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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
F級編

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第22話

 静寂が戻った、ゴブリンの巣。神崎隼人は、満身創痍の体で勝利の余韻に浸っていた。彼の目の前には、先ほどの死闘で得た、あまりにも大きな「配当」が静かな光を放っている。


 彼は改めて、最後に手に入れたユニークな首飾り【清純の元素ピュア・エレメント】を、その手に取った。ARシステムが、その詳細な性能を彼の網膜に投影する。


 ====================================

 アイテム名: 清純の元素ピュア・エレメント

 種別: 首輪

 レアリティ: ユニーク

 効果:


 全属性耐性 +5%


 最大HP +40


 このアイテムに、Lv10の【元素の盾】スキルが付与される。


【元素の盾】: 発動すると、使用者と周囲の味方の火、氷、雷属性耐性を+26%するオーラ。このオーラを維持するためには、最大MPの50%を常に「予約」する必要がある。

「…なるほどな」

 隼人はその詳細な性能を読み解き、改めてこのアイテムの持つ異常なまでの価値と、そして極めて扱いの難しい「癖」を、正確に理解した。

 首飾り自体が持つ、ささやかながらも確実な全耐性+5%と、HP+40の基礎能力。これはそれだけでも、彼の生存率を確実に底上げしてくれる、ありがたい効果だ。

 だが、このアイテムの本質はそこではない。

 付与されるLv10のオーラスキル【元素の盾】。これこそが、この首飾りが「神アイテム」と呼ばれる所以。

 隼人は、迷わなかった。

 彼は、これまで首につけていたアメ横で手に入れたガラクタ…【獣の牙の首輪】を外すと、代わりにこの【清純の元素】をその首へと静かにかけた。

 ひんやりとした革紐の感触と、胸元で血のように赤い宝石が、彼の心臓の鼓動と共鳴するように、ドクンと一度だけ強く脈打った。

 その瞬間、彼のステータスに確かな変化が訪れる。


 HP: 210/210 -> 250/250

 全属性耐性: (火+5%, 氷+4%, 雷+3%) -> (火+10%, 氷+9%, 雷+8%)


 ただ装備しただけで、この上昇率。

 だが、本当の力はまだ眠ったままだ。

「…試してみるか」

 彼は覚悟を決め、スキルウィンドウを開き、新たに追加された【元素の盾】のアイコンを、脳内でアクティブにした。

 その瞬間。

 彼の全身から、青白い半透明の光のオーラが、ふわりと立ち昇った。それはまるで、彼を守る第二の皮膚のように、その体を優しく、しかし力強く包み込んでいく。

 そして彼のステータスウィンドウに、劇的な変化が訪れた。


 全属性耐性: (火+10%, 氷+9%, 雷+8%) -> (火+36%, 氷+35%, 雷+34%)

 MP: 50/50 -> 25/50 (予約済み: 25)


 神の護り。

【万象の守り】と合わせれば、彼の全属性耐性はもはや60%を超える。F級ダンジョンどころか、並のC級、B級ダンジョンの属性ペナルティすら、完全に無視できるほどの鉄壁の防御力。

 だが、その代償はあまりにも大きい。

 彼のMPバーは、その半分が鈍い灰色に塗りつぶされ、「予約済み」という忌々しい文字が、その領域を支配していた。

 使用可能なMPは、わずか「25」。

【パワーアタック】の消費MPは10。つまり、あと2回しか彼の切り札は使えない。

「…はっ、面白い」

 隼人はその究極のトレードオフを前に、むしろ楽しそうに笑みを浮かべた。

 このあまりにもピーキーな力を、どう乗りこなすか。

 新たな、そして最高のパズルが、彼に与えられたのだ。




 もはや、このダンジョンに用はない。

 隼人はオーラを纏ったまま、その圧倒的な防御力に守られている安心感を確かめるように、ゆっくりとダンジョンの入り口へと歩き出した。

 道中、数体のゴブリンに遭遇したが、もはや彼の敵ではなかった。

 オーラを纏った彼の前では、ゴブリンたちの粗末な攻撃は、ほとんどダメージとして認識されることすらなかった。彼はただMPを温存するために、長剣の一振りだけで、淡々とそれらを処理していく。


