第29話
翌日、神崎隼人はその場所に立っていた。
そこは、彼が数日前に命からがら逃げ帰った【ゴブリンの洞窟】ではない。都心から電車とバスを乗り継ぎ、一時間半。かつては観光客で賑わったであろう山間の古びた城跡。そのさらに奥深くに、そのダンジョンは不気味に口を開けていた。
E級ダンジョン、【棄てられた砦】。
苔むした巨大な石材で組まれた、古い砦の門。その黒々とした入り口は、まるで全てを飲み込む巨人の顎のようだ。F級ダンジョンだったただの自然洞窟とは、明らかに違う。人の手によって、明確な「殺意」を持って設計された、石造りの迷宮。
周囲に漂う空気そのものが、重かった。魔素の密度が、ゴブリンの洞窟とは比較にならないほど濃密で、肌をピリピリと刺す。肺に吸い込むだけで、普通の人間ならその圧倒的な圧力に気を失ってしまうだろう。
ギルドが設置した仮設の拠点も、F級のテント張りのお粗末なものとは違う。コンクリートで補強された、本格的な前線基地。そこを行き交う探索者たちの顔つきも装備も、F級で見かけた夢見る若者たちとは、一線を画していた。誰もが、死線を何度も乗り越えてきたであろう、プロの目つきをしていた。
隼人は、その新たな戦場の空気を深く吸い込んだ。
彼の心に、恐怖はなかった。
むしろ、その逆だ。
彼のギャンブラーとしての魂は、この明らかにレートの上がった新たな「テーブル」を前にして、これ以上ないほどの高揚感に打ち震えていた。
準備は、万端だ。
装備は、セオリー通りに揃えた。
スキルコンボの設計図も、完璧だ。
フラスコも、ベルトにしっかりと装着している。
今の彼には、揺るぎない自信があった。
彼はゆっくりと、ARコンタクトレンズ型カメラを目に装着する。
そして静かに、配信アプリを起動させた。
タイトルはシンプルに、そしてどこまでも挑戦的に。
『【E級挑戦】棄てられた砦、攻略RTA』
彼が配信を開始した、その瞬間。
彼の視界の隅に表示された視聴者数のカウンターが、爆発した。
千、二千、五千、八千…。
カウンターはもはや数字としての意味をなさず、スロットマシンのジャックポットのように、凄まじい勢いで回転し続ける。そして、あっさりと一万という大台を突破した。
彼の前回のボス討伐配信。その衝撃的なクリップ映像は、SeekerNetを通じて瞬く間に日本中の探索者と、そのファンたちの間に拡散されていたのだ。
誰もが、この彗星の如く現れた謎の新人「JOKER」の次なる一手を、今か今かと待ち望んでいた。
コメント欄もまた、彼の帰還を祝福する熱狂の洪水で、埋め尽くされていた。
視聴者A: きたあああああああああああああ!
視聴者B: JOKERさん!待ってたぞ!
視聴者C: っていきなりE級挑戦かよ!マジか!
視聴者D: 1万人突破!はっや!
視聴者E: あの神回から数日か…どんな進化を、見せてくれるんだ…!?
