第109話
B級中位ダンジョン【静寂の図書館】。
その静寂はもはや神崎隼人 "JOKER" にとって不気味な脅威ではなかった。
それは自らの力がどこまで通用するのかを試すための最高の実験場。
そしてかつての屈辱を晴らすための心地よいステージへと変わっていた。
彼はリベンジマッチの配信を続けていた。
画面の向こう側では数万人の観客たちが彼の一挙手一投足に熱狂しそして固唾を飲んで見守っている。
『サイレンス完全攻略!』
『もはやあの骸骨魔術師はただのMP回復剤だなw』
『JOKERさんのビルド構築能力マジでヤバすぎる…』
コメント欄は賞賛の嵐。
隼人はその声援を背中に感じながら図書館のさらに奥深くへとその歩みを進めていく。
彼の頭の中は冷静だった。
第一関門は突破した。
だが本当の地獄はここからだ。
SeekerNetの情報によればこの図書館の奥に進めば進むほど敵の連携はより複雑にそして悪質になっていくという。
彼が巨大な閲覧室のようなホールへと足を踏み入れたその瞬間。
彼の予想は現実のものとなった。
ホールの四方八方から同時に複数の敵がその姿を現したのだ。
その数十体以上。
これまで彼が相手にしてきた【図書館の司書】が五体。
そしてその司書たちを守るように前衛に陣取るのは巨大な魔導書を盾のように構えた【禁書庫の番人】が五体。
さらに後方。
天井近くの書架の上にはこれまで見たことのない新たな敵の姿があった。
それはボロボロの司祭服をその身にまといその手には禍々しい紋様が刻まれた黒い聖書を抱えた骸骨の神官。
【冒涜のプリースト】。
彼らは攻撃をしてこない。
ただその場で不気味な祈りを捧げ続けているだけ。
だがその祈りがこの戦場を本当の地獄へと変える引き金となった。
プリーストたちが祈りを捧げ始めたその瞬間。
前衛の司書たちが一斉に行動を開始した。
彼らが放つのはあの忌々しいサイレンスの弾幕。
だがそれだけではなかった。
弾幕の中に時折赤黒い不吉な光を放つ魔法弾が混じり始めている。
隼人はその数発をあえてその身に受けた。
そして彼のステータスウィンドウに新たなデバフアイコンが点灯する。
《炎耐性低下の呪い》
【効果: 5秒間あなたの火属性耐性が-20%される】
「…なるほどな。そういう手で来たか」
隼人は舌打ちした。
サイレンスでMPを削りスキルを封じ。
そして耐性低下の呪いで防御をこじ開ける。
実にいやらしい連携だ。
彼の火耐性はB級の呪いを受けてもなおオーバーキャップしていた81%から一気に61%まで引き下げられた。
その瞬間を待っていましたとばかりに司書たちの攻撃が変わる。
青白い魔力の弾丸に混じって灼熱の【ファイアボール】が降り注いできたのだ。
ドッドッドッ!
数発のファイアボールが彼の体に着弾し爆ぜる。
これまで豆鉄砲同然だった魔法攻撃。
それが今確かなダメージとなって彼のHPを削り取っていく。
「――100ダメージが75%耐性で25になってたのが100ダメージが耐性61%で39か。1.5倍と考えるとそれなりに痛いな」
彼は冷静にダメージ計算を行いその脅威度を分析する。
だが彼の表情に焦りの色はない。
なぜなら彼の体はすでに反撃の準備を整えていたからだ。
彼のHPがあっという間に5割を切ったその瞬間。
彼の左腕に装備された盾【背水の防壁】がその真の力を解放する。
秒間100を超える驚異的なHPリジェネが彼の体を包み込み削られたHPを瞬時に回復させていく。
彼のHPバーは常に5割前後をキープしそれ以上下がる気配はない。
「…悪いが」
彼はARカメラの向こうの観客たちにそして目の前の絶望的な軍勢に宣言した。
「――これ以上はダメージが通らねえよ」
その言葉は絶対的な王者の宣告。
彼は大胆に敵の弾幕の中へと突っ込んでいった。
そして彼は必殺技を叩き込む。
【衝撃波の一撃】。
その一撃で前衛の番人たちを吹き飛ばし後方の司書たちを一掃する。
そして残った硬い番人たちをサイレンスの効果が切れるのを待ちながら通常技で蹂躙していく。
サイレンス対策さえしてしまえば。
この図書館はむしろ盾の効果を最大限に活かせる最高の舞台だった。
彼のHPリジェネは敵の火力を完全に上回り彼は死ぬ気がしなかった。
(…今後の稼ぎはこっちでやった方が良いな)
彼はそう判断した。
【古竜の寝床】よりも敵の密度は高くそして魔石のドロップ率も良い。
リスクは高いがその分リターンも大きい。
それこそが彼が求める最高のテーブルだった。
彼はその圧倒的な力で図書館の全てを蹂躙していく。
サイレンスも耐性低下の呪いももはや彼の前では意味をなさない。
彼はこの忌々しいダンジョンを完全に自らの支配下に置いたのだ。
そして彼はついにたどり着いた。
この静寂の図書館の最深部。
禁書庫のさらに奥。
そこにこの場所の主が眠る巨大な扉があった。
彼はその扉を前にしてニヤリと笑った。
「さてと」
「――ラスボスのお出ましといこうか」
物語は主人公がB級中位ダンジョンの全てのギミックを完全に打ち破りそしてついにその頂点へとその手をかけようとするその最高の瞬間を描き出して幕を閉じた。




