第188話
【ワイドショー番組『ライブ!ダンジョン24』スタジオ】
メインキャスターの落ち着いた、しかしどこか華やかな声が、日本中のお茶の間へと響き渡る。
「さて、続いてはスポーツの話題です。昨日行われました探索者リーグ、東京『タイタンズ』対大阪『グリフォンズ』の一戦ですが、タイタンズのエース、A級アタッカーの赤城カイト選手が試合終了間際に劇的な逆転ゴールを決め…」
そのあまりにも平和な日常のニュース。
それが、唐突にけたたましいアラート音と共に断ち切られた。
スタジオの照明が、赤色の警戒色へと切り替わる。
メインモニターには、ギルドの公式紋章と共に『緊急速報』という物々しいテロップが躍っていた。
メインキャスターは、一瞬だけ驚きの表情を浮かべたが、すぐにプロの顔に戻り、手元の原稿を握りしめた。
「えー、たった今、ギルド最高幹部会から緊急の情報が入りました。ニュースの途中ですが、予定を変更してこちらを最優先でお伝えします」
彼女はゴクリと喉を鳴らすと、その衝撃的なニュースを日本中へと告げた。
「ニュースの途中ですが、緊急速報です。なんと、SSS級探索者“雷帝”神宮寺猛選手が、SSS級ダンジョン【万象の天楼】の攻略中、神話級アーティファクト【星霜の道標】をドロップさせたとのことです!」
スタジオが、一瞬静まり返る。
そして次の瞬間、どよめきが波のように広がった。
メインモニターには、【星霜の道標】のイメージ画像と、その所有者である神宮寺猛選手の勇ましい姿が映し出される。
「さらに、関係者によりますと、日本公式ギルドはすでにこのアーティファクトの予備を5個確保しているとのことで、今回ドロップした一個については、近日中に日本公式ギルドオークションに出品されることが決定した模様です!」
メインキャスターは、興奮を隠しきれない様子で隣に座るゲストへとその視線を向けた。
ゲスト席に座るのは、元ギルド幹部であり、現在はダンジョン経済評論家として活躍する田中氏だった。彼は、その冷静な表情をわずかに崩し、驚きを隠せないでいた。
「田中さん、これはどう思われますか!?」
キャスターのその問いかけ。
それに田中氏は、ゆっくりと、しかし確かな熱意を込めて語り始めた。
彼の言葉は、まさにユーザーが思い描いたそのものだった。
「いや、ポータルで好きな場所に移動出来るアーティファクトが、市場に流れる事になりますね。これは、事件ですよ。大抵、ドロップした張本人が使うか、公式ギルドがSSS級への支給品として非公式に買い取りでしたからね。マーケットに純粋な『商品』として流れるのは、実に3年ぶりになるんじゃないでしょうか」
彼のそのあまりにも的確な分析。
それにスタジオのもう一人のゲスト…人気タレントのミカが、その大きな瞳をキラキラと輝かせながら、素朴な疑問を投げかけた。
「ええっと、田中さん!それってつまり、あの有名な『どこでもドア』みたいなものってことですか!?」
そのあまりにも分かりやすい例え。
それに田中氏は、少しだけ苦笑いを浮かべた。
「ははは、まあ、ミカさんの仰る通り、効果としては非常に近いですね。ですが、これはドラえもんのポケットから出てくるような夢の道具ではありません。世界のパワーバランスそのものを、根底から揺がしかねない究極の戦略兵器です」
彼はそこで一度言葉を切ると、その真の価値について解説を始めた。
「この【星霜の道標】は、SSS級冒険者にとってはいわば『標準装備』です。世界のどこで、いつ、いかなる脅威が発生しようとも、瞬時に駆けつけることができる。そのための『翼』なのです。ですが、その翼をもしSSS級以外の者が手に入れたらどうなるか」
「例えば、他国の公式ギルド。彼らがもしこれを落札し、自国の最強のSS級探索者に与えたとすれば?その探索者は、SSS級と同等の世界規模の機動力を手に入れることになる。それは、国際的な探索者勢力図を大きく塗り替える一大事です」
「だからこそ、今回のオークションは壮絶なものになるでしょう。他国の公式ギルドも、間違いなく狙ってくる。壮絶な札束の殴り合いになるんじゃないでしょうか?」
彼のそのあまりにもリアルで、そして説得力のある解説。
それにスタジオ全体が、ゴクリと喉を鳴らした。
キャスターが尋ねる。
「田中さん、ちなみに今回のオークション、最低入札価格はいくらくらいからになると予想されますか?」
「ふむ…」
田中氏は少しだけ考え込むと、その驚愕の数字を口にした。
「前回市場に出た時の落札価格が、18兆円。ですが、あの時とは世界の経済状況が全く違います。あの【若返りの薬】のオークションが証明した通り、世界の富は今、日本のダンジョンに異常なまでに集中している」
「おそらく、最低入札価格はその時を大きく上回る20兆円から。そして、最終的な落札価格は…正直、私にも全く予想がつきません。30兆、あるいは40兆という数字に達しても、何ら不思議はないでしょう」
その、もはや国家予算ですらない天文学的な数字。
それに、スタジオの誰もが言葉を失っていた。
ただ、これから始まる神々の領域の究極のギャンブルの、その壮大なスケールに圧倒されるだけだった。
メインキャスターが我に返ると、興奮した声で番組を締めくくった。
「…ということで、本日の『ライブ!ダンジョン24』、エンディングのお時間となってしまいました!日本の至宝【星霜の道標】は、一体誰の手に渡るのか!そして、その価格はどこまで跳ね上がるのか!ギルドの公式発表によりますと、オークションは今夜22時より、24時間限定で開催されるとのことです!皆さん、この歴史的瞬間を、絶対にお見逃しなく!」
その日、日本中が、いや世界中が、たった一つの腕輪の行方を固唾を飲んで見守ることになる。
JOKERの知らないところで、世界の歯車はまた一つ、大きく、そして確かな音を立てて回り始めていた。