トップ100の壁。
そして、その頂点に君臨する、数人の「怪物」たちの名前。
数時間前の彼女であれば、それはただの、遠い世界の物語だった。
だが、今の彼女は違う。
彼女は、そのテーブルに着くための「資格」を、その手にしている。
彼女は、俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。
そして、はにかみながら答えた。
その声は、静かだった。
だが、その奥には、揺るぎない、そしてどこまでも力強い決意が、宿っていた。
「うーん、まだ分かんないけど…。でも、あのランキング、ちょっとだけ気になっちゃうかな」
その一言。
それが、彼女のスターリング・ファンドのトップ100への挑戦を告げる、静かな、しかし確かな宣戦布告だった。
チャット欄が、その言葉の本当の意味を理解し、爆発した。
『うおおおおおお!やる気だ!彼女、やる気だぞ!』
『行け、ホリー!お前なら、絶対にできる!』
『新たな伝説の、始まりだ!』
その、あまりにも温かい、そしてどこまでも力強い声援。
それに、ホリーの瞳が、再び潤んだ。
彼女は、その溢れ出す感情を、必死にこらえながら、配信の最後に、彼女は視聴者への感謝を改めて伝えた。
「…みんな、本当に、本当にありがとう」
その声は、震えていた。
「**地味で、武器も持てない私のビルドを、最後まで信じて、応援してくれて、本当にありがとう!**みんながいなかったら、私、絶対にここまで来れなかった…!」
彼女は、深々と頭を下げた。
その、あまりにも健気で、そしてどこまでも真っ直ぐな姿。
それが、このショーの、最高のフィナーレとなるはずだった。
だが、運命の女神は、彼女に、さらなる、そしてあまりにも劇的なアンコールを、用意していた。
その瞬間、SeekerNetのトップページや有名ビルド考察サイトが、彼女の偉業を一斉に報じ、彼女のチャンネルへのリンクを貼り始めた。
彼女のARウィンドウに表示された、視聴者数。
その数字が、まるで壊れたスロットマシンのように、凄まじい勢いで回転を始めたのだ。
2万、3万、5万、10万…。
その、あまりにも非現実的な数字の洪水。
「…え…?」
ホリーの口から、間の抜けた声が漏れた。
彼女の視聴者数が、リアルタイムで爆発的に増加していく。
チャット欄は、もはや彼女の常連視聴者だけの、温かいコミュニティではなかった。
英語、日本語、中国語、韓国語…。
世界中の、あらゆる言語の、祝福と、賞賛と、そして驚愕の言葉で、完全に埋め尽くされていた。
物語は、突然の出来事に、ただ呆然と、そして嬉しそうに涙を流すホリーの顔のアップで、幕を閉じた。
彼女の、新たな伝説が始まった瞬間だった。
彼女は、もはやただのC級学生ではない。
世界の、メタゲームそのものを動かす、新たな「女王」として、その産声を上げたのだ。