#2 非日常
いつもの様にマンションの駐車場に車を停めて、この非常事態に頼れる人間に電話する。トゥルルル…トゥルルル…なかなか出ない。きっともう向こうでもコイツの存在が認識されていて、現在対応に追われているのだろう。上を見上げると、ヤツの青い体の中腹から腕のような管のようなものがマンションの窓の中へ伸びているのが見えた。攻撃⁉誰かが襲われている!考えながら既に体が踏み出していた。私がエントランスに入るとちょうどエレベーターが着くのが見えた。誰か知らんがナイスタイミング!扉が開くと私の親友が降りてきた。スーツケース2つを曳いて、傍らの執事も大荷物だ。「まことちゃん!?どうしたの?」どうしたもこうしたもない、この状況なら逃げるのが打倒な判断なのは明々白々だ。だが私はまことちゃんが執事を連れているのも、大荷物を持っているのも約1年ぶりに見る光景だった為か、思わずそう聞いてしまった。「あ、麗花さん、わたくし…」まことちゃんが喋りだそうとした所で執事がそれを遮る。「お嬢様は引っ越しをされる事に決まりましたので、阿澄様もどうかお元気で。」「ちょっと待ちなさい、じいや!麗花さん、早く逃げて!」尋常じゃないまことちゃんの様子に言葉を失っているうちに、執事に引っ張られてまことちゃんは車に乗せられて行ってしまった。何が起こっているのか良く分からないが、とにかくまことちゃんは安全だ。エレベーターの最上階ボタンを押して一息つくと同時に私の脳はまた働きはじめる。引っ越しの事はまことちゃんから事前に聞かされていない。しかもあの様子からまことちゃん自身も予期しない突然の事態らしい。まことちゃんはお金持ちの家のお嬢様だが、過干渉な親の反対を押し切って私と同じ大学に通っている。中学時代から憧れの一人暮らしだ。執事もまことちゃんの言う事を聞くのが不断だが…執事の態度を見ると、きっとまことちゃんのお父さんの命令なのだろう。しかし、何故この不自然なタイミングで突然出ていくのだろう?まるでエントルコードがここに現れるのを予期していたみたいだ…。
エレベーターの到着をしめすチーンというベルの音で考えを切り替える。ここからは最上階の人間の安全の為に動かなければ。ポケットの中のスマホが震えているが今はそんな場合では無い。手前の家から順番にインターホンを押していき、それと同時に通路からヤツの様子を確認する。「もしもし、誰かいらっしゃいますか-!」どの家もインターホンには反応が無い。この階は無人なのだろうか?そう思った矢先、何かが床に落下したカーンという硬い音がした。やっぱり誰か居る!?青いエントルコードは直ぐ目の前だ。人命の為には致し方無し、通路の突き当りから続くベランダからの侵入を試みる。エントルコードの青い腕がそのベランダを通って3号室内に伸びている。勇気をふり絞って通路との白い仕切り板を蹴破り3号室のベランダへ出ると、窓から室内が見えた。ベッドと学習机が置かれた子供部屋。そのベッドの上に一人の少年が蹲っている。少年の背中にエントルコードの青い腕が繋がっている様に見えた。「君!大丈夫か?」窓を叩きながら呼びかけるも、反応は無い。「クッソしょうがねえ!」アドレナリンが出ているのか、窓ガラスを素手で叩き割ることには何の躊躇いも無かった。ガシャン!と音がして自分一人がやっと通れる程の穴が空いた。
「大丈夫か?返事をしてくれ!」近づきながら声をかけるも反応は無い。まさか、死んでる?と思った瞬間私の中で何かが切れる音がした。学習机の上に出してあったカッターナイフをひっつかみ、少年とエントルコードとを物理的に切り離そうとする。「このっ…離れろッ!離れろッ!」エントルコードは自分が攻撃されていることに気付いたのか、少年にくっついている腕のようなものをもう一本生やして、私に攻撃してくる。反射的に私はカッターナイフを握ったまま防御姿勢を取ってしまった。たかがカッターナイフと女子大生の細腕で、巨大な生物の攻撃を防ぎきれる訳はなかった。しかし、青い腕は私の体の直前で弾かれて、上に仰け反るような動きを見せた。不思議なくらい相手の動きがよく見える。「くらえぇぇ!」私はもう無我夢中で体を動かして剣を振るった。