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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
F級編

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第24話

 神崎隼人は、自らの内に眠る広大な「可能性の宇宙」を前に、しばし言葉を失っていた。

 パッシブスキルツリー。

 それは、彼がこれまで身を置いてきた麻雀やポーカーといった、限定されたルールのテーブルとは次元が違う。あまりにも自由で、あまりにも奥深い。どの星を選び、どの星座を描くかで、未来が無限に分岐していく。

 彼のギャンブラーとしての魂が、この究極のゲームを前にして、歓喜に打ち震えていた。

「…面白い。面白いじゃねえか…」

 彼の口から、本物の、心の底からの感嘆が漏れる。


 雫は、そんな彼の子供のように目を輝かせる姿を、微笑ましそうに眺めていた。彼女には、分かっていた。目の前のこの青年は、ただ強さを求めているのではない。彼は、この世界の「ルール」そのものを解き明かし、そしてそれを自らの手で捻じ曲げることに、至上の喜びを見出す根っからのゲームプレイヤーなのだと。


「ふふっ、気に入っていただけたようで何よりです」

 雫はそう言うと、彼の興奮をさらに煽るように、言葉を続けた。

「でも、JOKERさん。探索者が自らを強化する道筋…ビルドの可能性は、このパッシブツリーだけじゃないんですよ」

「…まだあるのか?」

 隼人のその問いかけに、雫は悪戯っぽく人差し指を、そっと唇に当てた。

「ええ。むしろ、ここからが本番です。特にJOKERさんのように、ソロでE級、D級とさらに上のランクのダンジョンを目指すのであれば、絶対に避けては通れない、もう一つの力の階梯があるんです」

 彼女はそう言うと、再びタブレット端末を操作した。

「言葉で説明するよりも、これを見ていただいた方が早いかもしれません」


 彼女が再生ボタンを押すと、タブレットの画面に、一つの動画ファイルが映し出された。

 それは、どこかのギルドが公式にアップロードしているらしい、高レベル探索者の戦闘記録映像だった。


 動画の舞台は、隼人がいたゴブリンの洞窟のような、生ぬるい場所ではない。

 画面に映っているのは、灼熱の溶岩が川のように流れる、広大な地下の溶岩地帯。空気そのものが陽炎のように歪み、見ているだけで肌が焼けるような、圧倒的な熱量が伝わってくる。

 そして、その広大なフィールドを埋め尽くしているのは、おびただしい数のモンスターの軍勢だった。

 全身が燃え盛る炎で構成された犬のような姿の魔物。背中に火山のような甲羅を背負った巨大な亀。溶岩の中から、ぬるりとその上半身を現す炎の精霊。

 その数は、ざっと見ただけで千は下らないだろう。

 絶望的な、数の暴力。

 その地獄のような光景の中央に、たった一人、ぽつんと一人の探索者が立っていた。

 豪華なローブを身に纏った、おそらくは高レベルの魔術師。その顔はフードで隠れていて、窺い知ることはできない。


 魔術師は、その千を超えるモンスターの軍勢を前にして、しかし、一切動じる様子はなかった。

 彼はただ静かに、その掌の上に一つの、小さな小さな火の玉を生み出した。

 それは、ゴブリン・シャーマンが使っていた【火球】よりもさらに小さく、そして頼りない、まるでマッチの火のようなか細い炎だった。


 視聴者A: え、なんだこれ?この状況で火の玉一発?

 視聴者B: 自殺行為だろ…

 視聴者C: いや、待て…あの人、日本トップギルド『アーク・メイガス』の確か…


 コメント欄も、そのあまりにも無謀に見える光景に、困惑の声を上げていた。

 隼人も、眉をひそめる。これは一体、何の冗談だ?


 だが、次の瞬間。

 隼人も、そして彼の配信を見ている全ての視聴者も、自らの目を疑うことになる。


 魔術師が、その小さな火の玉を敵の軍勢に向かって、まるで野球のボールでも投げるかのように、軽く放った。

 火の玉は、ゆらゆらと頼りない軌道を描きながら、敵陣の中央へと着弾する。

 そして、その瞬間。

 奇跡は、起こった。


 着弾した火の玉が、まるで巨大な赤い花が満開に咲き誇るかのように、ぱんっという軽やかな音と共に、十個の小さな火の矢へと分裂したのだ。

 それだけではない。

 分裂した十個の火の矢は、それぞれがまるで自らの意志を持っているかのように、一斉に向きを変えると、最も近くにいた十体のモンスターへと、ホーミングミサイルのように正確に、そして恐るべき速度で襲いかかった。

 ドッドッドッドッドッ!

