第158話
どれほどの時間を、そうしていただろうか。
彼は、ついに、その場所へとたどり着いた。
そこは、これまで通ってきた、無機質な摩天楼の谷間とは、明らかに違う空間だった。
巨大な、純白のドーム。
その内部は、一切の装飾がなく、ただ、どこまでも続く、白い床と壁が広がっているだけ。まるで、巨大なサーバー室か、あるいは、神殿の内部のような、静かで、神聖な空気が、そこにはあった。
そして、その広大な空間の中央。
そこに、それは、静かに鎮座していた。
一体の、機械仕掛けの巨人。
身長は、3メートルほど。
その全身を覆う装甲は、まるで最新鋭の戦闘機のように、滑らかな流線形の、白いセラミック素材でできている。関節部分には、金色のアクセントが施され、その気品のある佇まいは、これまでの雑魚敵とは、明らかに「格」が違うことを物語っていた。
その顔には、目も口もない。ただ、のっぺりとした白い仮面のような装甲があるだけ。
だが、その仮面の中央で、一つの、巨大な青いレンズが、静かに、しかし、確かな知性をもって、こちらを観察していた。
『なんだ…あれは…』
『ボスだ!間違いない!』
『かっけえええ…!ガンダムかよ!』
隼人は、ゴクリと喉を鳴らした。
その機械巨人の名を、ARシステムが表示する。
【クロノス・センチネル】
センチネルが、動いた。
その関節部分が、一切の音もなく、滑らかに駆動する。
そして、その青いレンズが、彼を、正確に捉えた。
次の瞬間、彼の脳内に、直接、無機質な合成音声が響き渡った。
『――脅威シグネチャ“JOKER”を検知。これより、衛生管理プロトコルを実行。対象を、排除します』
「良いぜ」
彼は、不敵に笑った。
「――かかってこいよ、鉄クズが!」
彼は、地面を蹴った。
先制攻撃。彼の十八番だ。
センチネルとの距離を一気に詰め、その懐で、必殺のスキルを叩き込む。
【衝撃波の一撃】、四連打!
ドゴォン!ズガァン!バギィン!ドッゴオオオオオン!!
凄まじい轟音と共に、彼の渾身の4連撃が、センチネルの白い装甲へと、寸分の狂いもなく叩き込まれる。
だが、その手応えに、彼は戦慄した。
硬い。
あまりにも、硬すぎる。
B級ボスの【古竜マグマロス】の鱗よりも、さらに硬質で、そして滑らかな感触。
彼の攻撃は、確かにダメージを与えている。センチネルのHPバーは、2割ほど、確かに削り取られた。
だが、それだけだった。
彼の必殺技は、その白い装甲に、わずかな亀裂を入れることしかできなかったのだ。
「なるほど、硬いな」
彼は、即座に距離を取る。
その彼の動きを予測していたかのように、センチネルが、次なる行動へと移った。
その全身の装甲が、カシャリ、という音と共に、わずかに展開する。
そして、その隙間から、無数の青白い光の粒子が溢れ出し、センチネルの周囲を、蜂の巣のような、六角形のエネルギーの壁が覆い尽くした。
『――防御モードへ移行。対侵入者用、広域殲滅システム、起動』
センチネルの、その言葉と同時に。
その巨体が、信じられない速度で、高速回転を始めた。
そして、その全身に展開されたバリアから、数百、数千という、極細の青いレーザービームが、360度全方位へと、無差別に乱射されたのだ。
それは、もはや回避不能な、死の弾幕。
部屋全体が、青い光の嵐に包まれる。
『うわああああ!なんだ、あの弾幕!』
『避けきれねえ!』
『JOKERさん!』
コメント欄が、悲鳴で埋め尽くされる。
だが、その絶望的な光景を前にして。
彼は、笑っていた。
心の底から、楽しそうに。
「――面白い」
彼は、呟いた。
その声は、どこまでも、楽しそうだった。
「トラップだらけの【皇帝の迷宮】で、死の舞踏を踊り続けた俺にとって、こんな単調な弾幕は…」
「――天国だぜ?」
彼は、踊り始めた。
死の光の、嵐の中で。
ステップ、スライディング、そして跳躍。
彼の動きは、もはや人間のそれではない。
一枚の木の葉が、暴風の中で舞うかのように。
彼は、その全てのレーザーの軌道を、完璧に見切り、その、ほんのわずかな隙間を縫うように、華麗に、そして、優雅に、舞い続けた。
彼の体には、一筋の光も、触れることはない。
あまりにも、神がかった、回避行動。
やがて、数秒間の弾幕の嵐が、止んだ。
センチネルの回転が、止まる。
大技の後の、わずかな硬直。
それこそが、彼が待ち望んでいた、最高の好機だった。
「――お返しだ」
彼は、センチネルの懐へと、再び、飛び込む。
そして、彼の、魂が、叫んだ。
「――傾け、天秤ッ!」
彼のユニークスキル**【運命の天秤】**が、その声に呼応するように、激しく脈打った。
世界の理が、捻じ曲がる。
彼が放つ、次の一撃。
それが、奇跡の輝きを、その身に宿した。
【衝撃波の一撃】、四連打!
ドッゴオオオオオンッ!!
最後の一撃が、センチネルの装甲を捉えた、その瞬間。
ありえない奇跡が、起こった。
クリティカルヒット!
これまでとは、比較にならない、凄まじい破壊音。
センチネルの、白い装甲が、まるでガラスのように、粉々に砕け散る。
そして、その奥にある、青く脈打つ、エネルギーコアが、完全に、剥き出しになった。
センチネルのHPバーが、一瞬で、6割も、吹き飛んだ。
そして、その巨体は、大きくよろめき、その場で膝をつく。
スタン状態。
絶対的な、チャンス。
「――チェックメイトだ」
彼は、その無防備なコアへと、容赦なく、最後の、そして、とどめの、一撃を叩き込んだ。
再び、【衝撃波の一撃】、四連打。
コアが、砕け散る音。
そして、センチネルの巨体は、内側から、青白い光を迸らせ、やがて、大爆発を起こし、その存在を、完全に、消滅させた。
静寂。
後に残されたのは、山のようなドロップアイテムと、そして、その中心で、静かに剣を納める、一人の王者の姿だけだった。
その、直後。
彼の全身を、黄金の光が包み込んだ。
【LEVEL UP!】
【LEVEL 40 → 41】
『うおおおおおお!!!!』
『勝った!初見クリア!』
『最後のクリティカル、鳥肌立った!』
『A級中位、完全攻略おめでとう、JOKERさん!』
コメント欄が、万雷の拍手喝采で、埋め尽くされる。
彼は、その声援に、静かに頷いた。
「よし。しばらくは、ここで金策しつつ、飽きたら、他のA級中位ダンジョンだな」
彼は、ドロップアイテムを手早く回収すると、その場にポータルを開いた。
次なる戦いへの、確かな手応えと共に。
彼の、A級での伝説は、今、始まったばかりだ。