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第114話

 翌日。

 神崎隼人 "JOKER" の魂は、これ以上ないほどの静かな、そして確かな闘志に満ち溢れていた。

 彼の目の前のモニターには、昨夜のクラフト配信の、熱狂的なアーカイブが映し出されている。

 たった20回の試行。

 100分の1とも言われる確率の壁をいとも簡単に乗り越え、彼がその手にした、最強のお守り。

 出血を完全に無効化する、ライフフラスコ。

 その確かな力が彼の背中を押し、彼の心を次なる戦場へと駆り立てていた。


 彼は、配信のスイッチを入れた。

 そのタイトルは、彼のリベンジへの決意を示すかのように、シンプルで、そして力強かった。


『【リベンジ】嘆きの海溝、完全攻略』


 そのタイトルが公開された、その瞬間。

 彼のチャンネルには、数万人の観客たちが津波のように殺到した。

 コメント欄は、期待と興奮の熱気で沸騰していた。


『きたああああああ!リベンジマッチ!』

『待ってたぜ、JOKERさん!』

『出血対策、万全か!?見せてくれ、あんたの力を!』


 その熱狂をBGMに、隼人は転移ゲートをくぐった。

 彼がたどり着いたのは、冷たく、そしてどこまでも暗い、あの忌々しい深海の世界だった。

 B級中位ダンジョン【嘆きの海溝】。

 足元にはぬめりのある岩盤が続き、その周囲を強力な海流が渦巻いている。

 そして、彼の耳に届くのは、不気味な水の音と、そして遠くから聞こえてくる何かの鳴き声だけ。

 前回、彼に屈辱的な敗北を味わわせた、因縁の舞台。

 だが、今の彼の心に恐怖はなかった。

 あるのは、ただ、これから始まる一方的な復讐劇への、冷たい期待だけ。


 彼が最初の通路へと足を踏み入れた、その瞬間。

 闇の中から、複数の影が、音もなく彼へと襲いかかってきた。

 半人半魚のおぞましい姿をしたモンスター…【深海の追跡者ディープ・ストーカー】。

 その数、数十体以上。

 彼らは、その鋭い爪と牙を剥き出しにして、水中を滑るかのような驚異的な速度で、彼へと殺到する。

 開幕から、サイレンスの弾幕と爪攻撃の嵐。

 前回、彼を絶望の淵に叩き落とした、悪夢の光景。

 だが、今の隼人は違った。

 彼は、その猛攻を冷静に、そして華麗に捌いていく。

 サイレンスの弾幕は、【明瞭のオーラ】がそのほとんどを無力化する。

 そして、殺到してくる追跡者たちの爪攻撃。

 それを、彼は神がかった動きで【パリィ】し続ける。

 キィン、キィン、キィンッ!

 甲高い金属音が、深海に響き渡る。

 彼のHPが回復し、カウンターのリポストが自動で放たれる。

 だが、その物量はあまりにも多い。

 パリィしきれなかった数発の爪が、彼の鎧を切り裂き、その肉体を抉る。

 そして、彼のステータスウィンドウに、あの忌々しいデバフアイコンが点灯した。


 《裂傷(出血)》


 だが、隼人は慌てなかった。

 彼は、冷静にベルトに差した一本のフラスコを呷った。

 彼が昨夜、自らの手で作り出した最強の保険。

 出血解除のMODが付与された、【ライフフラスコ】。

 その赤い霊薬が彼の喉を潤した、その瞬間。

 彼の体を蝕んでいた出血の呪いが、完全に浄化され、消え去った。

 そして、彼のステータスウィンドウに、新たなバフアイコンが点灯する。

『出血耐性(4秒間)』


「――これで4秒は、攻撃に専念できるぜ!」


 彼は、不敵に笑った。

 そして、そのわずか4秒という黄金の時間に、自らの全てを叩き込む。

 彼は、残された全ての力を解放し、必殺の一撃を叩き込んだ。

【衝撃波の一撃】。

 そして、間髪入れずに追撃の嵐。

【無限斬撃】。

 その猛攻に耐えきれず、追跡者たちの群れは、次々と崩壊していく。

 そして4秒後、出血耐性のバフが切れるその頃には、ほとんどの敵が光の粒子となって消え去っていた。


「…ふぅ」

 とりあえず、一戦終わった。

 彼は、安堵の息を吐いた。

(モンスターの難易度は、出血耐性がある間に倒せる程度か)

 彼は、冷静に分析する。

(まあ、ライフフラスコがある内は、安泰だな)

 彼はドロップした魔石を拾い上げると、さらに奥へと進んでいく。

 そして、彼はその綱渡りを何度も、何度も繰り返した。

 爪攻撃はなるべくパリィしつつ、出血を食らえば即座にフラスコを飲み、耐性を得て、その4秒間で猛攻を仕掛ける。

 その完璧な攻略パターンを確立した彼。

 その前に、もはや敵はいなかった。

 彼はなんとか数グループの敵を倒し、その道程で、彼のレベルも2つ上がっていた。

 レベルは、34から36へ。

 新たな力が、彼の魂に宿る。


「さてと」

 彼は、目の前にそびえ立つ巨大なサンゴの扉を見上げた。

「――次は、ボスか」

 彼の瞳には、これから始まる最高の大勝負への、期待の光が宿っていた。

 物語は、主人公が自らの知恵とクラフトで最悪のギミックを完全に克服し、そしてついにこのダンジョンの頂点へとその手をかけようとする、その最高の瞬間を描き出して幕を閉じた。



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