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第168話

 A級中位ダンジョン【機鋼の都クロノポリス】。

 その黒曜石と真鍮で構築された、無機質な都市風景。神崎隼人――“JOKER”が、自らの力を試すための新たなテーブルとして選んだこの場所は、彼の想像を遥かに超える、悪意に満ちた歓迎を用意していた。

 彼の目の前で、空間そのものが、まるで病んだ肉のように脈打ち、歪んでいる。

【腐敗の領域】。

 このダンジョンに、ごく稀に現れるという、呪われたボーナスステージ。

 そのおぞましくも、どこか甘美な光景。それに、彼のギャンブラーとしての魂は、これ以上ないほどの高揚感に打ち震えていた。

 彼は、その腐敗した世界のさらに奥深くへと、その歩みを進めていく。

 彼が、これまでに蹂躙してきた血まみれの機械兵士たちの残骸を乗り越え、ついにたどり着いたのは、この領域の心臓部。

 かつては、【クロノス・センチネル】が鎮座していた、巨大な純白のドーム。

 だが、その神殿のような空間は、見る影もなかった。

 壁も、床も、天井も、全てが脈打つ肉塊と、そして無数の錆びついた機械部品で覆われている。まるで、悪魔の肉体と機械の残骸が、無理やり融合させられたかのような、冒涜的な光景。

 そして、その広大な部屋の中央。

 そこに、それは鎮座していた。


 一体の、血まみれの機械巨人。

 身長は、10メートルはあろうか。

 かつては白く、滑らかであっただろうセラミックの装甲は、今やおびただしい返り血と、そして内側から滲み出る腐敗によって、赤黒く、醜く変色している。

 その巨大な単眼のレンズは、もはや知性の青い光ではなく、ただ純粋な憎悪と破壊衝動を宿した、血のような赤い光を放っていた。

 その六本の多関節アームの先端には、ドリルや回転ノコギリ、レーザー砲といった殺戮のための武装が取り付けられ、それぞれから、じゅわじゅわと腐食性の液体が滴り落ちていた。

 それは、もはやただの機械ではない。

 腐敗の呪いに取り込まれ、その魂を悪魔に売り渡した、鉄の怨霊。


『なんだ…あれ…』

『クロノス・センチネルが…腐敗してるのか…?』

『ヤバい…ヤバすぎる…。オーラが、尋常じゃねえ…』


 コメント欄が、これまでにないほどの本物の恐怖と戦慄に支配される。

 だが、その絶望的な光景を前にして。

 JOKERは、ただ一人笑っていた。

 その口元に、獰猛な、そして歓喜に満ちた三日月の笑みを浮かべて。


「…面白い。面白いじゃねえか」

 彼は、ARカメラの向こうの絶望する観客たちに、聞こえるように呟いた。

「最高のテーブルだ。最高の、獲物だ」

「――ここで降りるギャンブラーが、いるかよ」


 その力強い宣言。

 それを合図にしたかのように、それまで沈黙を保っていた血まみれの機械巨人が、動き出した。

 ギギギギギ…という耳障りな金属の軋む音と共に、その巨大な単眼のレンズが、ゆっくりと彼の方へと向けられる。

 そして、その巨体が、信じられないほどの初速で大地を蹴った。

 その見た目から想像出来ないほど、素早く接近してくる。

 それは、もはやただの突進ではない。

 空間そのものを圧縮するような、神速の踏み込み。

「――速えっ!」

 隼人は、その異常なまでの機動力に、目を見張った。

 そして、巨人はその巨大な鉄の足を、力任せに振り上げた。

 踏みつけ攻撃。

 それは、ビルを一本なぎ倒すほどの質量を持った、暴力の塊。

 それが、隼人ただ一人へと振り下ろされる。

 彼は、その絶対的な死を、紙一重で回避した。

 横へ、最大飛距離のステップ。

「――慌てて、回避する」


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!


