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第283話

【配信タイトル:Swamp Run! B級バイユーに初挑戦!勝てるかな?】

【配信者:HollyMiller_adventures】

【現在の視聴者数:58】


 アメリカ合衆国、ルイジアナ州。

 その広大な土地の大半を覆う、広大な沼沢地帯バイユーの、そのさらに奥深く。

 現実世界の地図には、もはやその名も記されていない、忘れ去られた土地。

 そこに、一台の、黒く武骨な装甲が施された最新鋭のオフロードRVが、まるで異世界からの来訪者のように、静かに佇んでいた。

 車体の側面には、冒険者学校の校章と、『スターリング・フューチャー・ファンド支援車両』という、あまりにも誇らしげなロゴが、鈍い輝きを放っている。


 その、移動要塞のようなRVの、その内部。

 そこは、外観の威圧的なイメージとは裏腹に、どこまでも普通の、そして少しだけ散らかった、一人の少女の部屋だった。

 壁には、人気のインディーズバンドのポスターと、友人たちと撮ったであろうプリクラが、無造作に貼られている。

 小さなキッチンのシンクには、昨夜食べたらしいシリアルのボウルが、そのまま置かれていた。

 そして、その部屋の中央。

 ふかふかのクッションが置かれたゲーミングチェアに、一人の少女が座っていた。


 彼女の名は、ホリー・ミラー。

 日米合同冒-険者高等学校、北米校の一年生。

 その、どこにでもいる普通の少女が、今、この世界の歴史に、その名を刻もうとしていた。


「――OK、マイクチェック、ワンツー…」


 彼女は、ARカメラのオーバーレイを指先で操作し、配信の準備を最終確認する。

 その表情は、これから死地へと赴く戦士のそれではない。

 初めての文化祭のステージに立つ前の、高校生のように、緊張と、そしてそれ以上に大きな期待感で、キラキラと輝いていた。

 彼女は、一つ大きく深呼吸をすると、カメラに向かって、最高の笑顔を向けた。


「ヘイ!みんな、聞こえるー?ホリーだよ!」


 その、あまりにも明るく、そしてどこまでも元気な第一声。

 それに、画面の片隅に表示されたチャット欄が、温かいコメントで、一斉に埋め尽くされた。


 HollyHype: 聞こえるぜ、ホリー!今日も、可愛いな!

 GatorWrestler_99: 待ってたぜ!今日の獲物は、何だ?

 StudyHardPlayHard: 学校の課題、終わったのか?俺は、まだだ…


 その、内輪ノリの、しかしどこまでも温かい常連視聴者たちのコメント。

 それに、ホリーはくすくすと楽しそうに笑った。


「みんな、来てくれてありがとう!」

 彼女は、RVの窓の外に広がる、陰鬱な沼地の風景を、カメラに映し出した。

「見ての通り、今日の舞台はここ!B級下位ダンジョン、【マダム・ルヴォーの腐敗した邸宅】だよ!」

「そして、何を隠そう!今日のこの配信は、私の、そして多分、冒険者学校初の、B級ダンジョンソロクリアを目指す、記念すべき挑戦なんだ!」


 彼女の、そのあまりにも大胆な宣言。

 それに、チャット欄が、一瞬静まり返った。

 そして、次の瞬間。

 心配と、そして驚愕の声で、爆発した。


 GatorWrestler_99: は!?B級ソロ!?正気か、ホリー!?

 StudyHardPlayHard: 待て待て待て!お前、まだC級だろ!?無理だって!

 HollyHype: でも、ホリーなら、あるいは…!**頑張れ!無茶はするなよ!**


 その、温かい声援。

 それに、ホリーは力強く頷いた。

「大丈夫、大丈夫!ちゃんと、秘策は考えてきたから!」

 彼女はそう言うと、カメラに向かって、ウインクしてみせた。

 その、あまりにも無邪気な自信。

 それに、一人の新規の視聴者が、最も本質的な疑問を投げかけた。


 Newbie_01: あの…すみません。さっきから見てるんですけど、あなたの装備、初期装備のままじゃないですか…?**ホリー、本当に武器は持たないの?B級相手に、無謀じゃない?**


