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第148話

【ギルド公式プレスリリース】

 件名:【若返りの薬】落札者判明。欧州の鉄鋼王が10兆円で落札。「日本のS級に感謝」と異例の声明を発表。


[写真:声明を発表する代理人の横で、厳重なケースに収められた【若返りの薬】がギルド職員から落札者代理人へと手渡される瞬間]


 昨日、全世界の探索者と富豪たちの注目を集めた【若返りの薬】の公式オークションは、日本時間の午後10時、入札開始からわずか1時間で、10兆円という、史上最高額で落札され、その幕を閉じた。


 落札者の正体については様々な憶測が飛び交っていたが、本日、代理人を通じてその身元が公式に発表された。

 この歴史的な取引を制したのは、欧州を拠点とする、鉄鋼・エネルギー産業の巨大複合体『エルンスト・インダストリー』の総帥、**ルドヴィグ・フォン・エルンスト氏(82)**であった。


 エルンスト氏は、長年メディアへの露出を避け、その姿は謎に包まれていたが、代理人が発表した声明文は、彼の長年の渇望と、そして今回の落札に対する深い感謝の念を雄弁に物語っていた。


「我が主、エルンストは、この奇跡をもたらしてくれた、日本の名もなきS級冒険者に対し、心からの敬意と感謝を表する。彼の勇気と実力がなければ、我々がこの『失われた10年』を手にすることは、決してなかっただろう」


 声明は、異例の内容で続けられた。


「そして、この奇跡の産物が、再び我々の手の届く場所で産出されることを願い、我がエルンスト財団は、今後、我が国の探索者ギルドと若手冒険者への支援を、現在の10倍以上に強化することを、ここに約束する。これは、競争ではない。人類全体の、未来への投資である」


 この声明は、表向きは美辞麗句に満ちているが、その裏では、世界の富と権力が、ダンジョンから産出される「奇跡」を巡り、国家レベルでの熾烈な争奪戦の時代に突入したことを、明確に示唆している。


 SS級への挑戦権、9兆5000億円でその手に。新たな神の誕生に期待高まる

 一方、世界の注目は、今やこの歴史的な取引のもう一人の主役…この【若返りの薬】を出品した、匿名のS級ランカーへと集まっている。


 ギルドの手数料5%(5000億円)を差し引いても、彼の元には9兆5000億円という、常識では考えられないほどの莫大な資金が、転がり込んだことになる。

 この資金の使い道について、ギルド内部の関係者は、匿名を条件に我々の取材にこう答えた。


「間違いない。彼は、SSS級への昇格に、その全てを注ぎ込むだろう。S級からSSS級への壁は、単なるレベルや戦闘能力の差ではない。装備、スキル、研究、そして時には政治力。その全てを神の領域へと引き上げるための、途方もない『格』が、必要になる。その『格』を金で買うとすれば、数兆円という単位は、決して大げさな数字ではない。彼は、この薬一つで、その挑戦権を、手に入れたのだ」


 日本の冒険者コミュニティから、新たなSSS級…神々の領域に足を踏み入れる者が、近いうちに誕生するかもしれない。

 その匿名の挑戦者の動向と、世界のパワーバランスの行方から、我々は一瞬たりとも目が離せない。





 日本最大の探索者専用コミュニティサイト、『SeekerNet』。

 その日、その場所は、一つの巨大な「祭り」の会場と化していた。

 全ての掲示板、全てのカテゴリーが、ただ一つの話題で埋め尽くされている。

 匿名のS級ランカーが出品した【若返りの薬】。

 そして、それが叩き出した**「9兆5000億円」**という、天文学的な落札価格。

 その衝撃は、トップランカーたちの世界だけにとどまらなかった。

 むしろ、その熱狂の渦の中心にいたのは、日々、ダンジョンの下層で泥にまみれ、明日の生活のために戦う、名もなき冒険者たちだった。


【SeekerNet 掲示板】


 スレッドタイトル:【祝】9兆5000億円!夢、ありすぎワロタwww【俺もS級なる】 Part. 5


 1: 名無しのF級探索者

 祭りだあああああああああああああああ!!!!!!

