第218話
彼は、情報の海…日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』へと、その意識をダイブさせた。
彼の戦場は、今、ダンジョンではない。
この、情報の海。
そこで彼は、自らの渇望を満たすための、一手を探すことを決意した。
彼が向かったのは、もはや彼の第二の故郷とも言える場所。
『ネクロマンサー総合スレ Part. 32』。
そこは、彼と同じように死者の軍団を率いることに魅了された、同胞たちの熱狂と、そして悩みが渦巻く場所だった。
彼は、検索窓に、自らの魂の叫びを、そのまま打ち込んだ。
『ミニオンが敵を倒してる間、何をしたら良いの?』
エンターキーを押すと、彼の目の前に、一つの巨大なまとめスレッドが、姿を現した。
そのタイトルは、彼と同じ悩みを抱える、全ての若き指揮官たちへの、道標となるものだった。
『【脱・傍観者】指揮官の仕事:ミニオン戦闘中の、あなたの「最適解」』
彼は、そのスレッドを、食い入るように読み進めていく。
そして、そこに記されていたのは、彼の全ての疑問を一瞬で解決する、あまりにもクレバーで、そして美しい「回答」だった。
1: ギルド公認アドバイザー
若き指揮官たちへ。
君たちの多くが、今、一つの壁にぶつかっていることだろう。
「ミニオンは強い。だが、俺自身は、ただ後ろで見ているだけで、本当にいいのだろうか?」と。
その問いに、まず答えよう。
「否」だ。
良い質問です。
指揮官の仕事は、ただミニオンを召喚し、突撃させることではない。
戦場を常に監視し、的確なサポートを行い、そして自らの軍団の勝利を、確実なものとすること。
それこそが、真の指揮官の役割だ。
では、具体的に何をすべきか。
答えは、大きく分けて三つある。
一つ目。それは、脆弱の呪いや火の矢でサポートです。
敵の防御力を下げる【脆弱の呪い】。あるいは、追加のダメージを与える【火の矢】のような、直接的な攻撃スペル。これらで、ミニオンの火力を、常に底上げしてやること。これは、基本中の基本だ。
二つ目。これは、少し上級者向けになる。
それは、「ポジショニング」だ。
ミニオンを、どこに配置し、どう動かすか。
敵の攻撃を引き付ける「壁」役のゾンビ。
その壁を回り込み、後衛を叩く「遊撃」役のスケルトン。
その全てを、君自身が、リアルタイムで指揮するんだ。
それには、戦場全体を俯瞰する、広い視野が必要になる。
そして、三つ目。
これこそが、君たちを「傍観者」から、本当の「指揮官」へと、変えるための、最後の鍵だ。
その名は…
「――フレッシュオファリング」
その、聞き慣れない単語。
「他は分かるけど、フレッシュオファリングって何?」
隼人は、思わず呟いた。
その彼の疑問に答えるかのように、スレッドの議論は続いていた。
投稿主は、あのS級ネクロマンサー、『骸の女王』だった。
彼女は、まるでこの質問を待っていましたとばかりに、その詳細な解説を始めた。
骸の女王:
…あら。ようやく、そこに気づいたのね、愚かな子羊たち。
いいでしょう。この私が、直々に教えてあげるわ。
フレッシュオファリングとは、死体を消費して発動出来る、ミニオンサポート用スペルです。
その効果は、絶対的。
その内容は、これよ。
彼女は、そう言うと、一つのスキルジェムの詳細な情報を、スレッドに貼り付けた。
そのあまりにも丁寧な、しかしどこか見下したような口調。
それに、隼人は苦笑した。
(…相変わらず、女王様だな、あの人は)
「フレッシュオファリング
ミニオン, スペル, 持続時間
レベル: (1–20)
コスト: (16–33) MP
キャストタイム: 1.00 秒
要求 レベル (12–70), (33–155) 知性
死体を消費することで、使用者のミニオンに敏捷さを付与する。このスキルは周囲の他の死体も消費し、消費された死体ごとに持続時間が増える。
基礎持続時間は5秒
消費する死体が1体増えるごとに基礎持続時間が1秒追加される
ミニオンにアタックスピード(20–30)%増加を付与する
ミニオンにキャストスピード(20–30)%増加を付与する
ミニオンに移動スピード(20–29)%増加を付与する
品質による追加の効果:
オファリングの効果が(0–10)%増加する」
そのあまりにも、強力な効果。
隼人は、息を呑んだ。
速度、速度、そして速度。
ミニオンの、全ての行動を、神速の領域へと引き上げる、究極のバフスキル。
骸の女王:
まあ、ようはバフスペルですね。初期レベルで20%の攻撃速度と移動スピードを提供してくれるので、かなり便利です。
これがあるだけで、あなたたちの、のろまなゾンビ軍団は、まるで盗賊のように、戦場を駆け巡ることができるようになる。
その殲滅速度は、倍、いや三倍以上に跳ね上がるでしょうね。
だが、もちろん、うまい話には裏がある。
欠点は、死体がないと使えない事ですが、
そう。
このスキルを発動させるためには、敵の「死体」が、必要不可欠なのだ。
つまり、戦闘の序盤、まだ一体も敵を倒していない状況では、この強力なバフは、ただの死にスキルと化す。
骸の女王:
死体を生成するスペル、デセクレートがレベル16から解禁されます。
これを使えば、いつでもどこでも、死体を意図的に作り出すことができる。
だが、今のあなたたちには、まだ早い。
それまでは、敵を倒して死体を作り、さらに加速させるために使いましょう。
つまり、こういうことだ。
最初の、一体を倒す。
その死体を、供物として捧げる。
そして、フレッシュオファリングを発動させ、加速した軍団で、次の敵を、さらに速く、蹂躙する。
そして、その死体を、また次の供物とする。
死の、連鎖。
殺戮の、スノーボール。
その、あまりにも美しく、そしてどこまでも効率的な、戦闘サイクル。
なるほど、と隼人は思う。ネクロマンサーは、後ろでのんびり見てる印象があったが、意外とやることが多いよな。マイクロマネジメントが、大事なんだな、と彼は思った。
彼は、そのあまりにも完成された、そしてどこまでもギャンブラー心をくすぐる戦術に、心の底から興奮していた。
これだ。
これこそが、俺が求めていた、本当の指揮官の戦い方だ。
彼は、もはや一秒たりとも、待つことはできなかった。
勝負のテーブルで、必勝のカードが見えた。
ここで張らないギャンブル狂は、いない。
彼は、その場でSeekerNetのマーケットへとアクセスした。
そして、検索窓に、打ち込んだ。
『フレッシュオファリング スキルジェム』
彼の、新たな人生を、さらに加速させるための、最後のピース。
その、あまりにも甘美な響き。
彼の、新たなギャンブルの幕が、今、確かに上がったのだ。