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第224話

 日付:X月X日(金曜日)


 東京の空は、厚い梅雨雲に覆われ、じっとりとした湿気が街全体を支配していた。

 だが、日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』の内部は、その陰鬱な天候が嘘のように、乾いた、そしてどこまでも張り詰めた熱気に包まれていた。

 全ての探索者の視線は、ただ一つのスレッドに注がれている。


【SeekerNet 掲示板 - A級探索者専用フォーラム】


 スレッドタイトル: 【戦争勃発】オーディン vs 青龍 天測の神域タイムアタック対決!【眠れない夜】 Part.5


 A級上位ダンジョン【天測(てんそく)神域(しんいき)】。

 その攻略記録を巡る、北欧の神々の軍勢【オーディン】と、中華の赤い龍【青龍】の熾烈な戦い。

 昨日、青龍が叩き出した「10分05秒」という驚異的な記録。

 それは、オーディンが築き上げた完璧な戦術を完全に模倣し、そして、わずかな装備の差で上回ってみせた、あまりにも無慈悲な「回答」だった。

 この、あまりにも劇的な展開に、スレッドは夜通し、その勢いを衰えさせることなく燃え上がり続けていた。


 851: 名無しのA級魔術師

 …やばい。一睡もできなかった。

 オーディンが記録を出した時、俺は「これで決まりだ」と思った。

 あの完璧な連携、あの圧倒的な火力。あれを上回るなんて、不可能だと。

 だが、青龍はそれをやった。

 それも、たった数時間で。

 奴らは、一体どうなってるんだ…。


 855: 名無しのA級盗賊


 851

 気持ちは分かる。

 俺も、昨日の夜からずっと、両者の戦闘ログをリピート再生してる。

 何度見ても、信じられん。

 青龍の動きは、オーディンのそれと、完全に一致している。

 寸分の狂いもない。

 まるで、完璧な鏡写しだ。

 だが、その一撃一撃の威力が、わずかに上回っている。

 あの、装備の差か…。


 862: 名無しのビルド考察家


 855

 ああ、間違いない。

 青龍の主力アタッカー三人が使っていたワンド。あれは、間違いなく最新のユニーク【星屑(ほしくず)詠唱者(えいしょうしゃ)】だ。

 オーディンの連中が使っていた、ただの神レアのワンドとは、基礎ダメージも、スペルダメージの補正値も格が違う。

 あの、わずかな差。

 それが、10秒という決定的な差を生み出したんだ。


 868: 元ギルドマン@戦士一筋


 862

 その通りだ。

 これが、物量と資金力の差だ。

 オーディンは、確かに天才的な戦術家集団だ。新たなメタを創造する、その独創性は素晴らしい。

 だが、青龍はその「答え」を金で買い、そして数で圧倒する。

 あまりにも、対照的。

 そして、あまりにも厄介な相手だ。


 スレッドは、そんな冷静な分析と、そしてこれから始まるであろう次なる戦いへの期待感で、溢れていた。

 誰もが、固唾を飲んで待っていた。

 北欧の神々が、この屈辱的な敗北にどう「回答」するのかを。

 そして、その「回答」は、日の出と共に、世界へと示されることになる。


 日付:X月X日(金曜日)午前7時


 スレッドに、一つの絶叫が投下された。


 901: 名無しの国際ウォッチャー

 きたああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!

 オーディンだ!オーディンが、やったぞ!!!!!!!!!!!


 その、あまりにも興奮しきった書き込み。

 それに、スレッドが一瞬で爆発した。

『マジかよ!』『早すぎるだろ!』『タイムは!?タイムはどうなんだ!』

 その問いかけに、答えるかのように。

 ウォッチャーは、震える指で一枚のスクリーンショットをアップロードした。

 そこに表示されていたのは、もはや人間の理解を超えた、神々の領域の数字だった。


【【天測の神域】攻略完了】

【クリアタイム:9分58秒】


 ここから、熾烈(しれつ)なタイムアタック合戦(がっせん)(はじ)まる。

【オーディン】と【青龍】が、(たが)いの記録(きろく)数秒(すうびょう)単位(たんい)更新(こうしん)()う、一進一退(いっしんいったい)攻防(こうぼう)

 10分の壁が、ついに破られた。

 それは、この世界の探索の歴史が、新たなステージへと突入したことを告げる、鐘の音だった。


『うおおおおおお!9分台!』

『ついに、破りやがった!』

『どうやったんだ!?一体、何を変えたんだ!?』


 スレッドが、解析班たちの神がかった分析で、埋め尽くされていく。


 925: ハクスラ廃人

 …ログ、見たぞ。

 こいつら、ヤバい。

 戦術の、根幹から変えてきやがった。

 昨日の、青龍のコピー戦術。あれを、さらにメタってきやがったんだ。


 931: ベテランシーカ―

 ええ、その通りです。

 オーディンの、今回の変更点。それは、大きく分けて二つ。

 まず一つ目。パーティ構成の、変更です。

 昨日までの、タンク一人、アタッカー五人という超攻撃的な布陣ではない。

 彼らは、アタッカーの一人を外し、代わりに一人の「サポーター」を加えてきました。

 それも、ただのサポーターではない。

「オーラ」と「呪い」に特化した、専門家です。


 938: 名無しのビルド考察家


 931

 マジかよ…。

 この、DPSチェックの塊みたいなダンジョンで、火力を一人減らすだと…?

