第181話
彼は、洞窟の奥深くへと進んで行く。
その道程は、もはや単なる探索ではない。
彼にとっては、指揮官としての練度を上げるための、最高の訓練場だった。
一体、また一体と現れる【ウォンパー(歩きキノコ)】。
彼は、その一体一体を、ただ倒すのではない。
三体のミニオンをいかにして動かし、いかにして被害を最小限に抑え、そしていかにして効率的に殲滅するか。
その無数のパズルを、解き明かしていく。
その地道な「作業」の果てに、彼の魂は新たな力をその身に宿していた。
彼の全身を、黄金の光が二度包み込んだ。
レベルが、2上がったのだ。
レベルは、2から4へ。
彼は、その場で立ち止まると、満足げに自らのパッシブスキルツリーを開いた。
彼の手元には、新たに2ポイントのスキルポイントが輝いている。
「さてと。最初の投資の時間だな」
彼は、視聴者たちにその使い道を解説し始めた。
「今の俺に、一番足りないもの。それは、耐久力だ。この紙みてえな体じゃ、万が一ボスの攻撃を食らったら、一撃で死ぬ。だから、まずはこれを取る」
彼が、その2ポイントで取得したのは、エナジーシールドを強化する、二つの小ノードだった。
「最大ES6%増加、ESリチャージレート10%(1P)。そして、最大ES+10、最大ES6%増加。この二つを、取った」
「これで、俺の生存率も、少しはマシになったはずだ」
その、的確な判断。
それに、コメント欄の有識者たちが頷く。
彼は、その新たな力を確かめるように、拳を握りしめた。
そして彼は、再び歩き始めた。
ウォンパーが死に際に放つ歩きキノコの煙幕は、厄介だが、もはや彼の進軍を阻むことはできない。
彼は、その視界不良の緑色の霧の中で、耳を澄ませた。
カタカタという、ミニオンたちの骨の音。
のそのそという、ウォンパーの足音。
そのわずかな音の反響と定位だけで、彼は、その脳内に完璧な戦場の地図を描き出していた。
耳をすませば、位置は把握出来るな。
彼の、ギャンブラーとしての超感覚。
それが、この視界を奪われた戦場において、最高のレーダーとなっていた。
そして、彼はついにボスに到着する。
これまで彼が通ってきたどのエリアとも比較にならないほど広大で、そして異様な空気が漂う空間。
洞窟の、最奥。
そこに、この場所の「主」が眠る、巨大なキノコの玉座があった。
その玉座の上で、一体の強大な歩きキノコが、静かに、しかし圧倒的なプレッシャーを放っていた。
直径は、10メートルを超えているだろうか。
その巨大な傘は、毒々しい紫色の斑点で覆われ、そのずんぐりとした幹のような体からは、無数の胞子が常に放出されている。
【ウォンパー・キング】。
このF級ダンジョンの、王だった。
その、あまりにも巨大で、そしてどこか滑稽な姿。
それに、隼人は思わずツッコミを入れた。
「うーん、これは、胞子をバラマキして視界ゼロになるやつだろ、絶対」
その、あまりにも的確なメタ的な発言。
それに、コメント欄が爆笑の渦に包まれた。
『wwwwwwwwwww』
『間違いないwww』
『さっしがいい!その通り!』と、草を生やす。
「じゃあ、早速行くか」
彼は、ニヤリと笑った。
「ゾンビ達!あの強大キノコを、倒せ!」
彼の命令、一下。
三体のゾンビミニオンが、王へとなだれ込むように殺到していく。
だが、王は動じなかった。
ウォンパー・キングは、その巨大な腕のような根っこを、力任せに振り下ろした。
強大歩きキノコは、パンチでゾンビを1体吹っ飛ばす。
「ギッ!?」
一体のゾンビミニオンが、情けない悲鳴を上げて、壁際まで吹き飛ばされた。
その、あまりにも圧倒的なパワー。
それに、隼人は思わず言う。
「わーお。近接職で、来たくない場所だな、あの威力は」
