第127話
彼の配信チャンネルに、一つの新たなショーの幕開けを告げるタイトルが表示された。
それは、彼のこれまでの華々しい配信とは一線を画す、地味で、しかしその奥に、揺るぎない決意を感じさせるものだった。
『【A級への道】Lv40になるまで終わらない配信』
そのタイトルが公開された瞬間、彼のチャンネルには、通知を待ち構えていた数万人の観客たちが、津波のように殺到した。
コメント欄は、彼のそのストイックな宣言に、驚きと、そして熱狂的な応援の声で、埋め尽くされていた。
『うおおおおお!耐久配信かよ!』
『Lv40まで終わらない!?マジか!』
『JOKERさんの本気のレベリングが見られるのか!胸が熱くなるな!』
『B級超位でレベル上げか?あそこは経験値美味いからな』
『無理はするなよ!俺たちずっと付き合うからな!』
その熱狂を背中に感じながら、隼人は転移ゲートへと向かった。
彼が選んだ次なる「作業場」。
それは、彼が一度は制覇した、あの場所。
B級超位ダンジョン、【忘れられた神々の実験場】。
あそこならば、敵の数も多く、経験値効率もいい。
そして、何よりも、今の彼にとっては、もはや安全な狩場だった。
彼は、その歪んだ空間へと、再びその身を投じた。
配信が始まった。
彼は、まずARウィンドウを開き、自らのステータス画面を、視聴者に共有した。
そして彼は、温存してきた125ポイントのステータスポイントに、手をつけた。
「まず、こいつだ」
彼は、筋力の項目に、30ポイントを迷いなく割り振った。
彼のステータスウィンドウの数字が、更新される。
筋力: 70 -> 100。
「これで、いつでもあの鎧は着れる。残るは、レベルだけだ」
彼のそのあまりにもクレバーで、計画的な一手。
それに、コメント欄が感嘆の声で、沸き立った。
そして、彼の地獄の、しかしどこか穏やかなレベリングが始まった。
B級超位を5日籠もり、彼はただ黙々と、敵を狩り続けた。
一日目。
彼は、このダンジョンの全ての敵の出現パターン、行動ルーチンを、完全に記憶していた。
どこにサイレンス・プリーストが湧き、どこでアビス・ウォッチャーが待ち伏せしているか。
その全てが、彼の頭の中に、完璧な地図として描き出されている。
彼の戦いは、もはや戦闘ではない。
ただ、効率的に経験値と資産を積み上げるための、最適化された「作業」。
彼は、その作業の退屈さを紛らわすかのように、視聴者たちとの雑談に興じた。
それは、彼の新たな配信スタイルとなりつつあった。
彼の長剣は、容赦なく悪夢の被造物たちを、蹂躙していく。
【スペクトラル・スロー】で、後衛を一掃し。
【無限斬撃】で、前衛を粉砕する。
その一連の動きは、もはや一つの芸術だった。
彼のレベルは、ゆっくりと、しかし確実に、その輝きを増していく。
二日目。三日目。
その単調な、しかし確実な日々。
彼の精神は、少しずつ摩耗していった。
だが、彼は決して歩みを止めない。
妹・美咲の笑顔を、思い浮かべながら。
彼は、ただひたすらに、剣を振り続けた。
彼のそのストイックな姿。
それに、視聴者たちは心を打たれ、ただ静かに、そして熱く、彼を応援し続けた。
そして、運命の五日目。
彼の経験値バーは、ついに99%に到達していた。
彼も、そして視聴者たちも、固唾を飲んでその瞬間を見守っていた。
彼が、最後の一体のモンスターを斬り捨てた、その時。
彼の全身を、黄金の光が包み込んだ。
【LEVEL UP!】
祝福のウィンドウが、彼の視界にポップアップする。
彼は、ついに2レベル上げる事に成功したのだ。
レベルは、38から40へ。
A級への最後の扉が、開かれた。
コメント欄が、万雷の拍手喝采で、埋め尽くされる。
彼は、その場でポータルを開き、自室へと帰還した。
彼のインベントリには、この五日間で稼ぎ出した、大量の魔石とレアアイテムが眠っている。
換金すれば、資産も200万円程度に、回復したはずだ。
だが、今の彼にとって、そんなことはどうでもよかった。
彼の目は、ただ一点。
インベントリの奥で、静かにその出番を待っていた、あの鋼の鎧へと注がれていた。
彼は、これまで世話になった【魔道士の革鎧】を、脱ぎ捨てた。
そして彼は、その新たな相棒…【鋼鉄の炉心】を、装備した。
その瞬間。
彼の全身を、これまでにない重厚な、そして揺るぎない力の感覚が、包み込んだ。
ずっしりとした重み。
その奥に宿る、不屈の闘気。
彼のステータスウィンドウが更新され、HPとMP、そして何よりも、耐性の数値が劇的に跳ね上がる。
これで、A級下位に挑戦する事が出来る。
彼は、その生まれ変わった自らの力を確かめるように、拳を強く握りしめた。
そして彼は、窓の外を見上げた。
東の空が、白み始めている。
新しい一日が、始まろうとしていた。
彼の新たな挑戦の始まりを、告げるかのように。
彼は、ARカメラの向こうの観客たちに、静かに告げた。
その声には、絶対的な自信が宿っていた。
「…さてと」
「準備は、整った」
「――明日を、楽しみにするとしようか」
彼のリベンジマッチの幕開けが、すぐそこまで迫っていた。