39/47
6月5日
下された「追放」という言葉にも心が色めき立つことはなかった。やっとか。歓喜というには物足りず、安堵と呼ぶには心がざわつく。カーテンのすき間から漏れ入る白い光に重なったのはもしかしたら薄っすらとした希望だったのかもしれない。
こうして日記を書くのは楽しい。心の中身をさらけ出すことなどついぞ無かったから。
でも、一言一言、丁寧に書こうという気にはとてもならなかった。記すとは感情の追認だ。他人様の目に入れるに相応しく磨き上げられないくらい、僕の心はおぞましく目を背けざるを得なかった。何度も何度も壁を殴りつけた拳にもはや頓着しなくなるように、己の感情を飾り立てる言葉も消えていった。
まるで断罪が如く告げられた「追放」。
知ったことか。望まず作られた反吐が出るような環境に未練などあろうはずがない。
静かに心を慰撫する鎮魂歌に少しずつ口笛の音色が重なる。餞に涙を浮かべる参列者が不謹慎だと眉をひそめる中、罪人はたった一人で口笛を吹く。奏でる曲は幼い頃に見た冒険活劇の前奏曲だ。