 十の小さな爆発が、同時に巻き起こる。


 だが、悪夢の連鎖はまだ終わらない。

 モンスターに着弾し、爆発したそれぞれの火の矢が、再びぱんっぱんっと、それぞれ十個の、さらに小さな火の弾へと再分裂したのだ。

 十が、百へ。

 そしてその百の火の弾もまた、それぞれが最も近くの別のモンスターを自動的に追尾し、着弾し、そしてまた分裂していく。

 百が、千へ。

 千が、万へ。

 それはもはや、魔法ではない。

 指数関数的に自己増殖していく、炎の死の連鎖反応。

 画面は一瞬で、爆炎と光の粒子と、モンスターたちの悲鳴を上げる間もなく消滅していくおびただしい数のドロップアイテムの輝きで、完全に埋め尽くされた。

 わずか、数十秒。

 あれほど絶望的な数でフィールドを埋め尽くしていた千を超えるモンスターの軍勢が、文字通り**「蒸発」**していた。

 後に残されたのは、夥しい数のアイテムの山と、そしてその中央で、何事もなかったかのように静かに佇む一人の魔術師の姿だけだった。


「…………」


 隼人は、言葉を失っていた。

 なんだ、今のは。

 なんだ、あの理不尽なまでの殲滅能力は。

 俺があれほどまでに死闘を繰り広げたゴブリンの群れが、まるで子供の遊びのように見えてしまう。

 俺が最強の切り札だと思っていた【パワーアタック】が、ただの小さな爆竹のように思えてしまう。

 これが、高レベルの探索者。

 これが、この世界の「頂」に立つ者たちの戦い。

 彼の背筋を、武者震いとも恐怖ともつかない、強烈な戦慄が駆け抜けた。


 雫は、そんな彼の呆然とした表情を、満足げに眺めていた。

 そして彼女は静かに、その「種明かし」を始めた。

「驚きましたか?でも、JOKERさん。あの魔術師が最初に使ったスキルは、ゴブリン・シャーマンが使っていたものと全く同じ。ただの【火の玉ファイアボール】なんですよ」

「…は?馬鹿な。俺の知ってる【火の玉】とは、まるで別物じゃないか」

「ええ。その通りです。なぜなら、彼の【火の玉】は、ただの【火の玉】ではないからです」

 彼女はタブレットの画面を一時停止させ、動画の詳細な戦闘ログを表示させた。

 そこには、素人には到底理解できないような、複雑なスキルの組み合わせが記されていた。


【火の玉 Lv20】


[サポート] 多重投射 Lv20


[サポート] 連鎖 Lv20


[サポート] 追尾 Lv20


[サポート] 分裂 Lv20


[サポート] 元素集中 Lv20


「これがあの魔法の正体です」

 雫は、そのログの一つ一つを指でなぞりながら、解説していく。

「この世界では、スキルはダンジョンで手に入る【スキルジェム】を装備することで、使用可能になります。そしてそのスキルジェムには、**『ソケット』と呼ばれる小さな穴が、いくつか空いているんです」

「ソケット…」

「はい。そしてそのソケットに、『サポートジェム』と呼ばれる特殊な補助効果を持つジェムを、はめ込むことができる。さらに、ソケット同士が『リンク』**と呼ばれる光の線で繋がっていると…」

 彼女はそこで、一度言葉を区切ると、隼人の目を真っ直ぐに見つめた。

「メインのスキルはサポートジェムの効果を受け、その性質を根底から変質させるんです」


「あの魔法使いは、ただの【火の玉】のスキルジェムに、まず**【多重投射】というサポートを付けて、一度に放つ火の玉の数を増やしました」

「次に、【分裂】と【連鎖】のサポートで、着弾した火の玉がさらに分裂し、別の敵へと連鎖するように改造した」

「そして仕上げに、【追尾】**のサポートで、分裂した全ての火の玉が敵を自動的に追いかけるように設定したんです」

「一つ一つのサポートの効果は、もしかしたら小さな変化かもしれません。ですが、それらがリンクで複雑に掛け合わされた時…」

 彼女の声に、熱がこもる。

「スキルは、その威力と効果を足し算ではなく、掛け算…いいえ、指数関数的に増大させていくんです。これこそが、探索者が高みに登るためのもう一つの、そして最も重要な強化システムなんですよ」


