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第157話

 西新宿の自室のドアを閉め、彼はまっすぐに転送ゲートへと向かった。昨日の熱狂と興奮は、一夜明け、プロフェッショナルとしての冷静な緊張感へと変わっている。今日の配信タイトルは、シンプルに【A級中位ダンジョン『機鋼の都、クロノポリス』初挑戦】。昨日の今日ということもあり、配信開始と同時に、彼のチャンネルには過去最大級の視聴者が津波のように押し寄せていた。


『ついに来たか!』

『デビュー戦!待ってた!』

『あの指輪の力、どれほどのものか見せてもらおうか!』

『頑張れJOKER!俺たちの3500万円の力を見せてやれ!』


「……俺だけの金じゃねえみてえだな、こりゃ」


 コメント欄の熱気に、彼は思わず苦笑した。だが、その声援が心地よいのも事実だった。背中に数万の視線を感じながら、彼はゲートの起動パネルを操作する。目的地として表示された、無機質な文字列。


【A級中位ダンジョン:機鋼の都、クロノポリス】


 承認ボタンを押すと、視界が白一色の光に包まれた。


 ◇


 光が収まった時、彼は巨大な建造物の前に立っていた。

 そこは、ダンジョンというよりは、一つの完成された都市だった。空には、歯車で構成された、鈍色に輝く人工の太陽。地平線の果てまで続くのは、黒曜石を削り出したかのような、滑らかで継ぎ目のない黒い道路。道の両脇には、真鍮とクロムで構築された、天を突くほどの摩天楼が、完璧な幾何学模様を描いて整然と立ち並んでいる。風の音はない。鳥の声も、虫の音もしない。ただ、都市の深奥から響いてくる、巨大な機械が規則正しく時を刻むかのような、重低音のハミングだけが、この街の空気を支配していた。


『うわ……すげえな、ここ』

『これがA級中位ダンジョンか…。下位とは雰囲気が違いすぎる』

『美しいけど、不気味だ…』

『生命の気配が一切しないな』


「ああ。噂には聞いていたが、これほどとはな」


 彼は、イヤホンから流れるミニマル・ミュージックの無機質な旋律が、この街の雰囲気と奇妙にマッチしているのを感じながら、最初の一歩を踏み出した。カツン、と彼のブーツが黒曜石の道に硬質な音を立てる。その音だけが、やけに大きく響いた。


 彼は警戒を最大レベルに引き上げながら、摩天楼の谷間に伸びる一本道を進んでいく。左右のビルには窓一つなく、ただ滑らかな壁面が続いているだけ。まるで、巨大な機械の内部に迷い込んだかのようだ。


 その、静寂と緊張が支配する時間が、どれほど続いただろうか。

 何の前触れもなく、それは起こった。


 カシャ、カシャカシャッ!


 道の両脇、それまで壁の一部にしか見えなかった金属パネルが、一斉に内側へとスライドする。そして、その暗闇の奥から、無数の赤い光点が、彼を捉えた。


 次の瞬間、金属を擦り合わせるような鋭い駆動音と共に、その格納庫から一体、また一体と、機械の兵士たちが姿を現した。その数、およそ40体。青銅色の重厚な装甲、右腕には鋭利なブレード、左腕には円形のシールドを構えた、人型のオートマタ。頭部には、感情のない赤いモノアイが、冷たい光を放っている。


『来たぞ!』

『いきなり大群かよ!』

『これがクロノポリスの雑魚敵、【警邏式オートマタ・ホプロン】だ!』

『噂通り、物理耐性と回避が異常に高いやつらだ!JOKER、気をつけろ!』


「……最高のお出迎えじゃねえか」


 彼の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


「早速来たな。じゃあ、いくぜ?」


 彼は、視聴者への挨拶代わりとばかりに、腰に差したユニーク長剣【憎悪の残響】を抜き放った。右手の指輪、【原初の調和】が、彼の決意に呼応するように、微かに輝く。魂に常時セットされた【憎悪のオーラ】が、彼の剣に淡い冷気をまとわせる。


 ――いくぞ。


 彼は、地面を蹴った。

 一瞬で敵集団のど真ん中に飛び込む。そして、彼はただ、同じ動作を、しかし神業的な速度で、四度繰り返した。


 ドゴォン!

 最初の【衝撃波の一撃】が炸裂し、前衛にいた数体のオートマタが、その純粋な物理衝撃で吹き飛ばされる。


 ズガァン!

 間髪入れず、二度目の【衝撃波の一撃】。右翼の敵が体勢を崩し、シールドを構える腕が明後日の方向を向く。


 バギィン!

 三度目の【衝撃波の一撃】。左翼に密集していた敵の装甲が、耐えきれずに砕け散る。


 ドッゴオオオオオン!!

