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第111話

 B級中位ダンジョン【静寂の図書館】。

 その静まり返った回廊は、もはや神崎隼人 "JOKER" にとって、何の脅威ももたらさない、ただの書庫と化していた。

【明瞭のオーラ】によって完全に無力化された、サイレンスの呪い。

 そして、彼の圧倒的なリジェネ能力の前には、司書たちの魔法弾幕も、ただの紙吹雪に等しかった。

 彼は数日間、その図書館を自らの新たな「稼ぎ場」として周回し、レベルと資産を着実に積み上げていった。

 レベルは34に到達。

 資産も、再び数百万円を超えた。

 だが、彼の心は満たされてはいなかった。

 そうだ、この場所もまた、彼にとってはぬるま湯となり果ててしまったのだ。

 ギャンブラーの魂が、新たな死線を求めて渇望していた。


 その日の夜。

 彼は配信の中で、高らかに宣言した。

「――この図書館も、もう卒業だ」

 その一言に、コメント欄が沸き立った。

「次なるテーブルは、ここだ」

 彼がダンジョン選択画面で指し示したのは、三つの地獄の一つ。

 これまで、彼が避けてきた場所だった。


 B級中位ダンジョン【嘆きの海溝】


 SeekerNetの情報によれば、そこは光の届かない深海の海溝がダンジョン化した場所。

 出現するモンスターは、俊敏で、そして極めて攻撃的な魚人や海魔の類。

 そして、何よりも探索者を苦しめるのが、その地形そのもの。

 狭く、入り組んだ通路。

 そして、常に探索者の動きを阻害する強力な水流。

 まさに、近接戦闘を主体とする戦士にとっては最悪の環境。

 だが、それ故に、最高の挑戦だった。


「面白え。B級に、まだこんな地獄が残ってたとはな」

 彼は、不敵に笑うと、転移ゲートをくぐった。

 彼がたどり着いたのは、冷たく、そしてどこまでも暗い深海の世界だった。

 周囲は、完全な闇。

 ただ、彼のオーラが放つわずかな光だけが、その輪郭をぼんやりと照らし出している。

 足元にはぬめりのある岩盤が続き、その周囲を強力な海流が渦巻いていた。

 そして、彼の耳に届くのは、不気味な水の音と、そして遠くから聞こえてくる何かの鳴き声だけ。


 彼が最初の通路へと足を踏み入れた、その瞬間。

 闇の中から、複数の影が、音もなく彼へと襲いかかってきた。

 それは、半人半魚のおぞましい姿をしたモンスター…【深海の追跡者ディープ・ストーカー】。

 その数、数十体以上。

 彼らは、その鋭い爪と牙を剥き出しにして、水中を滑るかのような驚異的な速度で、彼へと殺到する。

 そして、その攻撃の一部が彼の鎧を捉えた。

 ザシュッ、という肉が裂ける生々しい感触。

 彼のHPバーが、わずかに削られる。

 だが、問題はそこではなかった。

 彼のステータスウィンドウに、一つの新たなデバフアイコンが点灯したのだ。


 《裂傷(出血)》

【効果: 10秒間、物理継続ダメージを受け続ける。移動すると、そのダメージは急激に増加する】


「…なんだ、これ?」

 隼人は、その見慣れないデバフに眉をひそめた。

 物理のDoT(継続ダメージ)か。

 大したことはない。

 彼のリジェネなら、十分に相殺できる。

 彼がそう判断し、回避のために一歩ステップした、その瞬間だった。


「――なんだ、これは!?」


 彼は、思わず叫び声を上げた。

 彼のHPバーが、これまでにない異常な速度で蒸発していく。

 ただ、一歩動いただけ。

 それだけで、彼のHPは5割を割り、さらに減り続けていく。

 あっという間に3割を切り、【不屈の魂】と【背水の防壁】が発動する。

 なんとか即死だけは免れた。

 だが、彼は理解した。

 このデバフの、本当の恐ろしさを。

 動くとダメージが増える。

 いや、違う。

 動くと、死ぬ。


『うわああああ!なんだ、今のダメージ!』

『出血だ!B級の出血は、ヤバいぞ!』

『気をつけろ、JOKER!それ、動くとダメージが倍増する物理DoT攻撃だ!』

『動くな!動かずに、パリィに専念するんだ!』


 コメント欄の有識者たちが、阿鼻叫喚の悲鳴と共に的確なアドバイスを送る。

 隼人はその声に導かれるように、その場に足を縫い付けられたかのように立ち尽くした。

 そして、殺到してくる深海の追跡者たちの猛攻を、ただひたすらにパリィし続ける。

 キィン、キィン、キィンッ!

 金属音が鳴り響き、彼のHPが回復していく。

 だが、出血のDoTは止まらない。

 彼のHPは、常に3割と5割の間を行き来する、まさに綱渡りの状態。


(なるほどな。足を動かすと、ダメージ倍増ってカラクリか…!)

 彼は、その悪質なギミックを完全に理解した。

 そして、彼は待った。

 10秒。

 その永遠のような時間が経過し、出血のデバフが消え去る、その一瞬を。

 そして、その瞬間が訪れた。

 彼は、残された全ての力を解放し、必殺の一撃を叩き込んだ。

【衝撃波の一撃】。

 その一撃で周囲の敵を吹き飛ばし、体勢を立て直す。

 そして、彼は形勢が逆転したことを確信した。

 彼は、そこから一体、また一体と確実に敵を処理していく。

 だが、その戦いは、あまりにもギリギリだった。


『心臓に悪い…』

『B級中位、マジで地獄だな…』

『サイレンスの次は、出血かよ…。これ、対策しないとまずいぞ…』


 コメント欄の有識者たちが、口を揃えて言う。

 そうだ、このままでは、いずれ事故が起きる。

 サイレンス対策はできた。

 だが、この出血ダメージへの対策がなければ、この先の探索はあまりにも危険すぎる。


「…なるほどな」

 彼は、最後の一体を倒すと、深く息を吐いた。

「こりゃ、対策するまで撤退だな」

 彼は、クレバーに判断した。

 これ以上進むのは、ただの無謀だ。

 彼はポータルを開き、その忌々しい深海から脱出した。

 物語は、主人公がB級中位のさらなる洗礼を受け、自らのビルドの新たな弱点を突きつけられ、しかしそれに絶望することなく、次なる対策へと思考を切り替える、そのクレバーな判断力を描き出して幕を閉じた。



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