隼人は、その一万人を超える観客たちの期待と熱狂を背中に感じながら、カメラの向こうの彼らに、不敵な笑みを向けた。
そして、彼の新たなショーの開幕を高らかに宣言する。
「F級のヌシは、卒業だ。あそこのテーブルは、もう俺にはぬるすぎた」
「今日から、新しいテーブルでレートを上げていく。賭け金も、リスクも、そしてリターンも全てだ」
「見とけよ、お前ら」
彼はそこで一度言葉を区切ると、最高のショーマンの笑顔で締めくくった。
「――本当のショーは、ここからだ」
その言葉と共に、彼は砦の暗い石造りの通路へと、その最初の一歩を踏み出した。
一万人の観客の熱狂を、その一身に浴びながら。
砦の内部は彼の予想通り、狭く、そしてどこまでも入り組んだ石造りの迷路だった。
湿った壁。天井から滴り落ちる水滴。そして、ゴブリンの巣とはまた質の違う、血と鉄錆と、そして長年打ち捨てられていた建造物特有の埃っぽい匂い。
彼は、その五感から得られる全ての情報を脳内で統合し、危険を察知する。
進み始めて、数分。
前方の曲がり角の向こうから、複数の気配がした。
ガシャンガシャンという、粗末な金属が擦れ合う音。
そして、グルルという低い唸り声。
来たか。
隼人は、長剣の柄をそっと握りしめる。
彼が角を曲がった、その瞬間。
そこにいたのは、三体のモンスターだった。
それは、彼が見慣れたゴブリン。
だがその姿は、F級ダンジョンで彼が蹂躙してきた雑魚たちとは、明らかに違っていた。
彼らはその緑色の貧相な体に、錆びつき、ところどころが凹んだ、しかし確かに鉄製の鎧のパーツを身に着けていた。そしてその手には、木の板に鉄片を打ち付けただけの粗末な、しかし実用的な盾が握られている。
その濁った瞳にも、F級のただ狂暴なだけのそれとは違う、わずかながらも「規律」と「敵意」の光が宿っていた。
【ゴブリン兵】
E級ダンジョンに生息する、ゴブリンの上位種。
隼人は、その新たな敵を値踏みするように観察する。
盾か。
面倒だな。
だが彼は、不敵に笑った。
この、狭い一本道の通路。
盾を構えた敵が、縦に一列に並んでいる。
このシチュエーションこそ、彼が昨夜何時間もかけて構築した、新たな「通常技」を試すための、最高の舞台ではないか。
「こういう狭い通路で、敵が縦に並んでる時」
彼は、あえて視聴者に語りかけるように解説を始めた。
「ここでパワーアタックみたいな大技を使うのは、三流だ。MPの無駄遣い。ここは、こいつの出番だろ」
隼人は、脳内でスキルを起動した。
ベーススキル【ヘビーストライク】に、三つのサポートジェムがリンクする。
彼の無銘の長剣が、うっすらと、しかし確かに青白い魔力の光を、その刀身に纏った。
【通常技】無限斬撃、起動。
「グアアアッ!」
先頭のゴブリン兵が、盾を前面に構え、突進してくる。
隼人は、それを正面から迎え撃った。
キィンッという、甲高い金属音!
隼人の長剣が、ゴブリン兵の粗末な盾に叩きつけられる。だが、彼の圧倒的な【筋力】から放たれる一撃は、盾ごとゴブリン兵の体勢を大きく崩した。
がら空きになった、胴体。
そこへ隼人は、返す刃で追撃の一閃を叩き込む。
ザシュッという、生々しい肉を断つ音。
そして、その瞬間。
斬りつけられたゴブリン兵の傷口から、ふわりと青白い魂の光(魔素)が糸のように引き出され、隼人の体へと吸い込まれていった。
彼の視界の隅で、スキル使用によってわずかに減少したMPバーが、その青い光を吸収した瞬間、何事もなかったかのように満タンへと回復する。
視聴者A: おおおお!?
視聴者B: 見たか、今の!MPが回復したぞ!
視聴者C: これがマナ・リーチ…!
コメント欄が、その初めて見る光景にどよめく。
隼人はその反応に満足げに頷くと、攻撃の手を緩めない。
彼は、流れるような動きで次のゴブリン兵へと肉薄する。
盾を弾き、体勢を崩し、斬りつけ、MPを吸収する。
そしてまた、次の一体へ。
その一連の動きは、もはや戦闘ではない。
一つの、完成された「システム」。
MPというリソースを敵から供給させながら、無限に攻撃を続けることができる、永久機関。
ガキン、ザシュッ、キィン、ザシュッ!
狭い通路に、金属音と断末魔のリズムが刻まれていく。
数秒後。
そこには、三体の光の粒子となって消えゆくゴブリン兵と、息一つ乱していない隼人の姿だけがあった。
彼のMPバーは戦闘開始前と全く変わらない。満タンのまま、静かに輝いていた。
「…どうだ」
彼はARカメラの向こうの、一万人の観客に問いかけた。
「これが俺の、『通常技』だ」
その、あまりにもクールな一言。
あまりにも、圧倒的な戦闘。
コメント欄はもはや、驚愕と賞賛の声で埋め尽くされていた。
視聴者D: これが無限斬撃…!ヤバすぎる!
