第272話
ひんやりとした大理石の床を踏みしめ、彼は見慣れた換金所のカウンターへと向かう。
彼の姿を認め、にこやかに微笑む受付嬢たち。その誰もが、今や彼の熱心なファンであり、彼のチャンネルの熱心な視聴者だった。彼は、その視線を軽く会釈で受け流しながら、一つのカウンターの前で足を止めた。
そこに、彼女はいた。
艶やかな栗色の髪をサイドテールにまとめた、知的な美貌の受付嬢。水瀬雫。
彼女は、隼人の姿を見つけると、その大きな瞳をぱっと輝かせた。
「あっ、きましたね、JOKERさん!」
その声は、弾んでいた。彼の来店を、心から待ちわびていたかのように。
「湊君に会った配信、見ましたよ!」
彼女は、自分のことのように嬉しそうに、そして少しだけ興奮したように続けた。
「すごかったですね!あのB級ボスをソロで倒してしまうなんて!彼、間違いなく冒険者学校始まって以来の、最高の天才です!そして、そんな彼があなたに憧れて、この世界に足を踏み入れたなんて…!」
彼女はそこで一度言葉を切ると、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「**ギルドの上層部が、もう大騒ぎでしたよ。『JOKERさんが、冒険者学校の歴史に残る素晴らしい資料を提供してくれた』って、みんな大喜びで。『JOKER様には、ギルドを代表して、丁重にお礼を申し上げるように』**と、私、きつく言われてるんです」
彼女はそう言うと、わざとらしく、しかしどこまでも真摯に、深々と頭を下げた。
「というわけで、ギルドを代表して、感謝しますね」
その、あまりにも大げさな、しかしどこまでも温かい感謝の言葉。
それに、隼人は照れくさそうに、そしてどこまでもぶっきらぼうに、その頭をガシガシとかいた。
「…やめろよ。俺は、何もしてないぜ?」
「偶然だよ、偶然。たまたま、同じダンジョンにいただけだ」
「それより」と彼は続けた。
その瞳には、もはや照れ隠しの色はない。
ただ、次なる力を求める、純粋なゲーマーの光だけが宿っていた。
「――**リアー・キャストと、断末魔と、アセナスの優しい接触。**受け取りに来た」
その、あまりにも専門的で、そしてどこまでも狂的な装備の羅列。
それに、雫の瞳がキラリと輝いた。
彼女は、もはやただの受付嬢ではない。
彼のビルドの、その全てを理解し、そしてその進化を共に喜ぶ、最高の軍師だった。
「はいっ!お待ちしておりました!」
彼女の声が、再び弾む。
「あなたが、いつこのテーブルに着かれるのかと、私も心待ちにしていたんです。全て、ギルドの最高レベルの倉庫に、取り置いてありますわ」
彼女は、そう言うと、カウンターの内側のセキュリティゲートを解除し、その奥の厳重な保管庫へと姿を消した。
数分後。
彼女は、三つの特殊なマナ・シールドが施されたケースを、まるで宝物を運ぶかのように、慎重に抱えて戻ってきた。
そして、そのケースを一つずつ、カウンターの上に厳かに置いていく。
「はい、どうぞ」
最初に開かれたケース。
中から現れたのは、一つの、あまりにも禍々しい、しかしどこか気品のある兜だった。
【リアー・キャスト】。
その兜が放つ、味方のダメージを50%も増幅させるという、狂気のオーラ。
次に、歪な木の杖、【断末魔】。
そして最後に、触れることすら躊躇われるような、美しいシルクの手袋、【アセナスの優しい接触】。
三つの、神々の装備。
そのあまりにも圧倒的なプレッシャーに、隼人はゴクリと喉を鳴らした。
彼は、その三つの装備を、ゆっくりと、しかし確かな手つきで受け取り、インベントリに入れる。
「…ありがとう」
彼の口から、素直な感謝の言葉が漏れた。
「これで、アニメイトガーディアンが使えるぜ」
「ネクロマンサービルド、大幅強化だ」
彼の、そのあまりにも嬉しそうな、子供のような笑顔。
それに、雫もまた、心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「これであとは、スペクター蘇生の【カーネージ・チーフテン】と、【ホスト・チーフテン】だけだぜ」
その隼人の、独り言のような呟き。
それを、雫は見逃さなかった。
彼女の、軍師としての脳が、即座に反応する。
「ええ、B級ダンジョン【賢者の森】ですね」
彼女は、こともなげにそう言った。
「あそこは、獣人系のモンスターが多く生息していますから。チーフテンを探すには、うってつけの場所です」
彼女は、そこで一度言葉を切ると、その大きな瞳で隼人を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、絶対的な信頼の色が宿っていた。
「この後、行くので?」
「ああ」
隼人は、力強く頷いた。
「このまま、試運転を兼ねて行く予定だ」
その、あまりにも揺るぎない決意の言葉。
それに、雫は最高の笑顔で応えた。
その声には、彼の勝利を信じて疑わない、絶対的な確信が宿っていた。
「――では、お気をつけて」
「最高のショーを、期待しておりますわ」
隼人は、それに頷き、換金所を出ていく。
彼の心は、もはやこの場所にない。
次なる戦場。
そして、自らの軍団が、神の軍勢へと変貌する、その奇跡の瞬間へと、確かに向けられていた。
彼の、新たな人生の、本当の「蹂躙」が、今、始まろうとしていた。
彼の魂は、その果てしない可能性の前に、これ以上ないほどの歓喜に、打ち震えていた。