第173話
『【情報交換】グランドハイスト総合スレ Part. 21』
「…グランドハイスト?」
ハイストの、さらに上位の存在か。
彼のギャンブラーとしての好奇心が、そのスレッドをクリックさせた。
そして、そこに記されていたのは、彼が漠然と抱いていた「停滞感」を、一瞬で吹き飛ばすには十分すぎるほどの、あまりにも危険で、そしてどこまでも甘美な、神々のギャンブルの世界だった。
スレッドの最初の投稿には、このスレッドの主であろう伝説的なコテハン、『元ギルドマン@戦士一筋』による、力強い宣言が記されていた。
170: 元ギルドマン@戦士一筋
ようこそ、チャレンジャー。お前がこのスレにたどり着いたということは、通常のハイストという名のぬるま湯に飽き足らず、ついにこの世界の「本当の深淵」に、足を踏み入れようとしているということだろう。
心して、聞け。
グランドハイストとは、ただの強奪ではない。
それは、自らの資産と運命の全てを賭けて、神々の宝物庫へと挑む、究極の試練だ。
その、あまりにも荘厳な書き出し。
それに、隼人の心が高鳴った。
スレッドには、彼と同じように、この未知なるテーブルに興味を持った者たちの、期待と、そして不安に満ちた質問が溢れていた。
211: 名無しのA級盗賊
ギルドの旦那、教えてくれ。
グランドハイストの計画書ってのは、一体いくらくらいで取引されてるんだ?
通常のハイストの計画書が50万だから、その10倍くらいか…?
その問いかけに、スレッドのもう一人の主、『ハクスラ廃人』が、得意げに答える。
215: ハクスラ廃人
甘えな、新人。10倍?そんな、生易しいもんじゃねえよ。
グランドハイストの計画書はな、その内容や隠された宝物庫の数によって、値段はピンキリだ。
だが、一番安いいわゆる「入門用」のやつでも、おおよそ1000万円前後で取引されている。
トップランカーたちが狙うような極上の計画書になれば、平気で5000万、8000万と、値段が跳ね上がっていくぜ。
1000万円。
その、あまりにも暴力的な参加費。
それに、スレッドがどよめいた。
『マジかよ…』『家が、買えるじゃねえか…』
隼人もまた、その数字にゴクリと喉を鳴らした。
通常のハイストの、20倍近いコスト。
一体、その先には、どんなリターンが待っているというのか。
その答えは、あの知的な軍師、『ベテランシーカ―』によって、詳細に解説されていた。
228: ベテランシーカ―
皆さん、落ち着いてください。その価格には、もちろん、それ相応の理由があります。
グランドハイストが、通常のハイストと根本的に違う点。
それは、一回の計画書で4箇所の秘密基地に潜入出来るという、その構造にあります。
それぞれの秘密基地は、独立したハイストミッションとなっており、その最深部には、特別な宝物庫が存在します。
そして、そのある1箇所の秘密基地の奥に、4~6個のアイテムが、祭壇の上に安置してあるのです。
その、あまりにも特殊なルール。
スレッドの住人たちが、さらに質問を重ねる。
『4~6個のアイテム?ってことは、全部もらえるのか!?』
その、あまりにも素人な質問。
それに、ベテランシーカ―は優しく、しかしどこまでも残酷な、このゲームの本当のルールを告げた。
235: ベテランシーカ―
いいえ、違います。
それこそが、グランドハイストが「究極のギャンブル」と呼ばれる、所以です。
あなたは、その4~6個のアイテムの性能を、全てその場で確認することができます。
ですが、その中からたった一つを選び、持って帰る事が出来るのです。
一度、選択してしまえば、もう後戻りはできません。
残りのアイテムは全て、施設の自爆シークエンスと共に、永遠に失われます。
つまり、あなたはその場で、究極の選択を迫られることになるのです。
その、あまりにも悪魔的な選択。
隼人は、そのルールを聞いただけで、そのあまりにも濃密なギャンブルの匂いに、眩暈すら覚えていた。
そして、スレッドは、その宝物庫に眠る「配当」の具体的な中身についての、議論へと移っていった。
241: ハクスラ廃人
じゃあ、その宝物庫に、一体何が眠ってるのかって話だよな!
これが、マジでヤバいんだよ!
まず、当たり前のように、高貴のオーブが並んでる。
運が良けりゃ、2個、3個と、同時に出てくることもあるぜ。
それだけでも、元は取れる。
だがな、本当の当たりは、そんなもんじゃねえ。
ごく低確率で、神のオーブが出ることがあるんだ。
神のオーブ。
その聞き慣れない、しかしその響きだけで全てを理解させる、究極の単語。
スレッドが、熱狂する。
『マジかよ!』『神のオーブって、あのアイテムに250億する、都市伝説の…!?』
248: ハクスラ廃人
ああ、そうだ。
それだけじゃねえ。
通常と違う性能の、レプリカ・ユニーク。
お前らが普段使ってるユニーク装備の、「もしも」の姿だ。
例えば、【憎悪の残響】。あれのレプリカはな、追加されるダメージが、冷気じゃなくて混沌ダメージになるんだぜ?面白いだろ?
それから、神々(SSS)やSSやSの装備の素材となる、特殊なMODが付いたアイテム。
例えば、「このアイテムでクラフトした防具は、物理ダメージ軽減+10%の固定MODを得る」みてえな、ぶっ壊れたベースアイテムだ。
これらのどれか一つでも引き当てることができれば、お前の人生は変わる。
億単位の資産が、一夜にしてその手に転がり込んでくるんだ。
その、あまりにも甘美で、そしてどこまでも危険な報酬のリスト。
それを、目の当たりにして。
隼人は、自らのこれまでの戦いを振り返っていた。
そして、彼は静かに分析する。
(…なるほどな)
彼の口元に、乾いた笑いが漏れた。
(60万の元手で、90万の純利益。通常のハイストは、確かに美味い。だが、それはあくまで日銭を稼ぐための、テーブルだった)
(成功すれば、確実に勝てる。だが、その勝ち分は、たかが知れている。リスクもリターンも、小さい。まだ、ローリスク・ローリターンだった)
(だが、こいつは違う)
彼の瞳が、鋭く、そして妖しく光った。
(元手、1000万。失敗すれば、全てを失う。だが、成功すれば、億単位のリターンが見込める)
(そして、何よりも最後の「選択」という名のギャンブル。たとえ最高のアイテムが出たとしても、それを選ぶ度胸と見識がなければ、意味がない)
(真のハイリスク・ハイリターンは、こっちだな)
彼は、その究極のテーブルの存在に、心の底から歓喜していた。
これだ。
これこそが、俺が本当に求めていた場所だ。
だが、同時に彼は、自らの現在地を冷静に見つめていた。
資産は、4000万円を超えた。
だが、このテーブルに、気軽に着けるほどの額ではない。
一度や二度の失敗なら、許される。
だが、それ以上はない。
彼は、ふっと息を吐き出した。
そして彼は、その高ぶる心を抑え込むように、呟いた。
その声には、確かな未来への渇望が宿っていた。
「――いつか、挑戦してみたいな」
彼の次なる、そしておそらくは人生最大のギャンブルの目標が、今、確かに定まった瞬間だった。
彼の退屈な日常は、終わりを告げた。
その心に灯った、新たな炎。
それが、彼をさらなる高みへと導いていく。
そのことを、彼はまだ知らなかった。