第240話
ホテル前で、二人は名残惜しそうに手を振って別れた。美咲は、兄であるJOKERが待つであろう西新宿のタワーマンションへと、その軽い足取りを向けていく。その背中を見送りながら、静の胸には、これまでに感じたことのない、温かい、そしてどこか誇らしい感情が満ちていた。
初めての、仲間。
初めての、勝利。
そして、初めて分ち合った、喜び。
その全てが、彼女の世界を、昨日までとは全く違う、鮮やかな色で染め上げていた。
彼女は、ギルドから支給されたカードキーを使い、冒険者高等学校の生徒たちが暮らす、臨時学生寮へと足を踏み入れた。
そこは、学校に隣接するA級探索者向けのビジネスホテル。その荘厳なエントランスは、大理石の床が磨き上げられ、間接照明が壁にかけられたモダンアートを優しく照らし出している。空気中には、高級なアロマの香りが、ほのかに漂っていた。
ロビーには、同じように今日の初陣を終えたであろう、多くの新入生たちが集っていた。彼らは、広々としたラウンジのソファに思い思いに腰掛け、興奮した様子で、今日の戦果を報告し合っている。
「見たかよ、俺のファイアボール!ゴブリンが三体、一瞬で炭になったぜ!」
「すごい!私なんて、一体倒すのに五分もかかっちゃった…」
「大丈夫だよ、最初はみんなそんなもんだって。それより、この魔石見て!初めてドロップしたんだ!綺麗だね…」
少年少女たちの、あまりにも無邪気で、そして希望に満ちた声。
その熱気に、静は少しだけ気圧されそうになりながらも、その輪に加わることはせず、ラウンジの隅にあるドリンクバーへと向かった。冷たいオレンジジュースを一杯グラスに注ぎ、それを飲み干す。戦いで火照った体に、その冷たさが心地よかった。
彼女が、自室へと戻ろうと歩き出した、その時だった。
一つの、ひときわ大きな声が、彼女の耳に届いた。
「――いや、だからマジだって!今日のゴブリンの洞窟、ヤバいのがいたんだよ!」
声の主は、一ヶ月早く入学したという「先輩」のグループだった。彼らは、自分たちの武勇伝を、後輩たちに自慢げに語っていた。その中心にいる、リーダー格の戦士の少年が、興奮したように言葉を続ける。
「俺たちも、最初は普通に狩ってたんだ。そしたら、いきなりだぜ?どこからともなく、緑と赤と金の三色のオーラが、ぶわーって広がってきて!」
「なんだ、それ?誰かのスキルか?」
「当たり前だろ!それも、ただのオーラじゃねえ!俺、一瞬で分かったもん。【迅速のオーラ】と【活力のオーラ】、それに【憤怒のオーラ】だ!三つも、同時に展開されてたんだぞ!」
その言葉に、周りにいた生徒たちが、どよめいた。
「三つも!?」「嘘だろ!?」「MP、どうなってんだよ…」
戦士の少年は、その反応に満足げに頷くと、さらに得意げに続けた。
「だろ!?しかもな、そのオーラ、効果が尋常じゃなかったんだよ!俺の攻撃速度、体感で1.2倍くらいになったし、ちょっと掠っただけの傷が、見る見るうちに塞がっていくんだ!おかげで、俺たち、その後のボス戦、ポーション一本も使わずに圧勝だったぜ!」
「一体、誰が使ってたんだ…?」
「分からねえ。でもな、俺、ギルドのビルド考察スレで、調べたんだよ」
彼は、ARウィンドウを開き、一つのスレッドのログを、皆に見せつけた。
「いいか、よく聞け。【迅速のオーラ】と【憤怒のオーラ】は、本来、MPの50%を予約する超重いスキルだ。この二つを同時に張るだけでも、普通の魔術師でもMPが枯渇する。ましてや、それに【活力のオーラ】まで加えるなんて、正気の沙汰じゃねえ」
「だが、もし、それを可能にする存在がいるとしたら…」
彼の声が、ひそひそうとしたものに変わる。
