第254話
【物語は10年前、ダンジョンが現れる当日に戻る】
【ダンジョン出現後、2ヶ月経過】
【SeekerNet 掲示板 - 黎明期ビルド考察スレ Part. 15】
311: 名無しの最初の戦士
スレ立て乙。
はぁ…。今日も一日、E級墓地で骨拾いだったぜ。
さすがに毎日同じことの繰り返しだと飽きてくるな。
お前ら、何か面白いドロップとかあったか?
315: 名無しの最初の魔術師
311
乙。こっちはE級の蟻の巣穴だ。
相変わらず、ドロップは魔石とガラクタレアばっかり。
ユニークの光なんざ、もう一週間は見てねえよ。
そろそろ、デカい当たりが欲しいもんだぜ…。
318: 名無しの最初の盗賊
315
贅沢言うな。
こっちはF級のゴブリンの洞窟で、まだゴブリンソードが出なくて泣いてるんだぞ。
鉄パイプじゃ、もう限界だ…。
322: 名無しのゲーマー
まあまあ、お前ら落ち着けって。
まだ、始まって二ヶ月だ。焦るな。
それより、この前の公式発表見たか?
ギルドが、ついにドロップ品の本格的な市場価値の分析を始めたらしいぜ。
もしかしたら、俺たちがゴミだと思ってるアイテムの中に、とんでもねえお宝が眠ってるかもしれん。
325: 名無しの現実主義者
322
どうせ、俺たちには縁のない話だ。
結局、強いユニークを拾えるのは、運の良い一部の奴らだけなんだよ。
その、あまりにもありふれた、日常の会話。
停滞した、空気。
それが、唐突に一つの、あまりにも異質な書き込みによって、断ち切られた。
411: 名無しの幸運な馬鹿
…おい、お前ら。
ちょっと、助けてくれ。
俺、今、E級の【忘れられた神々の実験場】ってとこにいるんだが。
なんか、とんでもねえもんを拾っちまったかもしれん。
415: 名無しのゲーマー
411
なんだ、どうした?
ついに、ユニークか!?
418: 名無しの幸運な馬鹿
415
ああ、光は確かにオレンジ色だった。
だがな、これ、武器でも防具でもねえんだよ。
なんか、光る宝石みてえなんだ。
421: 名無しのニート(28)
418
は?宝石?
スキルジェムじゃなくてか?
425: 名無しの幸運な馬鹿
421
ああ、違う。
魂にセットしようとしても、できねえ。
なんだよ、これ…。
鑑定スキル持ちの仲間もいないし、マジで意味が分からん。
ハズレユニークか…?
その、あまりにも奇妙な報告。
それに、スレッドがざわめいた。
『宝石のユニーク?』『なんだ、それ?』『新種のアイテムか?』
その困惑の渦の中で、一人のユーザーが、現実的なアドバイスを送った。
433: 名無しの最初の戦士
425
落ち着け。
ゲートの外に出れば、鑑定所があるだろ。
まだ政府の管轄下だが、金さえ払えば民間のドロップ品も見てくれるはずだ。
一度、持ち帰ってみろ。
話は、それからだ。
438: 名無しの幸運な馬鹿
433
…そうだな。分かった。
一度、帰ってみる。
鑑定結果が出たら、また報告しに来るわ。
その書き込みを最後に、スレッドは再びいつもの雑談へと戻っていった。
誰もが、その宝石のことを、少し珍しいだけの、しかしおそらくは使い道のないハズレユニークの一つだろうと、高を括っていた。
その、たった一つの宝石が。
この世界のビルド構築の歴史を、根底から覆すことになるなど、知る由もなかった。
◇
【数時間後】
スレッドに、再びあの男が、帰ってきた。
その書き込みは、もはやただの報告ではなかった。
一つの、伝説の始まりを告げる、凱旋のファンファーレだった。
811: 名無しの幸運な馬鹿改め、選ばれし者
帰ってきたぞ、お前ら。
そして、鑑定してもらってきた。
震えろ。
これが、俺が手に入れた神の力だ。
そのあまりにも大げさな、そしてどこまでも自信に満ちた書き込み。