私に迫っていた腕ばかりか少年にくっついていた腕は巨大な本体から切り離されて、びちゃびちゃと音をたてて崩れ落ちた。うん?剣?そうだ、剣だ。カッターナイフを握っていた筈の手には、いつの間にか一振りの剣が握られていた。その刃は半流動体のように見える青い腕を斬り伏せたにも関わらず、新品のごとくピカピカで、淡く発光してすら見える。どうやら私はこの剣でヤツの腕を切り落としたらしく、ヤツは怯んでいる。今の内にと思った時、少年がすすり泣く声がする。良かった、命に別状はないらしい。「大丈夫?救助が来るまで下がってて。」「お姉さん、ぼくを助けに来たの?ぼくの仲間なの?」「えっ?助けに来たのはそうだけど、とりあえず逃げよう!」「違うよ、だから、助けてくれるの?」少年がそう言った途端、エントルコードの腕が私を掴むように迫ってきた。「危ない!」私は少年を抱える様にして倒れこんで、腕を躱す。「お姉さんも寂しい?」この一言で私は直感した。私は彼を被害者だとばかり思っていたが違った。この少年こそが青い巨大なエントルコードを生み出した本人、エントルコードの「宿主」だったのだ。
少年が口にした「寂しい」という言葉、彼は孤独の内にエントルコードを育ててしまったに違いない。そんな彼に私ができることはただ一つ、カウンセリングだけだ。「今は寂しくても大丈夫、どこかで必ず運命の出会いがあるから。だからまず、君のこと教えくれないな?」少年は涙を拭おうともせず口を開く「ぼく、友達が欲しい。」そう言った途端、窓の向こうのエントルコードが弾けた。青い半流動体が飛び散り、蒸発する様に消えていく。きっと彼の中の孤独感が解消されたのだ。少年は私の手をとって握った。「ぼく、コウタロウって言います。その、あの、青いのはぼくが、じゃなくて、その、えっと、とにかくごめんなさい。」涙に濡れた瞳は窓から差す日光を反射してキラキラしている。その瞳を真っ直ぐ見つめて私は少年の手を握り返す。「うん、そうか、大丈夫。私は阿澄麗花、君を助けに来たんだ。」コウタロウの瞳からまたも涙があふれだす。私はただ、しゃくりあげる彼の手を握っていた。つらい時には黙って傍に居てくれる人も必要だ。
ふと、何かまだ音が聞こえることに気付き、振り返ろうと足を動かした拍子に、ポケットのスマホが床に落ちた。スマホの画面は父さんと通話中になっている。どうやらコールしたままスマホをポケットに突っ込んでいたらしい。「麗花⁉大丈夫か⁉」としきりに父さんの声がする。「あぁ、何とかなったみたい」と応えようとした瞬間。部屋のドアが急にバーンと開いて、作業着にマスクの人物が複数現れた。「手を上げろ。」コウタロウは怯えて私に身を寄せた。私も反射的にコウタロウを庇おうとして手を広げた。よく見ると作業着の集団は、銃のような長い金属製の武器らしきものを持っている。咄嗟ににエントルコード化が収まった事を伝えなければと思い「私の名前は阿澄麗花、たった今この少年を救助しまた!」と大声で宣言した。スマホからは「救助⁉麗花、お前なにしてんだ!?」と父さんが私を心配している声が聞こえた。すると、父さんの声に聞き覚えがあったのか、作業着の内の一人が「君、阿澄さんのご家族かい?」と問いかけてくる。どうやら父さんのお陰で敵対心が和らいだようだ。「はい、そうです。攻撃行為や抵抗はしません。質問にも答えますので、銃を降ろしていただけますか?」怒気を隠さずに言った。作業着の集団は数秒目を見合わせて、私ではなくコウタロウに聞いた「そっちの君も、言う事を聞けるか?」「はい…!」未だ怯えた様子のコウタロウは、私を真似るように大きな声で返事をした。「わかった。2人とも付いてきて来て貰おう。」作業着の集団に取り囲まれながら、私はコウタロウを安心させるよう努めた「大丈夫、私が一緒にいるから。手を繋いでいて。」コウタロウは無言で頷いて歩き出した。
閲覧ありがとうございます。どうも、雪丹です。
#1との対比になってる風のタイトルですが、別に対比を意識した内容ではないのは少々反省点。
なろうは沢山小説を読む方が多いというイメージなので、是非ご意見頂けたらと思っています。