「そいつは、間違いなくS級以上のユニークスキル持ちだ。オーラのレベル制限を無視して、さらにMP予約コストを、最低でも25%は減少させられるような、化け物みてえなスキルがなきゃ、説明がつかねえ!」
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも真理を突いた分析。
それに、周りの生徒たちは、息を呑んだ。
静は、その会話を、ただ黙って聞いていた。
心臓が、ドクンと大きく音を立てる。
(…私のことだ)
そうだ。
彼らが、神の御業のように語っているその現象。
その中心にいたのは、紛れもなく、自分自身なのだ。
その事実に、彼女は、わずかな誇らしさと、それ以上に大きな「実感」を覚えていた。
自らが持つ、この力の、本当の大きさを。
「…すごいですね」
彼女が、思わずそう呟いた、その時だった。
話していた戦士の少年が、彼女の存在に気づいた。
「お、おう。そうなんだよ。すごかったんだぜ、マジで!」
彼は、彼女がただの聞き耳を立てていた後輩だと思ったのだろう。親しげに、そしてどこか上から目線で、彼女に話しかけてきた。
「お嬢ちゃんも、今日の新入生か?どうだった、初陣は?ゴブリン、一体くらいは倒せたかい?」
その、あまりにも無邪気な問いかけ。
それに、静は、ただ静かに、そしてどこまでも穏やかに微笑んだ。
「はい。なんとか」
彼女は、そう言って、ぺこりと頭を下げた。
◇
自室のドアを開けた瞬間、静は思わず小さなため息を漏らした。
そこは、もはや「寮の部屋」というよりは、一つの完成された「スイートルーム」だった。
キングサイズの、ふかふかのベッド。
足音を完全に吸収する、深紅の絨毯。
そして、壁一面がガラス張りになった窓からは、西新宿の宝石箱のような夜景が、一望できた。
バスルームには、大理石のバスタブまで備え付けられている。
そして、部屋の隅には、彼女がこれからお世話になるであろう、最新鋭のデスクトップPCが、静かにその出番を待っていた。
その、あまりにも豪華な空間。
それに、彼女は少しだけ落ち着かない気持ちになった。
(…家賃、いくらするんだろう、ここ…)
もちろん、学費は無料だ。寮費も、ギルドが負担してくれている。
だが、その事実に、彼女は逆に、申し訳ないような、そして身が引き締まるような思いを抱いていた。
それだけの期待を、自分は背負っているのだと。
彼女は、シャワーを浴び、一日の汗と戦いの匂いを洗い流した。
そして、ゆったりとした部屋着に着替えると、あの漆黒のPCの前に座った。
電源を入れると、静かな起動音と共にOSが立ち上がる。
彼女は、ブラウザを開き、慣れた手つきで『SeekerNet』へとアクセスした。
彼女が向かったのは、いつものJOKERの配信チャンネルではない。
彼女自身の、戦場。
『オーラ特化ビルド考察スレ』。
そこは、彼女と同じように支援という道を選んだ者たちの、熱狂と、そして深い叡智が渦巻く、専門的な空間だった。
彼女は、その膨大な情報の中から、今の自分に必要な「答え」を探し出していく。
数十分後。
彼女は、一つの結論に達していた。
彼女は、自らの魂の内側…パッシブスキルツリーの、広大な星空を開いた。
レベル2。
彼女の手元には、まだ使われていない、貴重なパッシブスキルポイントが、1ポイントだけ残っている。
この、たった一つの星をどこに灯すか。
それが、彼女の、そして彼女のパートナーである美咲の未来を、大きく左右する。
彼女は、迷わなかった。
(今の、私に足りないもの)
(それは、火力でも、耐久力でもない)
(もっと、多くの可能性を、この手に掴むための、器そのものだ)