それに、スレッドは一瞬にして静まり返った。
そして、彼はその神のテキストを、スレッドへと投下した。
812: 名無しの選ばれし者
【ユニークジュエル:賢者の愚行】
[画像:手のひらに乗せられた、一つの禍々しい紫色の宝石。その内部で、まるで人間の脳のような複雑な紋様が、不気味に、しかし力強く脈打っている]
名前:
賢者の愚行 (The Sage's Folly)
レアリティ:
ユニーク (Unique)
種別:
ジュエル (Jewel)
装備条件:
パッシブスキルツリーのソケットに装着する
効果テキスト:
筋力 +200
知性 +200
最大MPが1になる
フレーバーテキスト:
賢者は、マナの深淵を覗き込みすぎた。
その果てに彼が見たのは、無限の知識ではなく、ただ己の魂が空っぽになるという、絶対的な虚無。
だが、ある異端者は言った。
「器が空になったのなら、別のものを満たせばいい」と。
そう、例えば、自らの熱い血潮を。
それこそが、最も純粋で、最も力強い、魔力の源泉なのだから。
813: 名無しの選ばれし者
…鑑定してくれたオヤジも、これ見てしばらく固まってたわ。
で、俺は言ったんだよ。
「MPが1になるって、これスキル使えねえじゃん!クソユニークかよ!」ってな。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
スレッドの全ての動きが、ぴたりと止まった。
誰もが、そのあまりにも荘厳で、そしてどこまでも狂った性能のテキストを、ただ呆然と見つめていた。
そして、次の瞬間。
スレッドは、爆発した。
815: 名無しのゲーマー
…は?
818: 名無しの最初の戦士
筋力+200!?
知性+200!?
なんだ、このぶっ壊れ性能は!
これさえあれば、通常攻撃だけで、E級のボスですらワンパンできるんじゃねえか!?
821: 名無しの最初の盗賊
818
いや、待て。
よく見ろ。
MPが「1」になってるぞ…。
スキルが、一切使えねえ。
825: 名無しの最初の魔術師
821
マジかよ…。
通常攻撃しか、できねえのか…。
でも、その通常攻撃が、神の威力になるってことか?
最強装備じゃねえか、これ!
828: 名無しのニート(28)
825
いや、違うだろ。
魔術師は、どうすんだよ。
杖でポカポカ殴るのか?www
戦士専用の、脳筋装備じゃねえか、これwww
そのあまりにも、本質的な、しかしどこかズレた議論。
スレッドは、この未知なる神の装備を前にして、混沌の渦に飲み込まれていた。
誰もが、その本当の価値を、見出せずにいた。
その混沌の中から、一つの静かな、しかしどこまでも理知的な声が、響き渡った。
投稿主は、このスレッドの誰もがその名を知る、伝説のビルド研究家だった。
855: 名無しのビルド研究家
…落ち着け、諸君。
少し、頭を冷やしたまえ。
君たちは、まだこのジュエルの、本当の恐ろしさを、そしてその美しさを、何も理解していない。
答えは、常にテキストの中に隠されている。
特に、このフレーバーテキストにだ。
彼は、その詩的なテキストを引用した。
『だが、ある異端者は言った。「器が空になったのなら、別のものを満たせばいい」と。そう、例えば、自らの熱い血潮を』
856: 名無しのビルド研究家
この一文が、何を意味するか。
君たちには、分かるかね?
器…つまり、MPが空になったのなら。
別のものを、満たす。
自らの、血潮を。
…もう、答えは出ているだろう?
そのあまりにも思わせぶりな、そしてどこまでも核心を突いた一言。
それに、スレッドがどよめいた。
そして、一人の勘の良いゲーマーが、その答えにたどり着いた。
861: 名無しのゲーマー
856
…まさか。
まさか、とは思うが…。
パッシブツリーの、あれのことか…?