 隼人は、そのあまりにも深く、そして悪魔的なまでに魅力的なシステムの全貌を、ようやく理解した。

 パッシブツリーが、自分自身の基礎能力を底上げするための「土台」だとするならば。

 このスキルジェムとサポートジェムの組み合わせは、その土台の上に、どんな兵器を、どんな要塞を構築するかという、「戦術」そのもの。

 彼の脳内で、無限のコンボの可能性が火花を散らし始めた。

 俺がさっき手に入れた【ヘビーストライク】に、【範囲攻撃】のサポートを付けたら?

【パリィ】に、【カウンター攻撃威力増加】のサポートを付けたら?

 そして何よりも、俺の唯一の切り札である【パワーアタック】に、もし複数のサポートジェムをリンクさせることができたなら…?


 雫はそんな彼の思考の海を見透かしたように、最後の、そして最も重要な事実を告げた。

「もちろん、高レベルの探索者とJOKERさんのような新人探索者との間には、まだ大きな差があります。彼らが使うスキルジェムは、ソケットの数も、リンクの数も、そしてジェムそのものの**『クオリティ』も、全く違いますから」

「…クオリティ?」

「ええ。ですが、それはまた別の機会にお話ししましょう」

 彼女は、優しく微笑んだ。

「今はただ、これだけ覚えておいてください。探索者のランクがE級、D級と上がっていくほど、ダンジョンに出現する敵の密度も、そして一体一体の強さ**も、今のF級とは比較にならないほど跳ね上がります。その数の暴力と、質の暴力に対抗するためには、このサポートスキルによるスキルの拡張は、絶対に必要不可欠なんです」


 その言葉は、隼人の心に深く、そして重く刻み込まれた。

 それは、彼が次に目指すべき新たな「高み」を、明確に指し示す道標となった。


 神崎隼人は、雫からのあまりにも濃密な情報のシャワーを浴びて、しばらくの間ソファに深く身を沈めていた。

 彼の頭の中は、興奮と、そしてわずかなめまいのような感覚でいっぱいだった。

 パッシブスキルツリーという、無限の育成の宇宙。

 そして、スキルジェムとサポートジェムが織りなす、無限の戦術の組み合わせ。

 彼は、この「ダンジョン」というゲームのそのあまりにも深遠な奥深さに、改めて戦慄し、そして心の底から歓喜していた。


「なるほどな…」

 彼の口から、感嘆と納得の溜息が漏れる。

「最高の防御力と、最低の継戦能力か。また、面白いカードが配られたもんだ」

 彼は、首にかけた【清純の元素】にそっと触れた。

 この、強力すぎるオーラがもたらすMP予約問題。

 この難解なパズルを、どう解くか。

 この強力すぎる力を、どう自らのデッキに組み込むか。

 彼のギャンブラーとしての、そしてゲーマーとしての探求心に、再び強く火がついた瞬間だった。


 もはや、この場所に長居は無用だった。

 やるべきことが、山のようにある。

 彼は立ち上がると、彼の最初の、そしておそらくは最高のナビゲーターとなってくれた目の前の女性に、静かに頭を下げた。

「…助かった。あんたのおかげで、次に何をすべきか見えてきた」

「いいえ。私にできるのは、ここまでです。その先、どの道を選び、どう戦っていくのかは、全てJOKERさん、あなた自身が決めることですから」

 雫はそう言って、最高の励ましの笑顔を彼に向けた。

「次の配信も、楽しみにしていますね」


 隼人は、その笑顔に何か言葉を返そうとして、しかし、結局何も言えずに、ただぶっきらぼうに背を向けた。

 換金所を出て、再び西新宿の雑踏の中へ。

 彼の頭の中は、新たな二つの巨大な目標でいっぱいだった。

 一つは、自らのパッシブツリーの最初の一歩を踏み出すこと。

 もう一つは、このスキルジェムとサポートジェムという新たな「力」を、手に入れること。

 そのために必要なのは、やはり「軍資金」と、そしてより多くの「情報」。


 広大な静寂を取り戻したゴブリンの巣に、一人佇んでいたあの時のように。

 彼の前には今、新たな力と、新たな課題、そして無限の可能性が広がっていた。


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