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第191話

【ワイドショー番組『ライブ!ダンジョン24』スタジオ】


 メインキャスターの高島玲奈が、満面の、しかしどこか引きつったような笑顔でカメラに向かって語りかける。彼女の背後の巨大なメインモニターには、一つの衝撃的な数字が、黄金の荘厳なフォントでこれでもかと映し出されていた。


『【星霜の道標】最終落札価格:55兆円』


「――というわけで、日本中、いえ世界中が震撼したあの世紀のオークションから、一夜が明けました。スタジオには、昨日までとは打って変わって、どこか祭りの後のような不思議な静けさが漂っております」


 玲奈はそう言って、スタジオのゲスト席へと視線を移した。

 そこに座るのは、昨日この歴史的なギャンブルの行方を日本中の視聴者と共に固唾を飲んで見守っていた、元ギルド幹部の経済評論家、田中健介氏だった。

 その田中氏の表情は、どこか晴れやかで、そして自分の予想が外れたことを心の底から楽しんでいるかのようだった。


「いやはや、田中さん。昨日の放送、大変な反響でしたね」

 玲奈がそう話を振る。

 それに田中氏は、腹を抱えて笑い出した。その笑い声は、スタジオの緊張した空気を一瞬で和ませた。


「いやー、大外れでしたね!はっはっは!」

 彼は、自分の失態を一切隠そうともしなかった。

「私、確か40兆円が固い、良くて50兆円と予想しましたよね?とんでもない!まさか、その1.2倍以上の55兆円でしたね!」

 彼は、興奮したように続けた。

「その差額、15兆円ですよ、高島さん!これだけで、あの【若返りの薬】がもう一本買えちゃえますよ!いやあ、恐れ入りました!」


 そのあまりにも豪快な負けっぷり。

 それに玲奈も、そしてスタジオのスタッフたちも、思わず笑みを漏らした。


「いやー、本当に凄いオークションでしたね。最終的に落札したのは、北米の巨大IT企業の連合体とのことですが、本当にお金持ちですね」

 玲奈が、感心したように言う。

 それに田中氏は、深く頷いた。

 そして、彼の表情が評論家としての鋭いそれへと変わっていく。


「そうですね。ですが私は、この結果はある意味で必然だったと考えています。10年前にダンジョンが出現して以来、この世界は、かつてのバブル期とは比較にならないほどの超好景気が続いていますからね。世界の富そのものが、我々の常識を超えたレベルで膨れ上がっている。そう考えれば、この55兆円という数字も、むしろこれからの時代の『普通』なのかもしれませんね」


「普通ですか?55兆円が?」

 玲奈が、信じられないという顔で聞き返す。

「ええ」

 田中氏は、断言した。

「考えてもみてください。この10年間で、世界の経済構造は完全に変質しました。もはや、GDPや株価といった旧世界の指標は、ほとんど意味をなさない。この世界の本当の経済を動かしているのは、ただ一つ。ダンジョンから産出される、無限の『資源』と、そして『奇跡』です」

「魔石エネルギーによる産業革命。レアメタルによる技術革新。そして、アーティファクトがもたらす不老不死や超常の力。世界の富は今や、その全てがダンジョンという一つのテーブルの上に集約されているのです。そして、そのテーブルのレートは、我々が思っているよりも遥かに高い」


 彼のそのあまりにも壮大で、そして説得力のある解説。

 それに玲奈は、ただ息を呑んだ。

 そして彼女は、この衝撃的なニュースがもたらすもう一つの、そしてより身近な影響について問いかけた。


「しかし、田中さん。このニュースで、冒険者を目指す若者がもっと増えるんじゃないですか?」

「すでに、今の子どもたちの将来の夢は、プロスポーツ選手やYouTuberを抑えて、『ダンジョン冒険者』がぶっちぎりで1位だというデータもありますが…。ネットでは、高校に進学せず、中学を卒業してすぐに冒険者になるという生き方についても、大きな論争が巻き起こっています。この点について、田中さんはどう思われますか?」


