表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
268/491

第260話

 西新宿の空を貫くかのようなタワーマンションの最上階。

 その広大なリビングの、床から天井まで続く巨大な窓からは、宝石箱をひっくり返したかのような東京の夜景が一望できた。

 神崎隼人――“JOKER”は、ギシリと軋む高級ゲーミングチェアにその身を深く沈め、目の前の漆黒のモニターに映し出された自らの魂の設計図…ネクロマンサービルドのステータスウィンドウを、静かに、そしてどこか満足げに眺めていた。


 レベル25。

 B級の主、【古竜(こりゅう)マグマロス】との死闘を乗り越え、彼の二つ目の人生は、一つの大きな節目を迎えていた。

 だが、彼の心は決して安住を許さなかった。

 あの戦いは、あまりにもギリギリすぎた。

 毒と、数の暴力。その二つのカードだけで、なんとか勝利をもぎ取ったに過ぎない。

 この先に待ち受ける、B級中位、上位、そしてA級という神々のテーブル。

 そこでは、今のこの中途半端な軍団では、一瞬で蹂躙されるだろう。

 彼の魂は、渇いていた。

 もっと、圧倒的な力を。

 もっと、戦場そのものを支配する、絶対的な「理」を。


 その彼の渇望を見透かしたかのような、あのS級ネクロマンサー『(むくろ)女王(じょおう)』からの、謎めいたメッセージ。

『スペクター蘇生と、アニメイトガーディアンが、ついに解禁よ』

 その言葉が、彼の脳内で甘美な呪詛のように反響していた。


「…スペクター蘇生?それに、アニメイトガーディアン?」


 彼は、ARカメラの向こうに誰もいないことを知りながらも、つい、いつもの癖でそう呟いた。

 聞いたことのない、単語。

 だが、その響きには、彼のギャンブラーとしての魂を根底から揺さぶるような、未知なる可能性の匂いがした。

 彼は、椅子を軋ませながら、古びたパソコンのキーボードへと、その指を伸ばす。

 いや、違う。

 彼の指は、キーボードではなく、配信アプリの起動ボタンへと伸びていた。

 そうだ。

 この謎は、俺一人で解き明かすよりも、あの最高の観客たちと共有した方が、よっぽど面白い。

 それに、あの女王様も、きっとこのショーを、どこかで見ているはずだ。


 彼は、配信のスイッチを入れた。

 そのタイトルは、彼の現在の心境を、そのまま映し出していた。


『【雑談】レベル25になったし、次のビルド考える【女王様、見てるか?】』


 そのあまりにも挑戦的で、そしてどこか甘えたようなタイトル。

 それが公開された瞬間、彼のチャンネルには、通知を待ち構えていた数十万人の観客たちが、津波のように殺到した。

 コメント欄は、期待と興奮の熱気で沸騰していた。


『きたあああああああ!』

『女王様、見てるか?www JOKERさん、完全に女王様のこと意識してるじゃんwww』

『スペクター?ガーディアン?なんだ、それ?新しいスキルか!?』

『B級ボスを倒したばかりなのに、もう次のビルド考えてるのかよ!この男の向上心、底が知れねえな!』


 その熱狂をBGMに、彼はARカメラの向こうの観客たちに、気だるそうに語りかけた。


「よう、お前ら。見ての通り、今日は雑談だ」

 彼の声は、どこまでも楽しそうだった。

「B級ボスは倒した。だが、正直、あれは運が良かっただけだ。もっと、安定して勝つための力が欲しい。それでだ」

 彼はそこで一度言葉を切ると、最高のショーマンの笑顔で告げた。

「――俺のビルドの、新しい『先生』が、ヒントをくれたんだよ。スペクターと、ガーディアン。それが、俺の次なる一手らしい。だがな、俺はまだ、その意味を、何も知らねえ」

