表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/491

第128話

 西新宿の夜景が、彼の部屋の窓を淡く照らしている。

 神崎隼人 "JOKER" は、ギシリと軋む古びたゲーミングチェアから、静かに立ち上がった。

 彼の魂は、これ以上ないほどの、静かな、そして確かな闘志に満ち溢れていた。

 レベル40。

 要求筋力、100。

 そして、彼のビルドの最後の弱点を埋める、究極の胴装備、【鋼鉄の炉心】。

 A級への挑戦権を得るための、全てのピースは揃った。

 昨夜、彼はあの忌々しい敗北から、多くのことを学んだ。

 そして今、その学びを「結果」として証明する時が来た。

 彼のギャンブラーとしての血が、最高のテーブルでの次なる勝負を求めて、熱く、そして激しく脈打っていた。


 彼は、配信のスイッチを入れた。

 そのタイトルは、彼の揺るぎない決意と、そしてこれから始まるショーへの絶対的な自信を、これ以上ないほど雄弁に物語っていた。


『【A級リベンジ】星霜の書庫、完全攻略』


 そのタイトルが公開された瞬間、彼のチャンネルには、通知を待ち構えていた数万人の観客たちが、津波のように殺到した。

 コメント欄は、期待と興奮と、そしてそれ以上に大きな不安が入り混じった、熱狂の坩堝と化していた。


『きたあああああああ!リベンジマッチ!』

『待ってたぜ、JOKERさん!』

『レベル40!そして、あの鎧!見せてくれ、あんたの本当の力を!』

『でも、相手はA級だぞ!本当に、大丈夫なのか…?』

『今度こそ、勝ってくれ!俺たちの、希望なんだ!』


 その熱狂と心配の声をBGMに、隼人は転移ゲートをくぐった。

 彼がたどり着いたのは、静寂と、そして死の匂いに満ちた、あの場所。

 A級下位ダンジョン、【星霜の書庫】。

 天まで届くかのような巨大な本棚が、迷宮のように入り組んで並んでいる。

 床には、埃をかぶった分厚い絨毯が敷き詰められ、全ての足音を吸収する。

 空気中には、古い紙とインクの匂い、そしてどこか甘い腐敗臭が混じり合っていた。

 前回、彼に屈辱的な敗北を味わわせた、因縁の舞台。

 そして、彼は感じた。

 A級の洗礼。

 世界の呪いが、強化される。

 彼の魂に、直接冷たい枷がはめられたかのような、不快な感覚。

 彼のARウィンドウに表示された全属性耐性の数値が、一斉に引き下げられた。

 だが、彼の表情は、前回とは全く違っていた。

 彼の全身を、あの時とは比較にならない、重厚な鋼の鎧…【鋼鉄の炉心】が守っていたからだ。

 その鎧がもたらす、火耐性+35%、冷気耐性+15%の恩恵。

 それが、A級の呪いによって削られた彼の耐性を、完璧に補っていた。

 彼の元素耐性は、火、氷、雷、その全てが、再び上限である75%の輝きを取り戻していた。

 鉄壁の、再構築。


 彼が最初の巨大な閲覧室へと足を踏み入れた、その瞬間。

 戦いの火蓋は、唐突に、しかし彼の予想通りに、切って落とされた。

 ホールの四方八方、高い本棚の上から、無数の影が、一斉にその姿を現したのだ。

 その数、およそ20体。

 全てが、ボロボロの魔術師のローブをその身にまとい、その骨の手には、歪な木の杖が握られている、骸骨の魔術師。

【書庫の番人】。

 そして、彼らがこの世で最も得意とする、たった一つの仕事。

 それは、「沈黙」させること。


 プリーストたちが、一斉にその骨の指先を隼人へと向けた。

 一切の詠唱なく、その周囲の空間から、数十、数百という青白い魔力の弾丸が生成され、嵐となって隼人へと襲いかかった。

 開幕、サイレンスと敵の魔法弾幕が襲う。

 前回、彼のHPを一瞬にして蒸発させた、悪夢の光景。

 だが、今の隼人は違った。

 彼は、その弾幕を避けない。

 彼は、その場に仁王立ちし、左手に構えた盾、【背水の防壁】を、その前面に構えただけだった。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!

 無数の魔法弾が、彼の体に次々と着弾する。

 その多段ヒットして、彼の体に、これまで経験したことのない、凄まじい衝撃が走る。

 ガキン、ガキン、ガキンッ!