 凄まじい轟音。

 彼が先ほどまでいた場所の腐敗した床が、粉々に砕け散り、巨大なクレーターが生まれる。

 そして、その着弾点を中心として、目に見えないほどの強力な衝撃波が、同心円状に広がっていった。

 その衝撃波が、彼の体を捉えた。

「ぐっ…!?」

 彼の体が、痺れる。

 視界が、ぐらりと揺れ、足元がおぼつかなくなる。

 彼のARウィンドウに、忌々しいデバフアイコンが点灯した。

 《スタン(強)》

 回避出来たが、その衝撃波でスタンをする。


『スタンした!』

『JOKERさんが、スタンさせられたぞ!』

『まずい!追撃が、来る!』


 コメント欄が、悲鳴で埋め尽くされる。

 その通りだった。

 隼人は、その場で数秒間、完全に動きを封じられてしまった。

 そして、その致命的な隙を、機械の悪魔が見逃すはずもなかった。

 巨人が、その六本のアームの一つ、巨大な鉄のハンマーを、再び振りかぶる。

 そして、それを無防備な隼人の体へと、容赦なく叩きつけてきた。

 隼人の脳裏に、死の二文字が浮かび上がる。

 だが、その絶望のまさにその中心で。

 彼の瞳は、まだ死んではいなかった。

 その瞳の奥では、静かに、しかし確かに、このクソゲーの攻略法を見つけ出していた。


「なるほど、スタン狙いの攻撃か!」


 彼がそう叫んだ、次の瞬間。

 凄まじい衝撃が、彼の全身を貫いた。

 殴られて、思いっきり吹っ飛ぶ。

 彼の体が、まるで紙切れのように数十メートル後方へと吹き飛ばされ、肉の壁に叩きつけられた。

 彼の視界が、一瞬真っ赤に染まる。

 そして、彼の視界の隅で、赤い警告が、激しく点滅した。

 彼のHPバー。

 それが、一瞬にしてその輝きの7割を失っていた。

 HP、3割まで削れる。


「ぐっ…はっ…!…ゲホッ、ゲホッ…!」

 彼の口から、血の混じった咳が漏れる。

 肋骨が、数本折れた。

 即死しなかったのが、奇跡のような一撃。

 彼のクラススキル【不屈の魂】と、盾【背水の防壁】の二重の保険がなければ、今頃彼は、ただの肉塊へと変わっていただろう。

 だが、彼はまだ生きていた。

 そして、彼は笑っていた。

 血反吐を吐きながら、彼は心の底から楽しそうに、笑っていた。


「…はっ、はははははははっ…!」

「やってくれたな?」

 彼は、よろめきながら立ち上がり、目の前の巨大な悪魔を睨みつけた。

「最高だ…。最高の、スリルだぜ、お前…!」

 その、あまりにも狂的な笑い声。

 それに、コメント欄の数万人の観客たちもまた、言葉を失っていた。

 この男は、本物だ。

 本物の、狂人ギャンブラーだ。


 彼は、残されたHPが彼の驚異的なリジェネ能力によって急速に回復していくのを感じながら、反撃の狼煙を上げた。

 彼は、もはや防御を捨てた。

 この一撃に、全てを賭ける。

 彼は、地面を蹴った。

 一直線に、機械巨人へと突撃していく。

 そして、彼は跳んだ。

 思いっきりジャンプして、その錆びついた装甲を駆け上がっていく。

 垂直の壁を、まるで平地のように。

 彼の異常な身体能力が、それを可能にしていた。

 彼は、巨大な機械の肩の部分まで駆け上がると、そこに鎮座する巨大な単眼のレンズの前に立った。

 そこが、この怪物の唯一の弱点。

 そして、彼が見つけ出した唯一の勝機だった。


「――お前の心臓は、ここか!」


 彼は、その赤いレンズの中心へと、長剣【憎悪の残響】の切っ先をぶっ刺した。

 そして彼は、自らの持つ全ての魔力と魂を、その一撃に注ぎ込んだ。

【必殺技】衝撃波の一撃ショックウェーブ・ストライク

 だが、それはもはやただのスキルではなかった。

 彼の、全てを賭けた最後のギャンブル。

 彼の、魂の咆哮だった。

 そして、その瞬間。

 奇跡は、起こった。

 彼のその一撃が、神の気まぐれか、あるいは運命の必然か、クリティカルヒットしたのだ。


 ズッッッッッッッッッ!!!


