第184話
その日の午後、神崎隼人――“JOKOKER”のあまりにも気まぐれな「新たな人生」の続きを、数十万人の観客たちが固唾を飲んで見守っていた。
午前中のハイスト配信をいつものように完璧な成功で締めくくった彼は、その稼ぎである120万円をインベントリにしまい込むと、間髪入れずに新たな配信の準備を始めていた。
彼の魂は、もはや安定した金策などには何の興味も示さない。
ただ未知なるゲームを、そして自らの新たな力を試すことだけを渇望していた。
配信のタイトルは、彼の現在の心境をそのまま映し出していた。
『【ネクロマンサーLv.5】E級ダンジョン初挑戦【ミニオン強化テスト】』
そのタイトルが公開されたその瞬間、彼のチャンネルには、通知を待ち構えていた数十万人の観客たちが津波のように殺到した。
コメント欄は、期待と興奮の熱気で沸騰していた。
『うおおおおお!もうE級行くのかよ!』
『はっや!レベル5でE級とか、普通は自殺行為だぞ!』
『ミニオン強化!あの三つのサポートジェムか!どれだけ強くなったのか楽しみだ!』
『JOKERさんのネクロマンサービルド、マジで見てて楽しい。俺も始めようかな…』
その熱狂をBGMに、隼人は転移ゲートをくぐった。
彼がたどり着いたのは、ひんやりとした湿った空気と、どこか有機的な土の匂いに満ちた薄暗い空間だった。
E級ダンジョン【女王蟻の巣穴】。
壁も床も天井も、全てが蟻の唾液と土で固められた硬質で、しかしどこか生きているかのように脈打つ巨大な蟻の巣。
そのあまりにもおぞましく、そして美しい異様な光景。
それに隼人は、ゴクリと喉を鳴らした。
「…なるほどな。こいつはなかなかのテーブルだ」
彼は長剣ではなく、その手に握られた古びた骨のワンドを構え直す。
そして彼は、自らの魂に命令を下した。
「――出てこい、ゾンビ達」
彼がそう念じると、彼の足元の影からずるりと三体のおぞましい姿が現れた。
昨日彼がその魂を、そしてビルドを完全に作り変えた三体のゾンビミニオン。
彼らは、主の命令を静かに待っていた。
「さて、ゾンビ達の成長を確かめるか」
彼はその三体のミニオンを引き連れ、洞窟のさらに奥深くへとその歩みを進めていった。
彼が最初の一つの、巨大な蟻塚のような部屋へと足を踏み入れたその瞬間。
カサカサカサッ!
彼の目の前、そして左右の壁の無数の穴から、おびただしい数の黒い影がなだれ込むように出現した。
それは、人間の子供ほどの大きさの黒い蟻。
【働き蟻】。
その数、10体。
彼らはその鋭い大顎をカチカチと鳴らしながら、侵入者である隼人ただ一人へと殺到してくる。
その数の暴力。
レベル5のか弱いネクロマンサーにとっては、あまりにも絶望的な光景。
だが、隼人の口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。
これだ。
これこそが、俺の新たな力を試すための最高の舞台だ。
彼はその三体のミニオンたちに命令を下した。
その声は、もはやただのプレイヤーではない。
死者を率いる王のそれだった。
「――行け」
その短い、しかし絶対的な意志の力。
それに三体のゾンビミニオンが即座に反応した。
ウオオオと呻き声を上げながら、彼らは働き蟻のグループに攻撃を仕掛ける。
その先頭を走っていた一体の働き蟻へと、一体のゾンビがその腐った腕を振り下ろした。
ガツンという、鈍い音。
だが、そのゾンビ達が近くの一体ずつに攻撃を仕掛けたその瞬間、奇跡は起こった。
ボフンッ!というくぐもった音と共に、殴りつけられた働き蟻の体が破裂した。
だが、それはただの爆発ではない。
その衝撃波が、まるで水面に広がる波紋のように、その周囲にいた他の働き蟻たちを巻き込んでいったのだ。
【近接スプラッシュサポート】。
そのあまりにも画期的な効果。
単体攻撃が、範囲攻撃へと変貌した瞬間だった。
一体を殴ったはずなのに、その隣にいる敵にもダメージが入る。
そして、そのスプラッシュダメージを受けた働き蟻たちがわずかに怯んだその隙を、残りの二体のゾンビミニオンが見逃すはずもなかった。
彼らもまた、それぞれの獲物へとその死の一撃を叩き込む。
そしてまた、爆発が連鎖する。
ボフン、ボフン、ボフンッ!