「だから、お前ら有識者に聞きたい。あれは、一体何なんだ?そして、どうやって使えば、俺のこの死者の軍団を、神の軍勢へと変えることができる?」


 その、あまりにも素直な、そしてどこまでも挑発的な問いかけ。

 それに、コメント欄の有識者たちが、待っていましたとばかりに、その豊富な知識を披露し始める。


 元ギルドマン@戦士一筋:

 …ほう。ついに、その領域に足を踏み入れるか、JOKER。

 スペクターと、ガーディアン。

 それは、ネクロマンサーというクラスが、ただの召喚士から、本当の「指揮官」へと変貌するための、最後の、そして最も重要な二つの鍵だ。


 ハクスラ廃人:

 ああ、その通りだぜ。

 まず、スペクター蘇生。

 こいつはな、お前が倒したモンスターの死体を、霊体スペクターとして蘇らせ、自らの僕として使役するスキルだ。

 ゾンビやスケルトンとは違う。

 彼らは、生前の能力を、ほぼ完全に引き継いだまま、お前のために戦ってくれるんだ。


 その、あまりにも強力な効果。

 それに、コメント欄がどよめいた。

『マジかよ!』『じゃあ、ドラゴンを倒せば、ドラゴンを味方にできるってことか!?』

 その、あまりにも無邪気な質問。

 それに、ハクスラ廃人は呆れたように答えた。


 ハクスラ廃人:

 馬鹿野郎。そんな、単純な話じゃねえよ。

 確かに、理論上は可能だ。だがな、スペクターとして蘇生できるモンスターのレベルには、お前のスキルレベルに応じた上限がある。


 ベテランシーカ―:

 ええ。ですから、スペクター運用の基本は、「数」ではなく「質」です。

 戦場に応じて、最も有用な能力を持つモンスターを厳選し、その一体を、最高のサポーターとして活用する。

 それこそが、一流の指揮官の戦い方なのです。


 そのあまりにも的確で、そしてどこまでも深い解説。

 隼人は、深く、そして静かに頷いていた。

 そして、その議論の、まさにその中心へと。

 一つの、ひときわ気品のある、しかしどこか見下したようなコメントが、投下された。

 投稿主は、このショーの、もう一人の主役。

 S級ネクロマンサー、『(むくろ)女王(じょおう)』だった。


 骸の女王:

 …ふふっ。ようやく、始まったようね。私の、特別講義が。

 いいでしょう、指揮官見習い。そして、そこにいる愚かな子羊たち。

 この私が、直々に、その世界の理を教えてあげるわ。


 その、あまりにも唐突な女王の降臨。

 それに、コメント欄が、この日一番の熱狂に包まれた。


 骸の女王:

 ベテランたちの言う通り、スペクターは質が重要よ。

 だが、今のあなたに必要なのは、火力ではない。

 あなたの軍団に、欠けているもの。

 それは、「安定性」と「継続性」。

 だから、あなたはこれを使うの。


 彼女は、そう言うと、二体のモンスターの画像を、コメント欄に貼り付けた。

 一体は、猿のような姿をした、屈強な獣人。

 もう一体は、同じく猿のようだが、より小柄で、その手にトーテムのような杖を握っている。


 骸の女王:

 左が、【カーネージ・チーフテン】。右が、【ホスト・チーフテン】。

 どちらも、B級の森のダンジョンに生息する、ありふれた雑魚モンスターよ。

 だが、彼らが持つ能力は、あなたの軍団を、神の領域へと引き上げる。

 スペクター蘇生で、耐久力チャージ供給役一体と、狂乱チャージ供給役一体ずつ使うのよ。

 カーネージ・チーフテンは、雄叫びを上げて、周囲の味方に【狂乱チャージ】を供給する。

 ホスト・チーフテンは、そのトーテムで、味方に【持久力(じきゅうりょく)チャージ】を供給する。

 これでチャージ供給されて、ゾンビ軍団はより強化されるわ。

 分かるかしら?