 そして、最後の四度目。これまでで最大規模の衝撃波が、全てを飲み込んだ。


 凄まじい地響きと衝撃。吹き飛ばされたオートマタたちが、派手に火花を散らしながら、黒曜石の道に無様に転がっていく。

 彼は、その手応えに、即座に状況を判断する。硬い。そして、当たっていない。

 衝撃に耐えたオートマタたちが、装甲を凹ませながらも、一体として、完全に機能停止には至っていない。


『うそだろ!?』

『衝撃波を4発もぶち込んで、一体も倒せないのかよ!』

『硬すぎんだろこいつら!』

『スタンはしてるけど、数が多すぎる!』


「……なるほどな」


 彼は、後方へ跳躍して距離を取り、冷静に呟いた。


「A級下位の連中相手ですら、俺の命中率は75%程度だった。中位の相手じゃ、こうもなるか。まあ、想定の範囲内だ」


 問題は、火力ではない。命中率だ。


「だが、こっちもまだまだ上げられる」


 彼は、配信画面に、自らのステータスウィンドウを映し出した。


「今、未使用のステータスポイントが75余ってる。全部使う必要はねえな。……まあ、キリよく40振っておくか」


 彼は視聴者に見えるように、俊敏のステータスに40ポイントを投入した。

【俊敏:37 → 77】


 そして、魂にセットされている【精度のオーラ Lv.4】のジェム情報を表示させる。


「【精度のオーラ】を次のレベルに上げるには、俊敏が『68』必要だ。これで、条件はクリアした」


 次に、彼はインベントリを開き、そこに貯め込まれた【魔石】のスタックを示す。


「レベルアップには、こいつが必要になる」


 彼は承認ボタンを押した。彼の魂にセットされたジェムが、ひときわ強い輝きを放った。

【精度のオーラ Lv.4 → Lv.9】


「こいつのレベル9の効果で、俺の命中率は倍近くになる。A級中位の敵の回避力を、これで相殺できるはずだ」


 彼は視聴者に、自信に満ちた声でこう告げる。


「よし、これでいい。【原初の調和】による基礎火力の10%向上、そして【精度のオーラ】による命中率の安定。この二つだけで、結果は変わるはずだ」


 準備は、整った。

 再び体勢を立て直したオートマタの群れが、一斉にこちらへ向かって突撃してくる。


「もう一回、遊んでやろうぜ」


 彼は、再び地面を蹴った。

 先ほどと全く同じように、敵集団の中心で、必殺のスキルを四度、叩き込む。


 ドゴォン!ズガァン!バギィン!ドッゴオオオオオン!!


 だが、結果は、全く違った。


 彼の攻撃は、今度は一体一体のオートマタの急所を、確実に捉えていた。衝撃波の純粋な物理ダメージが、敵の装甲を内側から破壊していく。


「……そこだ」


 彼は、衝撃波で生まれた、ほんの一瞬の隙を逃さない。

 生き残った強固な個体に向かって、即座に主力技**【無限斬撃】**に切り替えた。


 ダダダダダッ!と、まるで機関銃のような速度で、彼の長剣がオートマタの装甲を滅多打ちにする。

 長剣が、青白い冷気をまとう。

 一撃ごとに、物理的な衝撃と共に、装甲を脆くする凍てつくような冷気が流れ込み、内部機構を破壊していく。マナ・リーチによってMPを回復しながら、尽きることのないリソースで、ただひたすらに重い一撃を叩き込み続ける。


 ガキン!バキン!と、金属の断末魔が響き渡る。一体、また一体と、オートマタが致命的なダメージを受けて沈黙し、最後にはその機能を完全に停止させていく。

 中には、彼の冷気ダメージによって体が凍りつき、物理的な追撃で木っ端みじんに砕け散る個体もいた。


 そして、最後の一体が、彼の剣によって真っ二つにされ、光の粒子となって消えた時。

 後に残されたのは、静寂を取り戻した黒曜石の道と、おびただしい数のドロップアイテムだけだった。


『……すげえ』

『マジかよ…一掃しやがった…』

『これだよ!これが見たかったんだ!』

『さっきの苦戦が嘘みたいだ!対応力エグすぎる!』


「……よし」


 彼は、短く息を吐き、剣を振って付着したオイルを払った。


「最初の一撃である程度は削れてたかもしれんが……良い感じに掃除出来るな」


 手応えは、完璧だった。ステータスへの投資、そしてスキルの判断。その全てが、完璧に噛み合った結果だ。


「他のスキルレベルを上げるのもいいが……まあ、今の火力に不満になるまでは、保留にするか」


 彼は、ドロップしたアイテムを手早く回収しながら、次の獲物を探す。


「さて、と。次の試し斬りを探さないとな」


 彼の口元には、自信に満ちた、そして、これから始まる本当の戦いへの期待に満ちた笑みが、浮かんでいた。



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