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第100話

 B級ダンジョン【古竜の寝床】。

 その灼熱のカルデラは、もはや神崎隼人 "JOKER" にとって、第二の庭と化していた。

 あの古竜マグマロスとの死闘を乗り越えた彼は、このダンジョンの全てを知り尽くしていた。

 どこに敵が湧き、どこに罠があり、そしてどこが安全な休息場所か。

 その全てが、彼の頭の中に、完璧な地図として描き出されている。

 彼の配信は、再びあのC級の頃のような、安定しきった「作業」の風景となっていた。

 だが、その内容は全く違う。

 C級の時のような、退屈さはそこにはない。

 あるのは、B級という高レートのテーブルで、常に死と隣り合わせのギリギリの緊張感を保ちながら、それでもなお淡々と勝利を積み重ねていく、一人のプロフェッショナルの姿だった。


 彼の戦い方は、もはや芸術の域に達していた。

【竜人族の精鋭部隊】との遭遇。

 彼は、もはや初見の時のように、無謀な特攻は仕掛けない。

 まず距離を取り、【スペクトラル・スロー】で後衛の射手か巫女を、一体、確実に無力化する。

 そして、残りの敵の陣形が崩れたその一瞬の隙を突き、懐へと飛び込み、【衝撃波の一撃】で敵の動きを止め、分断する。

 そこからは、彼の独壇場だ。

 一体、また一体と、確実に敵の数を減らしていく。

 その一連の動きは、あまりにも滑らかで、そして効率的だった。

 彼は、苦戦はする。

 時にはHPが半分以下まで削られることもある。

 だが、決して死なない。

 彼の驚異的なHPリジェネと、そして何よりもその卓越したプレイヤースキルが、彼を常に死の淵から引き戻す。

 そのあまりにも高度で、洗練された戦い。

 それに、コメント欄の視聴者たちは、もはや熱狂ではなく、ある種の畏敬の念を抱いて見守っていた。


『…美しい』

『これが、B級の戦い方か…』

『JOKERさん、完全にこのダンジョンを自分のものにしてるな』


 そんな地道な周回を続けること、数日。

 彼のレベルは、25から27へと二つ上昇していた。

 新たなステータスポイントとパッシブスキルポイントが、彼の力をさらに底上げする。

 そして彼の資産もまた、日給40万円という驚異的なペースで増え続け、再び100万円の大台を突破していた。

 全てが、順調だった。

 だが、隼人自身は満足していなかった。

 彼の心には、常に一つの小さな、しかし無視できない棘が刺さっていたのだ。


(…まだ、足りない)


 彼は、思う。

 確かに、B級ダンジョンは攻略できた。

 だが、それはあくまでギリギリの勝利の積み重ね。

 A級、S級という神々の領域。

 そこに至るには、今のままでは到底足りない。

 何かが違う。

 何かが、欠けている。

 彼のビルドは、まだ完璧ではない。

 その漠然とした、しかし確かな感覚が、彼を次なる探求へと駆り立てていた。


 その日の夜。

 ダンジョンから帰還した隼人は、自室でいつものようにSeekerNetのマーケットを眺めていた。

 それは、もはや彼の日課となっていた。

 新たな装備、新たなスキル、新たな可能性。

 その情報の海を彷徨うことだけが、彼の渇きをわずかに癒してくれる。

 彼は、特に目的もなく、ただ新着のアイテムリストをスクロールしていく。

 レア等級の剣。

 ユニークな兜。

 どれもが強力だが、今の彼の心を動かすには至らない。

 彼がそう思い、ブラウザを閉じようとした、その瞬間だった。

 彼の目が、一つのアイテムの前でぴたりと止まった。

 それは、何の変哲もない一つの指輪だった。

 だが、その指輪が持つプロパティの組み合わせ。

 それが、彼の脳内に電流を走らせた。


 ====================================

 名前: 亀裂(きれつ)のある螺層らそう


 種別: 二つ石の指輪


 アイテムレベル: 35


 必要レベル 24


【暗黙MOD】


 火および冷気耐性 +16%


【プロパティ】


 毎秒24のライフを自動回復する


 最大マナ +29


 マナ自動回復レートが13%増加する


 雷耐性 +16%

 ====================================


 一見すると、地味な性能。

 突出した能力は、何一つない。

 だが、隼人はその指輪が持つ本当の価値を、瞬時に見抜いていた。

 彼の視線は、その二つ目のプロパティに釘付けになっていた。

『毎秒24のライフを自動回復する』

 24。

 その数字が、持つ意味。

 彼は、自らの右手の指にはめられたユニークリング…【混沌の血脈】を、見つめた。

 あれがもたらすHPリジェネは、毎秒15。

 このレアな指輪は、そのユニークを遥かに上回る回復能力を持っている。

 それだけではない。

 暗黙MODとプロパティで、火、冷気、雷、三つの属性耐性もバランス良く付与されている。

 最大マナとその回復レートの増加も、彼のビルドにとっては決して無駄にはならない。

 全ての能力が、完璧に噛み合っている。

 これこそが、彼が探し求めていた最後のピース。


「…これだ」

 彼は、呟いた。

 彼は、すぐさまその指輪の価格を確認する。

 表示された金額は、30万円。

 決して、安くはない。

 だが、今の彼にとっては、十分に手が届く範囲だ。

 彼は、決意した。

 これまで彼の冒険を支えてくれた相棒…【混沌の血脈】を外し、この新たな力と入れ替えることを。

 それは、彼にとって大きな決断だった。

【混沌の血脈】は、彼が初めて手に入れた本格的なユニーク装備の一つ。

 その混沌ダメージは、彼の火力を大きく底上げしてくれていた。

 それを手放すということは、一時的に火力が低下するリスクを受け入れるということ。

 だが、彼は迷わなかった。

 ギャンブルとは、時に何かを捨てて、より大きなリターンを狙うものだ。

 彼は、この指輪がもたらす圧倒的な「安定性」に、賭けることを決めたのだ。


 彼は、その場で購入ボタンを押した。

 30万円という大金が、彼の口座から引き落とされる。

 そして、彼のインベントリに、一つの古びた、しかし確かな力を秘めた指輪が追加された。

 彼はその指輪を手に取り、そして笑った。

 その顔は、最高の一手を見つけ出したギャンブラーのそれだった。

 物語は、主人公が自らのビルドをさらなる高みへと引き上げるための新たな可能性を見出し、そしてそのための確実な一歩を踏み出した、その静かな、しかし確かな決意の瞬間を描き出して幕を閉じた。

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