 見たか、お前ら!9兆5000億円!きゅうちょうごせんおく!

 もう、数字が大きすぎて、意味が分からん!www

 日本のS級、マジでパねえな!俺たちの誇りだ!


 2: 名無しのE級(学生バイト)

 やばい、やばい、やばすぎる…。

 俺が、コンビニの夜勤で必死に稼いでる時給が、1200円だぞ…。

 9兆5000億円って、俺が何億年働けば届くんだよ…。

 計算する気にもならんわ…。


 3: 名無しのD級(元サラリーマン)

 はぁ…。俺、何のために会社辞めて、探索者になったんだろうな…。

 C級ダンジョンで、命からがら持ち帰った魔石が、数万円。

 笑っちまうぜ、本当に。

 だが、これが夢なんだよな。この一発逆転があるから、俺たちはやめられねえ。


 4. 名無しのC級パーティリーダー

 だよな!

 俺たちも、いつかS級に上がって、若返りの薬、ドロップさせるんだ!

 そしたら、パーティのみんなで山分けして、一生遊んで暮らそうぜ!

 今日の酒は、美味くなるぞ!


 5: 名無しのB級ヒーラー

 え、山分けしてくれるんですか、リーダー!?

 やったあ!じゃあ、私、南の島に別荘買います!


 6: 名無しのB級タンク

 俺は、世界中の美味いもん、食い尽くしてやる!


 7: 名無しのF級探索者


 4

 うおおおお!俺も、そのパーティに入れてくれ!


 スレッドは、そんな他愛のない、しかし希望に満ち溢れた言葉で、溢れかえっていた。

 誰もが、自分もまた、あの匿名のS級ランカーのようになれるかもしれないと、夢を見ていた。

 9兆5000億円という、あまりにも巨大な成功物語。

 それは、ダンジョンという新たなゴールドラッシュに沸くこの国で、何よりも甘美な麻薬として、人々の心を酔わせていた。

 だが、そのお祭り騒ぎの、華やかな熱狂の中で。

 一つの、あまりにも現実的で、そして切実な「悩み」が、投下された。

 投稿主は、二人の子供を持つ、B級の中堅探索者だった。


 352: 名無しのB級(子持ちパパ)

 皆、盛り上がってるところ、悪いな。

 ちょっと、聞いてくれ。俺の、本気の悩みだ。


 そのあまりにも真剣な書き出しに、スレッドの空気が、わずかに変わった。


 353: 名無しのB級(子持ちパパ)

 うちには、中学二年生の息子がいるんだ。

 俺が冒険者ってこともあって、物心ついた頃から、ダンジョンや探索者に、強い憧れを持っていた。

 将来の夢は、もちろん冒険者。

 だから、俺も嫁さんも、それを応援しててな。小学生の頃から、ギルドが運営してる、冒険者育成スクールに通わせてるんだ。


 354: 名無しのC級探索者


 353

 良い話じゃねえか。最高の英才教育だな。


 355: 名無しのB級(子持ちパパ)

 ああ、そう思ってたんだ。昨日まではな。

 昨日の夜、息子が、例のオークションのニュースを、目をキラキラさせながら見てたんだよ。

 そして、興奮した顔で、俺にこう言ったんだ。

「父さん、俺、決めた。中学卒業したら、すぐに冒険者になる」ってな。


 356: 名無しのD級探索者

 おお、気合入ってるな!


