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第194話

 運命の日。

 神崎隼人――“JOKER”は、ギルドが用意したプライバシーガラスが深くスモークされた、高級な黒塗りのハイヤーでテレビ局の楽屋へと送り込まれた。車窓から流れる東京の風景は、いつもと何も変わらないはずなのに、今の彼にはどこか非現実的な、まるでモニター越しに見ているかのような奇妙な感覚があった。

 彼がゲストとして招かれたのは、日本で最も視聴率の高いワイドショー番組、『ライブ!ダンジョン24』。

 スタジオの華やかで、そしてどこか薄っぺらい空気に、彼は心の底からうんざりしていた。だが、これは仕事だ。いや、彼にとっては最高の「アメ」がぶら下げられた、極上のギャンブルのテーブル。彼は、プロのギャンブラーとして、このテーブルで最高のパフォーマンスを演じることを決意していた。


 楽屋の鏡に映る自分の姿。

 スタイリストによって無理やり着せられた、高級な黒のジャケット。いつもは無造作に跳ねている髪も、ワックスで綺麗に整えられている。そのあまりにも「ちゃんとした」自分の姿に、彼は居心地の悪さを感じていた。


「…似合わねえな」


 彼は、悪態をついた。

 やがてスタッフに呼ばれ、彼はスタジオの巨大なセットの裏側へと向かう。

 生放送開始5秒前。4、3、2、1…。

 けたたましいファンファーレと共に、本番の赤いランプが灯る。

 司会の高島玲奈が、満面の、しかしプロフェッショナルの完璧な笑顔で彼を紹介した。


「さあ、本日のスペシャルゲストをご紹介します!彗星の如く現れ、わずか数ヶ月でA級へと上り詰めた、今、最も注目を集める謎の探索者!そのプレイスタイルは、まさに神出鬼没の道化師!“JOKER”さんです!」


 スタジオが、万雷の拍手と歓声に包まれる。

 JOKERは、その熱狂を気だるそうに、しかしどこか冷徹な目で見つめていた。

 高島玲奈は、この謎多きトップランカーの素顔を暴こうと、その滑らかな口調で次々と鋭い質問を投げかけていく。


「JOKERさん、ようこそお越しくださいました!まずは、単刀直入にお伺いします。あなたのその圧倒的な強さの秘密は、一体どこにあるのでしょうか?巷では、あなたのユニークスキル【運命の天秤】が、奇跡的な幸運をもたらしているからだと噂されていますが…」


 その核心を突く質問。

 それに、JOKERはふっと息を吐き出した。

 そして彼は、ARカメラの向こうにいる何十万という視聴者たちに、そしてこの世界の全てのプレイヤーに語りかけるように言った。

 その声は静かだったが、その奥には揺るぎない信念が宿っていた。


「…さあな。スキルで運が良いのか、俺自身が元々運が良いからこのスキルが来たのか。それは、俺にも分からん」


 スタジオが、わずかにざわつく。

 彼は、続けた。


「だがな、一つだけ言えることがある。運なんてのはな、所詮テーブルに配られる最初のカードでしかねえんだよ。どんなに良い手札が配られたって、それを使いこなすスキルと、そして何よりもその勝負に全てを賭ける度胸がなけりゃ、意味がねえ。ギャンブルもダンジョンも、同じだ」

「**だからと言って、自信がない奴から裏の世界では退場する。**臆病な犬ほど、よく吠える。だが、本当に強い奴は吠えねえ。ただ静かに、相手の喉笛を噛み切るだけだ。自信と過信は、違う。だが、自分を信じられない奴が、どうして他人を、そして運命を信じることができる?」


 そのあまりにも本質的な、そしてどこまでも彼らしい哲学。

 それに高島玲奈は、感心したように深く頷いた。


「なるほど…。では、その卓越したプレイヤースキルと、その揺るぎない自信は、一体どこで培われたのですか?あなたの過去は、ほとんど謎に包まれていますが…」


「…ギャンブルと同じだ。テーブルの上では、常に死と隣り合わせだ。一回の判断ミスが、全てを失うことに繋がる。そのヒリつくような緊張感の中で、俺は全てを学んだ。敵の動き、癖、そしてその心の揺らぎ。その全てを読み切り、その裏をかく。そして最後に、生き残った奴が強い。ただ、それだけだ」


 彼は、そこで一度言葉を切った。

 そして彼は、この番組の本当の「視聴者」…つまり彼に憧れ、そしてこの世界に足を踏み入れようとしている無数の若者たちへと、その言葉を向けた。


「お前ら新人たちに言いたいのは、それだけだ。**敵を恐れても良い。だが、その恐怖に飲み込まれるな。冷静に、それを制御しろ。そして、観察しろ。**敵の全てを、その動きの一瞬一瞬を、脳裏に焼き付けろ。それこそが、お前の生還に繋がる唯一の道だ」