彼女が、その1ポイントで取得したのは、知性のエリアに存在する、一つの小さな、しかし極めて重要な星だった。
【マナノード:最大MP8%増加】
彼女が、その星に触れた、その瞬間。
彼女の魂に、新たな魔力の奔流が、流れ込んでくるのを感じた。
彼女のMPの最大値が、わずかに、しかし確実に、その上限を引き上げる。
それは、他の誰から見れば、あまりにも地味で、そしてささやかな成長かもしれない。
だが、彼女にとっては、世界の全てを変えるほどの、大きな、大きな一歩だった。
「…よし」
彼女は、満足げに頷いた。
「これで、もう一つ、新しいオーラを張れる」
そうだ。
この、わずか8%のMP増加。
それが、彼女のビルドに、新たな「4つ目」のオーラを張るための、余裕を生み出してくれたのだ。
彼女の思考が、加速する。
では、その4つ目のオーラとして、何を張るべきか。
彼女の脳内に、いくつかの候補が、浮かび上がる。
(【明瞭のオーラ】がいいかな…)
彼女は、最初にそのオーラのことを考えた。
MPを、自動で回復させてくれる、支援の基本。
これがあれば、美咲お姉様も、MP切れを心配することなく、その神の雷を振い続けることができるだろう。
(でも…)
彼女は、首を横に振った。
(F級の、このダンジョン。ゴブリンが湧くスピードはゆっくりだし、一体一体が弱いから、戦闘の合間にいくらでもMPは回復できる。今の段階では、まだ必要性を感じないな…)
(じゃあ、【元素の純度】は…?)
次に、彼女が思い浮かべたのは、全ての元素状態異常を完全に無効化する、究極の防御オーラだった。
これさえあれば、どんな敵を前にしても、美咲お姉様を、絶対に守り切ることができる。
(でも、これも、まだ早いか…)
彼女は、再びその考えを打ち消した。
(明日、美咲お姉様と、【清純の元素】のセットを買いに行く約束をしたからな。あれがあれば、C級くらいまでの元素ダメージは、ほとんど問題なくなるはずだ)
(それに、まだ凍傷とか、感電とか、厄介な状態異常を使ってくるモンスターも、いないし…)
彼女の思考は、迷宮を彷徨う。
そうだ。
オーラ特化の、サポーター。
その道は、あまりにも選択肢が多すぎる。
そして、その一つ一つの選択が、パーティ全体の運命を、左右する。
その、あまりにも大きな、責任。
「…オーラ使いは、結構、悩ましいな」
彼女は、ふっと息を吐き出した。
その息は、ため息ではなかった。
自らが選んだ、このあまりにも奥深く、そしてどこまでもやりがいのある道への、静かな、そして確かな武者震いだった。
彼女は、その答えを見つけ出すために。
再び、その情報の海へと、その意識を、深く、深く、潜らせていくのだった。
彼女の、指揮官としての本当の戦いは、今、始まったばかりだった。
## ステータス (オーラ支援型特化ビルド)
- **レベル:** 2
- **クラス:** 無職レベル1
- **アセンダンシー:** なし
- **HP:** 112 / 112 `((基礎112)`
- **ES:** 0 / 0 `()`
- **MP:** 18 / 66 `((基礎62 × 1.08/ 予約:48 17 + 17 + 14)`
- **筋力 (Strength):** 1 `((基礎1)`
- **体力 (Constitution):** 10
- **敏捷 (Dexterity):** 5 `((基礎5)`
- **知性 (Intelligence):** 10`((基礎10)`
- **精神 (Mentality):** 7
- **幸運 (Luck):** ??