 その現代社会の核心を突く問いかけ。

 それにスタジオのもう一人のゲスト…人気タレントのミカが、母親のような心配そうな表情で口を開いた。


「えー、でも、中卒はやっぱり心配ですよねぇ…。もし、ダンジョンで大きな怪我をしちゃったり、才能がなくて途中で挫折しちゃったりしたら、その子の人生、どうなっちゃうんでしょうか…。せめて、高校だけは卒業しておいた方が、安心なんじゃないかなって私は思いますけど…」


 そのあまりにも真っ当で、そして親心に満ちた意見。

 それに、スタジオの多くの視聴者が頷いたことだろう。

 だが、田中氏はその意見を静かに、しかしきっぱりと否定した。

 彼の瞳には、この世界の新しい「常識」を見据える、確かな光が宿っていた。


「ミカさんのお気持ち、非常によく分かります。旧世界の価値観で考えれば、それが最も正しい親心でしょう。ですが、残念ながら、時代は変わってしまった」

 彼はそう言うと、玲奈とミカに、そして日本中の親たちに語りかけるように続けた。


「高校の3年間。確かに、それは多くのことを学び、友人を作り、青春を謳歌する、かけがえのない時間です。ですが、我々探索者の世界において、15歳から18歳というこの3年間が、どれほど決定的な意味を持つか。それを我々は、もっと真剣に考えるべきなのかもしれません」

「人間の成長期における、最も吸収が早く、肉体が進化するこの黄金の3年間。これを、ダンジョン攻略だけに注ぎ込んだ場合と、高校の授業に費やした場合。3年後のステータスとスキル習熟度には、どれほどの差が生まれるか。もはや、比べるまでもありません」

「その3年間のアドバンテージを得ることができるというのは、実際、凄いことだと思いますよ」


 彼はそこで一度言葉を切ると、一つの具体的な例を挙げた。


「現に、彗星の如く現れたあのJOKER君。彼は多くを語りませんが、その過去には、裏社会という名の過酷なダンジョンで、若くして戦い続けてきたという経歴がある。彼のあの異常なまでの成長速度と、そしてどんな状況でも動じない卓越したプレイヤースキル。その根源の一部は、その『時間の先行投資』があったからこそ、とも言えるでしょう」

「もちろん、誰もが彼のようになれるわけではない。それは分かっています。ですが、才能があれば1年でA級に昇格できる世界ですからね、ここは。今後も、冒険者は増え続けるんじゃないでしょうか?」


 彼のそのあまりにもリアルで、そしてどこか残酷なまでの真理。

 それにミカは、言葉を失っていた。

 玲奈が、その沈黙を破るように最後の質問を投げかける。


「ですが、田中さん。それでもやはり、セーフティネットの問題は残るのではないでしょうか?もし彼らが夢破れた時、その受け皿はこの社会にあるのでしょうか?」


 その問いに、田中氏は深く、そして力強く頷いた。

「ええ、あります。それも、我々が思っている以上に、強固なものがね」

「この10年間のダンジョン好景気。その富は、ギルドの社会保障制度を劇的に充実させました。引退した冒険者への手厚い年金制度。その知識と経験を活かせる、ギルド職員や教官への再就職支援。もはや、高校卒業という資格は、絶対的なセーフティネットではなくなりつつあるのかもしれません」

「むしろ、3年間ダンジョンで培った戦闘経験とリスク管理能力。それこそが、この新しい時代を生き抜くための最高の『資格』となる。そんな価値観の転換が、今まさに起ころうとしているのです」


 そのあまりにも説得力のある未来予測。

 スタジオの誰もが言葉を失い、ただその言葉の重みを噛みしめていた。

 玲奈が我に返ると、興奮した声で番組を締めくくった。

「…田中さん、ミカさん、本日も本当にありがとうございました!55兆円という一つの奇跡が、今、我々の社会のあり方そのものを大きく変えようとしています!この歴史的な転換点から、我々は一瞬たりとも目が離せません!」


 その日、日本中の家庭で、親子間の真剣な対話が交わされたことだろう。

 古い価値観と、新しい時代の生き方。

 その狭間で、人々は自らの、そして愛する者の未来について、想いを巡らせていた。

 雷帝が放ったたった一つの祝砲。

 それが、新しい時代の本当の始まりの合図となった。



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