第99話
西新宿の夜景が、彼の部屋の窓を淡く照らし出す。
神崎隼人 "JOKER" は、自室のギシリと軋む古びたゲーミングチェアに、その身を深く沈めていた。
彼の目の前のモニターには、何も映し出されてはいない。
ただ黒い画面に、彼の疲労と、そしてそれ以上に深い達成感に満ちた顔が、ぼんやりと反射しているだけだった。
B級の主、【古竜マグマロス】との死闘。
あの魂を削り合うような極限の戦いを終えてから、数日が経過していた。
彼はその数日間、ダンジョンには一切潜らなかった。
ただ眠り、食事を摂り、そして時折、妹の美咲と他愛のないメッセージを交わす。
そのあまりにも穏やかで、平凡な日常。
それが、今の彼にとって最高の休息だった。
だが、ギャンブラーの血は、決して安住を許さない。
彼の魂は、すでに次なるテーブルを求めて、疼き始めていた。
彼はゆっくりと、自らの魂の内側…広大なパッシブスキルツリーの星空を開いた。
彼の手元には、あの死闘の報酬として得られた、5ポイントの未割り振りのパッシブスキルポイントが、静かに輝いている。
この5ポイントを、どう使うか。
それが、彼の次なる運命を決定づける、重要な一手となる。
(…B級のボスは、倒した)
彼は、思う。
(だがあれは、あくまでB級の入り口に過ぎない。この先に待ち受ける、A級、S級の化け物たち。そして、あの腐敗の女王アトラ。そいつらと渡り合うには、今の俺のままでは到底足りない)
何が、足りないのか。
火力か?
いや、違う。
耐久力か?
それも、違う。
彼が今、最も渇望しているもの。
それは、「自由」だった。
より多くのスキルを使いこなし、より多様な戦術を組み立てるための、絶対的なリソース。
つまり、MPだ。
彼の現在の最大MPは、300。
そのうち半分以上が、オーラの予約で埋まっている。
これでは、あまりにも窮屈すぎる。
彼は決意した。
この5ポイントの全てを、MP関連の強化に注ぎ込むことを。
それこそが、彼のビルドの可能性を無限に広げる、最高の投資だと確信したからだ。
彼は、パッシブスキルツリーの広大な星空の中から、知性を司る青い星雲のエリアへと、その意識を集中させる。
そこは、彼のような脳筋戦士が、これまで足を踏み入れることのなかった未知の領域。
だが、そこには、彼が求める全ての答えが眠っていた。
彼は、SeekerNetの情報を元に、最も効率的にMPを強化できるルートを選び出していく。
「まず、これだ」
彼が最初に選んだのは、二つの連続した小ノードだった。
【思考の奔流】 (2ポイント)
効果:
最大MP増加 +8%
MP自動回復レート増加 +10%
たった2ポイントでMPの最大値と回復速度を同時に底上げする、極めてコストパフォーマンスに優れたスキル。
これを、二つ連続で取得する。
これで、合計4ポイントを使用。
彼のMPは16%増加し、回復レートも20%上昇する。
「そして、最後の1ポイント」
彼は、そのルートの先に輝く一つの中ノードへと、その手を伸ばした。
【精神の泉】 (1ポイント)
効果:
最大MP増加 +16%
MP自動回復レート増加 +30%
知性 +20
そのあまりにも、強力な効果。
隼人は、思わず息を呑んだ。
合計5ポイントの投資で、彼の最大MPは32%も増加し、回復レートは50%も跳ね上がる。
さらに、知性+20のボーナスまで付いてくる。
それは、彼のビルドの根幹を揺るがすほどの、劇的な変化だった。
彼は、迷わずその5ポイントを全て注ぎ込んだ。
彼のパッシブツリーの星空に、新たな青い光の道筋が、力強く描き出されていく。
彼の魂に、膨大な魔力が流れ込んでくるのを感じた。
だが、彼の強化はまだ終わらない。
彼は、自らのスキルウィンドウを開いた。
そして、これまでレベル1のまま放置していた二つのオーラスキルへと、その視線を注ぐ。
【活力のオーラ】と、【精度のオーラ】。
彼の手元には、B級ダンジョンで稼いだ潤沢な資産がある。
もはや、魔石の消費など気にする必要はない。
「――上げるか」
彼はまず、【活力のオーラ】のレベルアップボタンを連打した。
レベル3へ。
彼のインベントリから、大量の魔石が光となって消えていく。
その代償として、オーラの力は増大する。
MP予約は40から51へ。
HP自動回復は、毎秒12.1から16.3へ。
彼は、そこで一度手を止めた。
そして、慎重に自らのMPバーを確認する。
まだ、いける。
彼は、さらにレベルアップボタンを押した。
レベル4へ。
MP予約は40から63へ。
HP自動回復は、毎秒12.1から19.7へと跳ね上がった。
次に、彼は【精度のオーラ】へと向き直る。
こちらも同じように、レベルを2つ上げた。
レベル4へ。
MP予約は32から50へ。
そして、精度ボーナスは+93から+193へと、倍以上に増加した。
全ての強化を終えた、隼人。
彼は自らのステータスウィンドウを開き、その生まれ変わった力を確認する。
最大MPは大幅に増加し、それに伴い、予約後の使用可能MPも確保されている。
彼のビルドは、また一つ、完璧なものへと近づいていた。
「…ふぅ」
彼は、満足げに息を吐いた。
「これで、ようやくスタートラインか」
彼の瞳には、もはやB級ダンジョンなど映ってはいなかった。
そのさらに先。
A級、S級、そして神々の領域。
その果てしない道のりを、彼は確かに見据えていた。
物語は、主人公が自らの手で自らの限界を突破し、次なるステージへの扉を完全にこじ開けた、その圧倒的な成長の瞬間を描き出して幕を閉じた。