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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
E級編

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29/491

第29話

 翌日、神崎隼人はその場所に立っていた。

 そこは、彼が数日前に命からがら逃げ帰った【ゴブリンの洞窟】ではない。都心から電車とバスを乗り継ぎ、一時間半。かつては観光客で賑わったであろう山間の古びた城跡。そのさらに奥深くに、そのダンジョンは不気味に口を開けていた。


 E級ダンジョン、【棄てられた砦】。


 苔むした巨大な石材で組まれた、古い砦の門。その黒々とした入り口は、まるで全てを飲み込む巨人の顎のようだ。F級ダンジョンだったただの自然洞窟とは、明らかに違う。人の手によって、明確な「殺意」を持って設計された、石造りの迷宮。

 周囲に漂う空気そのものが、重かった。魔素の密度が、ゴブリンの洞窟とは比較にならないほど濃密で、肌をピリピリと刺す。肺に吸い込むだけで、普通の人間ならその圧倒的な圧力に気を失ってしまうだろう。

 ギルドが設置した仮設の拠点も、F級のテント張りのお粗末なものとは違う。コンクリートで補強された、本格的な前線基地。そこを行き交う探索者たちの顔つきも装備も、F級で見かけた夢見る若者たちとは、一線を画していた。誰もが、死線を何度も乗り越えてきたであろう、プロの目つきをしていた。


 隼人は、その新たな戦場の空気を深く吸い込んだ。

 彼の心に、恐怖はなかった。

 むしろ、その逆だ。

 彼のギャンブラーとしての魂は、この明らかにレートの上がった新たな「テーブル」を前にして、これ以上ないほどの高揚感に打ち震えていた。

 準備は、万端だ。

 装備は、セオリー通りに揃えた。

 スキルコンボの設計図も、完璧だ。

 フラスコも、ベルトにしっかりと装着している。

 今の彼には、揺るぎない自信があった。


 彼はゆっくりと、ARコンタクトレンズ型カメラを目に装着する。

 そして静かに、配信アプリを起動させた。

 タイトルはシンプルに、そしてどこまでも挑戦的に。


『【E級挑戦】棄てられた砦、攻略RTA』


 彼が配信を開始した、その瞬間。

 彼の視界の隅に表示された視聴者数のカウンターが、爆発した。

 千、二千、五千、八千…。

 カウンターはもはや数字としての意味をなさず、スロットマシンのジャックポットのように、凄まじい勢いで回転し続ける。そして、あっさりと一万という大台を突破した。

 彼の前回のボス討伐配信。その衝撃的なクリップ映像は、SeekerNetを通じて瞬く間に日本中の探索者と、そのファンたちの間に拡散されていたのだ。

 誰もが、この彗星の如く現れた謎の新人「JOKER」の次なる一手を、今か今かと待ち望んでいた。


 コメント欄もまた、彼の帰還を祝福する熱狂の洪水で、埋め尽くされていた。


 視聴者A: きたあああああああああああああ!

 視聴者B: JOKERさん!待ってたぞ!

 視聴者C: っていきなりE級挑戦かよ!マジか!

 視聴者D: 1万人突破!はっや!

 視聴者E: あの神回から数日か…どんな進化を、見せてくれるんだ…!?


