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6月6日

覚醒の瞬間、夢見ていた世界はどこに行くのだろう?泡のように弾ける?靄となって消える?毎朝、目覚めるたびに世界は作り直されるんだって誰かが言った。だとしたら、夢の世界が雲散霧消するのも頷ける話だ。


だけど、生憎、世界は作り直されてなんかない。昨日のように今日が存在して、今日のように明日が続く。夢の世界が現実の世界同様続くのだとしたら、現実と夢の切り替わりは点滅しているかのように思える。きっと神様の目には星の瞬きのように見えるに違いない。ならば、夢を見続けるならば、人とはまるで星のようだ。



口の中に残るのは昨夜のアルコールの渇きだった。手探りで枕もとのペットボトルを探して、目を閉じたままお茶を口に含む。今日は何をするんだっけ?お茶をゆっくりと呑み込みながら、一つ一つ思い出していく。お茶と記憶が僕の体にしみこんでいき、やがて僕が世界に馴染んでいく。


そうだった。今日は原付のオイル交換しなくちゃ。


ちょっと前からエンジンの音が気になっていた。でもオイル交換の方法がよく分からなくて避けていた。もうそろそろヤバいかもしれない。


毛布にくるまりながらスマホで手順を検索すると、随分めんどくさそうだった。てっきりオイルを継ぎ足せば終わりだと思っていた。でも実はドレーンからオイルを一旦全部抜く必要があるらしい。


正直、パスしたい。

所詮、手を動かすだけのことだ、と思う。だが同時に、手を動かすだけで済むのなら別に今日でなくともよかろう、と甘え心も首を出す。このままではまずい。先延ばしにも限度がある。いつかやらなければいけないのなら今日やろう。心なく落ちたため息で反動をつけて僕は起き上がった。



オイル交換してるところを誰かに見られたらイヤだな。別に理由はないけどぼんやりそう思っていた。幸い、朝の駐輪場には人影はなかった。

とりあえずオイル置き場を見に行くと、たくさんの小型のドラム缶とピッチャーのようなポリタンクがあった。ポリタンクの中には黄褐色のドロっとした液体。これがオイルなのだろうか?匂いを嗅いでもオイルのような臭いがせず、にわかに不安になる。


オイル以外のものを混ぜるとエンジンが焼き付くと聞いたことがある。昔の推理小説だったかな?機械系には疎いので、読んだときに頭の中で勝手にそう解釈しただけか?まあ、でもやはり異物を混ぜるのはヤバかろう。


素直に先輩に教えてもらうか…。ひどく人の時間を奪ってしまいそうで、正直、気が重いが仕方がない。これは仕事で、仕事の重みは私情を上回る。無知ならば人に乞うて教えてもらうのが義務だ。


とりあえず聞くのは今度にして、今日のところは無事にやり過ごせればいい。バイクのオイルの量を確認するだけにしよう。


バイクのオイルキャップは理科の実験道具みたいだ。キャップの先にスケールが付いていて中のオイルの量が確認できる仕組みになっている。


くるくる回して抜き取ると、あれ?と思った。スケールの先に褐色の液体が付着している。いや、そんなわけなかろう。そういえば先日、荷物の重みでバイクを転倒させてしまった。その弾みでオイルが垂れてスケールに付着したのかもしれない。


スケールをウェスで拭き取り、再びスケールをオイルタンクに差し込み抜き取る。すると、やはりスケールの先には黄褐色の付着物。


知らないうちにオイルが補充されていた。

実際、バイクを走らせてみるとエンジンが静かになっているように感じた。


僕は駐輪場で立ち尽くした。日記で随分と陰口をたたいた。たぶん先輩たちもそれを知っていたはずなのに、黙ってオイルの補充をしてくれた人がいる。


きっと面倒だっただろうし、僕なんかのバイクのメンテと思えば嫌な気持ちは倍増だろう。でもそれを実際にやって、その後、手柄をアピールするでもなく僕を叱りつけるでもなく、何事もなかったかのように振る舞っている人がいる。


散々、この日記で「しょうもない」と連呼してきた。でも一番しょうもないのは自分のことさえ満足にやれてない「僕」だった。口から漏れたのはため息なのか呻きなのか、僕の心を締め付けたのは僕が吐いた言葉自身だった。


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どなたか分かりませんが、本当にありがとうございました。もしかしたら僕が失礼なことを申し上げた人が助けてくれたのかもしれないと思うと、自分の至らなさ未熟さに気付かされます。本当に申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

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