- **ステータスポイント:** 残り: 5
- **パッシブスキルポイント:** 残り: 0`(ギルドパッシブポイント+0/24済み)`
- **HP自動回復:** 15 / 秒 `(活力のオーラ+15)`
- **MP自動回復:** 1 / 秒 `(基礎1)`
- **物理ダメージ軽減:** 0%`()`
- **精度 (Accuracy):** +0 `()`
- **移動速度:** +15% `(迅速のオーラ+15%)` ※水銀のフラスコ使用時、さらに+40%
- **攻撃速度:** +22% `(迅速のオーラ+22%)`
- **詠唱速度:** +22% `(迅速のオーラ+22%)`
- **チャージ上限値:**
- **持久力チャージ:** 3
- **狂乱チャージ:** 3
- **パワーチャージ:** 3
- **耐性値:**
- **火耐性:** 0% (上限) `()`
- **氷耐性:** 0% (上限) `()`
- **雷耐性:** 0% (上限) `()`
- **混沌耐性:** 0% `()`
### ミニオンオフェンスマスタリー
### 中ノード (Notable Passives)
### 通常パッシブ (小ノード)
- **【マナノード】最大MPを8%増加させる**(1P)
## スキル
- **ユニークスキル:**
- **【魂の聖歌】:** このスキルを持つ者は、自らが展開するオーラの法則を、完全に支配する。全ての「オーラ」タグを持つスキルの装備要件は、完全に無視される。全ての「オーラ」タグを持つスキルのHP/MP予約コストは、術者の予約効率を計算した上で、常にその最終的な値から**「半減」される。全ての「呪い」ではないオーラスキルの効力は、常に50%増加**した状態となる。
- **カスタムスキル:**
- **【通常技】【スマイト Lv.1】 (消費MP: 7):** 近接攻撃を行い、指定位置または近くの敵に稲妻を落とし範囲ダメージを与える。各対象は一度のみこのスキルがヒットする。もしこのスキルが敵に命中すれば、使用者はオーラを付与する。 オーラにより1から4の追加雷ダメージが付与される。オーラは10%の感電確率を付与する
- **発動中のオーラ/バフ:**
- **【憤怒のオーラ Lv.1】(MP予約: MPの50% ユニークスキルの効果で半減):** プレイヤーおよび近くの味方のアタックは2から37の追加雷ダメージを与える。プレイヤーおよび近くの味方はスペル雷ダメージが15%上昇する。
↓1.5%上昇
プレイヤーおよび近くの味方のアタックは3から55の追加雷ダメージを与える。プレイヤーおよび近くの味方はスペル雷ダメージが22%上昇する。
- **【活力のオーラ Lv.1】(MP予約: 28 ユニークスキルの効果で半減):** HP自動回復+10/秒。
↓1.5%上昇
HP自動回復+15/秒。
- **【迅速のオーラ Lv.1】(MP予約: MPの50% ユニークスキルの効果で半減):** プレイヤーおよび近くの味方の移動スピードが10%増加する。プレイヤーおよび近くの味方のアタックスピードが15%増加する。プレイヤーおよび近くの味方のキャストスピードが15%増加する。
↓1.5%上昇
プレイヤーおよび近くの味方の移動スピードが15%増加する。プレイヤーおよび近くの味方のアタックスピードが22%増加する。プレイヤーおよび近くの味方のキャストスピードが22%増加する。
## 装備品
- **武器:** 【普通の片手剣】(ノーマル)
- **盾:**
- **頭:**
- **胴:**
- **手:**
- **足:**
- **首輪:**
- **指輪 (左):**
- **指輪 (右):**
- **ベルト:**
- **インベントリ保管:**
## フラスコ
- **スロット1:** ライフフラスコ (小)
- 効果: HPを回復する。
- **スロット2:** ライフフラスコ (小)
- 効果: HPを回復する。
- **スロット3:** マナフラスコ (小)
- 効果: MPを回復する。
- **スロット4:** マナフラスコ (小)
- 効果: MPを回復する。
- **スロット5:** 水銀のフラスコ
- 効果: 使用後4秒間、移動速度が40%上昇する。