 隼人は、その一万人を超える観客たちの期待と熱狂を背中に感じながら、カメラの向こうの彼らに、不敵な笑みを向けた。

 そして、彼の新たなショーの開幕を高らかに宣言する。


「F級のヌシは、卒業だ。あそこのテーブルは、もう俺にはぬるすぎた」

「今日から、新しいテーブルでレートを上げていく。賭け金も、リスクも、そしてリターンも全てだ」

「見とけよ、お前ら」


 彼はそこで一度言葉を区切ると、最高のショーマンの笑顔で締めくくった。


「――本当のショーは、ここからだ」


 その言葉と共に、彼は砦の暗い石造りの通路へと、その最初の一歩を踏み出した。

 一万人の観客の熱狂を、その一身に浴びながら。




 砦の内部は彼の予想通り、狭く、そしてどこまでも入り組んだ石造りの迷路だった。

 湿った壁。天井から滴り落ちる水滴。そして、ゴブリンの巣とはまた質の違う、血と鉄錆と、そして長年打ち捨てられていた建造物特有の埃っぽい匂い。

 彼は、その五感から得られる全ての情報を脳内で統合し、危険を察知する。


 進み始めて、数分。

 前方の曲がり角の向こうから、複数の気配がした。

 ガシャンガシャンという、粗末な金属が擦れ合う音。

 そして、グルルという低い唸り声。

 来たか。

 隼人は、長剣の柄をそっと握りしめる。

 彼が角を曲がった、その瞬間。

 そこにいたのは、三体のモンスターだった。


 それは、彼が見慣れたゴブリン。

 だがその姿は、F級ダンジョンで彼が蹂躙してきた雑魚たちとは、明らかに違っていた。

 彼らはその緑色の貧相な体に、錆びつき、ところどころが凹んだ、しかし確かに鉄製の鎧のパーツを身に着けていた。そしてその手には、木の板に鉄片を打ち付けただけの粗末な、しかし実用的な盾が握られている。

 その濁った瞳にも、F級のただ狂暴なだけのそれとは違う、わずかながらも「規律」と「敵意」の光が宿っていた。


【ゴブリン(ソルジャー)

 E級ダンジョンに生息する、ゴブリンの上位種。


 隼人は、その新たな敵を値踏みするように観察する。

 盾か。

 面倒だな。

 だが彼は、不敵に笑った。

 この、狭い一本道の通路。

 盾を構えた敵が、縦に一列に並んでいる。

 このシチュエーションこそ、彼が昨夜何時間もかけて構築した、新たな「通常技」を試すための、最高の舞台ではないか。


「こういう狭い通路で、敵が縦に並んでる時」

 彼は、あえて視聴者に語りかけるように解説を始めた。

「ここでパワーアタックみたいな大技を使うのは、三流だ。MPの無駄遣い。ここは、こいつの出番だろ」


 隼人は、脳内でスキルを起動した。

 ベーススキル【ヘビーストライク】に、三つのサポートジェムがリンクする。

 彼の無銘の長剣が、うっすらと、しかし確かに青白い魔力の光を、その刀身に纏った。


【通常技】無限斬撃インフィニット・スラッシュ、起動。


「グアアアッ!」

 先頭のゴブリン兵が、盾を前面に構え、突進してくる。

 隼人は、それを正面から迎え撃った。

 キィンッという、甲高い金属音!

 隼人の長剣が、ゴブリン兵の粗末な盾に叩きつけられる。だが、彼の圧倒的な【筋力】から放たれる一撃は、盾ごとゴブリン兵の体勢を大きく崩した。

 がら空きになった、胴体。

 そこへ隼人は、返す刃で追撃の一閃を叩き込む。

 ザシュッという、生々しい肉を断つ音。

 そして、その瞬間。

 斬りつけられたゴブリン兵の傷口から、ふわりと青白い魂の光(魔素)が糸のように引き出され、隼人の体へと吸い込まれていった。

 彼の視界の隅で、スキル使用によってわずかに減少したMPバーが、その青い光を吸収した瞬間、何事もなかったかのように満タンへと回復する。


 視聴者A: おおおお!?

 視聴者B: 見たか、今の!MPが回復したぞ!

 視聴者C: これがマナ・リーチ…!


 コメント欄が、その初めて見る光景にどよめく。

 隼人はその反応に満足げに頷くと、攻撃の手を緩めない。

 彼は、流れるような動きで次のゴブリン兵へと肉薄する。

 盾を弾き、体勢を崩し、斬りつけ、MPを吸収する。

 そしてまた、次の一体へ。

 その一連の動きは、もはや戦闘ではない。

 一つの、完成された「システム」。

 MPというリソースを敵から供給させながら、無限に攻撃を続けることができる、永久機関。

 ガキン、ザシュッ、キィン、ザシュッ!

 狭い通路に、金属音と断末魔のリズムが刻まれていく。

 数秒後。

 そこには、三体の光の粒子となって消えゆくゴブリン兵と、息一つ乱していない隼人の姿だけがあった。

 彼のMPバーは戦闘開始前と全く変わらない。満タンのまま、静かに輝いていた。


「…どうだ」

 彼はARカメラの向こうの、一万人の観客に問いかけた。

「これが俺の、『通常技』だ」


 その、あまりにもクールな一言。

 あまりにも、圧倒的な戦闘。

 コメント欄はもはや、驚愕と賞賛の声で埋め尽くされていた。


 視聴者D: これが無限斬撃…!ヤバすぎる!