 357: 名無しのB級(子持ちパパ)

 気合が入りすぎてるんだよ…。

 元々、高校に進学して、冒険者ライセンスを取るって約束だったんだ。

 なのに、今回のニュースで、完全にその夢が、炸裂しちまったらしい。

 俺が、「待て待て、流石に高校くらいは出ておけ」って言っても、全く聞く耳を持たねえ。

「JOKERさんだって、若い頃から裏社会で戦ってたんだろ!?学校に行ってる時間なんて、無駄だ!俺は、一日でも早く強くなって、S級になるんだ!」って、一点張りだ。

 挙げ句の果てには、「父さんみたいに、B級で満足してるような、中途半半端な冒険者には、なりたくない」とまで、言われちまった。


 そのあまりにも、残酷な、息子の言葉。

 スレッドに、一瞬の、沈黙が流れた。


 358: 名無しのB級(子持ちパパ)

 …気持ちは、分かるんだ。

 俺も、冒険者だからな。

 この世界が、若さと、時間が、何よりも重要だってことは、痛いほど理解してる。

 だが、親としては、どうしても、高校だけは卒業してほしいと思ってしまう。

 万が一、怪我をして、冒険者を続けられなくなった時。その時のための、最低限の保険として。

 俺は、口を酸っぱくして、そう教えてるんだが…。

 なあ、皆はどう思う?

 俺が、古いんだろうか。

 今の時代、中卒で冒険者デビューってのは、本当に「アリ」なのか…?


 その、父親としての、魂の叫び。

 それは、このスレッドの空気を、完全に変えた。

 お祭り騒ぎは終わり、そこから、この世界の、若者たちの「未来」を巡る、大激論が、始まったのだ。


 381: 名無しのC級(高卒フリーター)


 358

 いや、パパさんの気持ちも分かるけど、俺は息子さんの意見も分かるぜ。

 正直、今の時代、高校の勉強なんて、何の役にも立たねえよ。

 微分積分ができても、ゴブリンは倒せねえからな。

 それよりも、15歳から18歳っていう、一番体が動いて、一番成長できる、その黄金の3年間。

 それを、ダンジョンに全振りする。

 そのアドバンテージは、計り知れねえと思うぜ。

 時間があるっていうのは、それだけで、最高の武器だ。


 388: 名無しのD級(元サラリーマン)


 381

 お前の言うことは、一理ある。だが、あまりにも視野が狭すぎる。

 いいか、人生はダンジョンだけじゃないんだ。

 もし、彼がC級あたりで伸び悩み、あるいは大怪我をして、引退せざるを得なくなったらどうする?

 中卒の元冒険者に、どんな仕事がある?

 結局、社会の底辺で、日雇いの肉体労働をするしかないんだ。

 高校卒業という資格はな、彼が冒険者を辞めた後の、人生の、最低限のセーフティネットなんだよ。

 それを、親が用意してやらないで、どうするんだ。


 395: 名無しの現役女子高生A級

 えー、でも、どっちも考え方が極端すぎません?

 別に、両立すればいいだけの話じゃないですか?

 私、普通に高校通ってますよ。毎日、授業受けて、部活して、友達と遊んで。

 そして、放課後と休日に、ダンジョンに潜ってます。

 確かに、時間は限られてますけど、その分、集中して効率的にやれば、全然強くなれます。

 それに、高校生活って、めちゃくちゃ楽しいですよ?文化祭とか、修学旅行とか、好きな人とのこととか…。

 そういうの、全部捨ててまで、ダンジョンに籠もるなんて、私には考えられないなあ。

 青春、だぜ?(←言ってみたかった)


 そのあまりにも、リアルで、そして説得力のある、女子高生の意見。

 それに、スレッドの空気が、少しだけ和んだ。

『JK、強え…』『A級で、それ言われたら、何も言えねえわ…』

 だが、その和やかな空気を、一つの重い、そして当事者からの言葉が、断ち切った。


 412: 名無しのA級@中卒(18歳)