視聴者E: 雑魚処理が早すぎる!MPも減らねえとか、チートだろ!
視聴者F: 戦士の継戦能力の低さを完全に克服してる…!なんて、クレバーなビルドなんだ…!
視聴者G: F級とは次元が違う…いや、JOKERが数日で全く別の次元に進化してるんだ…!
隼人はその賞賛の嵐を心地よいBGMとして聞きながら、砦のさらに奥深くへと、その歩みを進めていく。
彼の新たなショーは、まだ始まったばかりだ。
このE級ダンジョンという新たなテーブルで、彼は一体どんな奇跡を、そしてどんな伝説を見せてくれるのか。
一万人の観客は、その一挙手一投足からもはや、一瞬たりとも目が離せなくなっていた。
いくつかの狭く、陰鬱な石造りの回廊を抜けた先。
神崎隼人の目の前に、その空間は唐突に、その絶望的なまでの広さをもって現れた。
そこは、かつてこの砦の中心であっただろう、巨大な広間だった。天井はドームのように高く、そのてっぺんには巨大な天窓が空いているが、今は分厚い岩盤に塞がれ、光は一筋も差し込んでいない。壁際には、何本もの巨大な石の柱が天と地を支えるようにそびえ立ち、その荘厳だったであろう壁面には、今では意味を読み取ることのできない、風化した紋様が刻まれていた。
そして、その広大なフィールドを埋め尽くしていたのは、おびただしい数のゴブリンの「軍勢」だった。
その数、ざっと五十は下らないだろう。
最前線には、粗末な金属の盾と剣を構えた【ゴブリン兵】たちが、分厚い壁を作り、隙間なく陣形を組んでいる。
そしてその壁の後ろには、短い弓を構えた【ゴブリン弓兵】たちが、ずらりと二列に並び、その憎悪に満ちた小さな瞳で、侵入者である隼人ただ一人を睨みつけていた。
さらに、その軍勢の最も後方。
広間の奥、かつては玉座であっただろう瓦礫の山の上に、一体のひときわ巨大なモンスターが鎮座していた。
身長は、三メートルに迫るだろうか。その緑色の分厚い皮膚は、無数の戦いの傷跡で覆われている。その手には、人間が到底一人では持ち上げることのできないような、巨大な鉄の棍棒。そしてその醜い顔には、F級の雑魚たちには決して見ることのできなかった、確かな「知性」と、「指揮官」としての獰猛な威厳が宿っていた。
【ホブゴブリン】。
ゴブリンたちの同種にして、この軍勢の絶対的な支配者。
「グルオオオオオオオオオオッ!!」
ホブゴブリンが、地響きのような雄叫びを上げた。
それが、開戦の合図だった。
後方のゴブリン弓兵たちが、一斉に弓を引き絞る。
次の瞬間、数十本の矢が、ヒュンヒュンという耳障りな風切り音と共に、隼人ただ一人へと雨のように降り注いだ。
絶望的な、物量。
普通の探索者であれば、この最初の一斉射撃だけでハリネズミのようにされ、その命を落としていただろう。
だが今の隼人は、違った。
彼は、その矢の雨をもはや、避けることすらしなかった。
彼の全身を常に覆っている青白い半透明のオーラ…【元素の盾】が、矢が彼の体に届くその直前で、バチバチと音を立ててそのほとんどを弾き、無力化していく。
数本、彼の鎧の隙間を抜けた矢もあったが、それも彼のHPバーをわずかに数ミリ削るだけの、取るに足らないダメージでしかなかった。
「…なるほどな」
彼は、自らの鉄壁の防御力に満足げに頷いた。
そして、彼は確信する。
この大群。この、絶望的な戦況。
これこそが、自らの新たな「必殺技」を、一万人の観客に披露するための、最高の舞台だと。
「お前ら、よく見とけよ」
彼は、カメラの向こうの観客たちに不敵に笑いかける。
「こっからが、俺のショータイムだ」
彼は、ベルトに差した一つのフラスコを起動させた。
【水銀のフラスコ】。
その瞬間、彼の全身から銀色の蒸気が噴き出し、その体が、まるで陽炎のように揺らめいた。
視界が、加速する。
世界の全てが、スローモーションのように見えていた。
彼は、地面を蹴った。
その体はもはや、人間のそれではない。