あのキーストーン…。
その書き込みと同時に。
ビルド研究家は、その最後の、そして究極の「答え」を、スレッドへと投下した。
彼がアップロードしたのは、一つのパッシブスキルの、詳細なスクリーンショットだった。
【キーストーン・パッシブ:ブラッドマジック】
MPを全て失う
最大ライフが10%追加して増加する
スキルはMPの代わりにHPを消費する
スキルはMPの代わりにHPをリザーブする
865: 名無しのビルド研究家
――これだ。
これこそが、このジュエルを、ただのガラクタから、神のアーティファクトへと昇華させる、唯一無二の「鍵」だ。
このジュエルは、我々にこう告げている。
『MPでスキルを使えなくなっただと?ならば、HPで使えばいいだけの話だろう?』と。
なんと、シンプルで、なんと美しい回答だ。
そのあまりにも鮮やかで、そしてどこまでも完成されたシナジー。
それに、スレッドは本当の意味での「爆発」を起こした。
もはや、それは賞賛ではない。
一つの、芸術的なビルドが生まれたその瞬間への、畏敬の念だった。
871: 名無しの最初の魔術師
…天才か?
875: 名無しの最初の戦士
871
ああ。
878: 名無しの最初の盗賊
875
天才だ…。
その、あまりにも短い、しかし全ての感情が凝縮された三行。
それに、スレッドはこの日一番の、温かい笑いに包まれた。
だが、その和やかな空気を、再び断ち切るかのように。
あの最初の発見者が、戻ってきた。
その書き込みは、もはやただの報告ではない。
この世界の、新たな伝説の始まりを告げる、凱旋のファンファーレだった。
911: 名無しの選ばれし者
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
お前ら!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
マジで、ヤバい!!!!!!!!!!!!!!!!!!
915: 名無しのゲーマー
911
どうした、落ち着け!
まさか、もうブラッドマジック取ったのか!?
918: 名無しの選ばれし者
915
違う!
違うんだよ!
さっき、俺が鑑定してもらった、あの街の鑑定所のオヤジ!
あいつが、俺の家にまで押しかけてきやがった!
そして、こう言ったんだ!
『兄ちゃん、あのジュエル、俺に売ってくれ!』ってな!
921: 名無しのニート(28)
918
は!?
買い取り!?
925: 名無しの選ばれし者
921
ああ!
しかもな、あいつが提示してきた金額!
震えんなよ!
――1000万円だ!!!!!!!!!!!wwwwwww
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、次の瞬間。
スレッドは、これまでのどの熱狂とも比較にならない、本当の、そして最後の「爆発」を起こした。
『は!?』
『い、いっせんまん!?!?』
『嘘だろ!?F級のユニークが、1000万!?』
『あの【清純の元素】セットと同額じゃねえか!』
その熱狂と興奮の渦の中で。
スレッドは、最後の議論へと、その姿を変えていった。
売るべきか、否か。
その、究極の選択。
『売れ!絶対に売れ!1000万あれば、1年は遊んで暮らせるぞ!』
『馬鹿野郎!売るな!そいつは、未来への投資だ!お前を、導く、最高の切り札だぞ!』
その、二つに割れた意見。
その、喧々囂々の議論。
その全てを、高みの見物を決め込んでいた、あの発見者。
彼は、最後に一言だけ、そのあまりにも彼らしい「答え」を投下した。
955: 名無しの選ばれし者
うーん…。
まあ、悩んだけどよ。
なんか、こいつが俺の元に来たのって、運命だと思うんだよな。
だから、売らねえわ。
使うわ、これwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
その、あまりにもあっさりとした、しかしどこまでも力強い決意の言葉。
それに、スレッドは、この日一番の、温かい賞賛と、祝福の声で、埋め尽くされた。
一人の名もなき青年が、その手にした奇跡と共に、新たな伝説へとその一歩を踏み出した。
その輝かしい未来の始まりを、誰もが祝福していた。