 横から、失礼します。

 俺は、15で中学を卒業して、すぐに冒険者になりました。

 親には、勘当同然で、家を追い出されました。

「お前みたいな、社会不適合者は、野垂れ死ね」と。

 最初は、本当に地獄でした。

 金も、コネも、知識もない。

 F級ダンジョンで、ゴブリン一体に殺されかけたことも、一度や二度ではありません。

 同期の奴らが、高校で青春を謳歌している間、俺は、ダンジョンの泥水と、モンスターの返り血に、まみれていました。

 何度も、後悔しました。

 何度も、辞めようと思いました。

 だが、俺には、これしか、なかった。


 彼は、そこで一度、言葉を切った。

 スレッドの誰もが、息を呑んで、彼の次の言葉を待っていた。


 413: 名無しのA級@中卒(18歳)

 だが、その3年間があったからこそ、今の俺がいます。

 同世代の誰よりも、ダンジョンのルールを、モンスターの癖を、そして、この世界の理不尽さを、知っている。

 そして、今、俺は18歳で、A級です。

 親も、今では何も言いません。むしろ、頭を下げて、金の無心をしてくるくらいです。

 だから、パパさん。

 俺が言えるのは、一つだけです。

 今の時代、中卒で冒険者デビューは、全然ありです。

 ただし、それは、彼が、自らの人生の全てを、ダンジョンに捧げる覚悟があるのなら、という話です。

 中途半端な覚悟なら、やめておけ。

 高校に行って、友達と笑い合っている方が、よっぽど幸せな人生を送れる。

 最後に、決めるのは、息子さん自身です。

 親にできるのは、その覚悟が本物かどうかを、見極めてやることだけじゃないでしょうか。

 長文、失礼しました。


 そのあまりにも重く、そして真摯な、当事者の言葉。

 それに、スレッドは、賞賛と、そして深い感銘の言葉で、埋め尽くされた。

 最初に悩みを打ち明けた、子持ちのパパもまた、その言葉に、何かを、見出したようだった。


 455: 名無しのB級(子持ちパパ)

 …ありがとう。

 目が、覚めた気がする。

 俺は、あいつの覚悟を、まだ、見ていなかったのかもしれない。

 もう一度、腹を割って、話してみるよ。

 本当に、ありがとう。



【SeekerNet 掲示板】


 スレッドタイトル:【9兆5000億円】もう、俺たちが目指すのはS級しかない【夢と絶望】 Part.8


 112: 名無しのC級探索者

 はぁ…。まだ、昨日の興奮が冷めやらないわ。

 9兆5000億円か…。

 俺の生涯年収、何回分だよ…。


 113: 名無しのB級タンク

 だよな。

 俺、昨日、嫁さんに「いつかS級になって、9兆5000億円稼いでくるからな!」って言ったら、「寝言は寝て言え」って、真顔で言われたぜ。

 つれねえよな、全く。


 114: 名無しのD級(学生)

 でも、夢があるよな!

 匿名とはいえ、日本のS級の誰かが、それを成し遂げたってことだろ?

 俺たちにも、チャンスがあるってことだ!

 俺、今日のダンジョン周回、いつもより3割増しで頑張れそうだわ!


 スレッドは、そんな他愛のない、しかし確かな希望に満ちた言葉で、溢れていた。

 だが、その和やかな空気に、一つの重い言葉が投じられた。

 投稿主は、A級の情報屋として知られる、あのコテハンだった。


 121: 名無しのA級(情報屋)

 お前ら、浮かれてるところ悪いが、少し冷静になれ。

 若返りの薬で、9兆5000億円。確かに、すげえ話だ。

 だがな、この世界には、それとは比較にならないほどの、「本当の奇跡」が存在することを、忘れてるんじゃねえか?