 数時間ぶりに、外の光を浴びる。

 彼はダンジョンの入り口で、一度だけ振り返った。

 自らが死闘を繰り広げ、そして勝利を掴んだ、最初の戦場。

「…また、世話になるぜ」

 彼は、誰に言うでもなくそう呟くと、踵を返し帰路についた。


 彼がまず、考えたこと。

 それは、手に入れた二つの大きな「資産」の使い道だった。

 一つは、この【清純の元素】という新たな「力」。

 そしてもう一つは、懐で確かな重みを主張する、【ゴブリン・シャーマンの大魔石】という「現金」への引換券。

【清純の元素】のMP予約問題。これを解決するためには、何が必要か。

 MPの最大値を上げる装備か。MP回復薬か。あるいは、あのSeekerNetの最深部で語られていた、「予約効率」という雲の上の概念か。

 いずれにせよ、それらを手に入れるためには、「軍資金」が必要不可欠だ。

 彼の結論は、早かった。

【ゴブリン・シャーマンの大魔石】は、売る。

 今の自分には、高レベルのクラフト素材など宝の持ち腐れだ。それよりも、確実な現金。次の勝利への、投資資金。それこそが、今の彼が最も必要としているもの。

 彼は迷いなく、足先を新宿へと向けた。

 あの清潔で、どこか息苦しいが、しかし最も信頼できるあの場所へ。


 翌日。

 隼人は再び、西新宿の超高層ビル…『関東探索者統括ギルド公認 新宿第一換金所』の前に立っていた。

 前回訪れた時のような、場違いな感覚や漠然とした恐怖は、もうない。

 今の彼は、確かな「成果」を手に、正当な「対価」を受け取りに来た、一人のプロの探索者だった。

 彼は、堂々とした足取りでガラス張りの自動ドアをくぐった。


 ロビーは相変わらず、静かで洗練された空気に満ちている。

 彼は、空いているカウンターへと向かう。

 そしてそこにいたのは、彼の予想通りの人物だった。

「いらっしゃいませ。本日は…」

 艶やかな栗色の髪。大きな、知的な瞳。そして、見る者を安心させる温かな笑顔。

 水瀬雫が、そこにいた。

 彼女は隼人の姿を認めると、その大きな瞳をほんの少しだけ見開いた。そしてプロフェッショナルの笑顔の中に、隠しきれない親愛の情を滲ませた。

「JOKERさん!お待ちしておりました」

 その、まるで旧知の友を迎えるかのような自然な挨拶に、隼人は少しだけ面食らった。

「…待ってた?」

「はい!昨日の配信、もちろんリアルタイムで拝見していましたから!まさか本当に、あの日の宣言した通りにゴブリン・シャーマンを討伐してしまうなんて…!」

 雫は、カウンターから身を乗り出すようにして、その興奮を隠そうともしなかった。その瞳は、もはやただのファンではない。彼の無謀な挑戦の勝利を、自分のことのように喜ぶ共犯者のそれだった。

「本当にすごかったです!最後、デバフで動きを封じられた時は、もう心臓が止まるかと思いましたけど…そこからの逆転劇!鳥肌が、止まりませんでした!」

 彼女のそのあまりにもストレートな賞賛に、隼人はどう反応していいか分からず、ただ黙ってポケットから一つの魔石を取り出し、カウンターのトレイの上に置いた。

「…これの、換金を」

 彼がそう言うと、雫ははっと我に返り、慌てて受付嬢の顔に戻った。

「も、申し訳ありません!つい、興奮してしまって…。こちら、鑑定させていただきますね」

 彼女は手慣れた様子で、その巨大な魔石を鑑定用の機械へと乗せる。

 鑑定が開始される。その、わずかな時間。

 雫は再び声を潜めて、隼人に話しかけた。

「でも、本当に信じられません。探索者登録をしてまだたったの二日で、F級ダンジョンのボスをソロで討伐してしまうなんて…。ギルドの記録を調べても、そんな前例どこにもありませんでしたよ。JOKERさん、あなたは本当に歴史を作る方なんですね」

 彼女の、その心からの尊敬の眼差し。

 それが、隼人のポーカーフェイスをわずかに揺るがした。

 彼はその視線から逃れるように、ぶっきらぼうに答える。

「…運が良かっただけだ」

「ふふっ、ご謙遜を」

 雫は、楽しそうに笑った。

 その時、鑑定の終了を告げる電子音が鳴り響く。

 雫がモニターを確認し、そしてその金額を読み上げた。

「お待たせいたしました。【ゴブリン・シャーマンの大魔石】、鑑定結果出ました。買い取り価格、五万円丁度になります」


 五万円。

 その、確かな数字。

 隼人は、その言葉を静かに噛みしめた。

 雫が慣れた手つきで現金を用意し、封筒に入れて彼に差し出す。

「こちら、ご確認ください」

 隼人は、その封筒を無言で受け取った。

 指先に伝わる、紙幣の確かな厚み。

 前回の三万二千円と合わせて、八万二千円。

 たった二日間で、彼が自らの力で稼ぎ出した金額。

 それは、妹・美咲の一ヶ月分の薬代に、匹敵する額だった。

 彼の口元に、自然と笑みが浮かんでいた。

 それは、配信者「JOKOER」の不敵な笑みではない。

 ただの神崎隼人としての、隠しきれない嬉しさが滲み出た、素直な青年の笑顔だった。


 雫は、そんな彼の初めて見る年相応の笑顔に、思わずドキリとした。

 そして彼女もまた、つられるように心の底からの優しい笑みを浮かべた。

「本当におめでとうございます。そのお金で、また装備を整えるんですか?」

「ああ、まあな」

 隼人は、少しだけ照れくさそうに答えた。

「手に入れた新しいオモチャが、ちっと燃費が悪くてな。そいつをどうにかするための、軍資金だ」

「新しいオモチャ…?あ!もしかして、【清純の元素】ですか!?」

 雫の目が、再びキラキラと輝き始める。

「あれは、本当に素晴らしいアイテムです!でも、MP予約は本当に悩ましいですよね…。もしよろしければ、私、少しだけビルドの相談に乗れますけど…」

 彼女の、その思わぬ提案。

 それは隼人にとって、まさに渡りに船だった。

 彼は初めて、自らの意思で目の前のこの信頼できる「仲間」に、助けを求めることを決意した。


「…なら、少しだけ付き合ってもらうか」


 彼のその言葉から、二人の新たな関係が、そして隼人の次なる成長の物語が、始まろうとしていた。

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― 新着の感想 ―
なるほど、今までも違和感感じてたけど、火と氷と雷で全属性なのか。なんか新鮮。
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