 視聴者E: 雑魚処理が早すぎる!MPも減らねえとか、チートだろ!

 視聴者F: 戦士の継戦能力の低さを完全に克服してる…!なんて、クレバーなビルドなんだ…!

 視聴者G: F級とは次元が違う…いや、JOKERが数日で全く別の次元に進化してるんだ…!


 隼人はその賞賛の嵐を心地よいBGMとして聞きながら、砦のさらに奥深くへと、その歩みを進めていく。

 彼の新たなショーは、まだ始まったばかりだ。

 このE級ダンジョンという新たなテーブルで、彼は一体どんな奇跡を、そしてどんな伝説を見せてくれるのか。

 一万人の観客は、その一挙手一投足からもはや、一瞬たりとも目が離せなくなっていた。


 いくつかの狭く、陰鬱な石造りの回廊を抜けた先。

 神崎隼人の目の前に、その空間は唐突に、その絶望的なまでの広さをもって現れた。

 そこは、かつてこの砦の中心であっただろう、巨大な広間だった。天井はドームのように高く、そのてっぺんには巨大な天窓が空いているが、今は分厚い岩盤に塞がれ、光は一筋も差し込んでいない。壁際には、何本もの巨大な石の柱が天と地を支えるようにそびえ立ち、その荘厳だったであろう壁面には、今では意味を読み取ることのできない、風化した紋様が刻まれていた。

 そして、その広大なフィールドを埋め尽くしていたのは、おびただしい数のゴブリンの「軍勢」だった。


 その数、ざっと五十は下らないだろう。

 最前線には、粗末な金属の盾と剣を構えた【ゴブリン兵】たちが、分厚い壁を作り、隙間なく陣形を組んでいる。

 そしてその壁の後ろには、短い弓を構えた【ゴブリン弓兵】たちが、ずらりと二列に並び、その憎悪に満ちた小さな瞳で、侵入者である隼人ただ一人を睨みつけていた。

 さらに、その軍勢の最も後方。

 広間の奥、かつては玉座であっただろう瓦礫の山の上に、一体のひときわ巨大なモンスターが鎮座していた。

 身長は、三メートルに迫るだろうか。その緑色の分厚い皮膚は、無数の戦いの傷跡で覆われている。その手には、人間が到底一人では持ち上げることのできないような、巨大な鉄の棍棒。そしてその醜い顔には、F級の雑魚たちには決して見ることのできなかった、確かな「知性」と、「指揮官」としての獰猛な威厳が宿っていた。