それはもはや戦闘ではない。
死と破壊の円舞曲だった。
三体のゾンビが、それぞれ別の敵を殴っているはずなのに、その全ての攻撃が、まるで一つの巨大な範囲攻撃のように働き蟻のグループ全体を蹂躙していく。
そして数秒後、あれほど絶望的に見えた働き蟻の大群は、一体残らず光の粒子となって消滅していた。
スプラッシュダメージで、敵グループが倒される。
「……………」
静寂。
そのあまりにも圧倒的な殲滅力。
それに隼人自身もまた、言葉を失っていた。
彼の脳内で、高速のシミュレーションが行われる。
(…なるほどな。まあ10体に同時攻撃してるような物だし、3体の攻撃が重複して当たる。手数がまるで違うからな)
彼は、その新たな力の本質を完全に理解した。
これは、ただの火力アップではない。
戦闘の「概念」そのものを変える力だ。
「…ヤバいくらい強いな」
彼の口から、素直な主人公としての感嘆の声が漏れた。
そのあまりにも正直な反応。
それに、コメント欄が爆発した。
『うおおおおおお!なんだ今の!』
『ミニオンが強すぎる!』
『これが…サポートジェムの力か…!』
『JOKERさん、また壊れビルド作っちまったな!w』
その熱狂をBGMに、彼は満足げに頷いた。
そして彼は、その圧倒的な力を手にこの蟻の巣のさらに奥深くへとどんどん進み、働き蟻を倒す。
彼の前には、もはや敵はいなかった。
働き蟻の群れは、ただ彼のミニオンたちの経験値となって消えていくだけ。
そのあまりにも一方的な蹂躙劇。
それが、どれほど続いただろうか。
彼が一つの巨大な広間へとたどり着いた、その時だった。
彼の目の前に、これまでとは明らかに違う、働き蟻10体と兵隊蟻1体のグループに遭遇する。
「…デカい蟻がいるな…」
隼人は、そのひときわ巨大な兵隊蟻を睨みつけた。
その頭部は、まるで鋼鉄のような硬い甲殻で覆われている。
その大顎は、岩石すらも砕くほどの威力を秘めているだろう。
「…少し強そうだし、火の矢と脆弱の呪いでサポートが必要か」
彼は冷静に判断した。
そして彼は、その小さな軍団に新たな命令を下した。
「ゾンビ達、とりあえず攻撃だ!」
「こちらで脆弱の呪いと火の矢でサポートする!いけ!」
その命令。
それに指示に従い、ゾンビ達は働き蟻と兵隊蟻に攻撃を仕掛ける。
ウオオオと呻き声を上げながら、三体のゾンビが蟻の群れへと突撃していく。
その結果は、もはや見るまでもなかった。
一瞬で働き蟻は溶けるが、兵隊蟻はしぶとい。
その硬い甲殻は、ゾンビたちの攻撃を数発耐えてみせた。
そして兵隊蟻は、反撃に転じる。
その巨大な大顎で、1体のゾンビに噛みつき投げ飛ばす。
「ギッ!?」
一体のゾンビが、情けない悲鳴を上げる。
だが、その一体の犠牲が、JOKERに決定的な好機をもたらした。
彼はそのがら空きになった兵隊蟻の胴体へと、脆弱の呪いと火の矢で開いた穴を埋める。
その指揮官からの、的確な援護射撃。
それに兵隊蟻は、なすすべもない。
その硬い甲殻を貫かれ、その生命活動を停止させた。
無事、倒す。
静寂が戻る。
後に残されたのは、おびただしい数のドロップ品と、そしてその中心でひときわ強い輝きを放つ一つのアイテムだった。
ユニークが、ドロップする。
「…ほう」
隼人は、その予期せぬ幸運に口元を緩ませた。
彼は、その橙色の光の元へと歩み寄る。
そして、そのアイテムを手に取った。
それは、一つの首飾りだった。
黒く、火山岩のようにざらついた質感の革紐。
そしてその中央には、まるで燃え尽きた炭の中にかろうじて残った最後の熾火のように、鈍い、しかし確かな熱量を放つ黒曜石のような宝石がはめ込まれていた。
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アイテム名: 灰燼の首飾り(アッシュブリンガー・アミュレット)
種別: 首輪
レアリティ: ユニーク
装備レベル: 5
効果:
筋力 +50
攻撃によって与える火炎ダメージ +25%
最大HP +35
周囲の敵を常に灰状態にする。
フレバーテキスト: 我は歩まぬ。 我が怒りの代弁者が大地を焼くだけだ。 汝、ただ灰の絨毯を踏みしめて進め。 その道の先にこそ、世界の終焉がある。
「おっ、懐かしいのが出たな」
隼人は、その首飾りを見つめながら呟いた。