一本の銀色の閃光となって、降り注ぐ矢の雨のその僅かな隙間を縫うように、一直線に駆け抜けていく。
前衛のゴブリン兵たちが、驚愕に目を見開く。
彼らがその盾を構え直すよりも、早く。
隼人は軍勢のど真ん中、指揮官である【ホブゴブリン】の、その懐へと潜り込んでいた。
そして、彼は叫んだ。
その声は、この砦全体を揺るがすほどの、勝利を確信した雄叫びだった。
「――これが、俺の必殺技だッ!」
彼はそのありったけの魔力と体重と、そして魂を込めて、無銘の長剣を地面に叩きつけた。
スキル【パワーアタック】に、三つのサポートジェムをリンクさせた、究極の一撃。
【必殺技】衝撃波の一撃
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
もはや、それは斬撃ではなかった。
ただの、純粋な質量の暴力。
着弾した地面がクレーターのように砕け散り、凄まじい轟音と衝撃が、広間全体を揺るがした。
直撃を受けたホブゴブリンは、その巨体をくの字に折り曲げ、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。確実な、気絶。
だが、悪夢はそれだけでは終わらない。
隼人の剣が大地を砕いた、その着弾点を中心として。
目に見えるほどの半透明の力の衝撃波が、同心円状に、凄まじい速度で広がっていったのだ。
それは、まるで湖に投じられた小石が作り出す波紋。
だが、その波紋はあまりにも破壊的だった。
衝撃波はまず、前衛を固めていたゴブリン兵の盾の壁に、激突した。
彼らの粗末な盾は、その圧倒的な力の奔流の前に、まるで紙細工のように粉々に砕け散る。そしてゴブリン兵たちはなすすべもなく、まるでボウリングのピンのように軽々と宙を舞い、後方へと吹き飛ばされていった。
さらに衝撃波は、勢いを殺すことなく後衛の弓兵たちの陣地へと到達する。
彼らは、悲鳴を上げる暇も与えられなかった。
ただその不可視の力の壁に飲み込まれ、壁や柱に叩きつけられ、ある者は首の骨を折り、ある者は手足がありえない方向に折れ曲がり、そのほとんどが戦闘不能に陥っていた。
たった、一撃。
それだけで、あれほど完璧に統率の取れていたはずのゴブリンの軍勢は、完全に壊滅し、その陣形を崩壊させていた。
後に残されたのは、夥しい数の呻き声を上げるゴブリンたちと、そしてその惨状の中心で、静かに剣を構え直す隼人の、悪魔のような姿だけだった。
広大な大広間に、静寂が戻る。
いや、完全な静寂ではない。
あちこちで手足を砕かれ、呻き声を上げるゴブリンたちの苦痛の声が、不協和音となって響き渡っていた。
隼人は、その地獄のような光景を、冷徹な目で見下ろしていた。
彼の視線はただ一点。
気絶からまだ回復していないこの軍勢の長…【ホブゴブリン】へと、注がれていた。
ここで、確実にとどめを刺す。
それが、最も合理的な選択だった。
彼がホブゴゴブリンへと最後の一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。
彼のギャンブラーとしての超感覚が、頭上からの殺気を捉えた。
「…!」
彼が顔を上げるのと、天井の暗闇から巨大な黒い影が、音もなく彼へと落下してくるのは、ほぼ同時だった。
それは、ゴブリンではない。
八本の、節くれだった足。
無数にきらめく、複眼。
そして、その口元から滴り落ちる緑色の毒液。
【巨大蜘蛛】。
この砦に潜む、もう一体の厄介なモンスターだ。
巨大蜘蛛は、着地と同時にその口を大きく開いた。
そしてそこから、粘着性の高い白い糸の塊を、銃弾のような速度で隼人へと吐き出した。
あまりにも、唐突な奇襲。
回避は、間に合わない。
糸は、的確に隼人の足元へと絡みつき、彼の動きを完全に封じようとする。
視界の隅に、忌々しいデバフアイコンが点滅した。
『移動速度低下』。
視聴者A: うわああ!蜘蛛だ!