 その意味深な、問いかけ。

 それに、スレッドが、ざわついた。

『え?』『若返りの薬以上の、奇跡だと…?』

 そして、情報屋は、その「答え」を告げた。


 122: 名無しのA級(情報屋)

 ああ。

【女神の涙】。


 名前:

 女神のめがみのなみだ

(Goddess's Tear)


 レアリティ:

 神話級 (Mythic-tier)


 種別:

 聖遺物 / 神のしずく (Holy Relic / Divine Drop)


 効果:

 この一滴の雫を飲んだ者は、その肉体を、その者が本来持つべき**『宿命』**の形へと完全に回帰させる。

 後天的な、あるいは先天的な、あらゆる病魔、呪い、身体の欠損は、その存在を許されず、あたかも「初めからそうであった」かのように、完璧な健康状態へと復元される。

 この一滴は、生命の理そのものが結晶化した至上の奇跡であり、いかなる魔法や技術をもってしても、その模倣・複製は不可能である。


 フレーバーテキスト:

 王は、富で権力を買った。

 英雄は、力で名声を買った。


 では、失われた我が子の命を、誰が買うというのか。

 戦場で失ったはずの、その腕を。

 生まれながらに、その身を蝕む病を。


 彼らは、祈る。

 資産の全てを投げ打ってでも、ただ、一度の奇跡を。


 彼らが本当に求めているのは、癒やしではない。

 病を知らぬ健やかな朝を、欠けることなき五体で、愛する者と笑い合う。

 その、あり得たはずの『もしも』の世界。

 たった一度の、やり直しの機会だ。


 お前ら、そう言えば、今年はまだ、あれが出てないことに、気づいてるか?


 その一言。

 それが、このスレッドの空気を、完全に変えた。

 若返りの薬への熱狂は、一瞬にして、より深淵で、より神話的な、もう一つの奇跡への渇望へと、その姿を変えていった。


 125: 名無しのC級探索者

 …言われてみれば、確かに。

 毎年、世界のどこかで、1個か2個は必ずドロップ報告があったはずだ。

 なのによ、もう今年の後半だぞ?

 まだ、一件も、ニュースになってねえじゃねえか。


 128: 名無しのB級ヒーラー

 え、それって、もしかして…。

 もしかして、次は、日本で出るんじゃないかな…!?

 若返りの薬も、日本だったし!

 今、日本のダンジョンに、何か大きな「流れ」が来てるのかも!


 その、あまりにも希望的で、そして根拠のない、妄想。

 だが、その一言が、スレッドの熱狂に、再び火をつけた。


 131: 名無しのD級(夢想家)

 うおおおおお!ありえる!絶対、ありえるぞ!

 俺たちのヒーロー、JOKERさんが、引き当ててくれるに違いねえ!

 彼の【運命の天秤】なら、女神の涙すらも、引き寄せられるはずだ!


 133: 名無しのA級(情報屋)

 はっ、お前ら、おめでたいな。

 だが、その妄想は、悪くない。

 もし、日本で出たら、一体いくらになるんだろうな。

 前回が、中東の王族と、新興国家の独裁者が、ガチの殴り合いをして、最終的に30兆5000億円だったか。

 あれは、三年前の話だ。

 世界の富は、この3年で、さらに偏在している。

 次は、もっと行くんじゃねえか? 40兆は、固いだろうな。


 その、もはや国家予算ですら、ない、天文学的な数字。

 それに、スレッドの住人たちは、もはや笑うしかなかった。

 だが、その狂乱の中で、一つの冷ややかな、そしてどこか現実的な、陰謀論が投下された。


 155: 名無しの陰謀論者

 お前ら、本当に「まだ出てない」と思ってるのか?

 あまりにも、ピュアすぎやしないか?

 俺は、違うと思うね。

 とっくに、すでに出ていて、どこかのSSS級ランカーが、隠し持ってるんだろ。


 その衝撃的な、仮説。

 それに、スレッドが、再び、ざわついた。

『は?』『どういうことだ?』


 156: 名無しの陰謀論者

 考えてみろ。

 若返りの薬は、確かに強力だ。だが、あれはあくまで「延命」だ。

 だが、【女神の涙】は違う。

 あれは、「救済」だ。

 不治の病、身体の欠損、その全てを、癒やす。

 SSS級っつっても、人間だ。

 その家族が、恋人が、あるいは、かけがえのない仲間が、いつ、そんな絶望の淵に立たされるか、分からん。

 これは、あまりにも有用すぎる。万が一の時のための、『保険』として、一本ぐらい、誰にも言わずに持ってても、おかしくないだろう?