「確か、初めて高値で売れたユニークだったよな。確か14万円くらいだったか?」
彼は、その過去の栄光を懐かしむように微笑んだ。
そして彼は、その首飾りをインベントリへとしまい込んだ。
今の彼には、不要なアイテム。
だが、いつかまた別の人生を歩む時には、役に立つかもしれない。
彼は、今回の戦闘を冷静に振り返っていた。
「…しかし、少し強い蟻だったな。しかし、噛みつき投げ飛ばしがなかなか強いな」
「戦士系で来たら、厄介なダンジョンじゃないか?」
彼のその的確な分析。
それにコメント欄もまた、同意の声を上げた。
『そうだね。ここは遠距離職が来ることが多い所だからな』
『近接職だと、あの数の暴力と兵隊蟻の硬さに苦戦するだろうな』
『でもJOKERさんのネクロマンサービルドなら、楽勝だな!』
その賞賛の声。
それに隼人は、ただ静かに頷いた。
彼の新たな人生は、最高の形でそのスタートを切った。
そしてその先にあるさらなる高みへと、彼の魂はすでに向かっていた。
そして彼はついに、この蟻の巣の最深部へとたどり着いた。
そこは、ひときわ巨大な女王の間だった。
そしてその中央に鎮座していたのは、巨大な蟻1匹だけだった。
そのあまりにも意外な光景。
それに隼人は、思わず呟いた。
「てっきり、20体ぐらいの蟻がいると思ったが、しょぼいな」
彼は、不敵に笑った。
「とりあえず、ひと当てして見るか」
彼は、その三体のミニオンたちに命令を下した。
「ゾンビ達!あの巨大な蟻を攻撃しろ!」
3体のゾンビが、巨大な蟻に向かう。
隼人は後方から、脆弱の呪いでサポートする。
そして、その圧倒的なダメージ量で、あっという間にボスのHP50%を切る。
「キイイイイイイイイイイッ!!」
そうすると、巨大な蟻はキイキイと鳴き、援軍を呼ぶ。
奥の巣穴から、続々と働き蟻達が出てくる。
その光景。
それに隼人は、ニヤリと笑った。
「なるほど、援軍を呼ぶタイプのボスか。だけど、スプラッシュがあるから聞かないぜ?」
その言葉通り、奥から敵が近づくたびに、スプラッシュダメージで瞬時に溶けていく。
ボスは、援軍がまるで役に立たない様子に、驚いてる様子だ。
「さあ、フィニッシュだ」
隼人がそう言うと、ゾンビ達はボスへの攻撃を再開する。
ボスは、なすすべもなく倒される。
その直後、彼の全身を黄金の光が包み込んだ。
2レベルアップ。レベル7になった。
「…ふぅ。まあ、こんなもんか」
彼は、満足げに頷いた。
そして彼はその場でARウィンドウを開き、パッシブスキルツリーを表示させた。
彼の手元には、新たに2ポイントのスキルポイントが輝いている。
彼は、その使い道を視聴者たちに問いかけた。
そして、その彼の問いかけに答えたのは、またしてもあのS級の賢人だった。
骸の女王:
レベル7、おめでとう。
いいでしょう。早速、振るわよ。
ミニオンの最大HP10%上昇を、取る(1P)。
そしてその先にあるこれ。
ミニオンの最大HP15%上昇、ミニオンのダメージ20%上昇、最大召喚ゾンビ召喚+1、最大召喚スケルトン+1を、取る(1P)。
そのあまりにも的確なアドバイス。
それに隼人は、静かに頷いた。
「…なるほどな」
彼は、そのアドバイスに従った。
そして早速、ゾンビ召喚を唱える。
ボスの死体を消費して、新たなゾンビが1体召喚される。
彼の軍団は今、四体となった。
「これでゾンビが1体増えた」
「DPSは30%増加か。ミニオンのダメージ20%もあるから、戦力の底上げが強いな」
彼は、その確かな成長を実感し、感想をもらす。
その彼の呟き。
それに、S級ネクロマンサーがコメントする。
骸の女王:
その通りよ。
次も、ゾンビ召喚の数を増やす方向でパッシブを振るのよ。
ゾンビの数を増やす事が、攻撃に繋がり、防御にも繋がる。
そしていずれは、これを目指しなさい。
ミニオンオフェンスマスターの、「ミニオンは50%の確率で物理耐性を無視する」を、選択するのよ。
物理耐性、50%無視。
そのあまりにも暴力的な効果。
それに隼人は、目を見張った。
骸の女王:
ええ、強いわ。
物理反射ダメージmodがあるダンジョンにも、潜れるしね。
「反射ダメージなんて物もあるのか?奥が深いな」
彼はその新たな世界の深淵に、ただ心を躍らせるだけだった。