 その、あまりにも的を射た、そしてどこまでも正しい指摘。

 それに、ホリーは待っていましたとばかりに、最高の笑顔で答えた。

 その声には、絶対的な自信が宿っていた。


「いい質問だね、ニュービー!」

「**大丈夫!私の本当の武器は、**これだからね!」

 彼女はそう言うと、自らの腰に巻かれた、特注のフラスコホルダー付きのベルトを、パンと叩いてみせた。

 そこには、緑色の液体が満たされた、5本のガラス瓶が、まるで弾丸のように、ずらりと並んでいた。

「高価な剣や斧なんていらない。このフラスコこそが、私の全て。私の、相棒さ!」


 その、あまりにも異端な、しかしどこまでも力強い宣言。

 それに、チャット欄は困惑と、そして新たな期待感で、ざわめいた。

「じゃあ、行ってくるね!みんな、応援よろしく!」

 彼女はそう言うと、RVのドアを開け、その陰鬱な沼沢地帯へと、その最初の一歩を踏み出した。

 彼女の、新たな伝説の始まりだった。


 ◇


 ゲートをくぐった瞬間、彼女の全身を、むわりとした熱気と、濃密な湿気が包み込んだ。

 B級の呪い…全属性耐性-30%のデバフが、彼女の魂に冷たい枷をはめる。

 だが、彼女は動じない。

「うん、計算通りだね」

 彼女は、ARウィンドウに表示された自らの耐性値が一瞬で引き下げられるのを確認すると、満足げに頷いた。

 C級で買い揃えたレア装備と、パッシブスキル。それによって、彼女の耐性は、この呪いを受けてもなお、上限に近い数値を維持していた。


 彼女は、そのぬかるんだ大地を、慎重に、しかし確かな足取りで進んでいく。

 スパニッシュ・モスが垂れ下がる巨大なサイプレスツリーが、空を覆い尽くし、昼でも薄暗い。

 空気は、花の甘い香りと、泥の腐敗臭、そして濃密な魔素が混じり合った、独特の湿気と熱気を帯びていた。

 その、あまりにも不気味な光景。

 それに、チャット欄から悲鳴が上がる。

 だが、ホリーは楽しそうだった。


「うわー、すごい雰囲気だね!ホラー映画みたいで、ワクワクする!」

 その、あまりにも場違いな感想。

 彼女が、最初の一つの巨大なマングローブの根元を通り過ぎようとした、その時だった。

 ザバァッ!

 彼女の目の前の、濁った水面が、突如として爆ぜた。

 そして、中から現れたのは、乗用車ほどもある、巨大なワニの群れだった。

 その全身は、禍々しい紫色の紋様で覆われ、その瞳は、飢えた赤い光を放っている。

(のろ)われたアリゲーター】。


「グルオオオオオオオオオオッ!!!」

 三体のアリゲーターが、同時にその巨大な顎を開き、彼女へと襲いかかってくる。

 そのあまりにも圧倒的な、暴力の奔流。

 普通の探索者であれば、その最初の一撃で、なすすべもなく水底へと引きずり込まれていただろう。

 だが、ホリーは違った。

 彼女の口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。

「良い的だね!」


 彼女は、そのアリゲーターたちの突進を、まるでダンスを踊るかのように、軽やかなステップで回避した。

 そして、そのすれ違いざまに。

 彼女の右手から、緑色の液体が入った瓶が、放物線を描いて投げつけられた。

 スキル、【ポイゾナスコンコクション】。

 瓶は、アリゲーターたちの群れの、そのど真ん中に着弾し、パリンという音と共に砕け散る。

 そして、その着弾点を中心として、地面が、緑色の毒々しい沼へと姿を変えた。

 ゴポゴポと、不気味な泡を立てる、死の沼。

 地面が毒の沼と化し、アリゲーターたちは近づくことすらできずに、HPを溶かされていく。

「グルルル…!?」

 アリゲーターたちは、その足元から這い上がってくる、見えざる毒の痛みに、苦悶の声を上げた。

 その硬い鱗が、じゅわじゅわと溶けていく。

 その巨大なHPバーが、みるみるうちにその輝きを失っていく。

 あまりにも、一方的な展開。


『うおおおおお!なんだ、これ!』

『すげえ!カイトしながら、地面を毒の海に変えてやがる!』

『アリゲーター、何もできねえじゃん!』


 チャット欄が、そのあまりにもクレバーな戦いぶりに、驚愕の声を上げる。

 そして、数分後。

 あれほど、絶望的に見えた巨大なワニの群れは、一体残らず、その毒に蝕まれ尽くし、そして満足げな光の粒子となって、消滅していった。

 後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、荒い息一つ乱すことなく、額の汗を拭う一人の少女の姿だけだった。


「ふぅ、まあまあだね」

 彼女は、満足げに頷いた。

 その、あまりにも圧倒的な、そしてどこまでも安定した勝利。

 その噂は、光の速さでSeekerNetの北米掲示板を駆け巡った。

「C級の学生が、ソロでB級を安定攻略している」

 その、あまりにも刺激的なニュース。

 それに、退屈していた北米の探索者たちが、一斉に食いついた。

 ホリーの配信チャンネルの視聴者数が、リアルタイムで、爆発的に増加していく。

 100人、500人、1000人…。


「あれ?なんか、人が増えてない?」

 ホリーは、その異常なまでの注目度の高まりに、少しだけ戸惑っていた。

 だが、彼女はすぐにいつもの笑顔を取り戻した。

「まあ、いいや!見てて、みんな!私の冒険は、まだ始まったばかりなんだから!」

 彼女は、そう言うと、沼地の中心にそびえ立つ、あの不気味な邸宅へと、その歩みを進めていった。

 その、小さな背中。

 その背後に、数千、数万という、新たな観客たちの視線が注がれていることを。

 彼女は、まだ知らない。

 彼女の、新たな伝説が始まった。

 その輝かしい未来の始まりを、彼女自身だけが、まだ知らなかった。

 彼女は、沼地の中心にそびえ立つ不気味な邸宅の前にたどり着き、「さて、本番はここからだね!」と笑顔で宣言して、その日の配信を終えた。




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