 ギルドに報告する義務も、法的にはないからな。


 そのあまりにも、説得力のある、推理。

 それに、多くの者が、納得しかけていた。

 だが、その流れに、待ったをかける者がいた。

 投稿主は、ギルドの内部事情に詳しいと噂される、あの男だった。


 168: 元ギルドマン@戦士一筋


 156

 お前の言うことにも、一理ある。

 だが、一つ、大きな見落としがあるな。

 それは、ギルドの情報網を、なめすぎだということだ。

 確かに、ドロップを秘匿することは可能かもしれん。

 だがな、SSS級が、そのレベルのアーティファクトを使った場合、その痕跡は、必ず世界のどこかに、現れる。

 魔素の、流れ。

 因果の、揺らぎ。

 我々ギルドの、最上位の観測班は、それを、決して見逃さない。

 そして、今のところ、その兆候は、世界のどこにも、観測されてはいない。

 つまり、まだ、使われてはいない。

 それが、俺の見解だ。


 その、内部の人間しか知り得ない、リアルな情報。

 それに、陰謀論者も、沈黙せざるを得なかった。

 だが、彼は、最後にもう一つの、より根源的な、爆弾を投下した。


 175: 名無しの陰謀論者

 …ふん。ギルドの言うことが、全て真実だとでも?

 まあ、いい。その話は、置いておこう。

 だがな、俺が、本当に言いたいのは、そこじゃない。

 そもそも、年間1~2本という、ギルドの公式発表が、本当に正しいのかってことだ。

 もっと、出てる可能性もあるんじゃねえか?

 ギルドが、その価値を維持するために、情報を、操作している、とかな。


 その、あまりにも、冒涜的な、疑念。

 それに、スレッドの空気が、凍りついた。

 そして、その疑念を、補強するかのように、別のユーザーが、一つの「噂」を、書き込んだ。


 181: 名無しのB級(噂好き)


 175

 分かるぜ…。俺も、その噂、聞いたことある。

 なんでも、S級ダンジョンってのはな、俺たちが想像してるような、ただ強いだけの敵がいる場所じゃ、ないらしい。

 その最深部には、神々の時代の、遺物が、ゴロゴロ転がってるって話だ。

 若返りの薬だの、女神の涙だの、そんなもんは、ただの「ハズレ」で。

 マジで、夢のようなアイテムが、山程ドロップするらしいからな。

 ギルドは、その情報を、独占して、俺たち下級の探索者には、分け与えていないんだ、と。


 その、あまりにも、荒唐無稽な、しかしどこか、魅力的な、陰謀論。

 それに、スレッドは、再び、祭り状態へと、戻っていった。

『マジかよ!』『S級、夢ありすぎだろ!』

 その、熱狂と、混沌の中で。

 一人の、F級の、新人が、ぽつりと、その、あまりにも素朴で、そして切実な、願いを、書き込んだ。

 その一言が、この日の、全ての議論の、オチとなった。


 201: 名無しのF級(本日もゴブリンの耳)

 はぁ…。30兆だの、SSS級の陰謀だの、話がデカすぎて、もう、何が何だか、分かんねえや…。

 マジで、羨ましい…。

 俺は、ただ、願うだけだ。

 明日、入る、ゴブリンの洞窟の、一番奥の、宝箱から。

 ポロっと、女神の涙が、F級から出て欲しいわw


 その、あまりにも、切実な、魂の叫び。

 それに、スレッドは、この日、一番の、温かい笑いに、包まれた。

『wwwwwwwwwww』

『夢、見すぎだろwww』

『だが、その気持ち、痛いほど分かるぜ、新人!』



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