『いや、見た目ほどダメージはないぞ』
『ただ、キノコに殴られるのは、意外と新鮮だぞ?』
コメント欄から、温かい、しかしどこかズレたコメントもある。
「はは、もの好きだな」
隼人は、そう良いながら、戦闘を火の矢と脆弱の呪いでサポートしながら、雑談する。
彼の的確なサポートと、残された二体のゾンビの執拗な攻撃。
それに、ウォンパー・キングの巨大なHPバーは、確実に削られていった。
そして、ボスのHPが50%を切ると。
ついに、その時が来た。
「グルオオオオオオオオオッ!!」
強大歩きキノコは、怒りの咆哮を上げた。
そして、その巨大な傘から、これまでとは比較にならないほどの濃密な、胞子煙幕を出す。
一瞬にして、講堂全体が、視界ゼロの緑色の霧に包まれた。
そして、その霧の中から。
一つの巨大な気配が、ゆっくりとこちらに来てるのが、気配で分かる。
ターゲットは、ミニオンではない。
指揮官であるJOKER、ただ一人。
「…なるほどな。面白い」
隼人は、その絶対的な殺意を感じながら、しかし冷静だった。
彼は、その三体のミニオンたちに、新たな命令を下した。
「ゾンビ達!敵がこっちに来てるから、引き止めろ!」
その命令。
それに、三体のゾンビが、即座に反応した。
彼らは、隼人の前に立ちはだかるように、横一列に並んだ。
それは、もはやただのゾンビではない。
主を守るための、完璧な「壁」だった。
強大歩きキノコを、通行止めするように、ゾンビが配置される。
その、鉄壁の布陣。
これには、強大歩きキノコも手が出せない。
その巨体は、三体の小さな、しかし決して退かないゾンビの壁に、その進路を完全に阻まれてしまった。
やがて、数分後。
煙幕が、はれる。
そこには、三体のゾンビに足止めされ、苛立たしげにその場で足踏みをしている、ウォンパー・キングの姿があった。
その、あまりにも滑稽な光景。
それに、隼人は不敵に笑った。
「さてと。切り札なしか。フィニッシュだ」
彼の、その最後通告。
それに、ゾンビ達が強大歩きキノコに群がる。
そして、数秒後。
強大歩きキノコは、倒された。
後に残されたのは、いくつかの魔石のドロップと、そして彼を祝福する黄金の光だけだった。
レベルが1上がった。これで、レベル5だ。
「…ふぅ。まあ、こんなもんか」
彼は、満足げに頷いた。
そして、彼はその場でARウィンドウを開き、パッシブスキルツリーを表示させた。
彼の手元には、レベルアップで得た1ポイントと、ギルドクエストですでに得ていた2ポイント。合計で、3ポイントが残っているはずだった。
だが、彼はそのうちの2ポイントを、すでに使っている。
残りは、1ポイント。
彼は、その貴重な1ポイントの使い道を、視聴者たちに問いかけた。
そして、その彼の問いかけに答えたのは、またしてもあのS級の賢人だった。
骸の女王:
…あら、もうレベル5なの?早いわね。
いいでしょう。次のステップを、教えてあげる。
あなた、パッシブポイントが余っているのでしょう?
なら、これを取りなさい。
彼女が提示したのは、一つの中ノードだった。
中ノード【深い祈り】:
最大ES+20、最大MP20、知性+20を、取る。
骸の女王:
これで、あなたの生存能力とリソースは、さらに安定する。
あと2レベルで、ゾンビ召喚数+1が取れるか。
そこまでたどり着けば、あなたの軍団は、本当の力を手に入れるでしょう。
次は、E級ダンジョンね。
F級は、もう卒業なさい。
その、あまりにも的確で、そして有無を言わさぬ命令。
それに、隼人はただ静かに頷いた。
「…なるほどな。じゃあ、そう取るか」
彼は、そのアドバイスに従った。
彼の新たな人生は、最高の師を得て、その第一歩を踏み出した。
その輝かしい未来を、まだ彼自身だけが、知らなかった。