【ホブゴブリン】。

 ゴブリンたちの同種にして、この軍勢の絶対的な支配者。


「グルオオオオオオオオオオッ!!」


 ホブゴブリンが、地響きのような雄叫びを上げた。

 それが、開戦の合図だった。

 後方のゴブリン弓兵たちが、一斉に弓を引き絞る。

 次の瞬間、数十本の矢が、ヒュンヒュンという耳障りな風切り音と共に、隼人ただ一人へと雨のように降り注いだ。

 絶望的な、物量。

 普通の探索者であれば、この最初の一斉射撃だけでハリネズミのようにされ、その命を落としていただろう。


 だが今の隼人は、違った。

 彼は、その矢の雨をもはや、避けることすらしなかった。

 彼の全身を常に覆っている青白い半透明のオーラ…【元素の盾】が、矢が彼の体に届くその直前で、バチバチと音を立ててそのほとんどを弾き、無力化していく。

 数本、彼の鎧の隙間を抜けた矢もあったが、それも彼のHPバーをわずかに数ミリ削るだけの、取るに足らないダメージでしかなかった。


「…なるほどな」

 彼は、自らの鉄壁の防御力に満足げに頷いた。

 そして、彼は確信する。

 この大群。この、絶望的な戦況。

 これこそが、自らの新たな「必殺技」を、一万人の観客に披露するための、最高の舞台だと。


「お前ら、よく見とけよ」

 彼は、カメラの向こうの観客たちに不敵に笑いかける。

「こっからが、俺のショータイムだ」


 彼は、ベルトに差した一つのフラスコを起動させた。

【水銀のフラスコ】。

 その瞬間、彼の全身から銀色の蒸気が噴き出し、その体が、まるで陽炎のように揺らめいた。

 視界が、加速する。

 世界の全てが、スローモーションのように見えていた。


 彼は、地面を蹴った。

 その体はもはや、人間のそれではない。

 一本の銀色の閃光となって、降り注ぐ矢の雨のその僅かな隙間を縫うように、一直線に駆け抜けていく。


 前衛のゴブリン兵たちが、驚愕に目を見開く。

 彼らがその盾を構え直すよりも、早く。

 隼人は軍勢のど真ん中、指揮官である【ホブゴブリン】の、その懐へと潜り込んでいた。


 そして、彼は叫んだ。

 その声は、この砦全体を揺るがすほどの、勝利を確信した雄叫びだった。


「――これが、俺の必殺技だッ!」


 彼はそのありったけの魔力と体重と、そして魂を込めて、無銘の長剣を地面に叩きつけた。

 スキル【パワーアタック】に、三つのサポートジェムをリンクさせた、究極の一撃。


【必殺技】衝撃波の一撃ショックウェーブ・ストライク


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 もはや、それは斬撃ではなかった。

 ただの、純粋な質量の暴力。

 着弾した地面がクレーターのように砕け散り、凄まじい轟音と衝撃が、広間全体を揺るがした。

 直撃を受けたホブゴブリンは、その巨体をくの字に折り曲げ、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。確実な、気絶スタン

 だが、悪夢はそれだけでは終わらない。


 隼人の剣が大地を砕いた、その着弾点を中心として。

 目に見えるほどの半透明の力の衝撃波が、同心円状に、凄まじい速度で広がっていったのだ。

 それは、まるで湖に投じられた小石が作り出す波紋。

 だが、その波紋はあまりにも破壊的だった。


 衝撃波はまず、前衛を固めていたゴブリン兵の盾の壁に、激突した。

 彼らの粗末な盾は、その圧倒的な力の奔流の前に、まるで紙細工のように粉々に砕け散る。そしてゴブリン兵たちはなすすべもなく、まるでボウリングのピンのように軽々と宙を舞い、後方へと吹き飛ばされていった。

 さらに衝撃波は、勢いを殺すことなく後衛の弓兵たちの陣地へと到達する。

 彼らは、悲鳴を上げる暇も与えられなかった。

 ただその不可視の力の壁に飲み込まれ、壁や柱に叩きつけられ、ある者は首の骨を折り、ある者は手足がありえない方向に折れ曲がり、そのほとんどが戦闘不能に陥っていた。


 たった、一撃。

 それだけで、あれほど完璧に統率の取れていたはずのゴブリンの軍勢は、完全に壊滅し、その陣形を崩壊させていた。

 後に残されたのは、夥しい数の呻き声を上げるゴブリンたちと、そしてその惨状の中心で、静かに剣を構え直す隼人の、悪魔のような姿だけだった。




 広大な大広間に、静寂が戻る。

 いや、完全な静寂ではない。

 あちこちで手足を砕かれ、呻き声を上げるゴブリンたちの苦痛の声が、不協和音となって響き渡っていた。

 隼人は、その地獄のような光景を、冷徹な目で見下ろしていた。

 彼の視線はただ一点。

 気絶からまだ回復していないこの軍勢の長…【ホブゴブリン】へと、注がれていた。

 ここで、確実にとどめを刺す。

 それが、最も合理的な選択だった。

 彼がホブゴゴブリンへと最後の一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。


 彼のギャンブラーとしての超感覚が、頭上からの殺気を捉えた。

「…!」

 彼が顔を上げるのと、天井の暗闇から巨大な黒い影が、音もなく彼へと落下してくるのは、ほぼ同時だった。

 それは、ゴブリンではない。

 八本の、節くれだった足。

 無数にきらめく、複眼。

 そして、その口元から滴り落ちる緑色の毒液。

巨大蜘蛛ジャイアント・スパイダー】。

 この砦に潜む、もう一体の厄介なモンスターだ。


 巨大蜘蛛は、着地と同時にその口を大きく開いた。

 そしてそこから、粘着性の高い白い糸の塊を、銃弾のような速度で隼人へと吐き出した。

 あまりにも、唐突な奇襲。

 回避は、間に合わない。

 糸は、的確に隼人の足元へと絡みつき、彼の動きを完全に封じようとする。

 視界の隅に、忌々しいデバフアイコンが点滅した。

『移動速度低下』。


 視聴者A: うわああ!蜘蛛だ!