 鎧が、悲鳴を上げる。

 そして、彼の視界の隅で、赤い警告が激しく点滅した。

 彼のHPバーが、一瞬にして大きく削り取られる。

 だが、その減少は、前回の絶望的なそれとは、明らかに違っていた。

 彼のHPは、6割削る程度である。

 残りのHPは、4割。

 死には、まだ遠い。


 彼は、その確かな手応えにニヤリとして、ARカメラの向こうの観客たちに、そして目の前の骸骨の軍勢に、宣言した。

「――早速、装備更新した結果が出たな」

 その言葉は、絶対的な王者の宣告。


 彼は、奥歯をギリと噛みしめながら、ベルトに差した最後の生命線…ライフフラスコを呷り、反撃の狼煙を上げる。

 彼は、この膠着した戦況を、そしてこの理不尽なテーブルを、自らの手でひっくり返すことを決意した。

 やることは、ただ一つ。

 必殺技を、4連発する。


「――お前ら、まとめて吹き飛べやッ!」

 彼は、雄叫びを上げた。

 そして彼は、そのありったけの魔力を解放した。

 彼の右腕に、力が集中する。

 長剣が、赤い闘気のオーラを、その身に激しく纏った。

【必殺技】衝撃波の一撃ショックウェーブ・ストライク

 彼は、それを書庫の番人たちの集団のど真ん中へと叩き込んだ。

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 一発目。

 凄まじい轟音と共に、書庫の床が砕け散る。

 衝撃波を受け、番人たちの脆弱な体は、なすすべもなく吹き飛ばされる。

 そして彼は、間髪入れずに二発目を叩き込む。

 彼のMPは、まだ潤沢に残っている。

 マナマスタリーがもたらした恩恵だ。

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 二発目。

 数体の番人が、光の粒子となって消滅した。

 そして、三発目。

 四発目。

 彼は、自らのMPが許す限り、その質量の暴力を戦場に叩きつけ続けた。

 それは、もはや戦闘ではない。

 ただ、一方的な爆撃。

 広間全体が、彼の必殺技によって、何度も何度も揺れ動く。

 やがて、衝撃波の嵐が収まった時、そこには、まだ数体の敵が残っていた。

 前回の同じく、雑魚敵の数は、4割残った。


「…チッ、まだ残ってやがったか」

 隼人は、舌打ちした。

 彼の必殺技の4連発を、耐えきった。

 それこそが、A級の証。

 生き残った番人たちが体勢を立て直し、再び魔法の弾幕を放ってくる。

 だが、隼人はもはや動じない。

 彼のHPは、【背水の防壁】の驚異的なリジェネ能力によって、すでに5割以上にまで回復している。

 彼は、その弾幕をあえて、その身に受け止める。

 彼の体に、堅牢化のバフがスタックしていく。

 ダメージカット、21%。

 そして、彼の驚異的なHPリジェネ。

 その二重の保険が、彼のHPを5割まで抑えられる。

 ここからが、前回とは違う。

 彼は、残った敵を、余裕を持って通常技で殲滅することを選択する。

【無限斬撃】。

 だが、彼の神速の剣は、時折、敵を捉えることができない。

『Miss』

 彼の攻撃は、75%しか当たらない。

 そして、当たっても敵は硬い。

 一体の番人を倒すのに、数回の斬撃が必要になる。

 前回であれば、その1匹の雑魚を処理してる間に、他の番人からの魔法弾幕の格好のまとになり、またHPが3割まで減るという、悪夢のループに陥っていたはずだ。

 だが、今の彼は違う。

 彼のHPは、確かにじりじりと削られていく。

 だが、その減少量を、彼のリジェネが上回っている。

 彼は、もはや死なない。

 その絶対的な安心感が、彼の立ち回りに、これまでにないほどの「余裕」を生み出していた。

 彼は、もはやギリギリの死のダンスをしながら戦う必要はない。

 ただ、冷静に、そして確実に、一体、また一体と敵を処理していく。

 その動きは、あまりにもきれいに倒していけるなと、彼自身も思うほど、洗練されていた。


 静寂が戻る。

 後に残されたのは、おびただしい数のドロップアイテムと、そしてその中心で、肩で軽く息をしながらも、その表情に一切の焦りを見せない、一人の王者の姿だけだった。

 彼のリベンジは、終わった。

 そして、その光景を見ていた数万人の観客たちが、一斉に爆発した。

 コメント欄が、**「リベンジ成功!」**という、祝福と賞賛の嵐で、埋め尽くされていく。


『うおおおおおお!勝った!』

『これが…これが、俺たちのJOKERだ!』

『あの絶望的な弾幕を、耐えきったぞ!』

『装備更新、大正解だったな!』


 彼は、その声援に、静かに頷いた。

 そして彼は、ARカメラの向こうの観客たちに、そして自らの魂に言い聞かせるように、呟いた。


「…なるほどな」

「A級下位の洗礼は、充分満喫したぜ」

「――だが、もうこのテーブルのルールは覚えた」


 彼は、ドロップした魔石を拾い上げると、この忌々しい、しかし最高の学びの場となった図書館の、さらに奥深くへと、その歩みを進めていく。

 彼の本当のA級攻略が、今、始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