視聴者B: 天井から奇襲かよ!
視聴者C: 足止めされた!まずい!
コメント欄が、悲鳴で埋め尽くされる。
この絶好の好機を、巨大蜘蛛が見逃すはずもなかった。
「シャアアアアアッ!」
甲高い威嚇の声を上げながら、その巨大な毒牙を剥き出しにして、隼人へと飛びかかってきた。
だが、隼人は冷静だった。
いや、むしろその瞳は、この絶体絶命の状況すらも楽しんでいるかのように、妖しく輝いていた。
彼はまずベルトに手を伸ばし、一つのフラスコを起動させた。
【解呪のフラスコ】。
彼の足元に絡みついていた粘着性の白い糸が、青白い光と共に一瞬で浄化され、消滅する。
デバフアイコンが、霧散した。
彼の足に、自由が戻る。
そして、目の前に迫る巨大な毒牙。
それを彼は、避けない。
彼は、自らのプレイヤースキルと、そして新たに手に入れたスキルコンボを試す、最高の機会だと判断したのだ。
彼は長剣を、まるで体の一部のように滑らかに構え直す。
そして巨大蜘蛛の鋭い牙が、彼の喉元を捉えるそのコンマ数秒手前。
完璧なタイミングで、彼はその一撃を**【パリィ】**した。
キィィィィィィィィィィンッ!!!
これまでのどんな金属音よりも、甲高く、そして美しい音が広間全体に響き渡った。
巨大蜘蛛の渾身の一撃は、隼人の長剣によって完璧にその軌道を逸らされ、空しく空を切る。
それだけでは、終わらない。
パリィが成功した、その瞬間。
隼人の傷だらけだった体が、ふわりと優しい緑色の光に包まれた。
これまでの戦闘でわずかに削れていた彼のHPが、その光によって瞬時に回復していく。(【ガード時にライフ回復】の効果)
そして、同時に。
彼の長剣が、まるで意思を持ったかのように、自動で超高速のカウンター攻撃を、がら空きになった巨大蜘蛛の胴体へと叩き込んだ。(**【リポスト】**の効果)
ザシュッという、重い斬撃音。
巨大蜘蛛は、自らの必殺の一撃が相手を回復させ、そして手痛い反撃となって自分に返ってきたという、あまりにも理不尽な現実に、理解が追いつかない。
「シャ…?」と困惑の声を漏らしながら、大きく後方へと後ずさった。
その、一連のあまりにも華麗な攻防。
それを目の当たりにしたベテラン視聴者たちはもはや、賞賛を通り越して、ある種の畏怖の念を抱いていた。
元ギルドマン@戦士一筋: …見ろ。あいつ、ただの脳筋じゃないぞ。ちゃんと、『基本』を理解している。
ハクスラ廃人: 初心者は、見た目が派手なだけのオリジナル技を作りたがるもんだが…JOKERは違う。マナ・リーチによる継戦能力。衝撃波による陣形破壊。そして、パリィからのリポストと回復…。全てが、セオリーに基づいた完璧な組み合わせだ。こいつは、遊びでやってるんじゃない。本気で、このゲームを「攻略」しに来てるんだ。
ベテランシーカ―: 彼はただ、強いだけじゃない。…クレバーすぎる。
その頃、気絶から回復したホブゴブリンが、目の前で繰り広げられた信じられない光景と、傷を負った巨大蜘蛛の姿を見て、怒りに我を忘れ、再び地響きのような雄叫びを上げた。
隼人は、その二体の強力なモンスターを同時に相手にしながら、その口元に最高の不敵な笑みを浮かべた。
そしてARカメラの向こうの、熱狂する一万人の観客たちに、こう言い放った。
「E級…?」
「ウォーミングアップには、ちょうどいい」