 正気か、オーディン…。

 いや、待てよ。

 まさか…。


 945: ベテランシーカ―


 938

 ええ、ご明察。

 そのサポーターが展開したのは、たった一つの、しかしあまりにも強力な呪い。

元素(げんそ)脆弱性(ぜいじゃくせい)】。

 敵の全ての元素耐性を大幅に引き下げる、最上位の呪詛です。

 これにより、残された四人のアタッカーの火力は、昨日までの五人のそれを、遥かに上回ることになった。

 彼らは、一人を犠牲にすることで、パーティ全体の火力を1.5倍以上に引き上げたのです。


 その、あまりにもクレバーで、そして美しい戦術の転換。

 それに、スレッドは感嘆の声を上げた。

 だが、本当の衝撃は、ここからだった。


 952: ハクスラ廃人

 それだけじゃねえ!

 二つ目の変更点!

 こっちの方が、ヤバい!

 奴ら、フラスコを変えてきやがった!

 見てみろ、このログを!

 全員が、これまで使ってなかった一つのユニークフラスコを、一斉に使ってる!

賢者(けんじゃ)フラスコ(フラスコ)】だ!


 賢者のフラスコ。

 その名前に、スレッドがどよめいた。

 それは、トップランカーの間で、そのピーキーすぎる性能故に、誰もが敬遠していた禁断の霊薬だった。


 960: 元ギルドマン@戦士一筋

 …なるほどな。

 ついに、あれに手を出したか、オーディンは。

【賢者のフラスコ】。

 その効果は、術者が作り出した「聖なる地面」の上にいる限り、敵が受けるダメージを増加させ、さらに術者のクリティカル率を爆発的に引き上げる。

 だが、その代償として、その聖なる地面は、敵にも味方にも、無差別にHPの自動回復効果を与えてしまう。

 諸刃の、剣。

 これまで、そのデメリットを嫌って、誰もが使うのを躊躇してきた。

 だが、オーディンはそれを逆手に取った。

 この【天測の神域】では、敵のHPを上回るだけの圧倒的な火力を叩き込めば、敵のHP回復など、誤差の範囲でしかないと。

 彼らは、その全てを計算し尽くした上で、この禁断のカードを切ってきたのだ。


 その、あまりにも大胆不敵な、そしてどこまでも緻密なギャンブル。

 それに、スレッドの全ての探索者が戦慄した。

 これこそが、世界の頂点。

 これこそが、神々の戦い。


 世界のトップランカーたちが、その()てる(すべ)ての技術(ぎじゅつ)知識(ちしき)(そそ)()み、0.1(びょう)(けず)()すための、壮絶(そうぜつ)(たたか)いを()(ひろ)げる。

 SeekerNetの専門スレッドでは、両ギルドのビルドや立ち回りを分析する、マニアックな議論が白熱する。

 この時点で、世界の探索者たちは、これがただの記録更新ではなく、ギルドの威信を賭けた「代理戦争」であることに、気づき始めていた。


 だが、そのオーディンの、神がかった一撃。

 それに、中華の赤い龍が、沈黙するはずもなかった。

 オーディンの新記録が樹立されてから、わずか2時間後。

 スレッドに、再びあの絶望の速報が投下された。


 1051: 名無しの国際ウォッチャー

 …終わった。

 何もかも、終わった。

 青龍が、やった。

 もう、笑うしかねえ。


【【天測の神域】攻略完了】

【クリアタイム:9分55秒】


 オーディンの記録を、さらに3秒更新。

 その、あまりにも無慈悲な結果。

 それに、スレッドはもはや、言葉を失っていた。

 そして、その戦闘ログを解析したハクスラ廃人が、震える声で、その事実を書き込んだ。


 1088: ハクスラ廃人

 …嘘だろ。

 おい、嘘だと、言ってくれ。

 青龍の、今回のパーティ構成。

 タンク一人、アタッカー四人、そして、サポーター一人。

 使用している、フラスコ。

【賢者のフラスコ】。

 …こいつら、オーディンのあの神がかった新戦術を、たった2時間で、完全にコピーしてきやがった…。


 その、あまりにも恐ろしい、そして常軌を逸した模倣の速度。

 それに、スレッドの全ての住人が、本当の意味での「恐怖」を、感じていた。

 これこそが、中国という国家が持つ、本当の力。

 個の天才ではなく、組織という名の、巨大な怪物。



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