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第119話

 パッシブスキルツリーの広大な星空から意識を戻した神崎隼人 "JOKER" は、自らの内に満ちる新たな力の奔流に、満足げな笑みを浮かべていた。

 オーラ一つにつき8%のダメージ増加。六つのオーラを常時展開する彼にとって、それは48%という、ビルドの根幹を揺るがすほどの、あまりにも暴力的な強化だった。

 B級上位、そしてその先のA級ダンジョン。これまで霞んで見えていた次なるステージへの道筋が、確かな手応えをもって、その視界に映り始めていた。


 だが、彼は知っていた。

 一流のギャンブラーは、一つの勝ちに決して酔いしれない。

 勝利の女神は、常に冷静な者にのみ微笑む。

 彼は、自らのビルドが抱える、次なる「課題」へと、その思考を即座に切り替えた。


(火力は、上がった。だが…)


 彼の脳裏に、これまでの戦闘がフラッシュバックする。

 強敵との、ギリギリの攻防。

 その中で、彼が常に意識の片隅で気にしていた、一つの足枷。

 それは、MPの消費だった。


 彼の主力技である【通常技】無限斬撃は、マナ・リーチの効果により、実質的なコストはほぼゼロに等しい。

 だが、戦況を覆すための切り札、【必殺技】衝撃波の一撃。

 その消費MPは、50。

 彼の現在の最大MPは454だが、そのうち331はオーラの予約で常に埋まっている。

 つまり、彼が戦闘で自由に使えるMPは、わずか123。

 衝撃波の一撃は、たった二発しか撃てない。

 三発目を撃てば、MPは完全に枯渇し、オーラを維持することすら困難になる。


(ダメージが48%上がったところで、肝心の必殺技が二発しか撃てないのでは、意味がない)

 彼は、自らの弱点を的確に分析する。

(この燃費の悪さを、どうにかしなければ、A級のテーブルでは戦えない)


 解決策は、二つ。

 MPの最大値を上げるか、スキルの消費MPそのものを下げるか。

 前者は、知性へのステータス割り振りや、MP増加のMODが付いた装備で実現できる。だが、それは火力や耐久力といった、他の重要なステータスを犠牲にすることを意味する。

 それは、彼の美学に反する。

 ならば、答えは一つしかない。


 彼の指が、再びキーボードの上を滑る。

 彼がSeekerNetの検索窓に打ち込んだ、新たなキーワード。

 それは、彼の課題そのものだった。

『戦士 MPコスト』


 エンターキーを押すと、彼の目の前に、またしても一つの巨大なスレッドが姿を現した。

 そのタイトルは、全ての戦士が一度は抱えるであろう、切実な悩みを代弁していた。


『【MP枯渇問題】アタックスキルの燃費、どうしてる? Part. 48』


 そこは、オーラスレッドとはまた違う、より実践的で、泥臭い議論が交わされる場所だった。

 彼は、その膨大なログを、凄まじい集中力で読み進めていく。


 431: ハンドルネーム『フラスコがぶ飲み丸』

 もう無理だ…MPが、全然もたねえ…

 B級中位のボス相手に、必殺技を連発してたら、あっという間にMPが空っぽになっちまう。

 マナフラスコを5本全部がぶ飲みしても、全然追いつかねえよ。

 みんな、どうやってMP管理してんだ?


 その悲痛な叫びに、多くの戦士たちが共感の声を寄せる。

 だが、その流れを断ち切るように、一つの冷静な分析が投下された。

 投稿主は、あの『ハクスラ廃人』だった。


 439: ハクスラ廃人

 お前ら、根本的に考え方が間違ってんだよ。

 足りねえからって、フラスコで補給する?そんなもんは、その場しのぎの対処療法でしかねえ。

 問題は、そこじゃねえ。

 そもそも、お前らのスキルが、**『燃費悪すぎ』**なんだよ。

 MPが足りなくなるってことは、ビルドに欠陥があるってことだ。その現実から、目を背けるな。


 その、身も蓋もない、しかし的を射た指摘。

 スレッドの空気が、少しだけ引き締まる。


 445: ハンドルネーム『フラスコがぶ飲み丸』

 じゃあ、どうすりゃいいんだよ!

 スキルレベルを上げなきゃ、火力が出ねえだろうが!


 452: ハクスラ廃人

 だから、頭を使えって言ってんだよ。

 アタックスキルのMPコストは、**『削る』**んだよ。

 パッシブスキルでな。

 お前ら、まさかとは思うが、火力と耐久力にしかポイントを振ってねえ、なんてことはねえだろうな?

