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第110話

 静寂の図書館の最深部。

 神崎隼人 "JOKER" は、巨大な黒曜石の扉をゆっくりと押し開けた。

 ギィィィィ…という耳障りな音と共に、彼の目の前に、広大な空間がその全貌を現す。

 そこは、ドーム状の巨大な講堂だった。

 壁一面には天井まで届く巨大な本棚が円形に並び、その中央には、説教壇のような石造りの祭壇が鎮座している。

 床には、幾何学的な紋様が描かれた巨大な魔法陣。

 そして、その魔法陣の上から、一体の巨大な影がゆっくりと立ち上がった。


 それは、これまでのどの敵とも比較にならない、圧倒的な威圧感を放っていた。

 身長は、5メートルを超えるだろうか。

 全身を黒く磨き上げられた黒曜石の鎧で固めた、巨大な骸骨の騎士。

 その手には、燃え盛る炎をその刀身に宿した、巨大な両手剣が握られている。

 そして、その空虚な眼窩には、憎悪と、そして冷たい知性の光を宿した二つの赤い鬼火が、不気味に燃え盛っていた。

【禁書の番人アルベリヒ】。

 この図書館の、主。


 だが、脅威はそれだけではなかった。

 アルベリヒが立ち上がった、その瞬間。

 彼を取り囲むように、周囲の本棚の影から無数の人影が現れたのだ。

 その数、数十。

 全てが、あの忌々しい【図書館の司書】たちだった。

 彼らはアルベリヒを守るように完璧な円陣を組み、その骨の指先を、一斉に隼人へと向けた。

 ボスと、取り巻き。

 あまりにも古典的で、そしてそれ故に凶悪な布陣。


「…なるほどな。派手な、お出迎えじゃねえか」

 隼人は、不敵に笑った。

 彼の心は、すでに戦闘モードへと切り替わっている。

 戦いが、始まった。

 合図は、司書たちが一斉に放った魔法の弾幕だった。

 青白い、サイレンスの弾丸。

 赤黒い、耐性低下の呪いの弾丸。

 そして、灼熱のファイアボール。

 その三種の弾丸が嵐のように吹き荒れ、隼人ただ一人へと殺到する。

 彼はその弾幕を盾でいなし、ステップで回避し、そして時にはあえてその身に受け止める。

 だが、その物量はあまりにも多すぎた。

 彼のステータスウィンドウには、瞬く間に二つのデバフアイコンが点灯する。

 《静寂の呪詛》

 《炎耐性低下の呪い》

 彼のMPが枯渇し、火耐性が61%まで引き下げられる。

 そして、そこに容赦なくファイアボールの雨が降り注ぐ。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!

 彼のHPバーが、一瞬で5割を切った。

 即座に、【背水の防壁】の効果が発動し、驚異的なHPリジェネが彼を死の淵から引き戻す。

 だが、その回復すらも、この圧倒的な物量の前では気休めにしかならなかった。

 司書たちの弾幕は、止まらない。

 彼のHPは、じわじわと、しかし確実に削られていく。

 このままでは、ダメだ。

 彼は、そう判断した。

 この膠着した戦況を打ち破るには、まずあの忌々しい取り巻きの数を減らす必要がある。


「――道を開けろ、雑魚どもがッ!」

 彼は雄叫びを上げると、司書たちの群れの中心へと飛び込んだ。

 そして、彼は必殺技を叩き込む。

【衝撃波の一撃】。

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 凄まじい轟音と共に床が砕け散り、衝撃波が司書たちの脆弱な体をまとめて吹き飛ばした。

 数体の司書が、光の粒子となって消滅する。

 だが、まだ足りない。

 残りの司書たちが、すぐに体勢を立て直し、再び弾幕を展開する。

 そして、その隙を見逃すほど、中央のボスは甘くはなかった。


「――終わりだ、侵入者よ」

 アルベリヒが、初めてその重い口を開いた。

 その声は、地獄の底から響いてくるかのような、冷たく、そして重い響きを持っていた。

 彼は、その炎の両手剣を大上段に振りかぶる。

 そして、それを隼人へと叩きつけてきた。

 それは、もはやただの斬撃ではない。

 炎のオーラをまとった、質量の暴力。

 隼人は、その一撃を盾で受け止める。

 ゴッッッッ!!!