 そのあまりにも実践的で、そしてどこまでも優しい先輩からの言葉。

 それに、スタジオの空気が少しだけ温かいものへと変わった。

 高島玲奈は、彼のその意外な一面に少しだけ驚きながらも、さらに彼の内面へと深く切り込んでいく。


「その絶対的な自信。それは、ご自身を天才だとお思いだからということでしょうか?」


 その少しだけ意地悪な質問。

 それにJOKERは、初めて心の底から楽しそうに笑った。

 その笑みは不遜で、傲慢で、しかしどこまでも魅力的だった。


「ああ、そうだ」

 彼は、きっぱりと言い切った。

「俺は、自分が天才で、天上天下唯我独尊のギャンブラーだと信じてる」


 スタジオが、どよめいた。

 そのあまりにも不遜な自己肯定。

 だが彼は、続けた。その瞳には、深い哲学的な光が宿っていた。


「だがな、お前ら勘違いするな。その言葉の本当の意味を、知ってるか?」

「この言葉は、『この世で自分だけが偉い』と勘違いされてるが、元々の仏教の意味では、『この世に生まれた全ての人間は、誰とも代わることのできない唯一無二の存在であり、そのままの命が尊い』という意味だ」

「だから、自信を持て。俺だけじゃねえ。お前らも、そうだ。**みんな、自分の人生の主人公なんだ。**そして、俺たちみてえな知性体のユニークな点は、恐れず前を向き、進み続ける事だ」


 そのあまりにも予想外の、そしてどこまでも深い彼の思想。

 それに、スタジオの誰もが言葉を失い、ただ聞き入っていた。

 高島玲奈は、そのJOKERという男の底知れない器の大きさに、もはや戦慄すら覚えていた。

 そして彼女は、この対談の最後の、そして最大の切り札を切る。


「…素晴らしいお言葉です。ですが、JOKERさん。そんなあなたですら、最初に憧れた存在がいたという噂があります。巷では、こんな噂があります。JOKERさんが冒険者を目指したきっかけは、ある一人の英雄への『憧れ』だったのではないかと。…“雷帝”神宮寺猛選手。あなたにとって、彼はどのような存在なのですか?」


 そのあまりにも直球な質問。

 それに、JOKERの完璧だったはずのポーカーフェイスが、初めて明確に崩れ落ちた。

 彼の眠たげな切れ長の瞳が、わずかに見開かれる。

 そして彼は、照れくさそうに、そしてどこかぶっきらぼうに、あの時と同じように答えるのです。


「…ファンじゃねーよ。だが…」


 彼がそう言いかけた、その瞬間。

 スタジオの巨大なモニターに、一つの映像が映し出されます。

 それは、ギルドが保管していた10年前の古いニュース映像でした。

 ダンジョンが出現し、世界が混乱に陥っていたあの日。

 瓦礫の山と化した新宿の街で、一体の巨大なモンスターをたった一人で、その雷の剣で打ち破る、若き日の神宮寺猛の姿。

 その圧倒的な希望の光。

 そして、その英雄の姿を瓦礫の陰からただ呆然と見つめている、一人の幼い少年の後ろ姿がそこに映っていました。

 そのあまりにも小さな、そして孤独な背中。


 その映像に、スタジオが、そして日本中が息を呑みます。

 高島アナが、驚きと確信に満ちた声で言います。

「JOKERさん…。この少年は、もしかして…」

 そして彼女は、最高の笑顔で告げるのです。

「――そんなJOKERさんに、今日はスペシャルゲストが来てくれています!」


 スタジオの巨大なセットの扉が、ゆっくりと開かれた。

 そしてそこから現れたのは、あの絶対的な王者。

 その身に雷鳴を纏い、黄金の鎧を輝かせながら。

 “雷帝”神宮寺猛、その人でした。


 ◇


 番組終了後。

 誰もいないテレビ局の静かな控室。

 そこでJOKERと神宮寺猛は、初めて二人きりで対峙します。

 カメラのない、その場所で。

 彼らは、ただの探索者として言葉を交わします。

 先に口を開いたのは、神宮寺だった。

 その声は、テレビで聞く英雄のそれとは違う、どこか穏やかで、そして少しだけ疲れたような、一人の男のそれだった。


「…配信、見ているよ。君の戦い方は、確かに王道ではない。だが、そこには確かな『哲学』がある。そして何よりも、結果を出している。その事実は、俺も認めよう」


「……」


 神宮寺: 「だが、忘れるな。その力は、使い方を間違えればお前自身を、そしてお前の大切なものを焼き尽くす諸刃の剣となる。お前が背負うものは、お前が思っているよりもずっと重いぞ。俺が、そうだったようにな」


 その王者の重い言葉。

 そして、その奥に滲む深い孤独。

 それにJOKERは、ただ黙って耳を傾けています。

 そして彼は、最後にずっと言いたかったたった一言を口にするのです。

 その声は不器用で、そしてどこまでも真っ直ぐだった。


「…あんたのあの活躍がなけりゃ、今の俺はいない。それだけは、伝えておきたかった」

「――ありがとう」


 その不器用な、しかし心からの感謝の言葉。

 それに神宮寺猛は、初めてその王者の仮面を外し、ただの一人の先輩として、優しく、そしてどこか寂しそうに微笑むのでした。

「…ああ」

「礼を言われるようなことは、何もしていないさ」

「ただ、俺は俺のやり方で戦ってきただけだ。…君と、同じようにな」

 二人の英雄の間に、静かな、しかし確かな絆が生まれた瞬間だった。



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