 そんな脳筋ビルドで、この先やっていけると思うなよ。


 その挑発的な言葉に、スレッドの住人たちがざわめく。

 そして、その議論を補足するように、あの知的な軍師、『ベテランシーカ―』が、具体的な道筋を示した。


 460: ベテランシーカ―

 ハクスラ廃人さんの言う通りですね。

 MPコストの削減は、特に我々戦士のような、MP最大値が伸びにくいクラスにとっては、極めて重要な課題です。

 そして、幸いなことに、パッシブスキルツリーには、そのための、非常に効率的なノード群が存在します。

 私が推奨するのは、以下の三つのノードです。


 彼は、パッシブツリーのスクリーンショットを添付し、三つのノードをハイライトしていた。


 ①【効率的な打撃】(1ポイント)

 効果: アタック(魔法以外の攻撃)のMPコストが8%削減される。


 ②【熟練の技】(1ポイント)

 効果: アタック(魔法以外の攻撃)のMPコストが12%削減される。


 ③【マナの渇望】(1ポイント)

 効果: 物理攻撃ダメージの0.5%をマナとしてリーチする。アタック(魔法以外の攻撃)のMPコストが15%削減される。


 この三つです。合計3ポイントの投資で、アタックスキルのMPコストを、実に35%も削減することができます。

 さらに、微量ではありますが、マナリーチ効果も付いてくる。

 これは、投資する価値のある、素晴らしいノード群と言えるでしょう。


 その、あまりにも的確な解説。

 隼人の脳内で、高速のシミュレーションが開始される。

 コスト35%削減。

 それだけでも、十分すぎるほどに、強力だ。

 だが、ベテランシーカ―の講義は、まだ終わらない。

 彼は、さらなる高みへの道筋を、示した。


 461: ベテランシーカ―

 そして、忘れてはならないのが、**『マナマスタリー』**の存在です。

 この三つのノードを取得することで、新たなマスタリーを選択することが可能になります。

 その中に、我々にとって、まさに切り札となる選択肢が存在するのです。


 ――あなたのスキルのMPコストが10%削減される。


 つまり、先ほどの35%と合わせて、合計で**45%**ものMPコストを、たった4ポイントの投資で、削減することが可能になるのです。

 ここまで来れば、スキルのレベルを、もう一段階、二段階上げても、MPは十分に黒字になるでしょう。

 あるいは、これまでコストの問題で採用を見送っていた、より強力なオーラのレベルアップを、検討することも可能になります。

 ビルドの可能性が、大きく広がる。ご理解いただけましたでしょうか。


 静寂。

 スレッドのログが、再び、完全に停止した。

 隼人の、思考もまた、完全にフリーズする。

 そして、彼はゆっくりと、その言葉の意味を、反芻した。

 MPコスト、45%削減。

 いや、待て。マスタリーの効果は、アタックだけでなく、全てのスキルに乗る。

 ということは…

 彼の脳内で、再び、高速の計算が始まった。


【必殺技】衝撃波の一撃。

 現在の消費MPは、50。

 アタックコスト削減35%と、マスタリーの10%削減。

 合計、45%の削減。

 だが、待てよ。計算式は、乗算か、加算か。

 彼は、スレッドの過去ログを、さらに深く検索する。

 そして、答えを見つけ出した。

 コスト削減系の効果は、全て加算で計算される。

 つまり、50 × (1 - 0.45) = 27.5。

 小数点以下は、切り捨てられる。

 消費MPは、27。その事実だけで、十分すぎる。


 彼の現在の、戦闘で自由に使えるMPは、123。

 これまで、たった二発しか撃てなかった、必殺技。

 それが、これからは、四発も、撃てるようになるのだ。

 123 ÷ 27 = 4.7。

 火力効率が、単純に、倍になる。

 それは、もはや、ただの燃費改善ではない。

 彼の、戦闘スタイルそのものを、根底から覆す、革命だった。


 彼は、一秒たりとも、迷わなかった。

 オーラマスタリーを取得した時と、同じ。

 勝負のテーブルで、必勝のカードが見えた。

 ここで、張らない理由がない。

 彼は、自らの魂の内側…パッシブスキルツリーの広大な星空を開いた。

 そして、彼は迷いなく、その光の道筋をなぞっていく。

 彼が持つ、残りのパッシブスキルポイント11ポイント。

 そのうち、たった4ポイントを使い、彼は、新たな黄金の道筋を、解放した。


 三つの、マナコスト削減ノード。

 そして、その先にある、究極の選択…マナマスタリー。

 彼が、その最後の星に触れた、その瞬間。

 彼の全身を、先ほどのオーラ強化とはまた違う、理知的で、効率的な力の奔流が、包み込んだ。

 彼の魂に、新たな法則が刻み込まれる。

 彼の、スキルウィンドウに表示されていた、【必殺技】衝撃波の一撃の消費MPが、50から27へと、静かに、しかし、確実に書き換えられた。



 火力は、48%増加した。

 そして、必殺技の継戦能力は、倍になった。

 二つの、巨大な強化。

 それは、まるで、車のエンジンと、燃料タンクを、同時に、魔改造したようなものだ。

 もはや、B級中位のダンジョンは、彼にとって、敵ですらないだろう。



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