 凄まじい、衝撃。

 彼の体が、数メートル後方へと吹き飛ばされる。

 そして、彼のHPバーがさらに3割削り取られた。

 残りのHPは、2割を切っている。

 まさに、絶体絶命。


 だが、隼人はまだ諦めてはいなかった。

 彼は、ヒット&アウェイを繰り返す。

 司書たちの魔法を避けながら、その合間を縫って、一体、また一体と通常技で確実に処理していく。

 止まると、弾幕の的になる。

 彼は、常に動き続けなければならなかった。

 回避、攻撃、回避、攻撃。

 その神がかった、動き。

 それは、もはや戦闘ではない。

 死と隣り合わせの、舞踏だった。

 彼の集中力は極限まで高められ、その一挙手一投足が洗練されていく。

 そして、ついに彼は最後の一体の司書を斬り捨てた。

 後に残されたのは、中央に鎮座するボス、アルベリヒただ一体。

 ようやく、一対一サシの状況を作り出したのだ。

 だが、彼の体もまた限界だった。

 HPは、残りわずか。

 MPも、枯渇寸前。

 フラスコも、使い果たしている。

 だが、彼の瞳には、まだ闘志の炎が燃え盛っていた。


「…ようやく、二人きりになれたな」

 彼は、血の味のする口の中で笑った。

「――ここからが、本当の勝負だぜ、ボス」


 その挑発的な言葉に、アルベリヒの空虚な眼窩の赤い鬼火が、激しく揺らめいた。

 彼は、その炎を宿した巨大な両手剣をゆっくりと構え直す。

 その佇まいには、もはや王者の余裕はない。

 ただ、目の前の憎き侵入者をその骨の髄まで断ち切るという、純粋な殺意だけが満ち溢れていた。

 そして、デカい骸骨騎士の最後の猛攻が始まった。


 それは、もはや先ほどまでの計算された剣技ではなかった。

 怒りと憎悪に任せた、ただ純粋な暴力の嵐。

 振り下ろされる、炎の剣。

 薙ぎ払われる、灼熱の刃。

 その一撃一撃が、空気を焼き、床を溶かし、隼人の命を刈り取らんと迫り来る。

 隼人は、その圧倒的な猛攻の前に押されていた。

 彼は必死にその攻撃を盾で受け止め、長剣でいなす。

 ガキン、ゴッ、キィィンッ!

 凄まじい金属音が、講堂に響き渡る。

 彼のHPバーが、再び危険な水域へと突入していく。

 だが、彼は焦ってはいなかった。

 なぜなら、彼は知っていたからだ。

 この戦いの流れが、完全に自分へと傾き始めていることを。


 そうだ、魔法の弾幕がなくなった。

 サイレンスの呪いが、解けた。

 耐性低下の呪いも、消え去った。

 彼の体を縛り付けていた全ての枷は、もはやない。

 そして、その解放された彼の肉体で、一つの奇跡が起こり始めていた。

 彼のHPバーが、急速に回復していくのだ。

【背水の防壁】、【生命の泉】、【不屈の闘志】、そして【亀裂のある螺層】。

 彼がこれまで積み上げてきた全てのリジェネ能力が、今、その真価を発揮し始めた。

 秒間100を超える、圧倒的な生命力の奔流。

 それは、アルベリヒが与えるダメージを完全に上回り、彼の体を瞬時に全快へと導いていく。


「…悪いな」

 隼人は、アルベリヒの渾身の一撃をパリィしながら、嘲笑うかのように言った。

「お前の攻撃じゃ、俺の回復に追いつけねえぜ?」


 その残酷な、事実。

 アルベリヒもまた、それに気づき始めていた。

 その赤い鬼火に、初めて焦りの色が浮かぶ。

 彼は、さらに攻撃の速度を上げる。

 だが、その焦りが、彼の完璧だったはずの剣の軌道をわずかに鈍らせた。

 そして、その一瞬の隙。

 それこそが、隼人が待ち望んでいた反撃の狼煙だった。


「――終わりだ」


 隼人は、アルベリヒの大振りな一撃を最小限の動きでかわし、そのがら空きになった懐へと潜り込む。

 そして、彼はこの瞬間のために温存していた最後のMPを解放した。

 彼の長剣が、赤い闘気のオーラをその身に激しく纏った。

 必殺技で、蹂躙するだけだった。

【衝撃波の一撃】。

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 その一撃はアルベリヒの黒曜石の鎧を粉々に砕き、その巨体を大きくよろめかせた。

 そして、そこから放たれた衝撃波が、彼の動きを完全に止める。

 気絶。

 絶対的な、好機。

 隼人は、そこに嵐のような連撃を叩き込んだ。

【無限斬撃】。

 もはやそれは、MPを気にする必要のない、純粋な暴力の嵐。

 脆弱の呪いを受け、その防御力を失ったアルベリヒの骨の体に、彼の長剣が何度も、何度も深々と突き刺さり、その存在を削り取っていく。

 ザク、ザク、ザク、ザクッ!


 やがて、アルベリヒはその巨体を支えきれず、ゆっくりとその場に膝をついた。

 そして、その空虚な眼窩の鬼火が、ふっと消える。

 次の瞬間、その巨体は、ひときわ強く、そして荘厳な光を放ちながら霧散していった。

 B級中位ダンジョン【静寂の図書館】、完全攻略。

 その瞬間だった。


 彼の全身を、これまでにないほど強く、そして温かい黄金の光が包み込んだ。

 B級中位の主を討伐した、莫大な経験値。

 それが、彼の魂と肉体を一気に次のステージへと引き上げたのだ。


【LEVEL UP!】

【LEVEL UP!】


 祝福のウィンドウが、彼の視界に立て続けに二度ポップアップする。

 彼のレベルは、32から34へと一気に二つ上昇した。

 死闘を制したのは、主人公だった。

 その光景に、コメント欄は万雷の拍手喝采で応えた。

 彼の伝説は、また新たな一ページを刻んだのだ。

 物語は、主人公がその不屈の闘志と完璧なビルドで最悪のギミックを乗り越え、そしてさらなる高みへと至った、その最高のカタルシスと共に幕を閉じた。



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