 あなたは、ただこの二体の猿を連れて歩くだけで、あなたのゾンビ軍団は、常に攻撃速度とダメージが上昇し、そして物理ダメージ軽減と全属性耐性が付与された、半神の軍勢へと変貌するのよ。


 その、あまりにも鮮やかで、そしてどこまでも完成されたシナジー。

 それに、隼人はただ感嘆するしかなかった。


 骸の女王:

 …そして、次が本題よ。

 アニメイトガーディアン。

 これは、もはやただのスキルではない。

 あなたの「もう一体の、最高の装備スロット」よ。


 彼女は、続けた。

 その言葉は、もはやアドバイスではない。

 絶対的な、女王からの命令だった。


 骸の女王:

 アニメイトガーディアンとは、装備品に命を与えて霊体を創造するスペルよ。

 なんと、装備品の効果をもつ存在を作りだすの。

 つまり、あなたがそのガーディアンにどんな装備を着せるかで、その性能は無限に変化する。

 そして、今のあなたに必要なのは、火力ではない。

 あなたの軍団を、さらなる高みへと導く、「支援」の力。

 だから、あなたはこれを買いなさい。


 彼女は、そう言うと、三つのユニーク装備の画像を、次々とスレッドに貼り付けていった。


 骸の女王:

 まず、頭装備のリアー・キャストを買いなさい。

 なんと、この装備はプレイヤーおよび近くの味方のダメージが50%増加するという効果があるわ。

 つまり、ゾンビ軍団のダメージ50%アップよ。


「は?インチキだろ、それ」

 隼人が、思わず呟く。

 それに、女王は楽しそうに答えた。


 骸の女王:

 そうね。インチキ装備よ。

 100万円くらいで買えると思うわ。

 次に、武器ね。断末魔(だんまつま)というスタッフがあるの。

 これは、近くの味方のダメージが18%増加するという効果を付与してくれるわ。

 これは、50万円ね。

 そして、手装備。アセナスの優しい接触。

 これは、ヒット時に敵を時間連鎖の呪いで呪う。対象のアクションスピード…つまり攻撃速度や詠唱速度、移動速度ね、を15%減少させる。

 また、対象の他のエフェクトの消失を40%遅くする。

 プレイヤーが付与したオーラ以外の呪いは、倒した敵から取り除かれない。

 プレイヤーの呪いの影響を受けている死体の近くの敵は、盲目になる。

 プレイヤーの呪いの影響を受けている死体の近くで倒された敵は、爆発し、そのライフの3%を物理ダメージとして与える。


 その、あまりにも複雑で、そしてどこまでも凶悪な性能の羅列。

 それに、隼人はゴクリと喉を鳴らした。

「…強いな。で、いくらだ?これだけ性能てんこ盛りなら、さぞ高いだろ?」


 骸の女王:

 ええ。2000万円って所ね。

 レベル25からドロップするけど、ドロップレートが低いユニーク装備なのよ。

 さらに、腐敗のオーブで腐敗させて、呪いを追加で与えるようにするテクニックも存在するけど、とりあえず無視していいわ。


 その、あまりにも完璧で、そしてどこまでも金のかかるビルドの設計図。

 それに、隼人はもはや笑うしかなかった。


「…なるほどな。金さえあれば、神にでもなれるってわけか」

 彼は、そう呟いた。

 そして彼は、自らの資産を確認する。

 数千万円。

 確かに、大金だ。

 だが、この神々の装備を全て揃えるには、まだ少しだけ足りない。

 だが、彼の心に、迷いはなかった。


「やべーな、これ。レベル28まで上げるのが、楽しみになってきたぜ」


 彼の、そのあまりにも前向きな、そしてどこまでも楽しそうな一言。

 それに、コメント欄がこの日一番の熱狂に包まれた。

 彼の、新たな人生。

 その本当の「蹂躙」が、今、始まろうとしていた。

 彼の魂は、その果てしない可能性の前に、これ以上ないほどの歓喜に、打ち震えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