 これまでとは、比較にならない凄まじい破壊音。

 巨大な単眼のレンズに、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、そこから青黒い冷気のオーラが溢れ出す。

 機械巨人の全身を、内側から破壊していく。

 その巨大なHPバー。

 それが、一瞬でその輝きの半分を失っていった。

 機械巨人のHP、5割消し飛んだ。


『――モノアイ機能停止。自己修復プロトコル起動。修復中…修復中…』

 機械巨人の内部から、無機質な合成音声が響き渡る。

 その巨体は、その動きを完全に停止させた。

 その、致命的な隙。

 それを、主人公が見逃すはずもなかった。


「――終わりだ、鉄クズが!」


 彼は、その無防備なコアへと、容赦なく最後の、そしてとどめの一撃を叩き込んだ。

 再び、必殺技4連撃。

 ドゴォン!ズガァン!バギィン!ドッゴオオオオオン!!

 彼の渾身の連撃が、機械巨人のHPを、さらに2割削れる。

 残りHP、3割。


「…しぶといな」

 彼は、舌打ちした。

「じゃあ、次は8連撃だ!」

 彼は、雄叫びを上げた。

 そして、彼の神速の剣が、嵐のように吹き荒れる。

【無限斬撃】8発連撃。

 ザク、ザク、ザク、ザクッ!

 その尽きることのない、暴力の嵐。

 それに、機械巨人の残されたHPは、なすすべもなく削り取られていく。

 そして、最後の一撃がそのコアを完全に粉砕した、その瞬間。

 機械巨人の巨体は、内側から青白い光を迸らせ、やがて大爆発を起こし、その存在を完全に破壊した。


 静寂。

 後に残されたのは、山のようなドロップアイテムと、そしてその中心で、静かに剣を納める一人の王者の姿だけだった。

 その直後。

 彼の全身を、黄金の光が包み込んだ。

【LEVEL UP!】

【LEVEL 45 → 46】


『うおおおおおお!!!!』

『勝った!初見クリア!』

『最後のクリティカル、鳥肌立った!』

『A級中位、完全攻略おめでとう、JOKERさん!』


 コメント欄が、万雷の拍手喝采で埋め尽くされる。

 彼は、その声援に静かに頷いた。

 そして彼は、ドロップアイテムの山へと歩み寄った。

 そこに、二つのひときわ強い輝きがあった。


 ==================================== 名前: 腐敗のオーブ 種別: カレンシー(通貨) / クラフトアイテム 効果: このオーブをアイテムに使用すると、不可逆的な腐敗を起こす。 または、このオーブをマップデバイスに使用することで、任意のダンジョンエリアを「腐敗の領域」へと変化させることができる。 腐敗したエリアは、プレイヤーに強力なデバフを与えるが、その見返りとして、アイテムのドロップ率と経験値が大幅に上昇する。 ハイリスク・ハイリターンを求める熟練の探索者たちが、こぞって求める禁断の果実。

 名前: 腐敗のフラグメント【2】

 種別: マップフラグメント

 効果: 腐敗の女王が支配する領域への道筋を示す、四つの欠片の一つ。 これをマップデバイスに使用することで、何かが起こるかもしれない…。

 彼は、その二つのアイテムを静かに拾い上げた。

 そして彼は、ARカメラの向こうの言葉を失った観客たちに、静かに告げた。

 その声は、疲労と、そして自嘲に満ちていた。


「…あー、しんどかった」

「最初の一撃、マジで死にかけたな」


 彼は、そこで一度言葉を切った。

 そして彼は、最高の不敵な笑みを浮かべた。

 その瞳には、絶対的な王者の光が宿っていた。


「――だが、これが俺の求めるモノだ」




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