 視聴者B: 天井から奇襲かよ!

 視聴者C: 足止めされた!まずい!


 コメント欄が、悲鳴で埋め尽くされる。

 この絶好の好機を、巨大蜘蛛が見逃すはずもなかった。

「シャアアアアアッ!」

 甲高い威嚇の声を上げながら、その巨大な毒牙を剥き出しにして、隼人へと飛びかかってきた。


 だが、隼人は冷静だった。

 いや、むしろその瞳は、この絶体絶命の状況すらも楽しんでいるかのように、妖しく輝いていた。

 彼はまずベルトに手を伸ばし、一つのフラスコを起動させた。

【解呪のフラスコ】。

 彼の足元に絡みついていた粘着性の白い糸が、青白い光と共に一瞬で浄化され、消滅する。

 デバフアイコンが、霧散した。

 彼の足に、自由が戻る。


 そして、目の前に迫る巨大な毒牙。

 それを彼は、避けない。

 彼は、自らのプレイヤースキルと、そして新たに手に入れたスキルコンボを試す、最高の機会だと判断したのだ。

 彼は長剣を、まるで体の一部のように滑らかに構え直す。

 そして巨大蜘蛛の鋭い牙が、彼の喉元を捉えるそのコンマ数秒手前。

 完璧なタイミングで、彼はその一撃を**【パリィ】**した。


 キィィィィィィィィィィンッ!!!


 これまでのどんな金属音よりも、甲高く、そして美しい音が広間全体に響き渡った。

 巨大蜘蛛の渾身の一撃は、隼人の長剣によって完璧にその軌道を逸らされ、空しく空を切る。

 それだけでは、終わらない。

 パリィが成功した、その瞬間。

 隼人の傷だらけだった体が、ふわりと優しい緑色の光に包まれた。

 これまでの戦闘でわずかに削れていた彼のHPが、その光によって瞬時に回復していく。(【ガード時にライフ回復】の効果)

 そして、同時に。

 彼の長剣が、まるで意思を持ったかのように、自動で超高速のカウンター攻撃を、がら空きになった巨大蜘蛛の胴体へと叩き込んだ。(**【リポスト】**の効果)

 ザシュッという、重い斬撃音。

 巨大蜘蛛は、自らの必殺の一撃が相手を回復させ、そして手痛い反撃となって自分に返ってきたという、あまりにも理不尽な現実に、理解が追いつかない。

「シャ…?」と困惑の声を漏らしながら、大きく後方へと後ずさった。


 その、一連のあまりにも華麗な攻防。

 それを目の当たりにしたベテラン視聴者たちはもはや、賞賛を通り越して、ある種の畏怖の念を抱いていた。


 元ギルドマン@戦士一筋: …見ろ。あいつ、ただの脳筋じゃないぞ。ちゃんと、『基本』を理解している。


 ハクスラ廃人: 初心者は、見た目が派手なだけのオリジナル技を作りたがるもんだが…JOKERは違う。マナ・リーチによる継戦能力。衝撃波による陣形破壊。そして、パリィからのリポストと回復…。全てが、セオリーに基づいた完璧な組み合わせだ。こいつは、遊びでやってるんじゃない。本気で、このゲームを「攻略」しに来てるんだ。


 ベテランシーカ―: 彼はただ、強いだけじゃない。…クレバーすぎる。


 その頃、気絶から回復したホブゴブリンが、目の前で繰り広げられた信じられない光景と、傷を負った巨大蜘蛛の姿を見て、怒りに我を忘れ、再び地響きのような雄叫びを上げた。

 隼人は、その二体の強力なモンスターを同時に相手にしながら、その口元に最高の不敵な笑みを浮かべた。

 そしてARカメラの向こうの、熱狂する一万人の観客たちに、こう言い放った。


「E級…?」

「ウォーミングアップには、ちょうどいい」


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― 新着の感想 ―
【感想】 貨幣価値を除けばスキル等他にない要素があって全体的に面白く読ませていただいています。 【気になる点】 ・衝撃波の一撃を放つために移動している部分について  「一本の銀色の閃光となって、降り注…
オリジナリティの欠片もないネット情報丸パクリでこれが俺の必殺技だとかドヤってるのはさすがにダサすぎませんか? 視聴者もネットで有名なビルドを見てすげえとか完璧なビルドとか、情弱なんですかね
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