第274話
そして彼は、ついにその場所へとたどり着いた。
森の、ひときわ開けた広場。
中央には、天を突くかのような巨大な古代樹が鎮座し、その根元には、まるで玉座のように滑らかな苔むした岩が置かれている。
そこに、それはいた。
ボスは大猿。
身長は、5メートルを超えているだろうか。
その全身は、銀色に輝く美しい毛皮で覆われ、その背中には、長年の戦いの歴史を物語るかのような、深い傷跡が刻まれている。
その瞳には、F級やD級のモンスターには決して見ることのできなかった、確かな「知性」と、「王」としての獰猛な威厳が宿っていた。
【森の賢王】。
このB級ダンジョンの、主。
「…ほう。良い面構えじゃねえか」
隼人は、その圧倒的なプレッシャーを前にして、しかし不敵に笑った。
そして、彼はその王へと、宣戦布告を叩きつけた。
「――ショーの時間だぜ、ボス」
その言葉を合図にしたかのように。
森の賢王が、動いた。
彼は、その巨大な両腕で、自らの胸を力強く叩き始めた。
ドラミング。
ウッホ、ウッホ、ウッホッ!
地響きのような、力強い音が、森全体に響き渡る。
そして、その音に呼応するかのように。
周囲の巨大な古代樹の枝々が、ざわめき始めた。
周りの木から、どんどん猿が降りてくる。
その数、数十体。
全てが、森の賢王のミニチュアのような、しかしその瞳に確かな殺意を宿した、屈強な猿の戦士たちだった。
数の、暴力。
それが、この王の最初の、そして最も厄介な一手だった。
だが、隼人は動じない。
彼の口元には、全てを見透かしたかのような、獰猛な笑みが浮かんでいた。
彼は、その絶望的な光景を前にして、ただ一言だけ、その軍団に命令を下した。
「――蹂躙しろ」
その短い、しかし絶対的な意志の力。
それに、彼の神の軍勢が呼応した。
まず、動いたのはアニメイトガーディアンだった。
彼がその手に持つ【アセナスの優しい接触】のシルクの手袋が、淡い紫色の光を放つ。
そして、その呪いが、嵐のように猿の軍勢へと降り注いだ。
時間連鎖の呪い。
猿たちの動きが、明らかに鈍重になる。
そして、その鈍くなった的を、彼のゾンビ軍団が見逃すはずもなかった。
ウオオオオオオオオオオッ!!!
これまでとは比較にならない、力強い雄叫び。
耐久力と狂乱チャージ3つあるゾンビ軍団とアニメイトガーディアンに掛かれば、呪いで遅くなり、ゾンビ軍団のスプラッシュダメージで、猿たちは瞬殺された。
7体のゾンビが、その腐った肉体をまるで鋼鉄のように硬質化させ、猿の軍勢の中へと一直線に突撃していった。
スプラッシュダメージと毒の連鎖によって、完璧だったはずの猿たちの陣形は、わずか数十秒で完全に崩壊し、光の粒子となって消滅していく。
あまりにも、一方的な蹂躙。
「グルオオオオオオオオオオッ!!!」
自らの親衛隊が、一瞬で消滅させられた、その事実に。
森の賢王が、怒りと、そして驚愕の絶叫を上げた。
そして、彼はブチ切れて、ゾンビ軍団に殴りかかってきた。
その巨大な拳が、一体のゾンビを捉える。
吹っ飛ぶゾンビ1体。
だが、その一体の犠牲は、もはやこの戦いの趨勢に、何の影響も与えなかった。
なぜなら、包囲網はすでに完成されていたからだ。
ボスが一体のゾンビに気を取られている、そのわずかな隙に。
**残されたゾンビ軍団6体が、大猿を囲み、**その巨体を四方八方から、容赦なく打ち据え始めたのだ。
ガキン、ゴキンと、王の硬い毛皮が悲鳴を上げる。
そして、その傷口から、緑色の毒々しいオーラが立ち昇る。
毒攻撃で、毒をスタックさせていく。
ボスの巨大なHPバーが、みるみるうちにその輝きを失っていく。
その、あまりにも一方的なリンチ。
それに、森の賢王は、ついにその理性の箍を外した。
彼は、その最後の、そして最も愚かな一手を選んだ。
彼は、その周囲でうごめくゾンビたちを完全に無視した。
そして、その憎悪の全てを、その後方で高みの見物を決め込んでいる、忌々しい指揮官ただ一人へと向けたのだ。
大猿は、最後の抵抗として主人公を猿達に狙わせる。
だが、その彼の最後の希望すらも、無慈悲に打ち砕かれることになる。
しかし、ふっ飛ばされたゾンビが、主人公を守り、タンクとして活躍する。
先ほど、彼によって吹き飛ばされたはずのゾンビ1号。
それが、いつの間にか体勢を立て直し、主の前に立ちはだかるように、その腐った肉体を壁としていたのだ。
猿たちの猛攻が、その小さな、しかし決して退かない壁に、次々と叩き込まれる。
だが、その壁はびくともしない。
完璧な、守護。
その光景を、隼人はただ静かに見つめていた。
そして彼は、その絶望に染まった王の瞳を、真っ直に見つめ返した。
そして彼は、言った。
その声は、絶対的な、死の宣告だった。
「ナイスだ、ゾンビ」
「さて、詰みだが、他になにかあるか?」
その、あまりにも残酷な、そしてどこまでも美しい最後通告。
それに、森の賢王の瞳から、ついに闘志の光が消えた。
大猿は、抵抗を諦め、倒される。
その巨体は、ゆっくりとその場に崩れ落ち、そして満足げな光の粒子となって、消滅していった。
静寂。
後に残されたのは、山のようなドロップアイテムと、そしてその中心で、自らの完璧な勝利を噛みしめる、一人の指揮官の姿だけだった。
B級ダンジョン【賢者の森】、クリア!
「…ふぅ」
隼人は、満足げに息を吐いた。
そして彼は、ARカメラの向こうの、言葉を失った観客たちに、語りかけた。
「ダメージ68%と、呪いが強いな。ほぼ、一方的に倒せた」
「こりゃ、A級まで無双出来るな」
その、あまりにも不遜な、しかし事実でしかない一言。
それに、コメント欄は同意した。
そして、その熱狂の中心で、視聴者たちは口を揃えて、この勝利の本当の立役者の名を、叫んでいた。
『アニメイトガーディアンとスペクターが、強いね!』
『あのサポートが、ヤバすぎる!』
彼の、新たな人生。
その本当の「蹂躙」が、今、始まった。
彼の魂は、その果てしない可能性の前に、これ以上ないほどの歓喜に、打ち震えていた。